だから、破棄でいいよね?
「―――だから、破棄でいいよね?」
「いい訳がないのですよね。逆に何故、いいと思ってしまわれたのですか」
「だって邪魔なのだもの。もう、いらないしさ」
「いらなくなったら破棄、なんてことがまかり通れば法律どころか国家の危機です…」
「そうかなあ」
プレギエーラ王国の王侯貴族が多く通う最高学府には、現在、第一王子であるルカ・プレギエーラ様とその婚約者である私、オーロラ・シンティリオ公爵令嬢が在籍している。政略性がないとは言い切れない婚約ではあるが、幼馴染と言って差し支えない程には傍で育った我々である。忌憚なく意見交換することにも特に咎められることなどないので、学園の庭園にある東屋で雑談に交じって政治の話をすることもある。けれどそれは軽い話題であるからできることであって、こんなに重量がある話をこんな場所ですべきではないのだ。特に今は。
「だって邪魔になってしまったんだ」
「ですから」
「もう諦めてください、オーロラ!」
「ほら、来た…」
面倒なのが来たあ…。ああいや、そんな風に言ってはならない。無礼にも我が国の王太子殿下の許しもなく話の場に割り込むようなはしたない女であっても、一国の王女である。隣国の末姫であるララ・リーベ様は交換留学生としてこの学園に通っていらっしゃる。我が国が交換に送った私の親友である女学生とは天と地程の差がある学力である為に、彼女や我々と同じ特級クラスに入れず特殊クラスに入っておられる。
「…ご機嫌いかがでしょうか、ララ様。本日はどのような」
「ああ、オーロラ。本当にごめんなさい!」
どんなに無礼な振る舞いをされようと、相手は王女である。礼節の「れ」の字も知らなさそうな能天気さを前面に押し出していようとも、相手は隣国の王女様なのである。私が密かに憧れていた王家の女性という神聖性を返して欲しい。指定の制服のスカートはどうしたのだろう。何故そんなに短いのかしら、追剥にでもあったのかしら。どうして誰も止めなかった、いや、止めてくれる人もいないのか。…脱線をしてしまったけれど、目の前の騒いでいる人はお姫様なのである。その血筋には最上の礼をとらなければならない。
「オーロラ、あたくしとルカは愛し合っているのです! 貴女には悪いことをしたと思いますが、ここは身を引いて!」
「身を引く、とは?」
「ルカの言う通りに婚約を破棄して!」
頭を抱えたくなるが、相手は王女様だ。ため息も吐きたいが我慢をしよう。私は栄えあるシンティリオ公爵家の娘である。背筋を伸ばし笑みを絶やさず、憐れな人にもただ憐憫の情と誠実さを持って接する術を持っている。ついでにここまで来ると何となく面白くなってきたので、話を続けてみようと思う。
「それで?」
「え?」
「わたくしめがルカ様と婚約を破棄したとして、どうなるのです?」
「あ、あたくしがルカと結婚をするに決まっているじゃない!」
「どうやって?」
「え、ど、どうって、婚約をして結婚をするのよ」
そんな幼稚舎の子どものような返答しかできないのにも関わらず、我が国の王太子妃になろうと言うのだから一周回って肝が据わっていらっしゃる。せめてどもらないで頂きたい。こんなのが王太子妃となり終いには王妃になりたいだなんて、王太子の婚約者、という立場以前に一人の国民として嫌だ。ああ、もじもじするのではありません。体をくねらせて喜ぶのは下半身にしか血が行かぬ馬鹿共だけですと、乳母に習わなかったのか。私の教育係を貸して差し上げたい。妃教育どころのお話ではない。
「どうやってご婚約なさるおつもりなのです、貴女様にもお国にご婚約者様がいらっしゃるでしょう」
「彼は、あたくしのことが好きでないからいいのよ。顔を合わせる度に勉強をしろ節度を弁えろって、臣下の癖に酷い口のきき方をするのよ! お父様もお母様もお姉様たちも弱みでも握られているのか、その通りだとしか仰らないし!」
クラスが違う上に必要以上に関わらないようにしていたので、噂話くらいしか耳に入ってきていなかったがほぼほぼ噂の通りではないか。
