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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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変わり始める森とヒト



 第二王子ジスランは社交的な方だった。

 出かける準備をしながら、思い出す。

 第一王子ユベールが文武両道の天才で、いずれ国を導く賢王になるだろうと言われる中、 ジスラン王子は異国の文化に興味を持ち、外交に力を入れていた。ユベール王子が国王となった暁には、その右腕として彼を支えるだろうとも。


 ジスラン王子はアシルの友人である私にも友好的だった。繋ぎの一族という事もあり、何度か声をかけられることもあった。とても優しい方で、同時に家族思いでもあった。アシルと腹違いの兄だが、アシルをかわいがって兄弟の仲を取り持っていたのだ。


 アシルには兄と姉が四人居る。王妃システィーナ様の子であるユベール王子とソランジュ王女、そして第二妃オレンシア様の子であるヴィヴィアーヌ王女とジスラン王子である。母親が違う上にアシルはかなり特殊な立場であったことで最初は距離を置いていたらしいが、ジスラン王子のとりなしでなんだかんだ仲良くしていた。

 その彼が、お亡くなりになった。あまりにも突然のことで、悲しむよりもなぜという疑問の方が大きかった。

 病気なんてなかったし、ヒトに怨まれるような事もなかった。王位継承争いなどもなかった。

 死因は不明。外傷がなく、いつ死亡したのかさえ不明。見つかったときには冷たくなっていた。らしい。これは噂話だ。なぜお亡くなりになったのか、王家はなにも伝えてこない。


 実は、ジスラン王子の死亡した日に町で謎の火災があったのだが、それが関わっているのかすらも分からない。

 もしや、魔王に関連しているのか。つい先日のアシル達と何事もなければと話していたことを思い出す。

 休校の次の日、ようやく学園に行くことができたが、アシルとは会うことができなかった。しばらく休むらしい。アリアナも、教会の巫女としてお休みで、いつ戻ってこれるか分からないとのこと。

 そんなことをユーグは疲れた様子で教えてくれた。ユーグも父様が忙しいのでそれを手伝っていて大変らしい。


 そして、聖女様が降臨してから一週間が経った。


「シャノン、準備はできたか?」

「はい、お兄様」


 お礼の品として用意したものを持つと、私は兄様についていった。


 兄様、そして父様と共に向かったのはエルフ達の住まう常緑の森。

 あの祭りの後から、父様はほぼ毎日王城と常緑の森のレギナルド様の城に足を運んでいる。

 私と兄様はレギナルド様に挨拶をしたらすぐに森に行く予定だった。

 レギナルド様の城はファーガスト王国の王城に比べると小さいが、とても美しい。木々が所々から顔を出し、季節の花が至るところで咲き、壁に蔦が茂っている。植物と城が合わさったような城だ。

 登城すると、すぐにレギナルド様の御前へ案内される。

 淡い白緑の髪に菖蒲色の瞳。凜とした青年は、町を歩けば誰もが振り返るだろう美貌を持つ。まとまっていなかったエルフ達をまとめ、国を作り、王となった初代国王。気高く高貴な近寄りがたい存在、に見えるのだが。


「アルバスとシャノンも共に来たのか」


 レギナルド様は私達を見ると、楽しそうに声をかけてきた。

 レギナルド様とは何度か顔を合わせているが、挨拶以外で話したことはない。だが、王は私達のことをよく知っている。父様や森に住まう様々な者達から聞いているのだとか。


「先日は、森の収穫祭にお招きありがとうございました」


 兄様と共に礼をすると、レギナルド王は首を振る。


「いや。こちらもおもしろい話を聞いた。ニアラがまた会いたいと言っていたぞ」


 ニアラ様の名を聞いて、私は思わず目を丸くした。そして、すぐに恥ずかしくなって顔が赤くなる。祭りでの失態をレギナルド様まで知っているのか。思わず父様を見ると、明後日の方を見ている。


