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国民的女優と全国区

 氷華は悩むよう仕草をしつつ、俺を見つめる。

 あまりの熱視線に思わず目を逸らしてしまう。

 恥ずかしさや恐ろしさ、色々なものが交じっていた。


 「これからどうすんだ」

 「どうしよっか」


 困ったように微笑む。


 「写真だけじゃなくて、音声も出回ってるみたいなんだよね。想定はしてたけど実際その立場になると困っちゃうね」


 まあ、そりゃそうだ。

 あの男が写真だけ売って、音声は自分の手に留めておくなんてことするとは思えない。

 アレはやるなら徹底的にやる。

 その過程やら、手段やら、根回しやらがあまりにもお粗末なので前回は失敗したのだが。

 今回もどこかに粗があると考えるべきか、今回こそはしっかりと完遂していると考えるべきか。正直わからない。


 「学校とは違うから簡単に騒ぎを抑えられるとは思えないよね」


 若干呆れたように吐息を漏らす。


 「日本全国に知れ渡ることになるからね。俺たちの手の内じゃ収まりきらないってことか」

 「そういうこと」


 わかってんじゃん、と言いたげな様子だ。

 パチンっとウィンクなんかもしてくる。

 妙なあざとさが可愛い。ちょっと余裕そうなのはなぜなのだろうか。

 ダメだったら遠い名前知らないような田舎に逃げれば良いと思ってるからかな。


 「それに皆、自分にとって都合の良いことだったり、面白いと思ったことだけを真実だと捉えるから。私がいくら弁明したって嘘吐いてるって思われちゃうんだろうね」


 自分にとって、世論にとって、都合の良い方に物事は動く。

 叩く人や拡散する人は情報発信源を確認することもない。面白いことが目の前で起こっている。その程度の認識だ。

 仮になにか弁明したって不特定多数から叩かれるのがオチだ。

 この世界はなんどもなんども同じことを繰り返す。

 例えば「飲み物が真っ黒になってた!」という告発があったとして、周囲はその発信者を叩きたいが為に「自演だ」「自演乙」と叩く。配信者も寄って集って叩く。

 事実がどうとか関係ない。叩きたいから叩く。

 生産性が悪く、陰湿な世の中だ。


 完璧な人間であるとされている氷華に恋人がいる。ましてや、ヤンデレ気質な音声も流出している。

 今まで完璧だった氷華を気に食わなかったけど声を大にして言えない……みたいな人達が一斉に叩き始めるだろう。それもさも、この状況が悪いみたいな風潮を作りあげた上で。

 集中砲火だ。

 SNSであったり、テレビ、新聞というようなマスメディアたちはその様子を見て、氷華叩きをさらにヒートアップさせるように焚き付ける。

 マスメディアは数字が命だ。全くの嘘を報道するのは危険があるが、話を盛って焚き付けるくらいは平然とする。

 氷華を擁護するよりも、そうやってアンチたちを焚き付けた方が数字を獲得できるからね。いたし方ない。


 「何を言ってもしかたないんだとは思うんだけど」


 氷華は苦笑する他ないという感じで、引き攣った笑みを見せる。


 「でも、本当にどうするんだ? 黙り決め込むわけにもいかないでしょ。少なくともマネージャーさんには何か言わないといけないだろうし」

 「そうだね。まあ、マネージャーさんには本当のこと言うかな。そのあとどうするかは大人たちが決めることだと思うし」


 氷華の意見なんかあって無いようなもんなのか。

 まあ、高校生に判断させるのも酷だし、詮無きこと。


 「なるようになるよ」


 また氷華はそう言うとにこっと笑った。


◆◇◆◇◆◇


 氷華はマネージャーに嘘偽りなく伝えた。

 あの写真に写る男は幼馴染であり、恋人では無いということ。あの音声は紛れもない事実であること。しっかりと己の口で発したものであること。


 「ふふ、どうなっちゃうんだろうね」


 まるで次話を楽しみにしているオタクみたいな反応をする。

 己の身に危機が迫っているような雰囲気すら感じさせない。思わず今の状況理解しているんですかと問い質したくなる。

 マジでとんでもないメンタルの持ち主だよなと感心してしまう。

