国民的女優と報告とその後
俺のやること。
彼女の窮地を救うことである。
もう幼馴染という関係じゃない。恋人だ。恋人なのだ。
例え氷華がなんと言おうとも、事実として彼女だけの問題ではなくなったのだ。
それに恋人になったことでやれることの幅も広がった。
俺にしかできないことをやるしかない。
俺がやらなきゃ誰がやる。
己に喝を入れた。
◆◇◆◇◆◇
翌日。
瑠香と対面する。
事後報告という形になってしまったのは申し訳なさもある。
その上わざわざ早朝に時間を作ってもらった。重ね重ね申し訳ないなと思う。
謝ったら瑠香は増長しそうなので、やめておく。
朝七時からオープンしているコーヒーチェーン店にてコーヒーを味合う。
瑠香は向かいの椅子に腰かけ、モーニングセットを頬張っている。
とてもじゃないが、対面に男が座っているとは思えないほどの食いっぷりだ。
もうちょっと「私小食だから……」とか言って恥じらいを持つものだと思うのだが。
そんな様子は一切ない。
もっとも、そんなのを求めているわけじゃない。
「なに? その目。絶対失礼なこと考えてたでしょ」
瑠香から飛び出す冷たい言葉。
リスのように頬張るその姿とはあまりにもミスマッチで思わず苦笑してしまう。
その苦笑を誤魔化すように俺はコーヒーを呷る。
「前も言ったけど、結構顔に出てるからね」
「あっ、えーっと。なんでもない……なんでもないです。ほんっとになんでもないです」
目を逸らしつつ、わざとらしく咳払いをする。
「それよりも今日は伝えなきゃいけないことがあって」
「だからこんなところに朝早くから連れてきたんでしょ。急に連絡来たからなんだと思ったら教えてくれないし」
「直接言うべきだと思ったんだから良いだろ」
電話やメール、メッセージで伝えるのは何だか違うよなと考えた結果がこれだ。
「それに奢ってんだからそれ」
「このモーニングセットに免じて許してやろう」
まあ、色々な謝罪を含めての奢りだ。誠意は見せているので良しとして欲しい。
瑠香はむふんとドヤ顔を見せつつ、モーニングセットを頬張る。
食すことはやめないらしい。
まあ、聞きながら食うのはやめろという喧しいことは言うつもりないし。
存分に味わってもらいたい。
それにそんだけ美味しそうに食ってくれた方が奢りがいがある。
「でだ、氷華を助ける方法を考えたんだよ。その一環として氷華と付き合うことにした」
「ふーん、そっか」
瑠香は特に驚く様子を見せることなく、フォークを動かす。
反応の薄さはある程度覚悟していたつもりだった。
だが、ここまで反応が薄いとは思っていなかった。
「反応薄くない」
「そう?」
「そうだろ」
「なになに。もしかして『えー、ビックリした〜』とか『わー、そうなるとは思ってなかったな〜』とかそんなこと言って欲しかったわけ?」
「別にそんな棒読みな反応は期待してない」
「えー、じゃあ何を期待してたんだよ」
なにを期待していたのか。
そう問われると困ってしまう。
特に期待していたことなんてないのだから。
なんとなく反応が薄いなと思っただけ。それ以上でもなければそれ以下でもない。
「まあ、何にしろおめでとさんだね」
「ありがとう」
「私的にはやっとか〜って感じなんだけど」
満足そうに腕を組み、うんうんと頷く。
「澪はあまりにも臆病だし、氷華は氷華であまりにも愛が重たいからね。こりゃ長くなるな〜とは思ってたから」
「それは大変ご迷惑をおかけしました」
「付き合ったなら結果オーライだよ」
瑠香はそう言うとケラケラ笑う。
「で、助けたの?」
「氷華を助けるのはこれからだよ。一応ね、先に報告はするべきだと思って」
「そっか。それを言い訳に逃げてるわけじゃないよね?」
怪訝そうな目つき。
まあ、今までそうやってあっちこっちに逃げてきたのでしょうがない。
今までの行動から考えればそういう思考に至らない方がどうかしている。
「ここまで土台作っておいて逃げるほど男として終わってないから」
俺はさらに逃げ道を塞ぐ。
こうでもしないと逃げてしまうかもしれないという一抹の不安があった。
己の覚悟を信じきれていないのだ。
「ふふ、威勢だけは一丁前だね。せっかくだから聞いちゃおっか。どうするつもりなの?」
「そう。今日はその話を聞いて欲しかったんだ」
「それじゃあ教えてよ」
食い気味な瑠香に対して俺は今持っている思考を開示したのだった。
◆◇◆◇◆◇
昼休みになると氷華は一目散にやってくる。
なにをするかと思えば、近くの椅子を無理矢理借りて俺の机に弁当を乗せた。
そして当然のように口へ具材を持っていく。
俺は困惑気味にその様子を眺める。
なにをしているのか。本当になにをしているのか。
「あのー、氷華さんや。氷華さんや。一体何をしているのですか」
「なにって……ご飯食べてるんだけど」
「そりゃみりゃわかるけど。こんな堂々と一緒にご飯なんか食べてて良いのかって話。だってさ、一応――」
ペラペラ喋っていると、黙れと言いたげな様子で俺の口に卵焼きを突っ込む。
「みーくんと一緒に食べて周りにアピールしなきゃいけないからだよ。むしろ堂々としてないと。堂々としてないとダメだから」
「んなことないだろ。氷華が思ってるほど俺はモテないからな」
「ううん、みーくんはモテるよ」
氷華は俺の口にウィンナーをぶち込む。
「みーくんはモテるよ。だって」
「だって?」
ぶちこまれたウィンナーを流し込み、氷華の言葉を待つ。
「私が選んだ人だよ。私、人を見る目に関しては自信があるから大丈夫。というか、モテなくても良いんだけど。私だけのみーくんなんだから」
氷華は俺の足を軽く踏みつける。
そして、周囲に鋭い目を向ける。
睨むような視線に周囲の視線は一気に消える。
ヤンデレも時には使えるんだな。