「いや、怪我をしたことしか言っていないぞ」


 ぼそっと父様が小声で言った。


「ニアラは城お抱えの治癒術師だからな。それで聞いた。今日はその件で来たのだろう? 私への挨拶などいいから行くといい」


 ファーガスト王国ではこんな事あり得ないが、まあエルフ達はあまり気にしない。

 笑うレギナルド様を直に見れず、私は赤面しながら下を向いていた。


「ありがとうございます」


 レギナルド様に笑って送り出されながら城を出ると、歌が聞こえてきた。

 緑に囲まれた城に響き渡る歌声は、何処までも澄んでいて美しい。

 周辺を見回すと、三階のバルコニーから白銀の姫君が歌っているのが見えた。


「ミラ様だ」


 兄様の声に私は頷く。

 レギナルド様の最愛の方。

 白銀の髪に若緑色の瞳。儚く、触れれば折れてしまいそうなほど華奢な歌姫。だが、その見た目によらず、狩りの達人らしい。

 昨年も彼女の狩ったという猪肉をお裾分けだと頂いている。

 その歌声を背に、私達は常緑の森を歩いて行った。


 エイダン様の住む場所まで、少し歩く。

 祭りの時は気付かなかったが、その周辺には川が流れているようだった。どこからか水の音が聞こえてくる。


「湧き水の隣、というのはわかりやすい名だね」


 そう言いながら、兄様はすぐにエイダン様の家を見つけた。

 木々に囲まれた家の近くに小さな湧き水がある。いつまでもあふれ続ける水が小川となり、何処までも続いていた。


「あれ、シャノンちゃん?」


 タイミング良く家から顔を出したのは、ニアラ様だった。

 いや、誰かが来るのに気付いて顔を出したのだろう。

 こちらを見ると、嬉しそうに笑うと一目散に私の元へやってきた。


「もしかして、うちに来てくれたの?! その方はお兄様でしょ?! 嬉しいわ、さ、入ってはいって!」

「あ。あの……」


 それは本当に嬉しそうに言いながら手を引くので、ついていく。とりあえず挨拶をと思って声をかけるのだが、まったく聞いていない。

 家の中は、貴族の屋敷に比べるととても小さい。が、木々の形を生かして作られた家具や、エルフたちの伝統だという絨毯や刺繍の施されたクッションやカーテン、どこか暖かみを感じる部屋が扉を開けるとすぐに姿を見せる。

 服を着替えるときにここを使わせてもらったので覚えていたが、改めて中に入るとまた印象が違う。


「あの、あなたが」

「エイダン、エイダーン! お客様よ」


 兄様が一生懸命ニアラ様に声をかけるが、聞いていない。もう、興奮した様子で奥の廊下へ行くと弟の名前を呼んだ。


「姉さん、そんなに大きな声を出さなくても聞こえるよ」


 そう言いながら奥の部屋から出てきたのは、以前と変わらない青年だった。いや、昼寝でもしていたのか、少し寝癖がついている。

 姉の大声にいささか迷惑そうに顔をしかめながら、しかしこちらを見つけると、慌てたようすで部屋に戻ってしまった。

 ばたばたと音が聞こえてすぐにまた出てくる。

 寝癖が少し直っていた。思わず吹き出す私に、兄様が背中をこづついてきた。


「あ、え、えっと、ニアラ様、エイダン様、先日は誠にありがとうございました。あの、これ……よろしければ、お二人でお召し上がりください」

「礼なんていいのに……でも、ありがとう。せっかく用意してもらったモノだし、いただくわね……」


 そう言って、ニアラ様は私の持ってきた紙袋を受け取った。

 意外と重いその中身に、ニアラ様は首をかしげて中を見る。


「……こ、これ」

「お祭りの時、お酒を嗜んでいらっしゃったので……」


 実は、エルフはあまりお酒を飲まない。好きなエルフも居るにいるのだが、なんでもアルコールが苦手なエルフが多いらしく、それこそお祝い事などでしか飲まないのだとか。しかし、ニアラ様は普通に飲んでいたことを見ていたので、すぐにお礼の品として用意したのだ。

