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国民的女優と態度の変化

 七月のとある日。

 短冊に願いを記して、自動販売機の隣に設置された簡易的な笹の葉につける。

 休み時間を挟むことに短冊の数は増えていく。

 赤、黄色、青、紫、ピンク、オレンジ、緑。

 数多な色の短冊がつけられ、質素な笹の葉は鮮やかに色付いていく。

 書かれた願い事は様々だ。「進路今年中に決定しますように」「期末テスト赤点回避!」「今年こそ告白成功させるぞ」「幸せになりたい」と本当に思い思いな願いを書いていくのだ。

 隣に立つ鷺ノ宮氷華(さぎのみやひょうか)は唇に指を当て、何も書かれていない真っさらな短冊を凝視する。

 その短冊の上には「ご自由にどうぞ(生徒会より)」と書かれている。

 毎年恒例となっている生徒会プレゼンツの行事だ。

 ここで願いを書けば願いが必ず叶うとかそういう言い伝えはない。

 ただ皆イベントとして思いも思いに楽しんでいるのだ。

 そういうモチベーションが俺も大切だと思う。


 「何書こうかな」


 短冊とボールペンを手に取った氷華はかがみながら、ポツリと呟く。


 「去年は何書いたんだ?」

 「私去年はここに居なかったから。撮影でね」

 「あー、そういやそうだったな」

 「そういうみーくんは何書いたの?」


 ボールペンをとんとんと机に叩きながら、視線をこちらへ向ける。


 「秘密」

 「なにそれ」


 つんとボールペンで胸を突く。

 えへへとはにかむその姿はあまりにも可愛く、心臓か抉られそうになる。

 やはり表の鷺ノ宮氷華の破壊力はえげつない。

 常にこの表情を見せてくれたら俺は多分死ぬんだろうな。

 キュン死って存在するんだね。


 するすると氷華は短冊に願いを書いていく。

 ボールペンが動いているのをチラチラ見ながら、俺も短冊に願いを書いていく。

 去年と同じ願いだ。

 『普通になって欲しい』

 淡白だが切なる願いだ。

 去年は効果なかったが、今年こそは効果を期待したい。


 笹に短冊をつけて、教室へと踵を返す。

 チラリとスマートフォンの時計を見ると、もう五限目の時間が迫っている。


 「みーくんは何を書いたの」

 「秘密。教えたら面白くないでしょ」

 「ふーん。それじゃあ私のも秘密〜」


 氷華はニッと白い歯を出して笑うと、手を後ろに回して、下から顔を覗かせる。

 あまりにも自然で可愛らしい動きに周囲の注目の的になる。


 「な、別に良いし……」


 俺のは教えないけど、氷華のは教えろってのも理不尽な話だしな。

 とはいえ、秘密って言われると気になる。

 ブーメランすぎるので何も言わないのだけれどね。


◆◇◆◇◆◇


 放課後になる。

 教室は途端に喧騒な空気になった。

 やることないし帰ろうかなと、ぐぐぐと背を伸ばす。

 そしてスクールバッグに手をやると、目の前に氷華がやってきた。

 とんと机上にスクールバッグを置く。


 「ごめんね。今日先に帰っててもらえる?」

 「え、いや、うん。良いけど。どうしたの」


 想定外の言葉に俺は思わず動揺してしまう。

 そんな俺の様子を見て、氷華は少しだけ楽しそうに微笑む。


 「屋上に呼び出されててね」


 氷華は言葉と共に面倒くさそうな顔をした。

 俺は即座に教室内をキョロキョロと見渡して、瑠香を探す。

 屋上に呼び出すという前例があるのは瑠香だ。また呼び出したのか。

 疑いつつ、探しているとすぐ近くにいた。

 瑠香と目が合い、彼女としばらく見つめ合った後に彼女はふるふると首を横に振る。

 どうやら違うらしい。


 「またなんだ。大丈夫?」

 「今回は前回のとは別件。多分だけど告白だと思う」

 「あー、そういうのね」

 「そういうの」


 もうそんな時期になったのかとしみじみする。

 大体春先に告白ブームが来て、夏休み前のこの時期にまた告白ブームがやってくる。秋は一旦落ち着きを見せ、十一月の後半頃からまた告白ブームが再熱する。そして、また春へと続いていく。

