国民的女優と呼び出し
「どもどもどーも」
今日も瑠香はやってきた。
水色の透き通った髪の毛を今日も靡かせる。
ゆらっと揺らしながら、ゆっくりとしゃがみ俺と目線の高さを合わせる。
「なに。またかよ。なんなんだよ」
ちろりと氷華の方を見る。
彼女はこちらを見ており、目が合ってしまう。
俺は慌てて目を逸らしてしまった。
あれこれ正当化していても結局心の中で悪いことをしているという自覚があるのだろう。無意識下で。
だから堂々と見つめあうことができず、逃げるように目を逸らす。
「あれあれあれれー。元気ない?」
「誰のせいでこうなってると思ってんだ」
妙に元気な瑠香を目の前にして思わず溜息を吐いてしまう。
溜息は幸せが逃げるよ、とか良く言うが、そんなの知ったことじゃない。
というか、そんなので逃げてしまう幸せなんかさっさと逃げてしまえば良い。
「うーん、わかんないけど私のせい?」
とんとんと唇に指を当て、うーんと声を出しながら、ゆっくりと首を傾げる。
そしてすぐにえへへと笑った。
「正解だよ。朝っぱらから意味もなくだらだらと話しかけてきて、訳の分からんこといって帰ってく女子の相手してたら誰だって疲れるよ」
お前と絡んでると氷華が家でうるせぇんだよ……とは口が裂けても言えない。
口を裂かれるのであれば、そのまま死を待つのみ。
絶対に言えない。
「えー、こんな可愛い女の子と会話できるなんて男の子なら皆喜ぶと思ってたのに。ほら、こんなに可愛いんだよ」
「なんなんだよお前。マジでなんなんだよ」
可愛いことは否定しない。
顔は整っているし、スタイルも抜群だ。
水色の髪の毛は良いアクセントになっているし、主張は激しくないが、時折香ってくる柑橘系のシャンプーの匂いが最高に男の本能を擽る。
とはいえ、だ。
自分で自分のことを可愛いとか言っているのが最高に可愛くない。
コツコツ積み上げてきた可愛いポイントを自分で崩してしまっている。非常に勿体ない。
「自分で可愛いとか言ってるのが可愛くないって思ったでしょ。今絶対に思ってた!」
「な――」
「顔に出過ぎだよ。そうだ。鷺ノ宮さんにポーカーフェイスのやり方でも教わったら? 喜んで教えてくれるでしょ。あの人ならさ」
「どうだか。ってか、俺そんなに顔出てんの」
「そりゃもう。ここに文字書いてあるんじゃないかってくらい丸わかりだよ」
瑠香は自身の前髪を上げて、額をペチペチ叩く。
ここに書いてあるぞとジェスチャーで教えてくれる。
「もしかしてポーカーフェイスだとか思ってた? ざーんねん。バレバレですよー」
「別にそういう訳じゃない」
なんか癪なので反抗しておく。
「ま、澪くんの指摘に一つだけ修正しちゃおっかな」
つんと俺を指で突く。
顔を顰め、睨むように瑠香を見るのだが、ケラケラ笑うだけで辞める気配は毛頭ない。
むしろ調子に乗せてしまった感がある。
「なんだよ」
「今日はちゃーんと用事がありまーす」
「はぁ……じゃあ用件をどうぞ」
「今日朝来たらさ、こんなのが私の机の中に入ってたんだよね。あんまり周りに見せない方が良いやつだと思うんだけど……」
瑠香は俺の机に我が物顔で座ると、端っこに片手を置き、体重を乗せながら俺の方へ顔を近付ける。
そしてそのまま耳元でそう囁く。
連日のことなので、流石に耐性がついて恥ずかしくなるようなことは無い。
おうおう、またか。そんな感じだ。
周囲に悟られないように俺の腹部になにかを押し付ける。
もぞもぞした感触が走るのでやめてほしい。
こっちの方が恥ずかしいんだけど。瑠香の手の温度がそのまま腹部に伝わるのがヤバい。ヤバすぎて語彙力が氷華を物珍しがる女子高生になっちゃう。ウケる、ヤバい。
「ん、なんだこれ」
押し付けられたなにかを手に取る。
折り畳まれた紙であった。
丁寧に開いていく。
A4サイズの紙になる。
『今日の放課後に屋上へ来てください。覚悟するように。鷺ノ宮氷華』
と、達筆な文字が書かれている。
一度ふーんと流見をしてから、二度目、三度目と見直す。
「なんだこれは」
「なんだろうね。これは」
俺の言葉に瑠香はうんうんと頷く。
机に座りながら見下ろすように紙を見つめる。
「鷺ノ宮さんに一番近しい人間って誰だろーって考えると澪くんが真っ先浮かんだんだよ」
「で、これを持ってきてどういうことか確認しに来たと」
「御明答〜」
改めて紙を確認する。
怖いもの知らずの馬鹿者が、氷華に成りすましてイタズラをしたんじゃないかという薄い線を考えた。
見慣れた筆跡が紙に描かれている。
これだけ酷似させておいて、氷華の文字じゃありません〜ってのは無理な話だ。
氷華が書いたと考えて良いだろう。
とはいえ、なぜこんなことをしたのか。
あぁ……。
「え、ちよっと何その顔。ねぇねぇ! ちょっと今絶対なんか頭に浮かんだでしょ」
瑠香から黙って目を逸らすと肩をガッチリと掴まれて、ぐわんぐわんと揺さぶられる。
「ほら、否定して。否定! 否定!」
「あーっと。うーん。アハハハハ……」
「ほら、プリーズ。情報ちょうだい」
言えるわけないんだよなー。
だから俺は苦笑する他ない。
「うーん、ちょっとやり過ぎたってことかな」
瑠香は少しだけ冷静さを取り戻し、口元に指を当てる。
相変わらず俺の机に座ったままだ。
もう最早机じゃなくて椅子だ。
「やり過ぎたってなにかしてたのか?」