 あと、最近はヒトの商人と取引をしたり、町に出ることもあるというエルフ達だが、やはり商人の商品は限定的だし、町に出ても買い物をしづらい。ヒトの世の食べ物や飲み物は手に入りにくいのでお土産などにはとても喜ばれる。


「まぁ! すてき! 私がお酒好きだってよく分かったわね! エイダンも私まではいかないけど、以外といける口なのよね」


 それはそれは嬉しそうに瓶を抱えて、ニアラ様は上機嫌だ。


「あ、そういえば、貴方がシャノンのお兄さん? ちょっと一杯どうかしら?」

「え、いや……」


 断ろうにも断る暇などなく、話も聞いてもらえず、兄様はニアラ様と共に奥のキッチンへと行ってしまった。引きずられながら兄様が恨めしげにこちらを見てきたが、まあ見なかったことにしよう。


「すみません、お客様を置いて……」


 エイダン様は疲れたように苦笑しながら言う。なんとなくニアラ様の性格を把握し始めているので、私は笑って首を振った。


「いえ、全然気にしないでください」


 エイダン様に勧められ、私は近くのソファに座らせてもらう。エイダン様も、側のソファに座った。


「あれから、身体の調子はどうですか? 貧血などもないですか?」

「はい。ご心配ありがとうございます。先日から学園にも行ってもとくに問題なく、貧血などもありません」

「よかった」


 やっぱり、この方はとても優しいヒトだ。その声色も、こちらを見る目も、とても優しくて、すこしくすぐったく思ってしまうくらいだ。


「学園……もしかして、王立ラッセル学園ですか?」

「よく知っていらっしゃいますね」


 まさか、エイダン様が知っているとは思わず、私は思わず目を丸くした。

 エイダン様は苦笑する。


「実は、貴方の先輩なんです」

「え……え? ラッセル学園の卒業生、って事ですか?!」


 エルフが学園に入学しただとか、卒業しただとか、そんな話は一切聞いた事がない。思わず、私は聞き返していた。


「えぇ。あの、私、いくつくらいに見えます?」

「……」


 思わず、エイダン様をじっと見つめる。

 エイダン様の見た目は20代前半ぐらいだ。が、エルフは外見で年齢など分からない。

 魔力の量によっても寿命が変わる一族である。正直、私には分からない。

 とはいえ、二十代を超える見た目なら、百才くらいはかるく生きている事が多のだが、姉であるニアラ様が17才ほどの見た目だし、どれくらいなのかちっとも予想ができない。


「分からないです」


 正直に応えると、彼は笑って答えた。


「実は、23です」

「え? そんな、そんなに若いんですか?」


 思わず声が裏返ってしまう。

 それでは、まるでヒトのようではないか。もしや、両親のどちらかがヒトなのだろうか。

 目を白黒させる私に、彼は悪戯が成功したように笑った。


「祖母がヒトで、どうも私だけヒトの血が色ごく出てしまったようなんですよ」


 そう言って、彼は髪をかき上げて耳を見えるようにした。

 ほとんどのエルフは、ひとよりも耳が長く先がとがっている。それが彼等の身体的特徴であり、ヒトとエルフを見分ける手段となってしまっていた。だが、彼の耳はヒトのそれに近かった。ぱっと見、分からないだろう。


「そんなこともあるのですね……そうなると……ここは、住みにくくはありませんか?」


 何事もないように彼は言うが、周りのエルフ達はみな軽く何百年と普通に生きるかたたちばかりだ。その中で、彼だけは進む時間が早い。それは、とても辛いことなのではないだろうか。

