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16. よぎる疑問

 ジョゼフ殿下は廃太子とされ、一代限りの準男爵を下賜され辺境の地へ送られた。生誕祭での劇的な婚約破棄からの、あっけない幕引きとなった。表向き「婚約継続を審議中」とはしていたが、それでも公爵令嬢との王命による婚約の勝手な破棄、そして私情を優先した男爵令嬢との勝手な婚約、さらに外交公務などでの数々の失敗……。王国の国際的信用までも失墜させかかったとして、このような処罰が決定されたそうだ。国王陛下に完全に見限られた結果だった。私と婚約していた頃は、私が隣に立ちあの方をフォローしてきた局面がたびたびあった。それがなくなった後、ボロが出る一方だったのだろう。

 エヴァナ嬢はジョゼフ様と結婚させられ、共に辺境の地へと送られたそうだ。

 けれどギルフォード伯爵は、エヴァナ嬢との養子縁組を解消しなかったそうだ。こんなことになっても見捨てないのは、慈悲深いあの方らしいと私は思った。


 母からの手紙によると、父は国王陛下からクリス様の立太子の件を伝えられて以来、ものすごく機嫌がいいらしい。「やはり第三王子の資質は一際秀でていらしたようだ。このご縁は間違いなかったな。運も味方したが」と、まるで自分が私とクリス様の結婚を取りまとめたかのような尊大な様子だという。いかにも権力欲にまみれた父らしい反応だ。


 王命により王太子夫妻に任命されてからしばらくして、私とクリス様は第二王子ルミロ殿下のお見舞いに伺った。いまだ離宮に滞在しているルミロ殿下は、例の流行病をもらう前にお会いした時よりは幾分お痩せになったように見えたが、元気そうではあった。

 私たちを歓迎してくださったルミロ殿下は、その赤茶色の瞳に優しい笑みを浮かべた。彼の少し暗めの金髪は、ユーディア王妃陛下の艶やかな銀髪とは全然違う。国王陛下から受け継いだ色だ。


「僕とフェンドリー侯爵令嬢との婚約は解消されることになったよ。まぁ、僕が子を成せなくなったのだから仕方ないね。でも我々はビジネスライクな関係だったし、特に悲観はしていない。彼女にもフェンドリー家にも申し訳ないことになったから、すぐに次の良縁が見つかればいいとは思うのだけど。父上も探してくださっているみたいだ」

「……さようですか」


 クリス様が神妙に相槌を打つと、ルミロ殿下は続ける。


「僕が持ち帰ってしまったせいで、例の未記録の流行病が王宮や王都にまで蔓延する事態を恐れていたけれど、幸いにも今のところここでは誰も発症していない。完全隔離された中で僕の世話をしてくれた人たちが、徹底的に予防していたおかげだろうね。……元々、僕は薬学が好きだった。例の流行病は、解熱作用のある薬の中にはそこそこ効くものもあるけれど、それだけではもちろん不十分だ。一日も早い特効薬の開発に向けて、僕もこれから尽力したいと思っているんだ。僕のような症状が王国中に蔓延することだけは防がなければ」


 ルミロ殿下は今後、王立薬学研究所に勤務し、研究に邁進されるつもりだという。勤勉で優秀なルミロ殿下にはぴったりの職場だろう。ご本人が腐っておらず、前向きでいてくださって安心した。クリス様もこの方も、本当に素晴らしい王子だと思う。


「いろいろなことがありましたが……お元気になられて本当にようございました。ですが、どうぞご無理なさらず。あまり根を詰めすぎないようなさってくださいませ」


 私がそう言うと、ルミロ殿下はその柔和なお顔に美しい笑みを浮かべ、何かが吹っ切れたかのように爽やかに言った。


「うん。ありがとう、フローリアさん。クリスと君の子は、きっとこの上なく愛らしいだろうね。早く会って可愛がりたいな。楽しみにしているね」


(うっ…………!!)


 殿下の爽やか爆弾に被弾した白い王太子夫妻は、大いなるプレッシャーを感じながら離宮を後にしたのだった。




 立太子の儀を目前に控えたある日、私はクリス様の母君である、側妃アイラ様にご挨拶に伺った。アイラ様は、温厚で慎み深く、おっとりとしたとてもお優しい方だ。その日私が後宮に行くと、アイラ様は何種類もの珍しいお菓子を用意して待ってくださっていた。


「クリスが王太子になっても、私は変わらず、ここで静かに過ごしていくつもりよ。出しゃばって王妃陛下との間に余計な軋轢を産みたくはないの。私はただ、この王国や王宮が平和であればいい」


 穏やかに微笑みながらそうおっしゃるアイラ様は、艶やかで美しい真っ直ぐな金髪に、晴れ渡る青空のような瞳をしていて、まるで女神様だ。その美貌はクリス様と本当によく似ていらっしゃる。クリス様と婚約して以来、こうして幾度か二人きりでお話しさせていただいているけれど、アイラ様は常に春の日差しのような柔らかな空気をまとっていて、一緒に過ごしているととても心が落ち着く。大好きなお義母様だ。実の母とも雰囲気が似ている。


「あなたも気楽な第三王子妃だったのに……あれよあれよという間に、こんなことになるだなんてね。驚いたでしょう」

「ええ……はい。たしかに」


 アイラ様のお言葉に苦笑しながら返事をし、もういろいろな意味で気楽ではいられなくなったな……と、私は一瞬遠い目をした。

 アイラ様は優しく微笑み、私を励ましてくださる。


「責任重大な立場になって気が張るでしょうけれど、あなたなら大丈夫よ、フローリアさん。王宮の誰もがあなたを信頼し、あなたの能力を買ってる。何か私で相談に乗れることがあれば、いつでもいらっしゃいね。私にできることは何でもするから」

「……はい。そのお言葉をいただけただけで、とても心強いです。ありがとうございます、アイラ様」


 私がそう答えると、アイラ様は小さく頷いた。


「クリスをお願いね。あの子、幼い頃はああではなかったのだけど……いつの間にかあんなに神経質になってしまって」

「……そうなのですか?」

「ええ。女性に対しては特に態度が冷たくなったあの子が、あの日迷いもなくあなたを自分の婚約者にと申し出たでしょう? 本当に驚いたわ。……ふふ。扱いづらいところがあるけれど、隣で支えてくれるのが他ならぬそのあなただもの。きっと自分の責務をしっかり果たしていけると信じているわ。二人の可愛い赤ちゃんも楽しみね」

「……はいっ、アイラ様。精一杯努めてまいります」


 王子妃らしい笑みを浮かべてみせながら、内心深くため息をつく。


(赤ちゃんどころか、私たち夫婦はようやく愛称で呼び合いはじめただけの段階。……まだ指先を掠めたことすらないと知れば、アイラ様もさぞ驚かれるんだろうな。ごめんなさい。頑張ります……)


 それにしても。

 そうか。クリス様は、子どもの頃はあんな感じじゃなかったのか。以前尋ねた時は、昔からこういう質だとおっしゃっていたけれど……。

 じゃあ一体いつから、あんなに女性嫌いが加速したのだろう。

 アイラ様の言葉を聞いて、そんなことをふと考えた。


 多くの人々を偽っている罪悪感に駆られながら、翌月、私はクリス様と共に立太子の儀に臨んだのだった。






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