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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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婚約を交わして



 --聖女様が学園にやってきた。


 その記念すべき日は、学園の大ホールに集まり、学園長からの話や聖女様のお姿と挨拶を朝から聞くことになった。

 ぱっと見て、誰が聖女様なのだとすぐに分かった。

 聖女様は、前聖女様の容姿とよく似ていたからだ。

 遠くからもよく見える、胸の辺りまで伸びたまっすぐな黒髪に吸い込まれそうな黒瞳。伝承における聖女様の容姿とそっくりで、そして、とてもきれいで、誰もがその姿を見て言葉を失った。

 きれいと言えば、幼なじみのアリアナ、常緑の森のレギナルド様達の姿を見慣れていたけれど、それでも見とれてしまうほどだった。

 聖女様は結局、アリアナとアシルと同じクラスに入ったようだ。その方が都合が良いからだろう。

 同じクラスではないのが、少しありがたかった。なんでも、聖女様が編入してから、アリアナ達のクラスは授業どころではないらしい。その姿を一目でも見ようと野次馬が集まったり、聖女様の方はこちらの常識を知らないようで、いろいろと授業が進まないのだとか。

 その後始末にアリアナは駆け回り、アシルも聖女に懐かれてしまったとかで追いかけ回されたり、逆に追いかけ回ったりしている。

 二人には悪いが、違うクラスで良かったと同じクラスのユーグとほっとしたほどだ。


 平和、とは言えないが、少なくとも落ち着いてはいた。

 魔王が復活したのかだとか、なぜジスラン王子が死んだのかだとか、分からないことはあったけれど。

 何事もなく、平穏な日々を過ごしていた。

 そう、思っていた。




「まって!」


 教室を移動していると、突然声をかけられた。

 誰だろうと振り返れば、絶世の美女が少し離れた場所で息を切らせていた。


「え?」


 なぜ、ここにいるのか。

 思わず変な声が出てしまう。

 だってしょうがない。声をかけてきたのが、あの聖女様だったのだから。


「あなた、もしかしてシャノン・アルフィー?」

「は、はい」


 聖女様は私の名前を知っているのか、思わず声が裏返る。

 アリアナとアシルが聖女様に私のことを話すとは思えなかった。


「そう、やっぱり! 知っているかもしれないけど、私は聖女よ」


 もちろん、よく知っている。なにが起こっているのかわからず、目を白黒させていると、彼女はさらに話しかけてきた。


「あなたのこと、ユベールから聞いたのよ! どうしても、一度会ってみたくてね」

「ユ、ユベール殿下から、ですか?」


 第一王子ユベールとは何度か顔を合わせたことがあるが、親しいわけではない。本当に、顔を合わせただけで、言葉も挨拶を一言だけだ。ユベール王子の婚約者である侯爵家の令嬢とも顔見知りではない。

 ユベール王子がなぜ聖女様に私の名前を教えたのか、やっかいごとに巻き込まれるのはごめんなのだが……。

 さすがに顔にそんな思いを出すなんてことはせず、深呼吸をすると少し緊張しながらも微笑むことができた。


「聖女様、声をかけていただき光栄です。改めまして、シャノン・アルフィーと申します」

「よろしくね」


 そう、笑いかけてきた聖女様は、その目は、どこか暗くてこちらを見定めているようだった。


「は、はい……」


 緊張しながらも、おかしいことに気付く。

 聖女様の側には、いつも護衛がいた。そして、大体アリアナかアシルがお目付役のように側に居た。それが、誰も居ないのだ。

 まさか、護衛を撒いて逃げてきたというのか。


「ねぇ、シャノンはエルフと交流を持っているって本当?」


 質問が単刀直入すぎて、思わず苦笑いになる。一応、この国ではエルフの話はとてもデリケートなのだが、彼女はソレを知らないから仕方がないが。


「はい」

「つなぎのいちぞく、だったっけ? そう、へんな一族ね」


 思った事を、はっきりと言うヒトだ。

 私のことは、ユベール王子からエルフと関わりのある一族と言うことで聞いたのだろう。それしか考えられない。

 そうこうしているうちに、護衛がばたばたと走ってやってきた。どうやら学園の中を走り回って探していたようで、汗をかいている。いや、あれは護衛対象を見失ってしまった冷や汗だろうか。


