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国民的女優とヤンデレ?

☆お知らせ☆

あとがきで詳細を書かせて頂きますが、鷺ノ宮氷華の挿絵(イラスト)を書いて頂いたので挿絵として入れてあります。

苦手な方は設定の変更をお願いします……!



 俺が叫んだ次の日から、テレビもネットも大騒ぎ。

 バラエティ番組寄りの報道番組では、十分間俺が叫んでいる映像をモニターで流しつつ、解説なり、ゲストへのコメントなど色々と遊んでいる。

 遊んでいるのはテレビだけじゃない。ネットの人間もだ。

 俗に言うネットミームというものになってしまった。

 某SNSでは「幸せならOKです」「バキバキ童貞です」と並ぶような形で「お前らァ! 俺は、俺は、幸せだー!」が遊ばれている。

 なんか、手が伸びる海賊王の顔を俺の顔に当てはめたりして遊ばれている。

 コメントが画面に流れる動画サイトでは、俺の音MADが流行ったりもしている。

 好きなアニソンでMADを作られていたので、喜ぶべきなのか、嘆くべきなのか結構悩むところだ。

 完成度が高いので喜ぶべきなのかもしれない。悪いことをしてネットのおもちゃにされているわけでもないし。

 こういう経験は誰しもができるわけじゃない。

 と、ポジティブに考えないとやっていられない。


 とはいえ、氷華を助けることができた。

 それは紛うことなき事実。

 彼女の負担を減らすということに一役を買ったのは間違いない。

 有言実行できたことはやはり誇るべきだろう。誇るべきなのだ。

 でも、氷華はなぜか目の前で不満顔を浮かべている。

 むっと、頬を膨らませ、露骨に「不満です」ということをアピールする。

 俺は頭を掻きつつ、なに、どうしたの、なにが不満なの、どうすれば良いの、と逡巡する。

 我ながら完璧だったと自負している。だからこそ、氷華の反応が理解しがたい。


 「みーくんは誰の者?」


 氷華は頬杖をつき、目線で俺のことを舌なめずりする。

 輪郭を目でなぞって、最後は俺の瞳を見つめる。まるで吸い込まれるようにだ。

 そして、ゆっくりと手を伸ばす。

 机の上に置いてある俺の手にちょこんと触れる。

 敏感に反応する。無意識に指が動く。

 氷華は俺の指を、手を包むように触る。

 体温を直で感じると、氷華は身を乗り出すように顔を近付ける。

 彼女の息遣い、唇の潤い、瞳の輝き、睫毛の長さ、ラメアイシャドウのラメ、全てを近くで体感する。

 背徳感があり、なにかしてはいけないことをしているような。

 そんな気分に陥る。

 無論、そういう雰囲気を作りあげ、実行しているのは俺ではなくて、氷華なわけであって。

 この状況に我慢できなくなった俺は音を上げたくなる。

 しかし、音を上げたら氷華がどんな反応をするか。容易く想像できてしまう。

 ちょっと、いや、だいぶよろしくない。

 だから、黙って逃げようとする。

 少しだけ体を仰け反ると、それに気付いた氷華は俺の手首をガチっと掴む。

 女の子なのにそんなに握力あるの!? マジで!? 俺よりもあるんじゃない? というか、絶対にあるよね。くっそ、痛いんだけど。


 「ねぇ、みーくん」


 掴んだ手首をゆっくりと上げる。

 そして、氷華は俺の手首に語りかけるようにまたくちをうごかす。


 「私は一体誰のもの? みーくんは一体誰のもの?」


 氷華は恍惚な笑みを浮かべる。

 蕩けそうなほど美しい。そして、恐ろしい。

 俺の答えを氷華は待たない。

 まるで、目の前が見えていないかのように。


 「私はみーくんのもの。みーくんは私のもの。ね、そうでしょ。そうじゃないの?」


 氷華は俺の手首から俺の瞳へと目線を持ち上げる。


 「ねぇ? 違うの? 違うの? ふーん、違うんだ……」


 氷華は立ち上がり、ゴミ虫を見るような目をする。それでも、その奥には優しさが宿っているような……いや、そんなことないかな。

挿絵(By みてみん)