「ララ様はご家族からも蔑ろにされ、ご婚約者様にも辛く当たられてお可哀想(訳:ララ様はご家族からも匙を投げられかけており、ご婚約者様だけは矯正に意欲的らしい。ご家族とご婚約者様がお可哀想)」などと、嘘であって欲しかった。若干あった「いらない妬みから逃げる為に、そういう風に演じられているのでは?」という噂の方を信じていたかった。
では何故そんな厄介者のお姫様がわざわざ交換留学などをしているか、という話になるのだがこれはララ様たっての希望だったらしい。隣国でなら頑張って勉強しますと毎日泣きながら訴える娘に頭を抱えた父王が、我が国の国王陛下に助けを求めそれが了承されたことで成り立った留学である。私の親友は階級こそ平民であったが国教法王の孫娘であり、下手な貴族よりもずっと地位が高く頭も良かった。しかし卒業後には教会で司祭になることが決まっている為、気軽に外国になど行けなくなると喜んで隣国に行った。
あらゆる意味で鳴り物入りの留学であったが、ララ様は前評判に違わぬ方だった。まずもって常識がない、頭が悪すぎる、自分で転んでおいて近くに偶然立っていた人を悪者にする、気に入らないととりあえず泣く。最後には、何故か我が国の王太子殿下は自分のものだと言い張る。ある生徒はララ様が「この国にやって来たのはルカと結婚するためなの」と自慢気に話していたと聞いたと言っていた。人づてなので、これも噂話であると断じてしまえばそうなのだが、そんなこんなで私はララ様に極力関わらないよう命じられていた。
隣国の国王様や王妃様、ララ様の姉姫様たちはそう変なことはないのにこの方はどうやってこう育ってしまったのだろう。教育だけではどうにもならない生まれ持ったものがあるのだろうか。自分の子どもが生まれた時には参考にしようと思う。
「ねえ、もういい?」
「駄目です」
「王太子に対してなんて口をきくのかしら! いくら悲しくても黙って身を引く方が美しくてよ!」
「破棄するね」
「駄目ですったら」
「お黙りなさい、公爵令嬢如きが口を挟んでいいことじゃないのよ!」
ルカ様が立ち上がり衛兵を呼び寄せ、ララ様は声高に叫んで胸を張った。私は頭を抱えることしかできなかった。こんなことであれば、禁止されていようともちゃんとララ様を自分自身できちんとお止めすれば良かった。覆水盆に返らずとはよく言ったものだ、確かに零した水は元には戻らない。
「そこの煩くて不敬な女を即刻連れて行ってくれ」
「は!」
「きゃああ!?」
「もう我慢の限界だ。父上には僕からきちんと説明する、もし何かあっても君たちに咎が行かないようにはするよ」
「いえ、我々は殿下のお言葉に従うよう命じられております。それこそ王命でございます故」
「うん、ありがとう」
この学園には王侯貴族やそうでなくとも財産を多く持つ商家や才能ある子どもが多く通うので、至る所に衛兵が配置されている。ルカ様と私が入学してからは近衛兵からも数十人こちらに配置されており、衛兵として働いているのでこの学園の警備に隙はない。そうではあっても、もう少し穏便にできないものか。女学生一人を取り押さえるのにそんなに屈強な衛兵は必要ではない。
「あ、あたくしじゃないわ! 馬鹿ね、あっちよ! あっちに座っているオーロラを捕らえなさいよ!」
「いずれこの国の国母になられる方に無礼を申すのではない!」
「ル、ルカ! ルカ助けて! あたくしは王女なのよ、こんなことをするような衛兵なんて牢屋に入れてしまって! 大体オーロラは婚約破棄をされるのだから、国母になんてならないわよ!」
ララ様の甲高い声が響く。ここまで来ると怒りを覚える方が難しい、そんなものはとうに通り越して憐れみしか抱けない。もう黙った方がいいと伝えようとしても、ルカ様が笑顔のままでこちらを睨むので何も言えなかった。侮られてはならないからやる時は徹底的に、と私も教わってはいる。きっと今がその時なのだ。いつまでも学生気分でいてはいけない、もっと勉強をしなければ。
「そうそう、破棄をするね、ララ・リーベ。君の留学における全ての契約を」
「え…」
「君は本当に不愉快だったよ。オーロラが何度ももう少し様子見しようと止めていたから我慢をしていたけれど、もう限界だ」