「聖女様! お一人で出歩くのは危険だと、なんどお話ししましたか?!」

「あっ、まずい。じゃあね!」


 護衛がこちらに来る前に、聖女様は走り出した。

 制服のスカートをはためかせ、淑女とは思えないほど全力で。


「また、逃げたぞ!!」

「聖女様を追えー!!」


 ばたばたと護衛達が私の横を駆けていった。ひどい追いかけっこを見てしまった。

 私の前に息を切らせてやってきたのは、護衛から逃げてきたところだったのか。


「なんだったのかしら」


 嵐のような出来事に、私は思わずつぶやいていた。

 そういえば、どうして聖女様は私がシャノンであると分かったのだろうか。私のような髪色の学生はたくさん居るのに。彼女はすぐに私だと気付いた。


「あ、そろそろ行かなきゃ」


 思わぬところで時間を取ってしまったが、今は次の教室に移動する時間。早く行かなければ遅刻してしまう。

 慌てて、私は目的の教室へ向かった。




 その日、私は珍しく父様の書斎に呼び出された。

 仕事中などは迷惑になるからと呼ばれなければ入らない書斎。

 扉をノックすると、すぐに「入れ」と声がする。開けると、部屋の中を父様がうろうろと歩き回っていた。

 こういう時は、大抵考え事をしているときだ。父様は、歩いていると良いことが思い浮かぶんだ、と行ってはうろうろしたがる。我が家では良いが、他の場所ではやらないように、と兄様と私と執事や侍女たちと説得したのは良い? 思い出だ。それ以来、私達の前でもうろうろしなくなっていたのだが、一体何があったのだろうか。まさか、エルフ達との件でなにか会ったのだろうか。

 一応、以前の幽霊騒ぎは、こそっと戻ってきたレギナルド様からの助言でどうにかごまかして報告をでき、問題にならなかった。ネイロ様の恋人だった看板娘の少女も、今はアルフィー家に行儀見習いという事で働くようになり、ネイロ様と明るいうちから会えるようになった。

 他にも、問題が出てきたのだろうか。

 そんなことを考えていると、父様は私の顔を見て歩みを止めた。


「シャノン、聞きたいことがある」

「お父様、かしこまってどうされたのですか?」

「いや……そうだ、とりあえずそこに座りなさい」

「はい……」


 ソファに座ると、父様も前のソファに座るが、どこか落ち着きがない。


「お父様?」

「っは。いや、すまない……シャノン。お前は、その……学園は楽しいか」

「はい」


 もしや、学園に来た聖女様の話だろうか。

 今日、声をかけられたことを、報告した方が良いかもしれない。エルフと関わるへんな一族だと思われているし。


「その、学園で、いや、他の場所でも、気になる男性はいるか」

「……はい?」


 父様は、いったい何を言っているのだろう。

 すぐには理解できず、思わず聞き返してしまった。


「好きなヒトは、いるかと聞いている」

「い、いえ」


 まさか、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかった。

 とっさに、私は否定していた。

 私は、伯爵家の娘だ。しかも、繋ぎの一族。結婚するならばきっと、政略結婚だと小さい頃から理解していた。だから、そんな……突然好きなヒトと聞かれても、いないし居たとしてもそれは表に出さず墓場まで秘めていこうと決めていた。