 いつものヤンデレモードである。

 完全に地雷を踏み抜いてしまった。

 完璧なムーブをしたと、驕り高ぶってしまったのかもしれない。

 傲慢だった……とは思わないけれど、失敗したことに違いはない。


 「違わない。違わないよ。俺は氷華のものだから」


 でも、氷華の言っていることに間違いがあるのかと問われると、案外そうでもない。

 むしろ、俺は氷華のものであり、氷華は俺のものというのはあながち間違ってもいないのだ。

 言葉選びと、声音があまりにも重たいから間違っているように思うだけで。


 「だよね。良かった」


 氷華はすんと優しい顔へと戻る。


 「違うって言われたら分からせなきゃいけないかなーって思っちゃった」


 この表情からは想像もできないような、恐ろしい言葉を口にする。

 顔を顰めてから、なにもないよと取り繕う。


 「そんな私のみーくんが傷付くのは看過できないよ」


 氷華は俺の元までやってくると、ちょいちょいと少しスペースをあけろと言いたげなジェスチャーをする。

 意図が掴めなかった。


 「そこどいて?」


 こんな机と俺のスペースをとってなにをしたいのか。

 ちょっと真面目に考えてみたが答えは出てこない。

 そもそも理由があるのかな。いや、氷華がなにも考えなしに指示をするとは思えない。

 氷華がお願いしてきたということは、なにか意図があるということ。掴むことのできない俺が無能なのだろう。

 それとも氷華のことを買い被りすぎなのだろうか。うーん、そうとは思えないんだよなあ。


 「わかった……」


 結局意図が掴めない。

 わからないが、考え込んだところで答えが出てくる訳でもない。

 どうせ、氷華になにか意図があると考えるのなら素直に従ってしまえば良い。

 俺はコクリと頷いてから、ゆっくりと後退する。

 ずずずと、椅子をずらす。ちょっと……いや、だいぶ嫌な椅子と床の擦れる音が鳴る。

 思わず顔を顰めてしまった。しかし、氷華は気にならないようで、真顔をキープする。

 かなり嫌な音だと思うんだけど。


 氷華はなにを言うこともなく、俺と机の間にやってきた。

 通り過ぎるわけじゃなくて、俺の目の前で足を止める。

 机を凝視している。なにも置いていない机。綺麗な机だ。

 一体なにをみているのか。というか、見るものが果たしてあるのか。

 疑問を抱きつつ、その疑問を解消するために顔を覗かせようとする。

 しかし、その動きは阻止される。

 される……という言い方は厳密には正しくないのかもしれない。

 多分、氷華に俺の動きを止めようという意思はなかったろうから。

 でも、俺からすれば動きを止められたような形になる。

 止められたというか、止めざるを得なかったというか。


 「え、ん? あのー……」


 俺は困惑の声を上げる。

 だって、氷華がなぜか俺の膝の上に座ったのだ。

 温かくて、重たさがあって、擽ったさがあって。荷物を乗せるとか、自分の手を乗せるとか、そういうのじゃ感じられない感覚が次から次へと膝と太ももに走る。

 氷華のシャンプーの香りが鼻腔を擽る。

 追撃するように、氷華自身の香りも鼻腔にやってくる。


 「なんで膝の上に……」


 氷華は黙っているので、答えを求める。


 「みーくんは私のものでしょ。なら、私がなにしても良いでしょ。なに? それとも私が膝の上に乗るのは嫌なの?」