「な、何を言っているの? あたくしはお姫様で貴方は王子様で、け、結婚したらぴったりの」
「君は本当に知らなかったのか、この国は他国の貴族に貴族位を与えないんだ。勿論例外は多くあるし、むしろそっちの方が多くはなっているけれど、それでも法律でそうなっているからね。事実、我が国には現在“王女”などいない、そんなものは認めていない。形式上皆、君のことを敬称で呼んだだろうけど誰一人として“王女殿下”とは呼ばなかった筈だ。留学前にも我が国から君宛に、その旨が書かれている契約書を送った筈だが」
一国の王女を預かるのである。本来なら例外的に王女と認めてしまって良かったのだ。それをララ様の父王が認めなかった。「我儘で王女の責務も果たさずに出て行きたいと言うのだから、位などなくとも良い」とのことで、ララ様は平民として我が国にいらっしゃることになったのだ。それでも隣国の王女である事実は変わらないので、待遇としては最上級で且つ護衛だってきちんと付けていた。しかし我が国でのララ様の地位は、平民だ。
後からこの扱いについて抗議されても困るので、この留学に関する契約書は父王に向けたものとララ様に向けたものの二種類を用意していた。衣食住と警備の保障、禁則事項、交換条件について、そして平民としての扱いに対する説明が記されたものだ。それに同意の署名したことでララ様は留学をしにいらっしゃったのだけれど、どうしてそんなに不思議そうにしていられるのだろう。契約書の内容を理解していなかったなど、恥の上塗りをしているようなものだ。ここはせめて、はったりを利かせるくらいはして欲しかった。
「だって、でも、あたくしは王女で、王の娘なのよ!」
「だが、我が国の王の娘ではない。そもそも君は“留学生”だ。既に爵位を賜って働いているならいざ知らず、学生に身分などある筈もない」
「じゃあ! 貴方にだって学生なのだから、身分がない筈じゃない!」
「はあ…」
疲れたようにルカ様がため息を吐くので、代わりましょうかと目配せをしたが首を振られてしまった。
「何事にも例外はあるのだよ、僕は、この国の王の息子だ。僕の場合は爵位ではなく、生まれ持ってこの国の王子としての地位があるんだよ。その上に僕は立太式を正式に済ませている正当な次期国王だ、そして僕の婚約者であるオーロラも次期国王の婚約者であるという地位がある」
「え、え…?」
「分かるかい? もう分からなくてもいいけれど、最後に事実だけ教えてあげるね。君は“平民”しかも“外国人”でありながら、この国の王太子と将来の王太子妃を呼び捨てた挙句に妄執を叫ぶ、許可も得ず話す、礼をとらないという“犯罪行為”を行ったのだよ」
「は、犯罪…!?」
「この状況はただ“犯罪者”を衛兵が捕らえただけのこと。牢屋に入るのは君だ、ララ・リーベ。どんなに叫んでも誰も助けに来ない牢屋の中で、自分の立ち位置というものを考えておくのだね」
まだ何かを叫ぼうとしているララ様を、衛兵たちが問答無用で連れて行った。これ以上は時間の無駄である。ルカ様はひどく疲れたようなお顔で椅子に座り込んでしまった。
「これは契約の破棄ではなく、不履行による契約の解除だね」
「そうなるかと思いますが…」
ララ様は契約の禁則事項に大いに触れたのだ。“犯罪行為”である。犯罪とまではいかなくとも、いくつか禁則事項に引っかかることをしていたララ様であったから、この措置はいつあってもおかしくないことではあったのだ。ただ、せめてもう少し穏便にすませて頂きたかった。我が国での地位がなくとも、隣国の王女殿下である。いくら契約があっても何があるか分からないのだ。交換留学で隣国に行っている私の親友に何かがあれば、どうしたら良いだろう。
「大丈夫、ミーシャに何かされることなんてないよ。彼女はあんなだったけれど、隣国の王族はまともな人たちだ。…もしミーシャに何かがあれば、開戦だということくらい分かっていらっしゃるよ」
「そう、ですよね。出過ぎた真似を致しました」
