第5話
屋内に入ると、広々とした空間が広がっていた。正面の壁にはいくつかの彫像が飾られていたけど、それが何を表しているのかはさっぱりわからない。床にはいくつもの草むしろが敷かれていて、ディルナは迷わずそのひとつに膝をついて座り込んだ。仕方なく、私もそれを真似て座ってみる。
少し経つと、彫像の隣に垂れ下がっていた布が横に引かれ、その奥から中年の男性が姿を現した。守衛たちと同じく、ゆったりとした上着とズボンを身にまとい、柔和な表情を浮かべている。こんな見た目じゃ、彼が族長だなんて誰も気づかないだろう。ディルナは彼を知っているようで、すぐさま立ち上がり、礼儀正しく挨拶した。
「族長様、お久しぶりです。」
「おお、これはディルナではないか。元気にしておったか。」
「はい、おかげさまで。実はお願いがあって参りました。」
「ディルナの頼みなら、わしにできることは何でも力になろう。」
「蘭角花の毒の解毒剤を分けていただきたいのです。族長様は少数ながらこれを作れる方だと存じております。何とか少量でも譲っていただけませんでしょうか?」
「それは……」
「命に関わる問題です。後のことはどうなろうと構いません。今は人命が最優先です。」
「だが……、さっきお前たちの者に渡さなかったか?」
「どういうことですか?」
「さっきサドゥヤ市の騎士団の者が来て、解毒剤を全部持っていったのだ。」
「それは、金髪で背が高くて、痩せた男ではありませんでしたか?まるで枯れ木のような……。」
「そうだ、まさにその通りだが……どうした?」
「まずい。彼がここを出てどれくらい経ちますか?」
「十分ほどだ……おい、ディルナ!」
族長が言葉を終える前に、ディルナはすでに外へと駆け出していた。
何が起きているのか詳しくはわからないけど、どう考えてもただ事じゃない。金髪の騎士が毒を仕掛けた犯人なのか?どちらにしても、ディルナだけでは追いつけそうにない。でも、私が超能力を使えば追えるかもしれない。でも異世界でいきなり目立つようなことはしたくないし、そもそもその金髪男がどの道を進んだのかも知らない。だから別の方法を考えるべきだ。
「解毒薬の調合って、難しいんですか?時間がかかりますか?」
「難しくはない。材料さえ揃えば二時間もあればできる。しかし……」
「ただ?」
「必要な材料の一つが、半山の岩の隙間にしか咲かない小花でな。しかも手元には在庫がない。」
「それなら私が取ってきます。」
「ダメだ。その花は断崖の上に咲くことが多い。危険すぎる。」
「いいから行かせてください。もし無理なら戻りますから。」
「……そこまで言うのなら。」と私の覚悟を見て、族長はしぶしぶ承諾した。そして背後の幕を引き開ける。「アマラ!」
族長が背後の布幕を開くと、そこから少女が姿を現した。彼女の服装は族長や守衛のものと似ているが、上着がベスト状になっていて、なんとお腹があらわになっている。年齢は私と同じくらいに見えるけど、背は私より少し高く、全体的に引き締まった体つきをしている。特にお腹まわりの筋肉はしっかりしていて、私のぷにぷにしたお腹とはえらい違いだ。
「はい、お父様。」
「この少女を白露花の咲く場所まで連れて行ってやれ。」
「彼女が白露花を?」
「うむ。もし取るのが難しければ戻ってこい。無理はするな、いいな。」
「分かっています。子どもじゃないんですから。」
白露花の咲く場所は岩場で、非常に登りにくい。目指す花はさらに10メートルほどの高さにあり、二枚の岩の間にひっそりと生えている。まったく、どうやっても簡単には取れそうにない場所じゃないか。
「見えたか?危険だし、戻るぞ。」
「あの花って、みんなこんな高いところに咲いてるの?」
「そうでもない。確かにこの辺り特有の花だけど、二、三メートル程度の場所に咲くこともある。私たちは普段そういうのを摘んでいるのさ。ただ、最近それを採ったばかりで、すぐにはまた咲かないだろうね。」
「育つのにどのくらいかかるの?」
「待っても無駄さ。今年の花期はほぼ終わりだ。さっきの採取が今年最後だったんだ。次は来年まで待つしかない。」
どうやら、目の前に咲いている花をどうにかするしかないらしい。全部で三、四輪あるが、どれを選ぶべきか悩む。そこで新たな疑問が浮かぶ。
「どれくらい必要なんですか?」
「まさか登ろうって言うの?ダメだ、危険すぎる。」
「登る気はないよ。……ただ、一輪落ちてきたら拾おうかと思ってね。でも、花期が終わるとか言ってたよね?」
「落ちて長く放置された花はダメだ。新鮮な状態で摘む必要がある。」
「で、結局どのくらい必要なんです?」
「四、五人分なら、一輪で足りる。」
ディルナが言っていたのは二人の命だったよな……つまり一輪で十分?私は一番取りやすそうな花に狙いを定めて、集中力を研ぎ澄ませる。花だけを動かそうと念動力を使うが、想像以上に難しい。細かい作業って、本当に苦手だ。
ふとアマラの視線を感じる。じっと見られると、なんだか恥ずかしい。集中が乱れてしまう。うわっ!力を入れすぎた!花ごと根っこが抜けてしまった。
「わっ!」アマラも驚いたようだ。慌てて花を念動力で手元に浮かせる。
「……まさか、花が自分で落ちてくるなんて……まさに奇跡だね!」なんて誤魔化したが、通じるはずもない。
「本当に?」アマラが疑わしげに言う。
「あ、ははは……!早く戻ろう!」
「いいよ、精霊の仕業ってことにしておく。……ちょっと、待ってよ!」