 「そういうわけじゃ……」


 正直悪い気はしない。

 というか、付き合いたての彼女が膝の上に乗っかってきて嫌な気持ちになる彼氏っているのだろうか。

 とてつもなくふくよかな彼女とかなら、嫌なのかもしれない。

 でも、氷華は華奢だ。ふくよかとは程遠い。色々な意味で。

 とはいえ、答えにはなってないよなー、と思ってしまう。

 もっとも、そんなことを指摘したところで氷華は答えてくれないんだろうけど。


 「さっきも言ったけどね、私はみーくんが傷付くのは看過できない。みーくんが傷付くのは見てて嫌だ」


 氷華はこてんと俺に寄り掛かる。

 チラッと地面を見ると、足をぷらんぷらんとさせていた。

 どうやら俺に全体重を預けているらしい。

 それなのに「なんか気持ち良いな。マッサージくらいの圧だなあ」と感じてしまう。

 人一人分の体重が膝と太ももにかかっているとは思えない。

 氷華は一体どれだけ体重が軽いのだろうか。

 細身で華奢なのだが、極端に細くて風が吹いただけで骨が折れてしまいそう……とか、そういうレベルではない。

 健康的な細さだ。

 贅肉がついておらず、目立つ筋肉も発達していないから、健康的な細さでこの軽さを実現できているのかもしれない。

 少なくとも俺には真似できない芸当だ。


 「例え、みーくん自身が自身を傷付けているのだしても。やっぱり私は許せないなって」

 「傷付いてないけど」

 「心は傷付いてるよ。一般人なのにテレビとかインターネットで好き放題言われて、書かれて、目にしないようにって意識してても目に入ってくるし、耳にしないようにって意識しても耳に入ってくるし。私は……そういうのに慣れちゃったからあまり気にならないけど、みーくんは一般人だよ。そういうの慣れてないんだよ。傷付いてないわけがないんだよ」


 氷華に力説される。

 俺の膝の上に座ってなきゃ説得力上がったのになとか思う。

 少なくともこの状態じゃ、説得力がない。なんか、子供の可愛い戯言のように思えてしまう。

 頭とか撫でたくなるけど、嫌がるだろうな。

 だから、踏み止まる。

 いや、彼女の頭ぐらい撫でたって良いんじゃないか? そんなの普通だろ。

 悪魔の囁きが脳みその端っこで聞こえるが、無視する。

 よそはよそ、うちはうちなのだから。


 「みーくん、『傷付いてないのに』とか思ったでしょ」


 私には見抜けてるよ。とでも言いたげな口調だ。

 思ってはいないのだが、全く思ってないよとも言い難い。頭の片隅にそういう思いがあったのは事実だから。

 だから反応せずに黙ってしまう。

 意図的に黙ろうと思って黙っているわけじゃない。

 どういう反応が正解なのかわからずに黙らざるを得ないのだ。


 「沈黙は肯定ってこの前演じたドラマの主人公が言ってたよ」

 「……そうだよ。それで良いよ」


 不貞腐れるように答える。


 「むぅ」


 後ろ姿からでもわかるくらい、頬をむくりと膨らませる。

 両側から指先で膨らんだ部分を突っついたらどうなるかな。

 なんてしょうもないことを考えてしまう。


 「心の傷は自分では中々気付かないものなんだよ。ズタボロになって、壊れて、崩れて、修復できなくなって、どうしようもなくなった時に初めて気付くの。心が傷付いてたんだって」