 俺だったら間違いなく動揺しているし、憔悴しきっている。

 不安から始まり、不安を経由して、不安で終わる。

 この先どうやって生きていけば良いんだろうとかネガティブな思考があっちこっちに走り回ってしまう。

 発狂しているかもしれない。

 本当にただただ尊敬だ。


 「みーくんは私に女優の肩書きが無くなっても、世間が敵に回っても一緒にいてくれる?」

 「そうじゃないかな。居ると思うよ」

 「ふふ、そこ答えはあんまりロマン感じないかなー」


 氷華は俺の頬に指先を当てる。

 つーんと当てると悪戯っぽく白い歯を出す。


 「まあ、みーくんが例えなんて答えようとも、無理矢理にでもみーくんと一緒に居るんだけどね」


 えへへと可愛らしく笑う。

 俺の心は全く穏やかじゃないんだけどね。

 拉致監禁じゃないですか、そんなの。

 犯罪はダメですよ。


◆◇◆◇◆◇


 世間に鷺ノ宮氷華に彼氏がいるという情報が広まった。

 一度世の中に出たその情報は雪崩のように留まることを知らず、勢い良く流れていく。

 テレビで取り上げられ、SNSではそれ関連の単語がトレンド入りを果たす。

 どのチャンネルを点けてもそのことばかり。

 正直鬱陶しい。またこの話かと思ってしまう。

 流される映像は家の近所と学校の近所が交互に映される。

 芸能人にプライバシーという名の人権って存在しないのだなと痛感させられた。


 ソファに腰掛けながら、他にやることないんかと思いつつ眺める。

 鷺ノ宮氷華に恋人がいたというニュースに勝るニュースってあんまりないしな。

 こうなるのは必然だったと言える。


 これが普通の人気俳優とか、人気女優であれば一時ホットな話題になって、すぐに萎れていくはずだ。

 しかし、鷺ノ宮氷華に関してはそうもいかない。

 単純明快。国民的人気女優だからだ。


 賛否両論巻き起こす。

 ある人は「鷺ノ宮さんが否定してるんだからそういう関係じゃないんだよ」と擁護し、ある人は「高校生同士で関係を持つのは不純だ」と批判し、ある人は「高校生なんかそういう関係になってて当然だ。何を拗らせてるんだ」とバカにする。

 様々な意見が飛び交い、その意見に対してまた新たな意見が誕生し、火種はどんどんと肥大化していく。

 肥大化していくにつれ、情報として仕入れていなかった者がそのことを耳にし、さらに意見を発する。

 そういうアホみたいなループが誕生する。


 日本中を巻き込むニュースになれば、マスメディアは更なる情報を手に入れようと躍起になる。

 その結果、記者やカメラマンなどが家の前に張り込んだり、学校前に張り込んだり……することになる。

 朝とか晩とか関係ない。四六時中張り込み、虎視眈々とスクープを狙う。

 新たな写真を手に入れることができれば、数字はドカンと跳ね上がる。

 彼らもそれで生きているのだ。

 必死になって狙うのは理解できる。

 もっとも、高校生相手にそこまでするのはどうなんだろうか。とも思わなくもないが。

 倫理観が欠如しているのは今に始まったことでは無いし、とやかく言うつもりもない。

 氷華がそういうものだと受け入れているのだから、こちらが言う資格もない。


 ただ、不便な部分も存在する。

 学校へ登校する時なんかが良い例だ。


 「じゃあ先に私行くね」


 氷華は手をヒラヒラ振って先に家を出る。

 氷華と一緒に家を出れば沢山のフラッシュを浴びるのは目に見えるからだ。

 だから、別々の時間で家に出る。

 氷華が家を出て、記者やカメラマンの目を引いている間に俺がこそっと家を出て先に学校へと向かう。

 あまりにも非効率的な登校だ。

 それだけで体力を使い果たしてしまう。

 でも、こうしないと俺にまで飛び火してしまう。

 俺はあくまでも一般人だ。インタビューの対応方法なんて知らない。不適切な対応をしてしまう可能性も考えられる。

 色々なことを考えると、遭遇しないに越したことはない。


 「恋人がいるというのは本当なのでしょうか」「あの一緒に写っていた男の子とはどういう関係なのでしょうか」「いつからどのような関係になって、今はどのように過ごされているのでしょうか」