確かにそうだ、その通りなのだ。それでも心配は心配で。私は昔からこうなのだ。心配であるし、今回のララ様のようなことは可哀想に思う。この心配性も慈悲の皮を被った偽善心も直さねばならないのに、何度学んでも思い直してもどうしても直らない。勉強をいくらした所で直らない性格であるなら、もうこれはララ様のあれと同じなのではないだろうか。こんな私が王妃になれるのだろうか、と最近よく思う。
「まさか。オーロラのその優しさこそ、この国に必要なのだから」
「優しさ、が必要ですか」
学んできたものとは少し違う見解だ。すぐに反応ができず言葉に詰まる私の頬を子どもの頃のようにルカ様が突いた。
「あれ、妃教育では習わなかった? 我が国の王族が代々、他国から“笑いながら人を殺す猟奇者”とか“罪人に厳し過ぎる斬首人”とか言われていること」
「それは習いました。失礼な話です」
「そうだね。さすがに笑いはしないよ、面白くはないよね。ただ何も思わずに命令を下すことはできるよ、必要であればね」
「それは、国王として必要なことですわ」
それができない最高責任者では困る。プレギエーラ王国は国境の半分以上が海に面しており、漁民や漁業に携わる職業の国民が多い。けれど海は恩恵と共に畏怖の対象でもある。数年に一度必ず訪れる津波はどの海岸に襲来するか予測ができず、しかし海洋資源で成り立っている我が国の民にそこから立ち退けと言うこともできない。それでも災害は確実にやってくるのだから、その時の司令塔が右往左往するようではお話にならない。戯言に惑わされず、正しい事柄を指示してくれる絶対的な国王を我が国は望んでいるのだ。その点、ルカ様は百点満点だと言えよう。私が自慢することではないが、我が婚約者は完璧なお人だ。
「それがそうでもないらしい。隣国なんかには、大罪人を憐れんだ時の国王が法の抜け目をついて逃がしてやったっていう古典もあるくらいだ。最後は何故かその大罪人が国王を助けてくれるのだけれど、我が国では考えられないだろう?」
「犯した罪にもよるかもしれませんが、大罪人なのでしょう? 罪状が殺人や国家転覆だとしたら許されないことですね」
「そう、うちでは確証さえあれば命乞いする間もなく斬首刑だ。でもオーロラ、それが小さい子どもだったらどう? それかもうすぐ病で死んでしまいそうな老人とか。そんな人たちが何か訳があって罪を犯したのだとしたら?」
「小さい子どもかご老人、ですか…」
「そう、可哀想だと思う?」
可哀想、と思ってはいけないのだ。それはいけないことだ。どんな人であれ、法律は守らなければならない。しかし、いや、しかしではない。即答できない私の頬をルカ様がまた突いた。
「嘘はつかなくていいよ。むしろそう思ってくれていた方がいいから」
「…どうしてですか」
「僕なら問答無用で首を刎ねてしまうけど、そればかりでは民の心がついてこなくなってしまう。僕は父上から何度も聞いたよ、母上のように常識と愛情と優しさの全てを兼ね備えた美人以外とは結婚してはいけないと」
「国王様は王妃様のことがお好きですからね…」
「僕の方がオーロラのことを愛している!」
「そこは張り合わないでください、絶対に張り合わないでください!」
真剣なお話がどうしていつもこう脱線してしまうのか。ルカ様はお父上を尊敬されており、国王様もルカ様に一目おいておられる。理想的で良好なお二人であるのに、何故かお妃様と私のことで度々口論するから困っている。白熱が過ぎると王妃様から笑みが消え、私共々部屋に閉じこもってしまわれるのも困る。将来の義母たる方に嫌われていないのは良いことであるが「娘ができたら着せようと思っていたの」と着せ替え人形にさせられるのも辛い。
「母上だって素晴らしい人だ。けど僕のオーロラの方が絶対に可愛い!」
「そこを! 張り合うなと! 申し上げているのです!」
「だって!」
「だってじゃない!」
遠くからくすくすと笑う声が聞こえて、はっとする。きっと先程の騒ぎで東屋に注目が集まっていた所に、私たちがいつも通りに言い合いを始めたからまた笑われてしまった。うっすら「何かあったのかと思ったけれど、大丈夫そうだね」「本日も仲睦まじい様子でよろしいですわ」などとも聞こえる。