 まるで実体験のような口調だ。

 なにかあったのか。いや、あったんだろうな。

 氷華は外面は完璧を求める。というか、完璧を求められているから完璧をえんじる。

 超人気女優の宿命とでも言えば良いだろうか。

 弱みは見せられないし、強い自分を演じ続けなければならない。

 その上に、氷華は演技力も一流だ。

 弱いところを悟られることもない。常に完璧に演技続ける。

 ……。

 そりゃそうだ。氷華だって一人の人間なのだ。

 人間が抱え込めるストレスのキャパシティには上限が決まっている。


 「氷華は大変だったんだな」


 俺の導き出した答えはこれだった。

 反応としては間違っているのかもしれない。こんな言葉を氷華は期待していないのかもしれない。

 でも、心には素直にならないと。


 「は、急になにを……」


 困惑という感じだ。


 「実体験があるからこそ、こうやって俺を気にかけてくれるんだろ。だから……辛い思いをしてきたんだなあ、と思うと、大変だったんだなと思って」

 「ちょっとみーくん……」


 氷華は俺の膝の上でモゾゴザと動き始める。

 髪の毛先が俺の首元にチクチクと刺さり、服の布が腕にすれる。

 なにをしているんだとか思っていると、氷華は体勢を変えた。

 俺の膝の上に座ったまま、体をこちらに向ける。


 「そういうの狡いんだけど」


 氷華は俺の額にちょこんと指先を当てる。

 指先には熱が籠っていた。熱い。


 いつの間にかにヤンデレ雰囲気は一ミリもなくなる。

 しおらしい氷華は新鮮で可愛い。

 ヤバい、マジで抱きしめたい。胸元の寂しさを埋めたい。


 「でも、やっぱり見過ごせない。みーくんが傷付くのは私の望むことじゃない」


 目の前で。本当に目と鼻の先で。氷華は訴えるように俺の瞳を凝視する。

 疚しいことがあるわけじゃない。

 精々、氷華も色んな意味で俺のことを傷付けているんじゃないか……主にヤンデレムーヴとかで。

 と、思ってしまったことくらい。


 「なに? 思うことがあるのなら直接言って欲しい。隠し事なんてやめようだなんて、そんなありきたりで無理なこと言うつもりはないけれど、見え透いた隠し事は気になるし、不満だし、不安だから」


 ね? と、氷華はこてんと首を捻る。

 そして、俺の両肩を掴む。

 そのせいでただでさえ近かった距離はさらに近付く。

 まるで接吻でもしてしまうかのような近さ。

 息遣いが俺の口元に伝わる。


 心臓がとくんと跳ねる。

 好きな人が、自分の彼女が目の前にいる。目の前にいるというか、拳一個分あるかないかというほどの至近距離にいる。

 こんな状況においてドキドキしない人がいるだろうか。しないのなら、その人はきっととてつもなく異性との関わりを持っているお猿さんだ。

 純情な心を持っている俺はドキドキしてしまう。例え、幼馴染で十何年と一緒にいたとしても、一緒に暮らしていたとしても、それはそれ、これはこれなのだ。


 「それとも私に言えないようなこと?」


 氷華は不安そうに俺を見つめる。

 そしてすぐにすんと表情を切り替える。


 「もしかして私以外の女がいるとか? ん、そんなことありえないよね。私がいるっていうのに、ほかの女にうつつを抜かすようなことありえないよね。もしも、本当にそうならみーくんは誰のものかってわからせないといけないよね。みーくんにも、その相手の女にも」


 二つくらいトーンを下げて、淡々と口にする。

 呪文のようなスピードなのに、一言一句しっかりと耳に届く。


 「俺は氷華のものだから。ほかの女にうつつを抜かしたりしないし、そもそもほかの女に目を向けたところで、興味を示してくれるわけもないから。俺には氷華しかいねぇーんだよ」

