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17. 緊急会議

 その後も表向き、私たちの王太子夫妻としての日々は順調に過ぎていった。時間が合う日は二人で共に朝食をとり、その後今日一日の公務について確認する。そして会議に出席したり、貴族や領主らとの謁見を行う。慈善活動も積極的に行う傍ら、国内各地の祭礼や行事にも顔を出し、民たちとの交流を繰り返しながら、彼らの暮らしぶりを確認する。クリス様はどこへ行く時も必ず白手袋を着けているけれど、訪れる先ではその手袋の手で躊躇なく子どもたちの頭を撫でたり、抱き上げたりすることもあった。おかげで小さな子どもたちにも大人気だ。けれどやはり、若い娘さんたちがうっとりとした表情で自分の方を見ていることに気付くと、露骨に顔を背ける。そしてある時、祭事の責任者であるふくよかなマダムが「わざわざこんな村まで顔を出してくださって、本当にありがとうございますねぇ、王太子様! こーんな綺麗な王子様を肉眼で見ちゃって、あたしゃ寿命が延びましたよ! だはは!」と豪快に笑って突然握手してきた時には、一瞬顔が引きつっていた。その場は笑顔で離れたけれど、馬車に戻るやいなや、クリス様は自身の手袋をハンカチで一心不乱に拭き続けた。ついには手袋を外し、従者から清潔なタオルを受け取ると、それで必死に手を擦っていた。眉間に深く皺を刻んで手を拭き続けるクリス様を見ていると、何だかものすごく可哀想になってくる。


(こんな調子で……この方は私との閨に臨むことができるのかしら……)


 私だって他人事じゃないのだが、どう見てもクリス様の方が重症だ。私は村の男性から握手を求められたとしても、きっともう少し普通に対応できるもの。

 焦らず、ゆっくり。私たちのペースで、少しずつ。

 毎夜そんな風に励まし合いながら、互いの服の裾に少し触れてみたり、ソファーに横ならびに座ってみたりと、じわじわと距離を縮める努力を重ねていた。


 ところが。

 そんな悠長なことをしている場合ではなくなったのだ。


 ある日、侍従長から報告があった。


「王太子殿下ご夫妻のお披露目舞踏会が、来月末に開催される運びとなりました」




 その夜寝室にて、二人きりの緊急会議が始まった。


「……私たちのお披露目の舞踏会だそうです、クリス様」

「……ああ。分かっている」


 ローテーブルを挟んだ向かいのソファーでこめかみを押さえているクリス様に、私はそっと話しかけた。


「私たちが主役でございます」

「知っている」

「もう、“あそこは踊らない夫婦”で乗り切ることは無理そうですね。むしろその夜は私たちがファーストダンスを踊ることになるわけですから」

「だろうな。ただの第三王子と王太子ではわけが違う。披露目の舞踏会のみならず、今後は王家主催の夜会のたびに踊ることになるだろう。……目を背けては来たが、この日が来ることは理解していた」


 そう言うとクリス様は深々とため息をついた。もう手が握れない、体が触れ合うのが嫌だなどと逃げ回っている場合ではない。せめて何度か二人で練習して、当日に備えておかねば。


「……君は大丈夫なのか」

「え? ……あ、クリス様と踊ることが、ですか? 大丈夫だと思います。ジョゼフ様とも、公の場では何度も踊ったことはありますし。嫌でしたけど。あの夜は本当に、()()()()()を見てしまって、特別嫌すぎただけです」

「……そうか」


 私の返事を聞いたクリス様は、額に手を当てて目を閉じる。


「むしろあの方の時よりはずっと気持ちが楽です。私はクリス様のことを、一人の人として、夫として、尊敬しております。真摯に公務に臨むお姿も、民たちを大切にされるその姿勢も。お相手がそのクリス様なのですから、他の殿方と踊るよりは、ずっと平気です」


 自分の気持ちをはっきりと伝えると、クリス様が顔を上げ、目が合った。


「それは……ありがとう。俺も、君と同じ気持ちだ」


(……え……っ)


 そう言ってくださったクリス様のお顔は、たった今までウンウン唸りながら眉間に皺を寄せていた表情とはまるで違い、とても優しい。その柔らかな笑みに、私の心臓がトクンと音を立てる。この方も私と同じように、私にそれなりの好意は持ってくださっているんだな。そう思うだけで、なんだか胸が温かくなる。……頬まで火照ってきた。

 なんとなく甘い空気が漂ったのも束の間、クリス様はそっと目を伏せると、再び深いため息をついた。

 一人の人間として尊敬し、尊重していたとしても、それとこれとは全く別問題なのだろう。私もそうだから、気持ちは分かる。


「……ダンスの間だけ、私を男性を思うことはできませんか?」

「こんなに可憐で愛らしい男がどこにいる」

「っ!!!?」


 即座に返されたその言葉に、私の頬がますます熱を持った。今さらりとすごい殺し文句をおっしゃったのだが、真剣に悩んでいるクリス様はそれに気付いていないらしい。

 一人で心臓をバクバクさせていると、クリス様が意を決したように顔を上げた。


「……リア。就寝前に一度だけ、ダンスの練習をしてみよう」








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