やっぱり眠れない雑用王子
翌々日。学園が終わると、私とアシル、そしてユーグは私の屋敷の前に集まった。
だが、目的は私の屋敷ではない。屋敷の前で馬車を降りると、三人のみで屋敷の庭にある常緑の森への小道を進む。
アシルもユーグも、常緑の森には何度も遊びに来ているし、すでに昨日、父様には話し父様経由でレギナルド様にも話は行っているので特に問題もない。
ちなみに、夜中に三人で出歩いていたことを話さないといけなかったので、こっぴどく叱られた……。
私達は、城へと向かうと、すぐに小さな応接間に案内された。樹齢がいくつかも分からない立派な木々で作られた家具と、至る所に植物が飾られ、どこかほっとする場所だ。アシルの住む城とはまったく違うが、私は豪華な城よりもこういう場所の方が落ち着く。
そして、目的のエルフはすぐに現れた。
「突然、どうしたんだい、シャノン。あと……アシルくんとユーグくんだっけ?」
常緑の森の自警団団長……ネイロ様だ。
その顔は、あの深夜の密会にいた片割れと同じだった。
アシルとユーグも昨日、その顔を見ている。何度かしか会ったことがないので、さすがにあの夜は気付かなかったが、こうして目の前に居るのを見れば同じエルフだと確信したのだろう。私に頷いた。
「突然申し訳ありません。実は、ネイロ様……お伺いしたいことがあります」
「オレに? もしかして、エイダンのことかい?」
「なぜエイダン様の事が出てくるのですかっ。違いますし、全然関係ないです!」
まったく、なぜエイダン様の話が出てくるのか分からない。思わず強い口調で否定する。
だが、きっとネイロ様もどうしてこの三人が来たのか心当たりがないのだろう。深夜の密会がばれてしまったことに気付いていないのだ。
「え、エイダンって?」
「ちょっと、後で話すから、今は関係ないから!」
興味津々のアシルとなんだなんだとこちらを見てくるユーグに思わず叫んだ。
これでは、話が進まないではないか。
会話のペースを乱されてしまったが、とにかく、今はあの夜の話だ。
あの夜、結局私達は、小柄なローブの者を追いかけた。
ネイロ様はすぐに魔術で姿をくらましてしまったのもある。
小柄なローブの者は、少し離れた場所にあるそこそこ大きめの、どうやら飲食店と住居を兼ねた家へと帰っていた。次の日、アシルとユーグはその飲食店の事を調べ、私は深夜に見たネイロ様とおそらくヒトの密会を父様に報告したのだ。
深夜に知り合いに会ってはならない、なんて法はヒトの国にもエルフたちの森にもない。だから、やってはいけないことではない。だが、エルフがヒトの町に夜中に行くことはなにも悪いことをしなくても良くは思われない。
ネイロ様には悪いと思っている。
おそらく、火災のあと放置された無人の家の近くならあまりヒトが来ないだろうと予測して、そして亡霊の噂がたった後はさらにヒトが怖がってこないだろうとそこで密会していたのだろうが、アシルの元まで噂が届いて原因を調査することになってしまった。これ以上は危険だ。
アシルとユーグの調べによると、その飲食店には若い看板娘である少女がいた。小柄で、遠目から見ただけだが、ローブの者と背丈が似ていたのでおそらく彼女なのだろう。
そんな感じで、簡単ながら下調べをした。その答え合わせというか、なんというか。顔見知りであるネイロ様に、その少女との関係を聞きに……そして、今の状況を伝えに来たのだ。
「ネイロ様。一昨日の夜、どこでなにをしていらっしゃいましたか?」
そう聞けば、彼は驚いたように私を見た。が、すぐにその表情を消す。先ほどと変わらない笑顔に戻るが、私達は見逃さなかった。
「いったい、なんの話だい?」
「……ネイロ様」
確実に、彼は聞かれた話の意味を分かっている。
「ファストリアで、幽霊騒ぎが起きています。深夜、火災に遭った家の側で、そこでお亡くなりになったかたの幽霊が出ると。その幽霊の正体は、ネイロ様達ですね」
「王都のほうに、なぜオレが?」
このまま、ごまかすつもりのようだ。たしかに、証拠はまだない。子どもである私達の話と肩書きを持ち、常緑の森の中でも力を持つネイロ様の話、どちらが信じられるか明白だ。
だが、引けない理由もある。だから、私達はアシルの立場を利用した。
「その話、私にも聞かせてもらおうか」
タイミングの良いところで、ドアが開いて青年が現れた。そのエルフの姿に、ネイロ様は唇をかんだ。
「……レギナルド王」
凜と佇むのは、エルフ達が敬う誇り高き王だ。
