21. 和やかなひととき
店主の男性が、私たちに慇懃に声をかける。
「殿下、妃殿下、こちらは最近異国より取り寄せました宝石の数々にございます。もしよろしければ、ぜひご覧いただければとお持ちいたしました」
そう言うと店主は女性たちに目配せする。すると彼女たちは満面の愛想笑いを浮かべながら、私たちが座っているソファーの前にあるローテーブルに、持ち運んだ宝石の数々をずらりと並べた。それを見た私たちは、同時に口を開く。
「いや、今日はもう別に……」
「まぁ、素敵ですねクリス様……! どれも珍しいデザインですわ。……っ、ごめんなさい、今何かおっしゃいましたか?」
「……いや、何も。気に入ったものがあるか? ゆっくり見るといい」
店主に何か言おうとしていた気もするけれど、クリス様が優しく微笑んでそう言ってくださったので、私は目の前に並べられた美しいアクセサリーの数々を遠慮なく眺める。異国の品というだけあって、我が国の定番の品々とは全く違う趣が目新しく、私はうっとりしながらそれらを見つめた。
「……あ」
「どうした? いいものがあったか」
きらめく宝石たちの中で真っ先に私の目を引いたのは、素敵なデザインのブローチだった。同じ形でルビーやダイアモンド、様々な宝石のものがあるけれど、気になったのは翡翠とサファイアの二つだった。
「……クリス様、これ、とても綺麗ですね」
「……ああ。そうだな。風変わりなデザインだ。気に入ったのか? どの宝石がいい」
クリス様に尋ねられ、私はおそるおそる答える。
「この二つ……、私たちの瞳の色と、とてもよく似ていますよね。その……も、もし二人でこれを着けて舞踏会で踊れたら素敵だなぁって」
「……」
……あ。マズい。クリス様が私を見つめたまま固まってしまった。
(余計なこと言っちゃったかな……)
ダンスの練習を思い出させるようなことを言ってしまったのがいけなかったのか。それとも、深い感情など一切ない私とお揃いのブローチを着けるなんて冗談じゃない、と思っていらっしゃるのか……。
自分の言ったことを後悔し、慌てて撤回しようとした、その時。
「……なるほど。いい案だな。滅多に踊らない王太子夫妻の不仲説が立つ前に、揃いのアイテムを身に着けてそれを防ぐか」
「っ! は、はい。ありがとうございます、クリス様」
(まぁ、滅多にも何も、今のところまだ一度も踊ったことはないのですが……)
彼は唇の端をわずかに吊り上げ、私に同意してくれたのだった。
ダニエルへの贈り物とお揃いのブローチを購入した私たちは、その後店を出て、貴族向けの瀟洒なレストランで昼食をとった。食事中は互いの余暇の過ごし方などを教え合い、あえて仕事やダンスの練習などから離れた話題で時間を過ごす。すると不思議なほどに会話が弾み、私たちはとても和やかに、楽しい時間を過ごすことができた。
(……クリス様と二人でいるの、少しも苦痛じゃないな。他の男性とは全然違う。心が満たされていくようだわ)
彼も今、私と同じように感じてくれているのだろうか。そうだといいな。
そんなことを思いながら、私は普段とは違うランチタイムを楽しんだのだった。
「お食事、美味しかったですね」
「ああ。いい店だったな。……そのうちまた二人で来よう。時間が作れる時にな」
「……はいっ」
レストランを出てすぐにそんな会話を交わすと、今日一日で二人の距離が随分縮まったような気がしてなんだか嬉しくなってくる。いい感じだ。私はこの方の心遣いに触れ、ますます好ましく思えたし、私を見つめるクリス様の視線も温かい。
こうして少しずつ、お互いの心が近付いていけばいい。
「この後はどうする? リア。まだ時間はあるぞ」
もうごく普通に愛称で呼んでくれるようになったことにも喜びを感じながら、私はクリス様に笑顔を向けた。
「ええ、ありがとうございます。でも、午前中あんなに歩き回ったから、クリス様もお疲れですわよね。今日はもうそろそろ……」
会話を交わし並んで大通りを歩きはじめた、その時だった。
クリス様の問いかけに答えながら、私は何気なく通りの前方に目を向ける。
そして……向かいからこちらの方へと歩いてくる男女の姿を認め、足が凍りついた。心臓が強く鷲摑みにされたように、ドクッと音を立て軋む。
私たちと同じように地味な装いをし、帽子を目深に被ってはいるが、私にはその男が誰なのか、一目で分かった。
帽子の下から覗くグレイヘアと、見覚えのある口ひげ。だらしなく緩んだ口元。胸元を強調するデザインのワンピースを身に着けた隣の女性の腰を抱くようにして歩いてくるのは、間違いなく私の父だった。