 よりよい未来のために、私は喜んで政治の駒になろうと……なのに、なぜか、胸が痛かった。緑の影が、ちらりと見えた気がした。


「いません」


 私は、そう言って微笑んだ。

 きっと、私の婚約者が決まったのだ。

 学園ではもうすでに婚約者が決まっている令嬢が多かった。中には、生まれたときからなんてヒトも居る。

 好きなヒトが居たとしても、そのヒトと結ばれるなんて、幸運なヒトはそういない。

 なのになぜ、この胸は痛いのだろう。


「そうか」


 父様は、ほっとしたような、後ろめたいようなそんな複雑な顔をした。

 もしも、私に好いたヒトがいたのなら、そう思って聞いてくださったのだろう。けれど、私は平気だ。だって、私はシャノン・アルフィー。アルフィー家の伯爵令嬢なのだから。自分の立場も、一族の誇りも、分かっている。


「週末、顔合わせをすることになっている。準備をしておくように」

「わかりました」


 森の中を走り回り、幼なじみ達とこっそり抜け出して町や森を探検した。 木登りが得意な令嬢なんて、学園を探しても、いやこの国にはそういないだろう。これまで、散々好き勝手をさせてもらったのだから、もう猶予期間は終わったのだ。


 その日の夜。

 私は、なぜか眠れなかった。





 私に婚約者ができる。いつかは来るはずのことだったが、とうとうその日が来たことに、私は顔合わせの日まで落ち着くことができなかった。

 しかも、父様は何度聞いても相手のお名前を教えてくれないし、兄様も知らないようで心の準備すらできていない。というか、全部夢なんじゃないかと、現実感がない。

 当日、朝から準備を始め、ようやくこれは現実なのだと思い知った。


「お父様、そろそろお相手を教えてください。私が拒否するとでも思っているのですか? こどもじゃないのだから、どんなお相手でも、私は受け入れるつもりです」


 とうとう馬車に乗り込んで、目的地まで向かう。

 父様は、一体何を考えて秘密にしているのか、私は自分が信頼されていないのかと落ち込みながら聞くと、父様はようやく重い口を開いた。


「いや、そういうわけではない。ただ、まだあまり他言しないで欲しくてな」

「最初からそういえば良いではないですか。もう一度言いますけど、私はもうこどもじゃないんですよ」


 やっぱり信頼されていないのか。口をとがらせていると、父様はそうではないと慌てて弁明を始める。


「それに、相手方から言わないで欲しいと言われていてな」

「……どうしてですか」

「いろいろあるのだよ」


 いろいろあるだなんて便利な言葉で父様はごまかすと、わざとらしく天気の話を始める。どうせ今日会うことになるのだから教えても良いと思うのだが、これ以上聞いても無駄だろう。

 私は、仕方なく諦めて外の景色を眺めるしかなかった。


馬車を走らせること二時間。城から離れ、農村部に近いその場所に、立派な屋敷はあった。

 趣のある屋敷だ。古いが、よく手入れされている。庭園もかなり丁寧に世話されているのが分かる。


「ここは……」


 何度か、来たことがあるその屋敷に、私は首をかしげた。


「ボールドウィン伯爵家、ですよね」


 ボールドウィンはアルフィーと同じく繋ぎの一族だ。だから、交流があるのだが……この家には、私と婚約できるような方がいないはず。

 現在当主のジョエル様とトリシャ様は子宝に恵まれず、養子をとろうにも、なかなか話が進まず、跡継ぎが決まっていなかった。もしや、跡継ぎが決まったのだろうか。

 ふと、どこかで似たような話を聞いた気がする。まさか、と思い首を振った。


「どうした、シャノン」

「いえ。ボールドウィン家もようやく養子縁組が決まったのですね」

「まあな……」


 父様は、なぜか苦笑いをした。






「シャノンちゃん! また会えてうれしいわ!!」

「ニ、アラさん?」」


 案内された部屋には、笑顔のニアラ様がいて、いきなり抱きついてきた。

 マナーだとか挨拶がどうとか、エルフにはないのでなにも言えないのだが、突然すぎてすこしふらついて父様が慌てて支えてくれる。

 その後ろに、ちょっぴり困り顔のボールドウィン夫妻と、さらに後ろに両手で顔を隠したエイダン様がいた。


「えっと……その、これはいったい?」


 まさか、ニアラ様が婚約者、なんてわけがないし。まさか……。

 恐る恐るエイダン様へ視線を向ける。


「姉が、もうしわけない」


 そう言って、くっついてくるニアラ様を無理矢理引き離してくれた。


「シャノンちゃんなら、私はなんの文句はないわ」

「……??」


 どういうこと?

