お家の危機
鈴乃は蔵之助に送ってもらい帰路を歩いていた。再び橋の上に差し掛かる。二人が出会った紫陽花の橋に。
「鈴乃ちゃん、今日会えて良かった。」
「私こそ。胸に支えていた物がとれました。」
蔵之助がふと橋の先に目をやると紫陽花が咲いていた。蔵之助は一輪摘むと鈴乃に渡す。
「これをそなたに。」
「よろしいのですか?」
「ああ、鈴乃ちゃん、また会ってはくれぬか?」
「はい、蔵之助様がお望みなら喜んで」
家に戻った鈴乃は蔵之助からもらった紫陽花を自室の机に飾る。次の逢瀬はいつになるのか、そんなことを考えながら。
「お嬢様。」
襖の外から使用人の呼ぶ声がする。
「はい。」
「お父様が下の階でお待ちです。」
「ええ、今行くわ。」
使用人に連れられ父の書斎へと向かう。
「ご主人様、奥様、お嬢様を連れて参りました。」
部屋には母もいるようだ。
中に入ると父と母が待っており、机の向かいに座った。
使用人は失礼致しますとだけ言って部屋を出ていく。
「鈴乃」
父が口を開く。
「先ほど縁談が決まった。相手は武家のご子息だ。申し分のない相手だとは思わぬか?」
(武家のご子息?)
鈴乃は疑った。うちの呉服屋武家の顧客もいるから縁がないわけでもないし、そのおかげで暮らしも裕福だ。だけど身分は士農工商の一番下。そんな商人の娘を欲しがる武士の家などあるのか?
「あの、武士の家との縁談とはどういうことでしょうか?」
鈴乃は尋ねるが今度は母が口を開く。
「相手のお家は将軍家とも縁がある芦屋家で長男の孝之様はそなた気に入っているご様子よ。」
「鈴乃、芦屋家はこの店を拡大した時資金を立て替えて下さった。その時に縁談は決まっていることなんだ。だから断ることなどできん。」
祝言の日取りも近々決めるということだ。
部屋に戻った鈴乃は一人考えていた。お父様もお母様も私の気持ちよりお家の方が大事なんだ。
ふと机に目をやると紫陽花が目に入った。
「蔵之助様」
鈴乃の気持ちを分かってくれるのは蔵之助様だけなのだ。
時を同じくして蔵之助の家にも客人が訪れていた。
高崎家の家臣で兄奏介の側近だ。
「お前達、こんなところまで何の用だ?俺は母上の縁談話は受けぬ?」
「それが久美子様、奏介様がお倒れになり、一月も持たぬご様子で、母上様はお家存続のために久美子様にお戻り頂きたいと考えております。」
(何?お兄様が倒れた?)
蔵之助の脳内に奏介との思い出が過る。
兄は優しかった。体が弱かったがお転婆な蔵之助といつも一緒に遊んでくれた。剣術の真似事をしていると頭を撫でてながら誉めてくれた。
「久美子は強い子だ」と言って。
家の中で唯一の味方は兄奏介だけだったのだ。




