夜空の灯とフローライトの魔法使い
いつも薄暗い夜空の世界にも、夜はやって来る。道の隙間や草の間、天の川を流れる小さな星屑たちが、ひそやかな光を増す。
しかしそれだけでは当然、先は見えない。だから夜空の世界には、点々とランプが設置されている。柔らかく辺りを照らすのは、ころんとした八面体も愛らしいフローライトだ。
そして役目を終えたフローライトをランプから取り出し、新たな物と交換するのが私の仕事だ。
光の弱まってきたものを二つ、そっとつまみ上げる。深い海の青、森の深緑。手の上でころころともてあそぶ。
「フリュ、交換終わった?」
「終わったんなら、それちょうだい」
玄関から飛んできて、それぞれ肩の上に乗った二匹のドラゴン。目の色以外、よく似た姿の兄弟だ。どこからか現れて、気づけば懐いていた私の家族である。
「ちょっと待っててくださいね。降りてからですよ」
玄関のドアの上。立て掛けたはしごから、ドラゴンたちを乗せたまま降りた。二匹はぐるぐると猫のように喉を鳴らしてすり寄る。
「はい、どうぞ」
「わーい」
「フリュありがとー」
仲良く一つずつ、二匹はフローライトを食べた。彼らは鉱物が好きらしい。
生態も種族もわからないので、宝石竜と呼んでいる。私は彼らに役目を終えた石を与え、その代わりに仕事を手伝ってもらう。持ちつ持たれつだ。
ちなみに私の名前はフローライトだ。鉱物の魔法使いは、自身が司る石と同じ名で名乗る。まぎらわしいからと、彼らは私をフリュと呼ぶ。
「そろそろ仕事の時間ですよ。今日は……」
「ボクの番だよ!」
深い青から紫へのグラデーションの瞳を持つ方、ルーチェが前に降り立つ。翼を大きく広げて力を込めると、私が乗れそうな大きさに変化した。
「フリュ、行こ」
兄弟の片割れが、肩の上でふりふりとしっぽを振る。淡い緑から紫へのグラデーションの瞳の方はリヒト。
フローライトをあげるうちに、彼らの瞳は宝石とよく似た色に変わった。そういうものらしい。
「ではルーチェ、よろしくお願いしますよ」
「はーい。しっかりつかまっててね!」
二匹の身体はいかにも西洋のドラゴンといったもの。しっかりした手足に、力強い翼。だがすらりとした銀灰色で、夜空の世界を飛ぶ姿は流星のようだ。
上空から、光の弱まっているランプはないかと見回す。数はあまり多くない。この世界にいる者たちは、明かりくらい自分でなんとか出来る者ばかりだ。
それでも例外はある。そんな力を持たない者や、時おり迷い込んでくる人間。彼らのために、私は今夜も明かりを灯す。
「どこも問題なさそうですね。ルーチェ、天の川付近に向かってもらえますか」
「いいけど、なんで?」
「ランプを増やしてほしいって要望があったんです。なんでも、最近人の子が星集めの手伝いをしているらしくて」
「ふーん、珍しいね。迷い込んでくるんじゃなくて、通ってるなんて」
「ね。会ってみたいな。ボクもリヒトも、人間の世界には行ったことないから」
鉱物の魔法使いは、さまざまな世界に存在する。姿も基本的には人間と同じだ。しかし私も二匹と同じく、人間の世界を知らない。
鉱物にまつわる伝承や力を必要とした人の前に、魔法使いは現れる。縁があれば、いつかそんな日が来るかもしれない。
ランプがなく暗い場所に降ろしてもらう。小さな姿に戻ったルーチェは、また肩にとまった。
大きな肩掛けバッグから、空のランプを取り出す。中は工房と繋がっているので、壊すことなくたくさんの物を運べる。
次に星の砂が詰まったガラスの瓶。詮を抜き、星の砂を宙に撒く。魔法をかけると私の周囲をくるくる回り、やがて八面体のフローライトへと変化した。
青に緑、紫や透明。深い色味のもの、淡くて優しげなもの、美しいグラデーションを描くもの。五、六個ほどをランプに入れた。
「リヒト、ちょっと手伝ってください」
「いいよ~」
「……神話の息づく世界に灯り、星のまたたく夜を照らせ。夜空を往く者の道しるべとなれ」
私が地に置いたランプに向かって呪文を唱えると、リヒトが螺旋を描きながら飛ぶ。そこに柱ができ、ちょうど街灯のようになる。
リヒトがランプに炎を吹き込むと、フローライトは輝きだす。
「ありがとうございます、リヒト。どうぞ」
星からフローライトを作り出す時には、必要な数より少しだけ多めにしている。ルーチェとリヒトにあげるためだ。
「フリュ、ボクも!」
「はい。ルーチェもお疲れ様です」
「フリュのフローライト好き」
「ぼくも。フリュのフローライトが一番おいしい」
役目とはまた違った理由で褒められるのは、なんとも面映ゆい。
「リドさんのところに寄ったら、今夜のお仕事はおしまいですよ」
「はーい」
声を揃えて返事をするルーチェとリヒト。そこが自分たちの居場所だと疑わず、肩に乗ってくる。
ドライフラワーが飾られたドアの、こじんまりした店。同じく鉱物の魔法使いであるリドさんが営む雑貨屋だ。
いつもここで、石を入れるためのランプを仕入れているのだ。私の魔法では、まだ作り出すことはできないから。
「いらっしゃいませ。……おや、フリュさんでしたか」
「あ……、営業時間でした?」
「いいえ、お気になさらず。お客様がいらっしゃってこそのお店ですから」
店内には可愛らしい雑貨が並んでいる。だがここは、この世界の魔法使いや住人たちが情報交換する拠点でもある。
「ボクたち、今日はお客さんだよ」
「ぼくたち宝石竜の鱗。リド、欲しいって言ってたでしょ?」
「これが対価。お店のもの、買えるよね?」
私の肩から離れた二匹は、子供の姿に変わる。人の形をとる時にも、やはりそっくりな姿。
リドさんは律儀に、ふたりに視線を合わせる。
「ではお客様、どんなお品がお望みですか?」
「フリュが好きそうなやつ」
「フリュが自信を持てるようなやつ」
「え……」
フローライトを思わせる二対の瞳が、じっと私を見つめる。
「フリュはいつも、ボクらにフローライトくれるから」
「フリュもいつも頑張ってる。だからぼくらからも、ご褒美」
「ルーチェ、リヒト……」
二匹には気づかれていたらしい。私が未だ、一つの役目しか果たせていないこと。人を導けるほどの魔法使いになれていないことへの劣等感に。
「では、こちらはいかがでしょう?」
リドさんがふたりの首に何かを巻きつけた。それはフローライトがあしらわれたチョーカー。それぞれの瞳の色に合わせた石が、明るいこの場でも確かに光を放っている。
「フリュさんのフローライトは、うちのお店でも人気なのです。この光に道を見出だした方は、少なくありません。だからこれからは、ルーチェ君とリヒト君が、貴女の行く先を照らしてくれますよ」
視線をさまよわせると、ふたりはリドさんの言葉を受けて頼もしくうなずいてくれた。小さなドラゴンの姿に戻り、胸に飛び込んでくる。
「ぼくらがフリュの灯り」
「だから大丈夫だよ、フリュ」
二つのぬくもりとフローライトの灯りに、胸がいっぱいになる。この子たちが証明。私は誰かに寄り添うことも、灯りを灯すことも出来る。
帰ろう、私が灯した光の導く先へ。明日も暗い夜空を照らすために。