二人の橋
蔵之助はずっと鈴乃のことが気になって仕方がなかった。彼女は他の娘達とは違う。大半の娘達は自分を舞台の上の花形役者としてしか見てない。だけど鈴乃は舞台を降りても自分が女だと分かっても変わりなく接してくれる。
蔵之助はふと庭に目をやる。欄干には紫の蛇の目傘が立て掛けてある。それは鈴乃とよく会う橋に咲く紫陽花のようだった。
蔵之助は文をしたためると奉公人を呼んだ。
「これを鈴乃という娘に。呉服屋の1人娘だ。」
蔵之助は奉公人に文と一緒に鈴乃の家までの道順を書いて渡した。
鈴乃はその頃家族と夕飯を取っていたがなかなか食が進まずにいた。
「ごちそう様でした。」
一口も口にせず席を立とうとする。
「どうした鈴乃?具合でも悪いのか?」
父が心配そうに尋ねる。
「いえ、何となく食べれないだけです。失礼します。」
鈴乃は早々と部屋に戻っていった。
「お嬢様。」
部屋に使用人が入ってきた。
「こちらお嬢様に文でございます。」
(誰かしら?)
宛名を見ると愛しい人の名があった。だか読む気にはなれなかった。
「今は読みたくないわ。机に置いといて。」
「お嬢様今日は様子がいつもと違います。何かあったのですか?」
「いえ、何でもないわ。下がりなさい。」
使用人が部屋を出ると蔵之助の文を手に取る。
(一体何が書いてあるのかしら?)
気が進まなかったが文を開けてみた。
「鈴乃ちゃんへ
貴女と出会ってからというもの貴女のことを考えない日はない。宜しければあの紫陽花の咲く橋の上で貴女とお会いしたい。もし都合が良ければ明日の夕方待っていてほしい。 蔵之助」
鈴乃は複雑な気持ちになった。蔵之助様には会いたい。だけど蔵之助は本当に私のこと見てくれてるのか?だって蔵之助は女なのだから。
翌日午前中鈴乃は百合子から注文を頼まれていた。そのついでに百合子に相談してみた。
「いいじゃない。会いに行くといいわ。」
「でも」
「鈴乃ちゃん、何か不安なことでもあるの?」
鈴乃は話す。もしも蔵之助に自分ではない誰かを好きいたらどうしようかと。
「だったら尚更会いに行かなくてはならないわ。会って確かめて来なさい。蔵之助様の気持ちを。」
夕方鈴乃は約束の場所に向かった。紫陽花の咲く橋へ。鈴乃が着くと蔵之助はすでに来ていた。
「蔵之助様」
鈴乃の声に気付く蔵之助。
「鈴乃ちゃん。来てくれたんだね。良かった。」




