魔法が効かない私に魔法をかけた彼。
魔法学校に通っていると、不思議な人とよく出会う。
年中薬草の臭いをさせているのに体調が悪そうな人。
教室に入るなり、必ず驚いてその後恥ずかしそうにする先生。
大金持ちなのに、奴隷のような鎖を首につけてる人。
やたらめったら自分に魔法をかけて、耐性をつけるんだ!と言い張る人。
いろんな人がいるけど、あの人は特に変だ。
「……」
最近図書館でよる見かける男子学生だ。
クラスは違うけど、たぶん同学年だと思う。
木陰から私をじっと見つめて、ブツブツとつぶやきながら、手をわさわさしてるんだよなー。
あの動きから推測すると、たぶん私に魔法をかけているんだろうと思う。
眼鏡を掛けてるから見えないと思ってるんだろうか。
眼鏡だからこそ、はっきりと見えるんだけど。
一体どんな魔法を試しているのか知らないけれど、私には魔力がないから、どんな魔法も効かない。もちろん魔法も使えないよ。
だからまあいいか。
ちょっと気持ち悪いけど、変な人ばっかりの学校だから、いちいち気にしてたらきりがない。
私は、中庭のベンチに腰掛けて、図書館で借りてきた本を開いた。
お気に入りの作家さんが書いた長編小説だ。
異世界のファンタジーで、なかなかに味がある一作。
主人公が、取っ手の外れたティーカップを直したところまでは読んだけど、その理由がまだ判明してない。
さてどんな理由が……。
なるほど、ヒロインのティーカップだったのね。
ヒロインと接点を持ちたいけれど、陰から見守るしかできない。
またいつものように、お茶を嗜むヒロインを眺めてた主人公は、飲みにくそうにしてるのを見て、閃いた。
取っ手を付けてあげれば、彼女は喜ぶだろうし、接点を持てると。
なるほどなるほど。
長かったなあ、ティーカップの取っ手を直すくだり。
無言で直すのは気持ち悪いかなーとか、余計なお世話かもと逡巡したり、取っ手を直す魔法を覚えるのに3日掛かったりと、だいぶページを割いてる。
それだけ、必死だったということかな。
ゴーン、ゴーン。
昼食終了の鐘が鳴った。
本に意識が吸い込まれて、時間が経つのがとても早い。
そういえばと思い、顔を上げるが、木陰にはもう誰もいなかった。
◇◇◇
授業が終わって、私は図書館にいた。
学校終わりは必ず図書館に出向き、お気に入りの作家さんの本が入荷されていないかチェックするようにしている。
貧乏な私には、本を買うお金なんてないから、図書館はありがたい存在だ。
それに、家に帰ってもやることもないしね、
飲んだくれの父と働きづめの母がギスギスしてる家で、息を殺して本を読むよりも、図書館で本を読んだほうがよっぽどいい。
といっても、最近は図書館の様子も変わってきて居場所がない。
「フフフ」
「ハハハ」
どんどんと人が増えていき、私の周囲も埋まるんだけど、それがもう地獄のようで。
見渡す限りカップル、隣の人たちはキャッキャッウフフで、本すら読んでない。
隣の別カップルは、本をついたてのようにして、顔を近づけあっている。
「はあ」
私はため息をついて、場所を変えることにした。
中庭ならば、誰もいないだろうから。暗くなったらおとなしく帰ろう。
そう思いながら立ち上がると、入り口からやってくる人影があった。
木陰でこそこそと魔法を試していたあの男子学生だ。
特に言葉を交わすこともなくすれ違ったら、背後から小さく「あっ」という声がした。
けれど私は振り返らないよ。
彼の声よりも、この本の続きが気になるんだから。
◇◇◇
翌日の放課後。
今日は人が少なかった。
ラッキーだなと思いつつ、日課をこなすため、目当ての本棚へ向かった。
そしたら、例の男子学生が本を眺めて難しい顔をしていた。
しかも、私が好きな作家さんの本が陳列してある真ん前で。
内心では嘆息するけど、日課を怠ることはできない。
少しだけ身の危険を感じるけれど、図書館で何かをすることはないだろう。
私は男子が癖の隣に立って、新しい本がないか探した。
すると、隣から手が伸びて、とある本を抜き出した。
……短編集!?
彼が手に取ったのはお気に入りの作家さんの短編集だった。
しかも、昨日まではこの書棚になかった、新入荷の本。
彼に近づいていく本を目で追いながら、思わず声を出してしまった。
「あー」
毎日通い詰めて、ようやっと見つけたというのに、無念の思いがあふれてしまった。
当然ながら、私の声はしっかりと届いているわけで、彼はぎょっとした表情で私と本を見比べていた。
「もしかして……マルジン先生のファン?」
「はい」
「へ、へえー。僕もファンなんだ」
「……はあ」
私の感性がねじ曲がっているだけかもしれないけれど、彼の言葉一つ一つが、当てこすりのようで腹立たしかった。
今日はもう図書館にはいられない。
家に帰って、部屋の隅で丸まりながら、マルジン先生の長編作品を読みふけるんだ。
もう8周しているけど、読みふけるんだ。
そう考えていると、彼は意外過ぎる行動をして、私の度肝を抜いた。
「これ、お先にどうぞ」
「……」
「あれ、もしかしてもう読んだ?」
「いえ、ありがとうございます」
まさか、譲ってくれるなんて……。
私はスリ師のような素早さで、彼の手から本を奪い取った。
やっぱなしと言っても、絶対に返すまい。そんな意思をこめてぎゅっと胸に抱くと、彼は苦笑していた。
ちょっとばかり、興奮しすぎたかもしれない。
「じゃ、じゃあね」
そう言って彼は立ち去ろうとしたが、このままだと無礼な変人になってしまう。
変人はいいとしても無礼と思われるのはいただけない。
いや、私が完全に悪いのだけれど。
「あ、あの!」
私はとっさに声をかけた。本と向き合ってきた毎日だから、人の目を見てまともに会話しようとするのは、かなり久しぶりだ。
「ごめんなさい」
「え、何が?」
「そ、そのー、奪っちゃって」
「いや、僕の意思で譲っただけだけど……」
「そうじゃなくてですね、えーと、受け取り方がよろしくなかったかと。申し訳ないです。マルジン先生のことが好きすぎるあまり、つい興奮してしまって、すみませんでした」
よし、言えた。
息継ぎを忘れて、ちょっとだけ息が上がってるのが恥ずかしいけど、ちゃんと伝わったと思う。
「気にしないでいいよ。ハハハ、なんか君、バズーカアフタヌーンティーのヌーンみたいだね」
バズーカアフタヌーンティーのヌーン!?
