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12. 屈辱に耐える

「お心遣い、痛み入ります。すぐに侍女を数人連れてまいりますので、少しお時間を……」


 ところが、私がそう口にした瞬間、王妃の眼光が鋭くなった。手にしていた扇を音を立てて閉じると、刺すような視線で私をとらえ、不機嫌そうに言う。


「……あなた、腕の骨でも折れていらっしゃるの? それとも、私が贈るものなど触れるのも嫌だと? 随分と嫌われたものね。ジョゼフがあなたを捨てた意趣返しかしら。ひどいわね、あんなに面倒を見てきてあげたのに。第三王子妃殿下ともなると、私の厚意などもう必要ないのねぇ」


(……自分で運べってことね。そう言えばいいのに)


 それにどう考えても、嫌われているのはこちらの方だろう。私は王妃陛下に再び謝罪し、積まれた本に近付いた。……わざとだろうか。どれもひどく埃にまみれている。一番上に積まれた本は、どう見ても十歳にも満たない幼い令嬢が学ぶようなものだ。私は黙って七、八冊ほどを持ち上げた。これ以上は無理だ。


「あとはお願い」

「承知いたしました」


 ラーラがすぐさま同じくらいの本の束を持ち上げ、残りを全て護衛が持ってくれた。体格のいい人を連れてきていてよかった。

 私の姿を見た王妃陛下は、ようやく愉快そうな笑みを浮かべると、閉じた扇で私が持っている本の束を指し示して言った。


「あら、ちょうどあなたがお持ちになっている本の、一番下のもの。それだけはあなたにはもう必要ないかもしれないけれど……まぁ、お好きそうだわ。どうぞ熟読なさって。ふふふ」


 ……何だか分からないけれど、私は素直に礼を言い、早々に王妃の部屋を辞した。しばらく廊下を歩いていると、ドレスを埃まみれにしながら重い本を運んでいる私の姿にギョッとしたメイドたちが、すぐさま本を引き受け、私室まで運んでくれた。

 

(……もう必要ないかもしれないけど私が好きそう、って、一体何のことだったのかしら……)


 メイドたちが部屋に置いていってくれた本の中から、先ほど私が抱えていた束の一番下のものを手に取ってみた。……この一冊だけが真新しく、装丁は真っ黒で妙に妖しげだ。そこに金色で書かれた書名を見て、私は凍りついた。


 “ 秘技の書 〜 甘美なる官能の契り 〜 ”


「────っ!」


 鳥肌が立ち、思わず手から離してしまう。

 絨毯の上に落ちた本が開き、中が見えた。男女がまぐわうあまりにも露骨な図解が描かれたそれは、どう見ても貴族令嬢が手にするような種類のものではなかった。ヒッと息を呑んだラーラが、慌ててそれを取り上げ、私の視界から隠す。

 王妃陛下の高笑いが聞こえてくるようだった。屈辱に喉が詰まり、思わず涙ぐみそうになる。私は唇を噛みしめ必死で堪えた。


「……これはあまりにもひどうございます。王子殿下に相談いたしましょう、フローリア様」

「……駄目よ。クリストファー殿下には絶対に言わないで」

「ですが……っ!」


 クリストファー殿下と私は、あくまでも互いの利のための、秘密の契約結婚。彼は私の相談係ではない。面倒なことになど、きっと巻き込まれたくはないだろう。

 あの王太子生誕祭の夜、私に救いの手を差し伸べてくださり、そしてこれからの人生に訪れるはずだった大きな苦痛からも救ってくださった。そんな殿下に、余計な話はしたくない。


「……王妃陛下は腹の虫が治まらないだけよ。きっとそのうち飽きるわ。冷静になれば、分かってくださるかもしれない」

「……ジョゼフ王太子殿下とフローリア様の婚約破棄の原因が、あちらにあると?」

「まぁ、そうね。少なくとも私だけのせいではないと、いずれは理解してくださるわ」


 私がそう言うと、ラーラは淫らな書物を両腕で抱え込んでしっかりと隠したまま、憤慨した。


「どうでしょうかね!? これはもう異常ですよ! ご子息可愛さのあまり、冷静な思考に戻られる日なんて来ないかも……」

「ラーラ」


 私はもう黙るよう、ラーラに目配せをした。私室の中には他の侍女やメイドたちがいる。私の専属の女性たちは皆私を慕ってくれているし口も固いはずだけれど、それでも余計な話はしないに越したことはない。

 ラーラはすぐに察し、口を噤んだ。


「……申し訳ございません。こちらは、どこかフローリア様のお目につかない場所に保管させていただきますね」

「そうね。処分してしまって、後からやっぱり返してなんて言われた時が面倒だわ。よろしくね」

「承知いたしました」


 ラーラはその書物を、私室の奥の書斎へとそそくさと持っていった。それを見送り、私は深いため息をついたのだった。


(これ以上王妃陛下の行動がエスカレートしないといいのだけど……)

 





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