奏介と久美子
久美子と兄の話がメインです。
蔵之助は稽古が終わると芝居小屋を後にした。
「あの蔵之助様でしょうか?」
見知らぬ女が声をかける。
「ああ、いかにも。」
女との話が終わると急ぎ足で家路に着く。
「蔵之助様、お帰りなさいませ。お客様がお見えです。」
(誰だ?こんなときに)
客間には先日も来た兄の側近でいた。
「久美子様、どうか高崎家にお戻り下さい。」
相変わらず先日と同じことを言っている。
「分かった。支度をしてくるから待っておれ。」
蔵之助は自室に戻っていく。
「蔵之助様、先日までは断固として帰らないとおっしゃっておりましたが何かありましたか?」
「事情が変わった。とにかく急がねば。一刻の猶予もない。」
奉公人が部屋を後にすると箪笥から長年着ていなかった女物の着物を取り出す。青地に首なが鳥の模様が描かれている。一纏めにしていた髪は簪で結い直す。まさか再びこのような姿をするとは夢にも思わなかった。
支度ができると側近達の待つ客間に戻る。
「支度が整いました。」
皆蔵之助の変わった姿に息を飲む。
「蔵之助様その姿どうされました?」
奉公人が尋ねる。
「今の私は蔵之助ではない。公家高崎家の久美子じゃ。」
「久美子様、参りましょう」
「御意。」
久美子が実家に着いたのはその日の夜だった。
使用人は女官達に迎えられ母の待つ部屋へと連れて行かれる。
「お母様、久美子只今戻って参りました。」
「役者がいかにくだらぬ分かって縁談話を受ける気になったのですね。母としては嬉しい限りじゃ。」
「いえ、お母様。わたくしが戻ってきた理由は他にございます。勿論公家のご子息との縁談はお受けします。しかし一つだけ条件がございます。」
翌日久美子は奏介の部屋を訪れる。
床に伏せている兄に久美子は声をかける。
「兄上様」
十年振りに兄弟が再会する。以前と比べて痩せていた。
「久美子か?」
奏介は久美子に優しく頬えむ。
「久美子なぜ帰ってきた?役者はどうした?」
久美子は家を出るとき奏介にだけ本当のことを話した。奏介はお前らしいと言って笑って見送ってくれた。
今までのこと全て話した。男と偽って芝居を続けてきたこと、主役にまで登り詰めたこと、そして鈴乃との出会い。
「兄上様、わたくしは自分の意志で家を出て自分の意志で戻って参りました。」
奏介は久美子の話に黙って耳を傾けながらゆっくりと目を閉じる。
「兄上様!!」
久美子を誰よりも理解してくれたのはこの家で兄が一番だったかもしれない。久美子が決めたことをいつも黙って見届けてくれた。
翌日奏介の弔いが行われた。その後久美子の祝言の準備が着々と進められた。
時を同じくして白無垢姿の乙女が1人。誰であろう鈴乃であった。
鈴乃はどうなってしまうのか?
次回最終回です。