あそこまでなよなよした性格じゃないし、あんな性悪のアバズレと一緒にするなんて……。
でもこの人、かなりコアなファンの可能性がある。まさかバズーカアフタヌーンティーを知っているんだから、古参のファンだ。
マルジン先生のファンだなんて、とても奇特な人だ。
同志だ!
「………それは心外です。どちらかといえばドーンに似た性格だと思います」
「へえ、それじゃあ結構勝気なんだね。もしかして、レモンミルク事変での大活躍のように、魔法も大得意だったりするのかな?」
「私は魔力がないので魔法は使えないです」
「……え?」
あ、しまった。
ついうっかり言ってしまった。
別に隠しているわけじゃないけれど、魔力なしは白い目で見られがちだから、あまり言わないほうがいいんだけど。
興奮のあまり、つい口走ってしまった。
「そういうことか!」
すると彼はなぜか、世紀の大発見でもしたかのように飛び跳ねた。
「君に魔法が掛からなかったのは、そういう理由だったんだね!」
「え?」
「視力が回復する魔法をずっとかけてたのに、なぜか君にはかからなかったから、おかしいなと思ってたんだよ」
「……なんでそんなことするんです?」
「……あ」
魔法を試しているのは知ってたけれど、まさか視力を回復させようとしてただなんて。
そういえば、バズーカアフタヌーンティーにもそんなシーンがあったなあ。
たしか、ヒロインであるイブニングに一目惚れした主人公が、どうにかして気を引くために、取っ手の外れたイブニングのティーカップを直してあげたんだっけ。
イブニングは不便だと思ってたから、大して怒りもせず、主人公と打ち解けたんだけど、それが良くなかった。
交わるはずのない二人が交わってしまい、世界にティーカップ大革命が起きて、レモンミルク事変に繋がってしまう……。
あれ?
「本当にごめんなさい。気持ち悪かったよね。ごめんなさい」
深々と頭を下げる彼を見下ろしながら、クリアだった私の思考が、なぜかぼんやりとしてしまう。
バズーカのように熱を帯びて、言葉という次弾を装填できずにいた。
無許可で魔法をかけられるのは、気持ち悪かったけれど……。
彼でなく、他の人ならばきっと、今もまだ気持ち悪いままだと思うけれど。
どうしてか、彼には気持ち悪さを感じない。
バズーカアフタヌーンティーの主人公がそうだったように、それだけ必死だったのかもしれない。
私と接点を持つために……。
「……も、もう行くね。ごめんね」
バツが悪そうに、立ち去ろうとした彼とすれ違う瞬間、私の中で何かが爆ぜた。
レモンミルク事変でドーンがみせた、ティーポットを冷たくする大魔法が、熱っぽい頭をキュンと冷やす。
そのおかげで、バズーカに次弾が装填して、引き金を引くことができた。
「待って」
彼は立ち止まると、恐る恐るといった様子で振り返った。
「ティーブレイカージュン、読みました?」
「う、うん。バズーカアフタヌーンティーの前作だよね」
「この後、予定がなかったら……その、感想会しませんか?」
私にとっては一世一代の砲撃だった。もしも断られたら次弾もなく、たぶんハーブティーも啜れない体になってしまうだろう。
気恥ずかしさで私が目を伏せると、彼の砲弾が飛んできた。
「ぼ、僕でいいならぜひ。か、感想会、したいなー」
良い返事をもらえた嬉しさで、急に顔を上げると、彼は驚いた様子で視線を彷徨わせていた。
そのせいで私の目も泳いでしまう。
「む、向こうで、どうですか?人も少ないし」
「そうだね、立ち話も、なんだしね」
それから私たちは、マルジン先生の本について語り合った。
オチの付け方について論評したり、作風についてこき下ろしたり、マルジン先生という人物について、あれやこれやと妄想を膨らませて。
あっという間に時間が過ぎて、閉館時間がやって来た。
「あ、明日も、図書館にいる?」
「……はい」
「じゃあ、明日も同じ時間に、どうかな?」
「はい。た、楽しみです」
「……ぼ、僕もだよ。それじゃあ、途中まで一緒に、帰る?」
「は、はい」
「敬語はやめてよ。同級生なんだしさ」
「は、う、うん。わかた」
魔力なしが恨めしいと、今日ほど思った日はない。
この時間を引き伸ばす魔法がほしい。
……でも、もしかしたら使えるかも。
魔法が効かないはずの私には、ちゃんと魔法がかかっているから。
どんな魔法なんだろう。
帰りながら教えてもらおう。
どんな魔法で、私を夢中にさせたのかって。
かつて私を夢中にさせた、マルジン先生なら分かるかな。
よかったら教えてください。
彼に直接聞くのは、ちょっとだけ気恥ずかしいので。
はいマルジンです。
知りません。以上。
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