 春先にスタートダッシュを決めたい男と、夏休みまでに彼女を欲する男、クリスマスまでに彼女が欲しい男が氷華へと突っ込んでくる。

 毎年の恒例行事だ。


 普通なドキドキワクワクするのだろうが、氷華レベルになるとただただ面倒なだけらしい。

 今の顔が全てを物語っている。

 一年に何回も告白されればこうもなるのだろう。

 しかも、受けるつもりはさらさらないだろうから尚更だ。


 「じゃあ先に帰ってるよ」

 「うん、ごめんね。それじゃあ気を付けてね」


 ひらひらと手を振りながら、氷華は教室を去っていく。


 「どもどもどーも」

 「瑠香……本当にお前じゃないのか? 呼び出したの」

 「ん、私じゃないよ。大体呼び出すような仲じゃないし。電話一本で繋がれるんだよ? ほら」


 自慢げに氷華の電話番号を見せてくる。

 ま、たしかにわざわざ放課後に屋上へ呼び出すような関係性では無い。というか、ではなくなった。


 「あーはいはい。そうですか」

 「反応うっす」

 「仲良くしてくれてるのは氷華からかねがね聞いてるし、電話番号くらい俺だって知ってるから。自慢にもならん」

 「うげー、ひっど。私が持ってることに意味があるんじゃん」

 「確かにそれはそうかもな」

 「でしょでしょ。それに呼び出してるのならここに居ないから」


 瑠香は俺の前の席の椅子を奪い取り、我が物顔で座る。

 あまりの正論に思わず苦笑してしまう。


 「それはそうと、俺もう帰ろうと思ったんだけど」

 「えー、つまんないの」

 「つまるとかつまらないとかそういう問題では無いだろ」

 「ほら、良いから良いから。座る座る」

 瑠香はわざわざ俺の方まで回って、肩に手を置いて無理矢理座らされてしまう。


 「お、浮気か?」

 

 廊下から陽彩の声が聞こえてきた。

 絶妙なタイミングで見つかったものである。


 「ちげぇーよ」

 「ほどほどになー。氷華ちゃんにバレたらめんどうだぞ〜」


 バットとグローブを持った陽彩はそのまま手をヒラヒラさせながら、教室を過ぎていく。


 「先に帰ってないと氷華にしばかれるんだよ。それに俺と話してるのがバレたらそっちも色々大変だろ」

 「あー、それなら大丈夫。興味無いこと散々話したからお近付きの許可得たよ」

 「嘘だろ」

 「ほんとほんと」


 ケラケラ笑う。

 あの氷華が? まさかそんな冗談を。

 ただ、瑠香が嘘を吐いているようにも思えない。本当なのか……。

 でも、それはそれとして帰るもんは帰る。

 俺は逃げるように帰宅したのだった。


◆◇◆◇◆◇


 待てど暮らせど氷華は帰って来ない。

 告白して断るだけならこんなに時間かからないだろうに。

 何かに巻き込まれてしまったのではと不安が募る。

 氷華は有名人だ。

 一人で歩いていたら誘拐とかされちゃうかもしれない。変な輩に絡まれるかもしれない。

 少なくとも一般人に比べてリスクは大きい。

 考えれば考えるほど不安なる悪循環。

 負のスパイラルだ。

 非常によろしくない。


 一旦お茶を飲んで落ち着こう。

 ぐびっと呷る。

 