 「そ、そうなの? なんかそれはそれで……」


 なぜか氷華は引き気味だ。

 さっきまで立場逆だったような気がするんですけど。


 「というか、みーくんはどんな隠しごとをしていたの」


 氷華はコホンとわざとらしく咳払いをして、話を戻す。

 今のは本当に素が出てきてしまったという感じなのか。

 誤魔化す氷華には若干恥ずかしさのようなものが滲み出ていた。


 「……」


 様子を伺うように、氷華を見つめる。

 誤魔化すのは悪手か。

 嘘がバレなきゃ問題ないけれど、バレたらこのヤンデレモードの氷華になにされるかわからない。

 手足を縛られた上に、クローゼットに監禁されるかもしれない。

 その上で「みーくんが本当のこと言わないからいけないんだよ。だって、私に言えないようなこと隠してるんでしょ。だったらこうするしかないんだよね」とか言ってきそう。

 俺がなにを弁明しても信用してくれず、ずっと俺は氷華の管理下に置かれることになる。

 うわー、やっぱりこれだけは避けなければならない。


 「俺やっぱりそれ苦手だなーって」

 「それってどれ? 私のこと嫌いってこと? なんでなんでなんでなんで」

 「な、ちょっ、違うって。氷華。違うから」


 言葉足らずだったせいで、氷華は勘違いを引き起こす。

 俺は慌てて割って入る。氷華よりも俺の方が焦っている。


 「氷華のことは好きだよ。そりゃもう、この心臓を捧げてでも守ってやりたいって思えるくらいには好きだし、愛してる」


 勢いで口走ってしまった。

 もう付き合っているとはいえ、こういうことを直接言うのは恥ずかしい。

 今更になってカーッと湯沸かし器のように、羞恥心が巻き上がってくる。

 穴があったら入りたい。

 ただ、受け取り手である氷華も恥ずかしかったようで、顔を俯かせる。

 恥ずかしがっているのを隠しているつもりなのだろうが、耳が真っ赤なので全く隠せていない。

 なんで、あんなにヤンデレムーブしているのに、こういう時だけやけに乙女なのだろうか。

 まあ、俺にとっては都合が良い。


 「でも、俺がめっちゃくちゃ好きで愛しているのは優しくて、いつも笑ってて、重くない氷華だから。怖くて、目付きが鋭くて、愛の重たい氷華は好きじゃない……というか、純粋に苦手なんだよ」

 「え?」


 俯いていた氷華は焦った表情を浮かべながら、顔を上げる。

 皆の知っている氷華はどこにもいない。

 目の前にいるのは、ただの鷺ノ宮氷華という一人の女性だ。

 自分を演じる。仮面を被ることを忘れている。

 あまりにも素の声だった。


 「みーくんって好きなんじゃないの? ヤンデレの女の子。愛が重たくて、重たくて、押し潰されそうな程に重い女の子が好きなんじゃ……」


 氷華から伝わるのは困惑という感情だった。

 信じられない……そう言いたげな眼差しと口調。


 「いや、全然。全く。これっぽっちも」


 俺は全否定する。

 氷華はこてんと首を捻り、うーんと唸る。

 そして、眉間に皺を寄せつつ、顎元に手を当て、しばらく目を瞑る。


 「おーい」


 と、小さな声で呼びかけても反応はない。

 どうしたもんか、と思っているとパッと目を開ける。


 「やっぱり好きだったよね。ヤンデレの子」

 「俺そんなこと言ったか。ヤンデレの子がタイプって」


 好きな女の子のタイプはめちゃくちゃ愛の重いヤンデレの子です。そんなこと付き合いたいです。と言った記憶は無い。

 フィクションとノンフィクションがごちゃ混ぜになっていた厨二病時代にもしかしたらそんなことを口走ったのかな。

 いやー、でも記憶にないんだよな。


 「言ってたよ。好きなアニメキャラはヤンデレって」


 氷華は自信満々にそう答える。

 俺は彼女の答えを聞いた瞬間に思わず苦笑してしまう。

 なんだ、そういうことか。

 それならそうと早く言って欲しいものである。

 俺変なこと言っちゃったのかな、って逡巡しちゃった。焦ったあ。


 「それはアニメキャラの話だろ」

 「でも、好きなんでしょ。ヤンデレ」

 「氷華。俺はな、フィクションはフィクション。現実は現実ってしっかりと分けてるよ」


 氷華はポカーンと口を開ける。


 「たしかに俺はヤンデレ好きかもしれない。でも、それは二次元という限られた空間でしか適用されないから。現実世界ではヤンデレなんて好きじゃない。これっぽっちも好きじゃない。むしろ苦しいだけ……本当に苦しいだけ」