そう、ここは東屋である。学園の庭園にあるのだから誰の目に触れたとておかしくはない。かあっと顔に熱が集まるが、これもいつものことである。
「ああ、早く卒業して結婚したい」
「…それは、わたくしの妃教育が終わるまで待っていてください」
「妃教育なんていいよ、もう。完璧だからもうすぐにでも結婚しようよ」
「駄目です。後、ララ様のことですが」
「あれはもう放っておこう」
「ルカ様」
「まあ、ミーシャのこともあるしね。分かった、今日中に何とかするよ」
「わたくしに何かお手伝いできることはありますか?」
「じゃあ今日は王宮に泊まりに」
「父が許さないので無理ですね」
「シンティリオ卿めええ…!」
ルカ様は滅多なことではなさらない形相を隠しもせず、父の名を呻いた。父とルカ様はとりたてて仲が悪い訳でもなさそうなのであるが、ルカ様は稀にこうやって恨めしそうに呻く。婚約者であっても私はまだ嫁入り前なのであるから外泊を禁じるのは当然であると思うのだが、この辺りは男女で溝があるようである。それ以外にも常識の範囲内で禁じられていることはいくつかあるが、それを伝える度にルカ様はこうなってしまうのでもういっそ父と話し合ってくれないかなと思う。
長く息を吐き、気を取り直したルカ様は私の手を取って立ち上がった。
「父上への報告とあちらへの抗議文とミーシャの身柄保護とあのば、…犯罪者の送還手続きをするから、手伝ってくれる?」
「勿論ですわ」
エスコートされるままに身を寄せて共に歩く。注目を浴びるのは慣れてはいるが、得意ではない。それでもいずれ王妃となる身である、苦手だなどと泣き言は決して言うまい。横を見上げるとルカ様がにこりと微笑んでくださった。この方と共に歩んで行けるのならば、多少の無理も押し通せる。それ位には私はこの方が大切である。
それにしても不思議なことが一つだけある。ララ様はどうしてルカ様と結婚ができるなどという妄執を信じていらっしゃったのだろう。ルカ様が“そういう目”で見るのは後にも先にも私ただ一人であるのに。
―――
ララ様の件は、概ねルカ様が仰った通りになった。ララ様は我が国で“犯罪者”となり牢屋に一晩入れられた。冷たい鉄格子の中で一晩中泣いたらしい彼女は、送還時には随分大人しくなったらしい。隣国の国王は怒るどころか謝罪を兼ねて、隣国の特産品である水晶を大量に送ってきた。これは政治的なやり取りでもあった。
ララ様は“平民の外国人”でありながら、この国の王太子と将来の王太子妃を呼び捨てた挙句に妄執を叫ぶ、許可も得ず話す、礼をとらないという“不敬罪”を犯している。“不敬罪”に関しては極刑から労働刑と幅広い罰則があるが、そもそもララ様は裁判すらもかけられていない。保釈扱いの実質的な釈放である。ただ次にもし我が国の領土に侵入することがあれば、問答無用で裁判にかけることにはなっているのだ。ララ様は生きている間、我が国の国土を踏むことを禁じられたことになる。事実上の永久追放だが、一国の王女にその汚名を着せない為の救済措置である。
それでも国の代表として交換留学をしておいて、犯罪行為を行って帰って来たお姫様に国民の目は冷たいらしい。初めから人気はあまりなかったようであるので、それはそれで可哀想でもあるが自業自得でもあるだろう。彼女は現在、婚約者殿の監視の下で花嫁修業及び奉仕活動をさせられているらしい。ここまでの問題であったから、婚約破棄になってもおかしくはなかったと思うのだが、婚約は続行されているそうだ。それは所詮、他国のことであるのでこれ以上の干渉はしないし、情報もこれ以上は集めなかった。
次に、私の親友であり国教法王の孫娘であるミーシャであるが、すぐには帰って来ないこととなった。我が国としてはすぐにでも返せ、という旨を伝えたのだがミーシャ本人が「まだ帰らない」と言ったのだ。子どもの頃から敬虔な教徒であることを望まれたミーシャは、この国では私やルカ様以上に自由が制限されていた。その反動なのか、あちらでは非常に楽しく過ごしているらしい。
