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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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世界樹の守護



 私は、うぬぼれても良いのだろうか。

 

 王宮でのパーティーの次の日、私は朝日を浴びながら昨日の事を思い出していた。

 昨日、エイダン様は私との婚約を幸運だと言ってくれた。あれは、きっと私との婚約を後悔も嫌がってもいないということだろう。

 婚約してから悩んでいたことがある程度解決したことが本当に嬉しい。

 そして……私は手のひらのネックレスを見た。




 パーティーの帰り道。エイダン様は懐から小さな革袋に入ったソレを出した。


「シャノンさん……こちらを」

「ネックレス、ですか?」


 少し緑かかった青い宝石のついたネックレスだ。だが、その宝石がなんなのか分からない。サファイアでもないし、アクアマリンでもない。不思議な色を湛えている雫のような形の宝石。

 そのネックレスを、彼は首からかけてくれた。


「お守りです」


 美しい宝石のついたネックレスを、彼は首からかけてくれた。


「きれい……」


 光の角度できらきらと輝く宝石に、私は思わずため息をついた。


「常緑の森の奥深くで採れるちょっとした宝石です」


 そう言うエイダン様の姿を見て、ふと思う。この宝石の色が、エイダン様の瞳の色に似ている……そのことに、私は思わずその宝石を握りしめた。




「……昨日の事は、本当にあったのよね」


 ネックレスの重みは昨日のことが本当だったと伝えてくる。


「お嬢様、失礼します」


 部屋の外から、侍女のジュリアが声をかけてくる。


「どうしたの?」


 慌てた様子でジュリアは入ってきた。


「お嬢様に、お手紙が……」


 手紙ならよくあることだが、ジュリアの慌てようはただ事ではない。


「ミラ様からです」

「えぇっ?!」

「レギナルド王の愛しきお方……あの、ミラ様ですっ」


 思わず叫んでしまった私は、きっと悪くない。

 ジュリアは代々繋ぎの一族であるアルフィー家に仕えている一族なので、当然エルフ達の事をよく知っていて、ミラ様の事も知っているし、なんなら王城に行ったこともある。だから、ミラ様からの手紙に大慌てになっていた。私も、あまりのことに言葉が出ない。

 その声に、他の侍女や兄様まで集まってくる。


「シャノン、どうした?!」

「お、お兄様っ、て、手紙がっ!!」


 まだ開けてもいない手紙を思わず捧げ物でも渡すように掲げる。


「手紙がどうした……まだ開けてもいな……」


 その手紙に書いてある文字を見て、兄様も手を止める。


「ミラ……ミラ? ミラさまっ!? シャノン……こんどは一体なにをしでかしたんだ……」

「な、なにもしてません!!」


 冷ややかな眼でこちらを見てくる兄様に、私は慌てて否定する。

 確かに、いろいろやらかしてきた実績があるが、ミラ様に呼ばれるようなことをしていないし、なぜミラ様が私を呼ぶのか本当に分からない。

 ミラ様には、何度か常緑の森の城でお会いしたことがあるが、友人という訳でもない……。

 誰かが呼んでくれたのだろう、父様もこの騒ぎにやってくる。


「朝からどうしたんだ」

「父さん! シャノンが何かをやらかしたようです」

「だから、やらかしてませんって!!」


 いや、ミラ様からの手紙が来ただけなのにっ。


「お嬢様……早めにお話になった方が……」

「だから、何もしていないわ!!」


 思わず素になって叫んだが、きっと私は悪くない。



 ミラ様からの手紙は、結局お茶のお誘いだった。

 どうも、エイダン様と正式に婚約した私といろいろお話ししてみたい、らしい。手紙に書いてあることが何処まで本当か分からないが……。(ちなみに、兄様と父様には謝ってもらった)


 一週間後の約束の日。

 私は常緑の森の城へと向かった。

 案内されたのは城の裏にある庭園。私達の国とは違い、整備されて季節の花々が咲き誇るような所ではない。花よりも緑が多く、整備もされていない。庭園と呼んで良いのか分からないが、だが美しくてそこに居るだけでほっとするような、そんな場所。

 さらに、すでに冬だというのに、そこに踏み入れると不思議なほど温かかった。

 そこで、エルフの王妃は私を微笑みながら待っていた。


「突然ごめんなさいね」


 日の光にきらめく白銀の髪に優しい若緑色の瞳、女の私でも見惚れてしまうほど美しいミラ様は、レギナルド様の最愛の方だ。


「常緑の森の秘宝、ミラ様とこうしてお会いできて光栄です」


 美しいミラ様は可憐な歌声とその姿からは想像できない勇敢なエルフで、狩りが得意だ。

 新年を迎えたら、常緑の森の一大行事である魔物狩りでいつもミラ様はその腕を披露する。その姿を側で見たことのある父様と兄様は、いつもあの可憐な姫君を敵に回してはいけないと口を揃えて言うのだ。さらに、噂ではエルフたちが崇める世界樹を守る古い一族の出だと聞く。