 色々と思い出す。

 そのせいか、やけに言葉に感情が籠ってしまう。

 本当に色んなことがあったからなあ。


 というか、めっちゃ吐露してしまった。

 ここまで言う必要あったのか? いや、なかったよな。勢いでぶちまけてしまった。

 どうやら俺は冷静さを欠いていたらしい……って、どうするだよ、マジで。

 もう戻れないところまでやって来てしまった感がスゴイ。

 言い過ぎた、やり過ぎた。そういう自覚があるので、氷華の顔を見れない。

 思わず目を瞑ってしまった。

 目を開けるという一動作が怖い。勇気が出ない。

 目を開ければ、目の前に氷華の顔があるはず。どんな表情をしているかはわからないが。

 ただ、怖くて確認できない。


 「みーくん」


 氷華の声が聞こえる。

 俺の輪郭にそっと氷華は手を添える。

 なにをされるのか。目を開けるべきなのでは。でも、怖い。目を開けたくても開けられない。

 胸の中で一人葛藤していると、氷華は俺の瞼に指らしきものを当てる。

 おお、温かい。とか、呑気な感想を抱く。

 その瞬間に瞼を持ち上げられる。

 目を開きたいとか、開きたくないとか関係なかった。

 無理矢理目を開けさせられた。


 目の前にいる氷華は無表情だった。

 一体今なにを考えているのか。わからない。

 俺が目を閉じている間に、平常心を取り戻したのか、いつもの演技力が戻っている。

 ポーカーフェイスはずるい。


 「ヤンデレな私は嫌いなの?」

 「嫌い……というか、苦手なだけ。別にそういう子だから別れたいとかそういう気持ちは一切なくて。本当にただただ苦手だなあって。それだけだから」


 俺は必死になって弁明する。


 「そっか。それじゃあもうやめよっか」


 氷華は少し照れるように頬を指で撫でる。


 「やめるって……?」


 早速別れ話を切り出されているのか? この愛の重さは変えられないから。耐えられないなら別れようってそういうことなのかな。

 そんなの俺は望んでいない。

 でも、言い過ぎた、やり過ぎた。その自覚はある。

 早かれ遅かれこうなる運命だったのだろうし、これから先も付き合っていくとすれば俺のキャパシティが越えて、またこうなる可能性もある。

 そう考えると、氷華の選択というのは非常に正しく、賢明なものと言えるのかもしれない。

 感情論としては嫌だけど。


 「ヤンデレっ子演じるのを」

 「やっぱりわか――え? 今なんて」


 氷華から出てきた答えは俺の予想の斜め上のものだった。

 俺は思わずベタな反応をしてしまう。

 咄嗟に出てきた反応なので恥ずかしい。


 「だからヤンデレっ子を演じるのをやめようかなって」


 氷華ら俺の聞こえた言葉をそっくりそのまま口にした。


 「どういうことだ」


 理解できた上で、理解できていない。

 だから、思わず説明を求めてしまう。


 「今までの愛の重たさは全部演技ってこと。みーくんはそういうのが好きなんだと思ってたし、そういう人がタイプなんだと思ってたから。だから、ずっと演じてたんだよ。ずっと好きだったのに中々振り向いてくれないし、告白してくれないし」

 「ええ……」

 「ヤンデレってどういうのかあまりわからなくて、沢山調べて演技してたから、時々ボロ出しちゃったりしてたんだけど。みーくんのその反応を見るにちゃんと演じきれてたみたい」