 そそくさと逃げると後方から質問攻めにされている声が聞こえてくる。


 「私の一存で答えられるものではありませんので、回答は控えさせていただきます」


 氷華は凍てつくような冷たい声で言い放つ。

 スンッとスイッチを切り替えられるのは流石女優さんだ。


 「そこをなんとか。鷺ノ宮さん自身はどう考えていて、どうしたいのか」

 「事務所から出ているコメントが全てとなりますので。私の方からは控えさせていただきます」


 面倒くさそうに答える声を背に俺は学校へと向かう。

 全く持って俺は悪くないのに、ちょっとだけ申し訳ないなと思ってしまう。

 ここで颯爽と助けられたらカッコイイんだろうな。




 学校へ到着する。

 校門前にも記者やカメラマンが待機しており、それらの整理のために教師が何人も駆り出されていた。

 その駆り出されている教師にさえインタビューをしている始末。教師陣は対応に困りつつも、余計なことは口にしない。帰ってくれの一点張り。公人なだけある。

 記者側のなんでもかんでも養分にしてやろうという魂胆も嫌いじゃない。やられる側としては非常に面倒だなと思うけど。


 「どーもども」


 教室に入ると瑠香がやってくる。


 「やー、大変そうだね」

 「大変そうってか大変だよ。家でも外でもずっと周りに記者いるし。お前らどんだけ暇なんだよって感じ。もっとやることあんだろって思う」

 「たかが高校生の恋愛なのにね。こんなに大人たちが首突っ込んで……探ろうとして。ただただ気持ち悪いよ」


 瑠香は蔑むような声色で外を見つめる。

 たしかに鷺ノ宮氷華という女性で考えるといたし方ないと思ってしまうが、高校生の恋愛に大人たちがここまで首を突っ込んでいると考えるとだいぶ気持ち悪い。

 気持ち悪すぎてもはや気持ち悪いってなんだろうってレベルだ。


 「ほら、これとか凄いよ」


 瑠香が見せてくるのはSNSのとある記事だ。

 タイトルは『あの天才女優鷺ノ宮氷華が幼馴染と熱愛発覚! 演技力も愛の重たさも人一倍か!?』というものである。

 閲覧数を伸ばすためにはそのくらい露骨で顕著なものが良いのかもしれない。実際効果的ではあるだろうし。

 いいね数が伸びているのがなによりの証拠と言えるだろう。


 「気持ち悪さはあるよな」

 「まあ、タイトルもそうなんだけどね」


 瑠香はすっすっと画面をスワイプする。


 「ほら、ここの返信とかとんでもないよ。こんなのが世の中にうじゃうじゃいると思うと吐き気がする」


 瑠香が見せてきたのは返信欄だ。

 二次元キャラや三次元の女性、汚らしいおじさんなど個性豊かなアイコンが大量な表示される。

 『氷華ちゃんもしっかりとした女の子なんだね』『夜になったら喘ぐんだと思うと興奮する』『ワイも幼馴染になりてぇ〜』

 と、地獄絵図が広がっていた。


 「高校生相手にこんなことしてるんだよ」

 「気持ち悪いな」

 「でしょでしょ? 良いの? 氷華がこんなこと言われてるんだよ。気持ち悪い大人たちに気持ち悪いことばかり」


 瑠香はぐいっと顔を近付ける。

 鼻の頭がくっつきそうなほど距離が近い。

 息遣いさえも分かってしまうほどの距離だ。

 瑠香も気付いたのか、微妙な表情を浮かべて距離をとる。

 睨むような目線に、頬を火照らせる。

 恥ずかしいなら行き当たりばったりな行動は控えていただきたい。

 俺らの間の共通認識として、そういう関係になることは無いというものがあるのかもしれないが、傍から見れば普通に浮気しているとか思われても仕方ない。

 そもそもお互いに誰かと付き合ってるわけじゃないから、浮気もなにもないんだけどね!


 「澪からも言ってやるべきだと思うけど」

 「言うってなにをだよ」


 そう問うと瑠香は困ったように頬を触る。


 「私にはわからないけどさ」


 前置きをしてから、頬杖をつく。


 「でも澪にしかできないことってあると思うんだよね」

 「俺にしかできないこと……」

 「そっ。澪にしかできないこと」


 俺にしかできないことってなんだろうか。

 ちょっと考えただけじゃ思い浮かばない。

 俺にしかできなくて、俺じゃないとできなくて、俺だからできる……氷華の境地を救えること。

 うーん、そんなことあるのかな。


 俺が心の中でうんうん悩んでいると、瑠香は俺の後ろをジーッと凝視する。

 しばらくそのまま固まって「近過ぎた……」と小声でつぶやく。

 俺はこてんと首を捻る。

 瑠香は何を言うわけでもなく、バツが悪そうにその場からそーっと離れる。

 不思議に思いつつ、俺は振り返る。

 ぎこちない笑みを浮かべた氷華が仁王立ちしていた。

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