 「ふぅ……」


 喉を通るのと同時に焦りは溶けるように消えていく。

 お茶にはテアニンという成分が含まれており、コイツには心身をリラックスさせる効果があるのだとか。

 ことんとコップを机に置いたのと同時にガチャりと玄関から音が聞こえる。

 どうやら氷華が帰ってきたらしい。

 やはり杞憂だったようだ。

 氷華とてもう高校二年生だ。自立した女性だ。

 俺が一々心配する程じゃない。


 「おかえり」


 俺はいつものように玄関へ行き彼女を出迎える。

 いつもなら一目散に俺へ目線を向けるのだが、今日は俯いていてこちらを見ることはない。

 若干疑問に思いつつも、そういう日もあるよなと楽観視する。


 「ただいま」


 氷華は淡白な返事だけを口にして、靴を脱ぐと、こちらへ目線を向けることはなくリビングの方へとスタスタと歩いていく。

 玄関に取り残された俺はポカンと口を開ける。

 呆然と立ち尽くすとはまさにこのことだ。


 なにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

 少し思考を巡らせるが思い当たる節は無い。珍しくゼロだ。絶対に……とは言い切れない。

 瑠香と教室で話していたという事実に尾ひれがついて面倒な形で伝わってしまった可能性もあるからね。

 とはいえ、それなら直接文句を言ってきそうなものだが。

 ってか、そもそも怒っているのかどうかすら怪しい。

 怒っているにしてはなにか違和感がある。

 具体的にどんな違和感かと問われると困ってしまうのだが。


 「……なんなんだこれ」


 困惑しつつも、一過性のものだろうと判断して、思考を放棄した。

 寝れば治ったりするし。




 あまりにも楽観視していた。

 一晩経てば元に戻るだろうと思っていた。見通しが甘かったと言わざるを得ない。


 「おはよう」

 「おはよう」


 挨拶も短く、こちらに興味を示さない。

 いつもならあっちから、あれやこれやと関わってくるのに今日はなにもない。言葉通り本当になにもない。

 まるで意図的に距離を取っているような感じだ。

 というか実際に距離を取られている。

 しかも完全に無視するわけではなく、必要最低限の会話だけは行う。

 気遣われているようにも思えて、ただ無視されるよりもダメージが大きい。


 「どうしたんだ?」


 我慢できずに問う。


 「どうもしないけど」


 俺の問いに氷華はそう答える。

 何があったのかとか、俺がなにかしたのかとか。そういう踏み込んだことを聞ける雰囲気でもない。

 氷華との間に壁を感じるのだ。

 踏み込んでくるなという雰囲気さえも感じ取れてしまう。

 氷華のことを考えると、ここで踏み止まるのが正解だ。


 「……」

 「……」


 俺が会話しなければ沈黙が流れる。

 それを苦にする様子は一切ない。

 寂しさだけが肌に残る。


 「そうだ。今日私先に行くから。というかしばらくかな」

 「え、一緒に行かないの」

 「う、うん」


 氷華は頷く。

 ここで「なんで」とズカズカ踏み込めるデリカシーのなさや勇気があれば良かったのだろうが、生憎どちらも持ち合わせていない。


 「そっか。分かった」


 だから引き下がる他ない。踏み止まるのではなく、一歩引く。

 心の中で氷華の意思を尊重したからとかそれらしい言い訳を並べる。

 虚しさだけは紛らわすことができない。

 ただ、氷華の行動の意図がイマイチ掴めない。

 なぜこうなったのか……という根本が分からないことには解決の仕様がない。

 もしかしたら純粋に嫌われてしまったのかもしれない。生理的に無理とか思われているのかもしれない。なんだろう。仮定の話なのにビックリするくらい辛いな。


 ただし、本当にそうなのだとすればさっさと氷華は同棲の解消を申し出るはずだ。

 となると可能性としてはある話であっても、確率としてはさほど高くはない。

 じゃあ他に何があるって言われるとわからないのだけれど。

 こればかりはうんうん悩んだところで答えが出るようなものでもない。

 時間が解決する他ないのだ。


 自分にそう言い聞かせ、落とし込んだ。

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