 頭上に疑問しか浮かばない。


「姉さん、説明も何も吹っ飛ばしすぎだよ。というか、秘密にしてってキニスさんに言ったの姉さんでしょう」


 だから父様はなにも教えてくれなかったのか、と思いつつなぜニアラ様がここに居るのかよく理解できなかった。


「ニアラさん、とりあえず、席に座りましょう」


 トリシャ様の言葉に、ニアラ様は渋々頷いて私の側から離れる。そんなニアラ様をエイダン様が無理矢理誘導していった。


「すまなかったね」


 ジョエル様が申し訳なさそうに謝った。


「そして、突然のことで驚いただろう」

「あの、もしかして……私と婚約すると言うのは……」


 ジョエル様の言葉の前に、ニアラ様がにこやかに言った。


「エイダンよ」

 思わず父様の顔を見ると、すでに受け入れているようで、私に一つ頷いた。


「エイダンの祖母はボールドウィン家の者でな。このたび、養子縁組を行なうことになった。彼は、ヒトの血が強い。エルフの世界で生きていくよりはこちらの世界のほうが生きやすいだろうからな」


 ジョエル様はそう言ってエイダン様を見る。その視線は、とても優しくて、まるで自らの息子を見るかのようだった。


『繋ぎの一族……祖母の親戚の養子になる予定なんです』


 そうだ、たしか彼はそう言っていた。


「それで、彼の出自はとても複雑だろう? なるべくエルフに理解がある令嬢を探していたのだ」


 そう言って、ジョエル様は私を真正面から見た。

 そうか。

 確かに、繋ぎの一族の中でエイダン様と年が近い者は私ぐらいだ。それ以外と言ったらすでに婚約者がいる令嬢やまだ幼くエイダン様には年が離れすぎている。だから、か。

 少しだけ複雑だったが、それがなんなのか私にはその時よく分からなかった。


「そんでもって、私が納得する子であることも条件だけどね」

「ニアラ殿……貴女が出てくると話が進まないのですが……」


 ジョエル様が苦言を呈するが、ニアラ様は不思議そうに首をかしげた。


「ニアラ殿がまだ養子縁組したくないと何年も粘っていたんだ。エルフにとってエイダン様はまだ幼い子どものような年齢だからな……」


 こそっと、父様が小声で教えてくれる。

 まだ、エイダン様は正式にはボールドウィン家の養子ではない。まだ、王家から承認をもらっていないのだ。だが、もう手続きは終わっているので、あとは承認をもらうだけなのだという。


「ようやく養子縁組を認めたので、気が変わらないうちに婚約もしてしまおうと決まったのだ」


 実は、先日のネイロ様とエイダン様が来たときもその婚約の話だったらしい。

 レギナルド様もなかなかエイダン様を手放さないニアラ様に手を焼いていたのだとか……。それが、なぜ養子縁組を認めたのかは分からないが、ボールドウィン家にとってはよいことだろう。

 ふと、エイダン様は私との婚約はどう思っているのだろうと思った。エイダン様は、エルフ達の中で育った。エルフ達は恋愛結婚を尊ぶ。政略結婚なんて行なわない。そんな中で育ったはずのエイダン様は……。

 エイダン様の様子をうかがうと、彼はこちらの視線に気付いて微笑んできた。

 父様は私に好きなヒトは居るかと聞いてきたけれど、ならエイダン様は……。

 その疑問は、結局ボールドウィン家と別れても聞くことはできなかった。



 こうして、私とエイダン様の婚約は、その日交わされた。





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