 私は、思わず言ってしまった。


「いえ。みなさんよくしてくれますから。それに、もう少ししたら、繋ぎの一族……祖母の親戚の養子になる予定なんです。そのおかげで、ラッセル学園で学ぶ機会もいただけたので」


 彼は、そう言って微笑んだ。

 繋ぎの一族は、アルフィー家以外にもいる。きっと、彼の祖母はそのうちのどこかの一族だったのだろう。

 だからか、と納得もする。

 エルフ達はあまり上下関係を作らないし、貴族のルールだとかマナーなんてきにしない。けれど、彼はいつも私に丁寧に接している。

 ここはエルフの住まう常緑の森。ここでは、ヒトの常識などないが、彼は私達の世界になるべくあわせてくれていたのだろう。

 そんなことしなくても良いのに。


「エイダーン、運ぶの手伝ってー!!」


 ニアラ様の声が聞こえてくる。

 部屋に戻ってきたニアラ様は、グラスやビールやらいろいろ持っている。その後ろからちょっと疲れた様子の兄様もおつまみらしい料理をたくさん持ってきていた。手伝ってくれと言うことは、さらにまだあるようだ。


「あ、私も手伝います」

「ありがとー! 二人とも昼食もまだみたいだし、一緒に食べましょう!」


 兄様に聞いたのだろう、嬉しそうにニアラ様は皿を並べている。たしかに、昼食はまだだ。

 だが、父様のもとに帰らなくても大丈夫なのか。


「まあ、あのレギナルド王の事だから、きっと知ってるさ」


 心配をしていると、兄様がこっそりと言う。


「というか、こうなることを見越してるでしょうね」


 こそっと、ニアラ様に隠れてエイダン様もそう兄様と私に苦笑した。


「姉は、さみしがり屋で誰かと一緒に食事するのが好きなんです……。姉は、料理上手なので、よろしければおつきあいください」


 ことわる理由もないので、私と兄様は顔を一度見合わせて、二人で頷いた。


「じゃあ、まずはお料理を運ぶの手伝いますね」




 それから、私達はご相伴にあずかり、ニアラ様の振る舞う料理を頂いた。

 ニアラ様の料理は、エイダン様の言うとおりとても美味しくて、つい完食。また来てねと嬉しそうに手を握られた私は、その勢いに押し切られて頷いていた。

 ばたばたとした昼食だったが、とても楽しくて、嫌ではなかった。






 常緑の森の城。そこで連日、会議が開かれていた。

 その議題はほとんどがつい先日現れた聖女についてだ。

 聖女が現れたと言うことは魔王が復活したと言うこと。その対策と……ヒトビトがどんな様子なのかについて。

 かつて、ヒトとエルフの仲は悪かった。

 それは、とある勘違いからだった。

 エルフ達は魔力がヒトよりも多く、またあまり交流をしてこなかったことで、魔王の眷属、魔物達と仲間なのではないかと差別され、迫害を受けたのだ。

 その勘違いが悲劇を生み、悲劇が戦いを生み、エルフとヒトは長い年月を争っていた。

 だが、それも魔王の封印とともに真実が明かされ、いつか普通に交流できるようにと繋ぎの一族が生まれ、今に至っている。

 魔王の復活は、下手をすればまた差別や迫害の復活となりかねない。

 さらに、聖女が現れたというのに魔王の復活した様子のない現状。第二王子ジスランの死。

 不安要素が多すぎる。

 此度の聖女降臨は……もしや聖女というのは嘘なのではないか? そんな疑問さえ持ってしまう。


「このまま、なにも起きなければ良いのだが……」


 会議の合間、レギナルド王はつぶやいた。

 だが、きっとそれは叶わないだろう。

 聖女が本物であれば魔王の脅威が、偽物であれば偽聖女がなぜ現れたのかという疑問と彼女の思惑が、きっと争いの種となる。

 今は、それに備えることしかできない。そのもどかしさに彼は唇をかんだ。





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