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国民的女優とお怒りポイント

 青かった空はオレンジ色に染まり、電信柱の上からカーカーと烏の鳴き声が聞こえる。

 高校から少し離れた通学路。

 虫取り網を持ってパタパタと走る小学生たちが私たちのことを簡単に追い越す。


 「怒ってる?」


 交差点に差し掛かり、足を止めると同時に俺は恐る恐る声をかける。

 氷華の顔を見たかったが、好奇心よりも恐ろしさが勝ってしまい、白黒の横断歩道を見つめるに留まる。


 「なんで怒らなきゃいけないの? なんでそう思ったの? みーくんはなにかしたって自覚があるの? だからそう思ったの?」


 声のトーンを崩すことはない。

 興奮するわけでもなければ、哀愁を漂わせるわけでもない。

 ただただ淡々と矢継ぎ早に質問をなげかける。

 当然ながら、俺が答える隙すらない。


 周囲から見ればただ会話しているように見えるだろうし、聞こえるだろう。

 それが氷華の演技力である。

 声音も表情も穏やかさを保つことができる。

 彼女の長所であり短所だ。


 「歩いてる間、ずっと喋らないじゃん。きっと俺が声掛けなきゃ何も喋ることなく家に着いてたよ」

 「ふーん、でもそういう日があっても良いんじゃない? 少なくとも私はそう思うけど」


 淡白な反応だ。

 いつもならもうちよっと話しかけてくる。

 微々たる違いだと言われれば、そうだと首肯せざるを得ない。

 実際にその通りなのだから。

 でも、氷華はそのくらいの違いしか見せてこない。

 小さな違いから推察し、感情を読みとかなければならない。

 見失えばすぐに隠してしまうから。


 「本当にそういう日があっても良いの?」

 「だから私はそう思うよ」

 「今だからそう思ってるだけでしょ。怒ってるから」

 「怒ってる? 私が? 今の話を聞いても尚そう思うの?」


 何を言っているんだ。バカなのか。

 そう言いたげな様子だ。

 嘲笑ぎみな声音がなによりの証拠である。


 「いつも黙らないじゃん。こんな黙って、歩いてる時なんて大体怒ってる時だし」


 歩行者信号は青になり、俺たちは横断歩道を渡る。

 先頭を歩く氷華に向かってそう答える。

 経験則を盾にする。


 「そうかもね」


 氷華はポツリとつぶやく。

 それ以上は口にしない。

 ただ歩くだけの機械と化した。

 怒らせた理由をなんとなく理解している俺はただただ憂鬱な時間を過ごしたのだった。

 できれば一生この下校時間が続けば良いのに。

 そんな有り得ない幻想物語を考えた。


◆◇◆◇◆◇


 帰宅するとむわっとした熱気が俺たちを迎え入れる。

 サウナかよとツッコミたくなるほどの熱気に思わず顔を顰めてしまった。

 一歩足を踏み入れるだけで、穴という穴から汗が吹き出すように出てきて、ワイシャツは一瞬にして水浸しになる。

 氷華も蕩けるような表情を浮かべる。

 互いに暑すぎるせいで何も言いたくない。体力を温存しまくりたいという感じだ。


 黙ってリビングまで向かい、冷房のリモコンを手に取って、全力で設定温度を限界まで下げる。

 ピピッと警告音のようなものが鳴るのと同時に、エアコンは悲鳴を上げながら冷気を吐き出す。

 冷気が当たるところに仁王立ちし、生を実感する。


 「仮に私が怒ってたとしようか」


 氷華は椅子に座り、とんとんと机を優しく叩く。

 クイッと顎を向かいの席へ向ける。

 座れということらしい。


 「何言ってんだ」

 「怒ってんのって聞いてきたのみーくんでしょ。ニワトリなの?」


 そういえばそんな話をしていたな。

 暑すぎて忘れていた。

 とはいえニワトリ扱いは酷いと思う。

