国民的女優と出演ドラマ
「『やっほー。私のこと覚えてる?』」
テレビに映し出されるのは氷華だ。
キラキラした姿。お淑やかさもその中にはあり、物語のヒロインに憑依している。
この姿が日本全体に公開される。
氷華の評判はさらに右肩上がりとなるだろう。
もう犯罪しなきゃ評判下がらないところまで来ていると思う。
「『覚えてない? うーん、そっか。そうだよね。最後に会ったの小三くらいだもんねー。忘れてても無理ないかな』」
こうして一方的に見る氷華は本当に可愛い。
この容姿、この性格でそのまま目の前に現れてくれれば俺はどれだけ幸せものなのだろうか。
ドラマを見ながらそんな不埒なことを考えてしまう。
一時間のドラマはあっという間に終わる。
氷華の出演する作品は全部追いかけている。というか、追いかけざるを得ないのだが。
何回女優姿の氷華を見ても、違和感は拭えない。
というか内容がイマイチ頭に入ってこないのだ。
氷華が純枠なセリフを口にすればするほど、猫被ってるなとか、プロの演技って凄いなとか内容以外のことを考えてしまう。
そして気付けば全く違う場面に移り変わっており、話の内容に追いつけなくなってしまうのだ。
「今回のはどうだったかな?」
氷華はもふっと俺の隣に座る。
「あー、うん。面白かったんじゃないかな。いつも通り氷華の演技は上手いし、可愛いし、最高だったよ」
途中から別のこと考えていて内容を覚えていません……だなんて言えるはずもなく、適当に誤魔化してしまう。
「そっか。そうだよね。でもやっぱり好きでも無い人に好意を寄せる演技をするって嫌な気持ちになるよね。心の中ではなんでみーくんじゃないんだろって思ってたもん」
氷華は俺の指に指を絡ませながら、えへへと笑う。
そんなん仕事なんだから文句言うなよと思ったが、無論そんなこと言えるはずもない。
適当な笑顔を作っておく。
「みーくんが主人公なら良いのに」
「いやいや、流石にそれは無理だよ」
「知ってる。でも、いつか一緒にドラマ出てラブラブしたいなーって思うんだ」
氷華が語る夢物語。
現実となる日は訪れないだろう。
「ドラマは現実じゃないんだし、ラブラブしたって無駄だろ。ほら、大事なのは実際どうなのかだしさ」
「ふふ、確かにその通りだね」
理想と現実はどれほどかけ離れているものか。
ここ数年で一番痛感している自信がある。
所詮理想は理想だし、現実は現実だ。
テレビで見せる表の氷華が、俺の事を好いてくれる。そんな理想を抱き続けて、ヤンデレという現実に引き戻されるという形で常に体感しているのだ。
どこで踏み外してしまったのだろうか。
物思いにふけた。
SNSで氷華が出演していた作品の感想を検索する。
作品名を入力して、空白をひとつあけて鷺ノ宮と入力してエンターを押す。
青いマークがクルクルと回り、最新のメッセージが表示される。
五秒前、十秒前、三十二秒前、一分前と数多のメッセージが表示される。
どれもこれも賞賛するものばかりで、誇らしくなる。
一つ一つに「これ俺の幼馴染なんです」「今、隣に居ますよ」と返信していきたい。
幼馴染が褒められるというのは何度繰り返しても喜ばしいものなのだ。
「なにしてんの?」
氷華は不思議そうに俺のスマートフォンを覗き込む。
疚しいことなんか何にもしていないのに、反射的にスマートフォンを隠してしまった。
スリープモードになったスマートフォンを置いて、俺と氷華は見つめ合う。
無言の空気が流れる。
「ねぇ、今何見てたの。なんで隠したの。疾しいことでもあるの? あるから隠したんだよね。ほら、見せてよ。それともなに? 私に隠し事でもしてんの」
肩に手を置き、ぐぐぐと顔を覗かせる。
睨みつけるような眼差しが恐怖を煽る。
思わず目線を逸らしてしまう。
これが氷華の心に火をつけてしまった。
「よいしょっと」
氷華はソファの上に置かれていた俺のスマートフォンを奪い取る。
華奢な指でするすると操作すると、氷華は顔を顰めた。
見るからに不機嫌になる。
「なんだよ」
氷華は表情こそ変えるが言葉にすることは一切なく、不安になった俺が先に問いを投げてしまう。
思い当たる節があれば良いのだが、生憎スマートフォンの中身を見られて不機嫌になられる要素は特にないはずだ。
いや、トークアプリを開かれているのであれば可能性はあるか。あそこだけは地雷原だし。
とはいえ、今の短時間でそこまで辿り着くとは思えない。
「誰よ、この女。こんな感じの人が好きなわけ? みーくんってそうなの?」
スマートフォンの画面にうつるのは見慣れない女性であった。
小さな脳みそをフルで回転させるが、やはり記憶の片隅にすら存在しない。
絶対に初めましての人だ。
フォローしている人がたまたまリツイートして、タイムラインに流れてきてしまったとかだろう。
少なくとも俺はそんな人フォローしていない。
「みーくんは私だけを見ていれば良いんだよ。他の人に目移りしちゃうのならその元凶は壊しちゃった方が良いよね。大丈夫。連絡手段がなくなっても。どーせ、連絡取る相手なんて私しかいないんだから。ふふふ」
テレビのリモコンを手に持ち、ニコニコしながらスマートフォンへ振りかざそうとしている。
「ストップ、ストップ。それ俺知らない人だから。そもそも俺は氷華しか眼中に無いし。ほら、この目を見て。嘘言っているように見える? 見えないでしょ」
俺は氷華の手首を掴みつつ、瞼を限界まで開き、氷華の瞳を凝視する。
目なんて見たって相手の感情なんか分かるわけないんだよなーと思いつつ、見つめる。
氷華は恥ずかしそうに頬を赤らめ、こくこくと黙って頷く。
「誰かがリツイートしただけだよ。それ。ほら、氷華もSNSやってんだからわかるでしょ」
「うん」
俺のスマートフォンは無事生きながらえたのだった。
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