 ミラ様は萎縮している私を席に座らせると、その手でお茶を入れ始めた。

 常緑の森で一般的な緑色茶の用に見えるが、少し不思議な香りがする。家によって様々なハーブを混ぜるらしいので、そのせいだろう。


「これ、私が作ったの。お口に合うかしら?」


 そう言うと、クッキーやマフィンをどこからともなく、宙から取り出した。

 おそらく、魔術……しかも、かなり高位のものだ。天は二物を与えずというが、どこまでいろいろできる姫様なのだろう。


「一度、シャノンさんとはお話してみたくて……」

「こ、光栄です」


 緊張のしすぎで同じ事しか言えない。分かっているのだが、まだ社交界の経験も浅い私には難しい。


「実は、エイダンの婚約者を貴女にしてはどうかとレギナルドに言ったのは、私なのよ」

「そ、そうなのですか?」


 エルフに対して理解があり、婚約者の居ないよい年頃の娘だから、だと聞いていたのだが、少し事情が違うのだろうか。


「あ、よい子がなかなか見つからなかったのは本当なのよ。でも、ニアラがねぇ……」

「ニアラ様?」

「あの子、幼いエイダンを大切に育ててきたせいか、レギナルドや繋ぎの一族の方達が勧めてきた縁談をぜーんぶ蹴ってきたのよ。エイダンは幼い子ではないのに、弟離れができないのよね」


 困ったように彼女はそう言うとお茶を飲む。


「そう、それで、ニアラが貴女の事を話しているのを聞いて、もしかしたら貴女ならとレギナルドに相談したのよ。ニアラも貴女の事を悪く思っていないし、エイダンも貴女も悪い関係ではないようだったから……ごめんなさいね、こんなにすぐ決められてしまうなんて思っていなくて、急に婚約だなんてびっくりしたでしょう?」

「……いえ」


 ミラ様は、私のことを心配して、そして謝りたくて呼んだのだとようやく気付いた。


「エイダンと、どうかしら? いやなら、レギナルドとニアラに言うから。あの人達、ちょっと気が早すぎるのよ……いくら悪い関係ではないと言っても、もう少し時間をかけてからのほうが良いって言ったのに……」


 ミラ様の頼み事をレギナルド様は絶対断らない。結構有名な話だ。レギナルド様はとてもミラ様を愛している。二人はとても仲が良い。


「ありがとうございます……確かに最初は驚きましたが、とても良いご縁を頂いたと感謝しております」


 そう言いながらも、恥ずかしくなってうつむく。きっと、私の頬は赤くなっていることだろう。

 まぁ、とミラ様は気付いて、そして微笑んだ。


「それはよかった」


 そのあと、ようやく緊張の解けてきた私とミラ様はしばらくお話をした。ミラ様がエイダン様の幼い頃の話や、エルフの結婚についての話を。私は、エイダン様とのお話を……あのパーティーの後から、エイダン様はお手紙を返してくださったり、仕事で来たときに、一緒に贈り物を持ってきてくださったり、交流をしている。ちなみに、最初は何を書けばと迷っていたお手紙だったが、少しずつお互いのことを綴り始めた。


「これが、エイダン様からお守りと頂いたものです」


 エイダンが贈り物をしたという話をしているうちに、パーティーの帰り道にもらったお守りの話になった。

 最近は常に身につけているそのネックレスを見せると、ミラ様は驚いたように目を見開いた。


「これは……そう。そうなの……」


 なにか分かったように何度も頷くと、心の底からほっとしたようだった。


「あの、もしかしてお守りのことを知っているのですか?」

「えぇ。常緑の森で採れる貴石の一種よ。とても、貴重な物だわ」

「私が頂いてしまって良かったのかしら……」


 そこまで貴重な物だとは思っていなかった。きれいな宝石だが、エイダン様は特になにも言っていなかったので、珍しい宝石などではないのだろうと思ってしまっていたのだ。


「貴重な物といえば貴重だけれど……。これは、大切な方へと贈られるお守りなのよ」


 大切な方へ……その言葉の意味に、私はネックレスを見た。

 緑がかった青い宝石は、変わらずきらめいている。


「でも、そうね……あまり、そのお守りは見せない方が良いかもしれない。できるだけ、人目のつかないようにつけて」

「わかりました」


 大切に、見えないようにと服の中へ隠すように首にかけた。

 その後も、日が落ちるまで私達はお話をした。

 帰り際、ミラ様は私にささやくように言った。


「エイダンを、よろしくね」

「はい」


 白銀の姫は、とても美しい微笑みで私を見送ってくれた。





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