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二宮金次郎の噂

作者: 唐揚げ

 二宮金次郎の像というものに馴染みが無くなっているという話を聞いたことがあるだろうか。

 二宮金次郎、正式には、二宮尊徳として知られる人物の像は、少し前の小学校にはたいてい、校門やどこかしら生徒の目につく場所に置かれていたものである。しかし、現代の社会において、その二宮尊徳の像は時代にそぐわないとして、老朽化した校舎の建て替えに伴って廃棄される事が多くなったそうだ。

 Aさんの学校には二宮尊徳のブロンズ像があった。

 ブロンズ像はかなり長い年月、校門にあって雨風に晒されていた為か、緑青肌のいたるところに雨水の垂れた跡が残っていたのが印象的だそうである。


 そんなAさんの知っている学校の二宮尊徳のブロンズ像であるが、こんな噂があった。

 真夜中になるとその二宮尊徳の像が動きだすというものだ。

 いかにもな噂。言ってしまえば、学校の怪談だ。

 だけども、それが意外と真実味を帯びているとAさんは感じていた。例えば、この噂の元というのは、雨が降った翌日には、学校校舎のどこかに足跡があり、その足跡は明らかに草鞋のそれだそうである。そして、そのブロンズ像の足元はしっかりと泥で汚れているのであった。

 そんな噂を知っていても、雨の日の深夜にAさんは学校に行かなければならないことが一度だけあった。

 と、言うのも、計算ドリルを教室に忘れて帰ってしまったのだ。さらに悪いことに、その計算ドリルは宿題にもなっていたのでそれを必ず取りに行かなければならなかった。担任が苛烈で、厳しく恐れていたのもあるだろう。

 九時を過ぎて宿直の教師に親が申し訳ないと頭を下げている間に、Aさんは申し訳なく一人教室へと向かった。

 人気の少ない校舎を足早に走っていく。階段を上って三階の廊下まで駆け上がる。雨が激しく窓を叩いているのが余計とAさんの足を速めたそうだ。教室に入って、机の中から計算ドリルを取り出して鞄の中へと入れる。一安心したその時だ。


 ひたっ・・・ひたっ・・・


 雨音の中、聴き慣れない音がAさんに聞こえた。

 すぐに頭に二宮尊徳の噂が浮かぶ。

 もしや、この音は草履で廊下を歩く二宮尊徳のブロンズ像なのではないか。

 嫌な想像がよぎった。

 Aさんは鞄をぎゅっと胸の前で抱え、教室を飛び出した。そして、そのままに、廊下を走って角を曲がり、足音から遠ざかるために走った。そんな中で、足を止めて振り返り後ろを見た。


 ひたっ・・・ひたっ・・・ ぴちょん・・・ ひたっ・・・


 雨音に混じって、やはり聞こえてくる。

 それはAさんの方へと近寄ってきているようで、ちょうど、先ほど曲がった廊下の角の向こうにいるようだった。一体、何が出てくるのかAさんは恐ろしくも、好奇心が出てきた。明日の学校で話のネタにできるかもしれないという、人気者になれるかもという気持ちもあった。

 

 ひたっ・・・ひたっ・・・


 と、聞こえてくる音の正体をじっと待った。


 バチバチ・・・バチバチバチバチっ・・・


 窓ガラスを叩きつける雨音が大きく聞こえるが、それでも足音は聞こえる。

 窓ガラスの向こう側は雨空でまっくらな夜が広がっている。

 ぴかっと光った。

 その時だ。

 窓の外、じっとこちらを伺う顔があった。

 再びの稲光が、光った。間違いなく、窓のすぐ外には、こちらを覗き込む二宮尊徳の顔があったのだ。

 雨に濡れた二宮尊徳のブロンズ像は、目を手に持っている本ではなくAさんへと向けている。


 Aさんは声も出さずに走り出した。そして、階段を一目散に駆け降り、二階の踊り場で母親と合流すると、慌てて今見たものと、聞いた音を伝えた。半信半疑の母親を連れて階段を上がっていくが、三階にたどり着いた時、宿直の教師が歩いて近づいてくるのが見えた。

 ひたっ・・・ひたっ・・・という足音は、宿直の教師のスリッパの音だった。

 きっと、窓の外に見たモノは、見間違いであろうと思い込むことにした。幸いな事に母親からも「見間違いだろう」と言われたので、そう思うのもどこか納得がいくのであった。


 だが、その次の日、Aさんが学校に行くと、校舎の壁。二宮尊徳のブロンズ像の辺りから、壁を歩いた足跡がくっきりと残っていたそうである。

 きっと昨晩の嵐で汚れたのだろう、それがそう見えるのだろうと皆口にしたが、Aさんはそう思う事は出来なかった。

 それ以降、Aさんは忘れ物をしなくなった。そして、大人になった今でもAさんは、その小学校には近づかないそうだ。

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