「異国の地にて学ぶことは多く、まだ帰るには早いとお告げがありました(羽目を外しすぎないから期限までは遊ばせて欲しい)」と言われてしまっては仕方がない。その返事を見てルカ様は部屋に戻ると同時に大爆笑であったが、法王は怒りと寂しさが混じった顔でしょんぼりしながら教会へ帰って行った。私個人に宛てられた手紙の中には「その辺を学友と歩いて買い食いができるのが楽しい」など、学生生活を楽しんでいると書かれてあった。楽しそうで何よりである。
さて、ララ様の件が片付いた後の我々は来たる卒業式典の準備に追われていた。あの時期までララ様の件を後回しにしてしまっていたのは、この準備が忙しかったのもある。そして、あそこまで決定的なことをしなければララ様にも卒業式典には参加してもらうつもりであったのだ。一応は隣国の姫君であるあの方が卒業式典に出席されていれば、隣国との友好関係を諸外国に示すことができたのに。そうであったなら、恐らく隣国からも謝罪でなく感謝を受けていただろう。まあ、過ぎた話である。
「オーロラ、卒業式典のドレスだけれど水晶を砕いて散りばめるのはどうだろう」
「重たそうなので嫌です」
「じゃあもっと細かく砕いて糸により込もう」
「布から作っていたらさすがに間に合いません。それにそれも結局重たそうです」
「だってあの水晶やっぱり質が良いからさ、折角だし何かに使おうよ」
「装飾にあれだけ使ったのですからもういいですわ。既に重いのですから」
「ちょっとだけ…」
「駄目です。そんな重たいドレスで動き回らないといけないなんて嫌ですわ」
「キラキラしてきっと綺麗なのに」
「…ダンスを一曲も踊らないで帰ってもよろしいなら結構ですよ」
「諦めよう」
ルカ様は昔から公の場でダンスを踊るのがお好きだ。私以外とは母君としか踊らないが、必ず一曲目は中央に私を連れて行く。私を見せびらかしているのだと仰るが、そんなことをしなくても注目の的であるのだから少し控えて欲しい。王太子の婚約者である私に変な思惑を持って声をかける人などいないのだから、男性陣への牽制も控えて欲しい。
「でも折角オーロラを自慢できる数少ない機会だからなあ、何かしたいなあ」
「数少ない…?」
「少ないよ! この前は二ヶ月前の僕の誕生日だったじゃないか!」
「十分に短期間なんですが」
「僕は毎日毎時間毎分毎秒オーロラを自慢して回りたい!」
「いくら仕事ができても仕事をなさらない旦那様はお断りしますわ」
「式典の準備は後何が残っていたかな?」
「ほとんど終わっておりますので、来賓者の席順調整くらいです」
「すぐに終わらせよう」
「さすがルカ様ですわ」
言い方は悪いが、この方は本当に御しやすい。変なことを言い出してもお話をすれば聞き入れてくださるし、少し褒めれば機嫌もすぐに直る。これでいいのだろうか、と悩んだこともあったが王妃様から「そういうものです」と言い切られてしまったので、これでいいのだ。
ルカ様の御寵愛は疑う余地もない。自我が芽生えるその前から、私の後ろにべったりと張り付いていたらしいルカ様は他の女性を女性として見ていない。女性も男性も変わらず“人間”という位置づけなのだそうだ。一応、男性よりもか弱いものとしては認識しているようだが、それ以上の興味を持たれない。聞けば王家の方はそういう気質の方々ばかりで、我が国には古くから側妃や愛妾という考え方は存在しない。御落胤なんて単語も元々は我が国には存在せず、外来語であるのだ。
子どもの頃はどうしてずっと付いて来るのだろうと不思議だったが、人間慣れるものである。幼稚舎ではいつも一緒に絵本を読んで、昼食もおやつも席は必ず隣。砂場遊びもかけっこも気付けば傍にいるので、それが当たり前になっていた。当時、私はまだ幼稚舎から帰ると昼寝をせねば体力が持たない子どもであったが、その昼寝だって何故か何度も一緒にしていた。
初等学校に上がる前には婚約が決まっていたが、子どもながらに「まあそうだろうな」と訳知り顔で頷いた記憶がある。何故かは分からないが、ルカ様は私のことがお好きだ。公爵家の娘としては光栄なことであるが、逆に私以外の誰にルカ様の婚約者が務まるというのだろう。婚約内定を知らされた時は不遜にもそんな風に感じていた。