「ネイロ、アシル王子から話を聞いた。本当なのか?」
レギナルド王は怒ってはいない。ただ、優しく彼は問いかけた。
まあ、そもそも法を侵してないので捕まったり、怒られるようなことはないのだが。
「……はい」
レギナルド王の問いに、ネイロ様は苦しそうに頷いた。
ほっと、私は思わず安堵する。
事前にレギナルド王に話を通しておいて良かった。話が早い。
「……ネイロさん。聖女様のことは知っていますね?」
アシルが、レギナルド王に頷いたネイロ様を見て声をかける。
「知っているよ?」
「私達は、幽霊騒ぎの原因を調査しています。その調査する原因が、聖女様なのです。幽霊の噂を聞いて、怖がっている、と。私としては、捨て置いてもよい噂話だと思いますが、もし私の調査でなにも分からなかったら、おそらく次は魔術師団か騎士団からヒトがよこされて調査されるでしょう。……これ以上は、貴方の身が危険だ。だから、止めて欲しいのです。もしくは、幽霊がでたと騒ぎにならないところで会って欲しい」
エルフだから、という理由で害するヒトは表だっていないだろうが、深夜にエルフがこそこそ密会していた、となれば嬉々として攻撃してくるヒトがいるだろう。
そのことを、ネイロ様も分かっているはずだ。
「……けれど。どうすれば」
「彼女と会うことなら、簡単です。その方に了承してを頂く必要がありますが、とりあえず繋ぎの一族の屋敷にどんな形であれ働きに来れば良いのです。父様に話しましたが、我が家は受け入れることに問題ありません。繋ぎの一族の屋敷にエルフが来ることは知られていますし、目立たないでしょう」
目をそらすネイロ様に、私はまくし立てるように説明をした。
私は、少しだけ腹が立っている。
少し強い口調に、ネイロ様は驚いた様子だが、止まらず話し続ける。
「というか、なんで最初に私達に相談してくれなかったんですかっ。私達は繋ぎの一族。エルフとヒトを繋ぐための道なのですよっ。私のような若造には無理かもしれませんが、父様や他の繋ぎの一族だって、ネイロ様の話を聞けば協力してくださったはずですっ」
それだけ、頼りなかったのだろうか。それとも、私達の役目を忘れてしまったのだろうか。それはつまり、私達繋ぎの一族が機能していないということに他ならず、そのことに私は腹を立てていた。
「……すまない」
私の様子に、ようやく気付いたのかネイロ様はそう言うと、また目をそらした。
だが、彼はぽつりぽつりと語り始めた。
あの夜、誰と会っていたのか。どういう関係なのか。二人は、恋人だった。
なれそめなど詳しくはさすがに私達は聞かなかった。二人は裁かれるような悪事を働いたわけではないし、アシルの仕事は原因の調査で恋人の詳細を調べることなんかではなかったから。
結局、ネイロ様は私の父様にも今回の件を相談することになった。レギナルド王にさっさと行くようにと発破をかけられて、そそくさとその場で退室していった。
先ほど話したように、うまく二人が会えるようになれば良いと思う。そして、二人が堂々と会える環境になれば……。そのためにも、未だに残るエルフへの偏見や差別をどうにかしていかなければならないのだが。
「あれは、いつだったか……」
ネイロ様を見送ったレギナルド様がぽつりと言った。
「そう、200年ほど昔のことだ。ネイロは、ヒトの子に一目惚れをしたことがある」
彼の菖蒲色の瞳は、優しくも寂しげに揺れる。
「ファストリアでエルフであることを隠し、遊び歩いて、ヒトの子と両思いになり、エルフであることで周囲から迫害を受けた。相手のヒトの子は、周囲から酷い扱いを受け、結局母親を心労で亡くし、父親と遠くへ逃げるしかなかったそうだ」
「……そんなことが、あったのですね」
私も父様も生まれていないような昔の話だ。今よりもさらに偏見と差別があった頃の。
「だから、隠したかったのだろう、あやつは……さて、おぬし達には面倒をかけたな」
そう言うと、レギナルド様は部屋を出て行った。
こうして、幽霊騒動の原因は、解明された……。
が、問題は終わっていない。
「げ、原因、どう報告しよう」
ネイロ様もレギナルド王もいなくなった応接間で、アシルが頭を抱えた。そして、ユーグも目をつむってソファにもたれかかって頭を押さえた。私も、窓から遠くを見て現実逃避する。
「これ、そのまま報告するのは、ちょっとまずいよな」
私の立場からすると、全力でごまかして欲しい。
「え、どう納めればいいんだ、これ?」
アシルの安眠は、まだ遠い。