「してないしてないしてないよ。ほんとにしてない」
ぶんぶんと激しく首を横に振る。
あまりにもオーバーな反応で思わず本当かよと訝しんでしまう。
こういう大袈裟な反応の時は大体嘘を吐いている時なのだ。
淡々とした反応をすると嘘だとバレてしまうかもという恐怖から大袈裟な反応を見せる。俺の経験則なので実際正解なのか否かは知ったことじゃない。
「お互い隠し事があるということで……まぁ。とりあえずがんばってくれ」
「ちょーいちょい。何で私が嘘吐いている前提なの」
「だってそうでしょ」
カマをかけるのが半分、面倒くささ半分。
タイムリミットもすぐそこだし、適当にあしらっておけば良い。
ほら、朝のショートホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
この前は俺の敵だったが、今日は味方をしてくれるんだね。
「むぅ……」
あざとく頬をむくぅと膨らませながら、自分の席へと帰っていく。
やられたことをやり返せるとはなんたる爽快か。
おっと、机あったけぇなぁ。
◆◇◆◇◆◇
「みーくん。今日は先に帰っててくれる?」
放課後になり、部活の準備をするもの、イヤホンをしてそそくさと帰宅するもの、教室の角で集ってくっちゃべる者と秩序など皆無な空間が広がる。
どんちゃん騒ぎとは程遠いが、この良くも悪くも解放感溢れるこの瞬間が俺は好きだ。
そんな中、氷華は俺の元にやってくるなりそう口にする。
「え、うん。良いけどなにかあるの」
あの紙を見た以上、何をするのかは理解しているのだが、一応確認しておく。
もしかしたら何をするつもりなのか教えてくれるかもしれないし。
「野暮用だよ。そんな大したことじゃないけど、きっとみーくんの為にもなることかなー」
「本当に野暮用なのかよ」
「この笑顔が嘘つきの笑顔に見える?」
はい見えます。女優の……演技派女優の笑顔を信じろって無理だろ。
「疑ったでしょ」
氷華は目を細めながら、俺の耳たぶをぐいぐいと優しく引っ張る。
痛くは無いけど、周りの生暖かい目が恥ずかしいからやめてください。
「すみません、すみません。俺が悪かった」
義務的な謝罪を行う。
そんなので満足したのか氷華はパッと手を離した。
耳たぶに若干の寂しさを残す。
「とにかくちょっと一緒に帰れそうにないから先に帰ってて欲しい。大丈夫?」
「分かった。今日は先に帰っておくよ」
「それじゃあね」
氷華は優しく手を振り、スクールバッグを担いで教室を颯爽と後にする。
それじゃあ俺も言われた通りに帰りますか……って、素直に帰宅するわけが無い。
このあと屋上で何かしらが行われるはずだ。
ヤンデレモードの氷華が瑠香に向かってなにかすることは状況を鑑みるに確定に近しいと考えて良いだろう。
正直、瑠香の自業自得だし、俺がわざわざ仲介しに行く必要はない。
勝手に俺に絡んできて、氷華の怒りを買っているのだ。
とはいえ、氷華が外で俺以外にヤンデレモードを見せるのは不安だ。
氷華には女優の道を捨てて欲しくない。本人はあんなことを言っていたけど。
俺のエゴだと言われてしまえば、そうですねと認めざるを得ない。
まぁでもエゴでも良いじゃないかとも思う。
とにかく一歩間違えれば氷華の華やかしい女優人生は幕を閉じることになる。
彼女はさして気にしていないとしても、俺は気にしている。
いざって時には仲介できるようにスタンバイしておきたい。
だから俺は屋上へと向かう。
教室で意気込み、荷物を持って屋上へと向かったのだった。
ハードル走のハードルに『立ち入り禁止』という紙を貼り付けただけの立て札をひょいと乗り越える。
本来この先の扉を開けると職員室で防犯ブザーが鳴るのだが、機械が故障しているため鳴らない。
一部の生徒だけが知っているライフハックだ。更に付け加えると、他の屋上への入口は防犯ブザーが生きているので注意しなければならない。
詳細を知らない学生が時折ブザーを鳴らして騒ぎになるのだ。
鉄製の重たい扉を開けると、夏の爽やかな風が正面から吹く。
音が鳴らないように慎重に閉め、周囲を見渡す。
「鷺ノ宮さん。おまたせしちゃったね。ちょっと職員室に用事があって遅れちゃった」
「大丈夫ですよ。ノート提出遅れていましたもんね。それを提出しに行ったのでしょう?」
「そうそう〜……って、なんで知ってんの。こわ」
「周囲の観察をするのは役者として当然ですから」
「私はただの女子高生なんだけどなー」
南の方から氷華と瑠香の声が聞こえてくる。
壁の影に隠れつつ、ちらりと顔だけ出して確認する。
少し開けたところに二人は立っていた。
時折強い風が吹き、髪の毛は揺られ、長い氷華のスカートも短い瑠香のスカートもパタパタとめくれそうになっている。
というか、瑠香に関しては見えそうだ。
凝視すればスカートの中がこんにちはしそうだね。
でも俺は……そう、紳士だからしないのさ。
壁の影に潜み、彼女達の会話を盗み聞きする。
これ以上の静観は危険だと判断すれば割り込みに行くし、問題ないと判断すれば引き続き静観する。
これは必要な盗み聞きであり、決して悪いことじゃない。
そう、これは悪いことじゃないのだ。
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