 氷華は少しだけ嬉しそうにはにかむ。

 俺は全く嬉しくないんだけどね。

 今までの気苦労はなんだったのか。


 でも、振り返ってみれば氷華のヤンデレは取って付けたようなものが多かったような気もする。

 いや、言われたからそういう気がしているだけなのかも。

 過去に戻れたら確認できるんだけどね。生憎そういう能力は持っていないので、真偽は不明だ。


 「ふふ、なんかすごーく気が楽になったよ」


 氷華はそう言いながら、倒れ込むように俺の胸元へ顔を埋める。

 そして背中に腕を回す。抱きつかれたのだった。

 これって抱き返して良いのかな、ダメなのかな、でも抱き返したいんだけど。やっぱりダメなのかな、気持ち悪がられちゃうかな。ああ、抱きしめたい。

 可愛い素直な彼女に抱きつかれ、一人で童貞を拗らせていた。


◆◇◆◇◆◇


 「みーくん、これ構えてて」


 氷華はスマートフォンを押し付けるように渡してくる。

 構えて。その言葉に違和感を覚える。

 俺はこてんと首を捻りつつ、スマートフォンを受け取った。

 背面からスクリーンにひっくり返す。

 スクリーンに映し出されていたのは、床だった。

 下部には真っ赤な丸いボタンが設置されている。

 動画……? ただでさえわからなかったのに、さらにわからなくなる。

 いや、これを渡されたってことは動画を撮ってくれってことなんだろうけど。

 それは理解できる。できるのだが、なんの動画を撮って欲しいのか。それに、なぜそのタイミングで突然そんなそとを求めたのか。

 あまりにも不自然で、生じた違和感は勝手に大きくなっていく。


 「構えるけど……なにすんだ」

 「動画撮って欲しいんだけど」

 「俺のこと馬鹿だと思ってるだろ。それくらいはわかるわ」

 「それなら動画撮ってよ。ほら、そこの赤いボタン押せば撮影始まるから」

 「機械音痴でもねぇーよ」


 どうやら目的は教えてくれないらしい。

 数時間前まで隠し事はやめようとか、無理矢理問いただしたのは誰だっけと思いつつ諦める。

 さっきとそうだったが、こういう時の氷華は折れない。

 良く言えば甘え、悪く言っても甘え。

 まあ、氷華にとって甘えることのできる存在って貴重だろうし、存分に甘えさせてやるべきなのかなとか思う。


 「……わかったよ」


 ポチッと動画撮影を開始する。

 撮影を開始する音と同時に氷華の表情は一変する。

 流石女優というべきか。

 切り替えが上手すぎる。


 「私、鷺ノ宮氷華を応援してくださっている全ての皆様。そして、このSNSの動画をたまたまご覧になった皆様。こんばんは。巷で噂や報道になっている件についてですが、鷺ノ宮氷華には恋人ができました。心の底から好きだと言える人で、物心ついた時からずっとそばに居てくれる幼馴染です。そして、これからもずっと一緒にいて……幸せになりたい。そう思える人です」


挿絵(By みてみん)


 足を交差させ、見せる姿になる。


 「今の私はとても幸せです。ずっと好きだった人と恋人になれた。色々と合ったけれど。好きになれた。色んな私の姿を見た上で好きでいてくれる好きな人。私は本当に幸せ者です。こんな私を、私たちを温かく見守っていただけたら嬉しく思います」


 氷華はぺこりと頭を下げる。


 「彼は一般人です。芸能界には足を踏み入れていない、踏み入れたこともないようなただの可愛い男子高校生です。どうか、彼のことは優しく見守ってあげて欲しいです。よろしくお願いします」


 氷華はまた深々と頭を下げる。

 数秒間、頭を下げて、上げない。ずっと下げ続ける。

 やっと顔を上げたと思えば、ニコッと微笑む。

 録画を止めろという意図だと掴む。だから俺はボタンを押す。


 「これは一体?」

 「みーくんは私のもの。ってことは、私にはみーくんを守る義務がある」


 キリッとした表情でそう言い切る。

 重たさがあるはずかのに不思議と感じられない。

 俺の求めていた氷華が目の前にやってきた。


 「ありがとう……」


 消えないように、逃げないように、逃げられないように、壊されないように、壊さないように、氷華を守って、守られる。

 そういう依存関係。

 世間的に見たらこれも重たいのかもしれない。

 でも、良いんだ。

 だって、俺の彼女は運命的『超』水か合って狂気的『超』カワイイのだから。

改めまして。

お世話になっております。

当初考えていたオチまで無事に持っていくことができました。節々に氷華がヤンデレを演じている部分があるので改めて見返してみても面白いかもです。笑



挿絵(イラスト)を描いていただきました。

今回の挿絵はイモの子さんに描いて頂いたものになります。

Twitter> https://twitter.com/imonoco_imoimo?t=SNJO9LTRDucLQ_UAOt5Fbg&s=09


通常verとヤンデレverの二種類を描いて、可愛く仕上げて頂きました。とても嬉しいです。ありがとうございます!




また、評価1000越えの作品は久しぶりでした。イラストも描いていただいたりと、貴重な経験もさせて頂きました。

この作品に少しでも関わってくださった方全てに感謝を申し上げます。ありがとうございました。

皆様とまた次作でお会いできることを楽しみにしております。


では、また会いましょう……!



追記

今日中に上げたい……! と、必死になった結果、完結設定忘れてたので、完結設定しました。8/27 23:09

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