一座の華
数日後鈴乃は百合子を誘って蔵之助の芝居を観に来ていた。今行われている公演では蔵之助が主役を演じるのだ。演目は源氏物語。平安時代の貴族達の恋物語だ。幕が開くと光源氏に扮した蔵之助が現れる。
「鈴乃ちゃん、もしかしてこの方?」
百合子が鈴乃に小声で囁く。
「ええ」
烏帽子を被り、束帯を身に纏い扇子を片手に持ち舞踊る。女性といえども一挙一手がこんなにも美しいのか、まるで本物の貴族のようだった。鈴乃には他の男の役者は目に入らずひたすら舞台の上の蔵之助だけを追っていた。
舞台が終わると鈴乃は百合子と別れ、紫陽花の咲く橋の前で蔵之助を待っていた。芝居小屋の裏口から入るとまた門番に追い返されてしまうし、この橋ならまた蔵之助に会える気がしたから。
「鈴乃ちゃん?」
ほどなくして蔵之助がやってきた。
「どうしたのだ?」
「蔵之助様をずっとお待ちしてました。お芝居見ました。舞も殺陣もお見事でした。」
「ありがとう。それを言うために俺を待っていたのか?」
「いえ、こちらをお返しせねばと思って。」
鈴乃が渡したのは蔵之助がさしてくれた紫色の蛇の目傘であった。
「ありがとう。」
その時二人の頭上に雨がパラパラと降ってきた。
「また降ってきたか。鈴乃ちゃん入っていくが良い。家まで送ろう。」
二人は傘に入り歩き出す。
「あの、」
鈴乃が口を開く。
「どうした?」
「私と2人のときくらいは女性に戻ってもかまいませんよ。私誰にも言いませんから。」
「ありがとう。でも俺はこっちのが性に合う。自ら望んでこの世界に来たからな。」
(自ら望んでこの世界に来た。)
家まで送ってもらった後鈴乃はその意味を考えていた。
(まさか一座の役者に恋をして近づくために?)
突然1つの結論が余儀った。蔵之助様は自分のことなんて見てないのか?そう思うと鈴乃は悲しくなった。
一方蔵之助も家路に着き奉公人が出迎えていた。
「お帰りなさいませ久美子様」
「その呼び方はやめろ。」
「申し訳ございません。」
自分はもう昔の自分じゃない、もう過去は捨てたのだ。
「蔵之助様、母上様から文が届いております。」
文には公家の長男との縁談話がきたから帰ってくるようにと書いてあった。
「俺は帰らぬ。捨てといてくれ。」
やっと主役をはれるまでになった。自分はこのために女を捨て舞台の上だけでなくずっと男を演じ続けていた。自分の居場所はあの家じゃない、舞台の上だ。