愛されることは、良いことである。心地よく、暖かな日差しの中で微睡んでいるような気分だ。しかし私はそれだけで満足はできなかった。
「ルカ様?」
「何だい、僕の輝く星」
「この前のララ様に対しての毅然とした態度、とっても格好良かったですわ」
「ん゙、そ、そうかな」
「わたくしのことを守ってくださり、ありがとうございました。本当に素敵でしたわ」
「う、うん…当然のことをしたまでだヨ」
「卒業式典が終われば次は結婚式ですわね。今から結婚生活がすごく楽しみです」
「僕も! すっごく楽しみだよ!」
「そう言って頂けて嬉しいですわ。妃教育によりいっそう励みます」
「僕も仕事頑張るね!」
「はい、一緒に頑張りましょう」
「ゔん゙!」
愛されるだけではつまらない。ルカ様は可愛い方でいらっしゃるので、愛し返せば随分面白かった。完璧と名高いこの方が私の言動で狼狽えるのも楽しい。いつもは私が恥ずかしい思いをさせられたり流されるばかりなので、たまにやり返すのだがこれが非常に楽しい。ミーシャ曰く「似た者同士お似合いね」だそうなので、良いのだ。
ルカ様のお傍でずっとこうしている為になら難しい妃教育にも耐えられる。自慢がしたいのは何もルカ様だけではない。この方が賢王だと広く知らしめることができるなら、そのお手伝いをどれほどしても苦にはならない。
それにしても本当にどうしてララ様はルカ様と結婚できると思ってしまわれたのだろう。学校の七不思議に加えられる程の疑問である。ルカ様が私以外を愛することなどあり得ないというのに。
「オーロラ、僕の愛。これ以上、僕をどうしたいの?」
「え、別に…」
「別に!?」
「ずっと愛して頂きたいとは思いますが、ルカ様をどうこうしようとは思っておりません。ルカ様は現状でもう完璧な方ですので」
「僕の婚約者は小悪魔なのかな、災厄級に可愛い。いやもう天女なのかもしれないな、聖なる川で羽を落としてしまったの?」
「またそんな御冗談を」
「僕は本気だし、正気だ!」
読んで頂き、ありがとうございました!
むしゃくしゃしていて、ただ幸せなヒロインとヒーローが見たくて書きました。ルカとオーロラは誰から見てもお似合いで入り込む余地はなく相思相愛です。ルカは完璧マンなのでたまに人の心が分からなくなるタイプですが、オーロラを通して国民を見ることができるので将来は良い王様になるでしょう。オーロラは王妃としてはちょっと頼りない面がまだ残っていますが、決断さえしてしまえば容赦はないので問題はありませんし民の心を映す鏡的な役割もしなければならないので、多少甘いくらいで丁度いい。
どうしてララが割って入って行けると思ったのかですが、ただの阿呆の子だったのです。深い理由とかはありません。「自分はお姫様だから王子様と結婚するべき」と突き進んだ結果ですね。ララの国に居る婚約者は歪にララが好きなのでこちらも問題は特にありません。駄目な人が好き、それを調教するのがもっと好き。でも高位貴族なので悪い人は面倒、ただの阿呆の子なら思う存分遊べるドン!みたいな…。ララからするとメリバなのでしょうか?でも破滅はしないし殺されないしそれなりに楽しく生きていく逞しい阿呆の子だと思うので大丈夫ですよ、多分。
別で単発ものを書いておりましたら、何故か長くなってしまったので息抜きに書きました。長編は長編で書いており、息抜きで書いた短編の息抜きの短編。不思議ですね!
大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。
また、既にブックマーク・評価・コメント・誤字報告などして下さった方、いつも本当にありがとうございます! 皆様の温かな励ましのおかげで執筆活動を続けることができております。
※作中にミーシャをミシェルと間違えている箇所がございました。現在訂正しております。ご指摘ありがとうございました。
大変申し訳無いのですが、作者は文字でのコミュニケーションに不安がある為に、コメントには返信を致しておりません。ですがとても嬉しく思っております。本当にありがとうございました!
ここまで読んで頂きありがとうございました!