 忘れる時は一歩も歩かずに忘れるんだよなぁー。


 「そうやって聞いてくるってことはなにか思い当たる節があるんでしょ? そうじゃなきゃそんな心配は湧き上がってこない」

 「な……」


 氷華の言葉に俺は言葉を失ってしまう。

 彼女の言葉の威圧感に、言葉の正鵠さに、またはその両方に。

 実際、その通りなのだ。

 思い当たる節はある。


 「分かっててそういう意地悪をしちゃうみーくんにはお仕置が必要だよね」


 人差し指を自身の唇に当て、小さく微笑む。

 ただ微笑むだけならば可愛らしいのに、裏側に別の感情が潜んでいるのが丸分かりで辛くなる。

 国民的女優の力を存分に発揮している。そんなもん家で発揮しないでもらいたい。


 「お仕置……」

 「冗談だよ。冗談。もー、みーくんったら私がそういうことするようにみえる?」


 氷華はいたずらっぽく笑う。

 大きく何度も頷いてやりたい気持ちはあるがぐっと堪える。

 なぜか妙にテンションの高い氷華の機嫌を損ねるようなことはしたくない。

 この状態で機嫌を損ねさせるのは自殺をするのと同義と言えよう。

 その後どうなるか。考えただけで身震いしてしまう。


 「で、話戻るけど、私が怒っていると仮定しようか」

 「怒ってんじゃん」

 「んん」


 腕を組みながら、にこにこ微笑む。

 やはり何度見てもこの表情が恐ろしい。

 もうほとんど昼ドラじゃん。


 「怒ってるわけじゃないんだよ。決して怒ってるわけじゃない」


 氷華は腕組みを戻さずに、まるで自分に言い聞かせるような形でうんうんと頷く。


 「ただ、姫居(ひめい)さんとあまりにも距離が近くてなにしてんだろうなーって思ってただけ」


 ビンゴだ。

 やっぱりそうだったみたい。


 「あれは不可抗力だからさ。俺が近付いたわけじゃないし、あっちが全部仕掛けてきたことなわけで」

 「うんうん、知ってるよ。それは知ってる。だって、ぜーんぶ見てたもん。そう、ぜーんぶね、全部。だから大丈夫。わかってるよ」


 なんだろうか。

 仮に氷華でなければこのセリフは嬉しいはずだ。

 あぁ、信用されているんだなと思えるから。

 でも、氷華に言われると背筋が凍るだけ。


 氷華は頬杖をつき、じーっと俺の事を見つめる。

 もうこの視線だけでも恐ろしさを感じてしまう。

 獰猛な肉食動物のような目線。

 捕食されるのを淡々と待つ俺は苦笑する他ない。

 今だけ草食動物の気持ちが良く分かる。


 「でも、そっか。あっちから声掛けてきてるってことはあっちをどうにかしなきゃいけないもんね」

 「どうにかするってどうするつもりなの」


 恐る恐る確認する。

 ヤンデレとは時折突拍子もないことを考えたりする。


 「ふふ、そんなの決まってるでしょ。一生みーくんに近寄れないように、話せないようにするんだよ」


 悪役みたいな笑い声をあげる。


 「泣いて学校にすら来れなくなっちゃうかもね」

 「そんなことしたらまずいでしょ。特に氷華がそんなことしたら。仕事にも影響でるよ」


 週刊誌に『あの鷺ノ宮氷華が高校で虐め!』という見出しで載せられる可能性がある。

 今の時代そんなスキャンダルを起こしてしまえば一瞬にして、女優生活は終焉となるだろう。


 「そうだね。バレたら色々まずいね。でも、バレないようにすれば良いんでしょ」


 白い歯を見せる。


 「それにみーくんを守るためなら女優なんて職業捨てても良いよ。みーくんに比べたら不要な存在だから」


 ヤンデレ怖い。

 てか、嘘でもそんなこと人気女優様が言うなよ。

 あぁ。可愛い氷華を俺にくれ。

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