二つの貴石
ファーガスト王国には三人の王子がいる。文武両道の天才と名高い第一王子ユベールと、外交を得意としていた第二王子ジスラン王子、そして第三王子アシル。
母親が平民だった為に後ろ盾はなく、王位継承権も持っていない。
成人した後は王族から離脱して父方の祖母方の爵位を継ぐことになっている。
ここまで、アシルはそこまで自分の価値を分かっていなかった。
転移魔術も、移動が便利だしこっそり遊びに行ったり面倒な場所に行くときに助かるくらいで、王子という肩書きのおかげで城の中をほぼ自由に歩き回れることも、特に気にしていなかった。
そんなアシルは、冷や汗をかきながら城の中のでもヒトの通りが少ない道を歩いていた。
後ろには、魔術で姿を隠したエルフの自警団や兄ジスランの信頼できる部下達がいる。
偽聖女が生活する場所は、場内の中でも外れの場所にある。
聖女がアシルに興味が無かったので、アシルもやっかいごとを嫌って自ら近づくことはなかったので、聖女が来てからはその周辺には行っていない。
だが、近づくにつれて嫌な空気を肌で感じていた。聖女が来る前、ここはこんな様子だっただろうか。
「この先は、私達で捜索します。アシル様は安全なところで待機をしていてください」
安全なところなんてあるのかとアシルは苦笑してしまった。偽の聖女によって洗脳された人々がどこにいるのか分からない、特に城の中は多くのヒトがその餌食になっているはずだ。
「オレも協力します。それに、すぐに逃げられるように、近くにいた方が便利でしょう?」
「しかし……」
エルフやジスランの部下達が顔を見合わせるが、返事を聞く前にアシルは歩き出した。
死ぬつもりなんてない。けれど、このままではアリアナ達が殺されてしまう。そう考えたら、自分にできることをやらなければとアシルは必死だった。
城の中は、妙に静かだった。
ヒト通りの少ない道を選んでいるとは言え、すれ違うヒトが全くいないし、物音も聞こえてこなかった。
衛士達が交代で立っているはずの場所にも、誰もいない。どの部屋ももぬけの殻で、メイドすらいない有様だ。
あまりにも不自然で、警戒しながら歩いていく。まるで、異界に迷い込んでしまったようだった。
偽の聖女が使っている部屋まで、不自然なほど何もなかった。
部屋の中に誰かいないか、エルフの一人が魔術で探査をする。同時に、慣れているジスランの部下が聞き耳を立てる。
誰かが一人いる。だが、偽の聖女ではない。魔力の量から、すぐに誰だかは分かった。
辺りを警戒しながら部屋に踏み込むと、部屋はかなり散らかり、何に使うのか分からないモノがそこかしらに転がっていた。
さっと部屋を見渡すと、奥に倒れた少女を見つける。
駆け寄ろうとした時、共に捜索をしていたエルフの一人がアシルよりも早く彼女の元に駆け寄った。
名前も知らない深緑色の髪の彼だが、確か自ら城の捜索に志願したエルフだったはずだ。
「シャノン……っ!」
床にうつ伏せに倒れていたシャノンをエルフが上着を広げるとそこに仰向けに寝かせる。
その途端、小さな石のかけらが音を立てて床に落ちた。
胸が上下していることにほっとしたが、夢でうなされているのか、苦しそうな顔だった。
「なんで、これが……」
見ると、深緑色の髪のエルフが呆然とした様子で落ちた石……いや、赤い宝石のような割れた石を拾い上げていた。
他のエルフが常緑の森に連絡し、手の空いているモノは警戒しつつなにかないか周辺を捜索している。
「それは……?」
「いえ、すみません。それより、早く常緑の森に戻り――」
その時、シャノンの手がピクリと動いた。
まぶたが震える。
「シャノン!!」
どこか虚ろな目で、シャノンは起きた。こちらが見えていないのか、ぼんやりとしている。
「……シャノンさん、大丈夫ですか?」
深緑色の髪のエルフがそっと言う。
その途端、シャノンの目が大きく見開かれた。
そして。
「えい、だん?」
知り合いだったのかと、アシルはシャノンとそのエルフを見た。が、エイダンと呼ばれたエルフは驚いた顔をしていた。
古びたベッドに女が横たわっていた。
少女が縋るようにその女の側にいた。
ぽつりと、女が口を開く。
「おまえのせいだ」
ぽつり、ぽつりと言葉のナイフを振りかざす。
「お前さえいなければ、死ななかった」
今までためていたモノが堰を切ってあふれ出し、止まらない。
「お前さえいなければよかった。生まなきゃ良かった。おまえなんて生まれなければよかった。しね。お前がしね。お前さえいなければ、お前さえいなければ。おまえさえ、いなければ。生まなければ」
少女の首にかけられていた麻紐を、女は引っ張った。
少女は無表情で、反応もなかった。
真っ黒な瞳が女を見ていた。
「この、厄災め」
そう言うが早いか遅いか、女の手がぱたりと下に落ちた。
その後、女はなにも言わなかった。言えなかった。
微動だにせず、横たわっていた。
その女を少女はじっと見つめていた。
ぱりんと何かが割れる音がした。
麻紐にくくられていた蒼い丸い玉にひびが入った音だった。
澄んだ色の丸い玉が、もう一度音を立てると割れた。
その玉が壊れて地面に音を立てて落ちても、少女は無表情で女を見ていた。
真っ黒な瞳で、深淵よりもなお深い漆黒の瞳で、静かに見ていた。
それを、わたしはみていた。
目を開けると、なぜか視界がかすんでよく見えない。
頭痛がする。
起き上がろうとして、痛みで体がふらついた。
グニャグニャしている。視界も体も頭の中も。よく、分からない。
「■■■■!!」
音がする。甲高いような低いような、何重にも聞こえて意味は分からない。
冷たいモノが額に当てられた。
まるで吸い込まれるように、頭痛が消えていく。
誰かが、私を介抱しているようだった。
ちょっとずつ、意識がはっきりしていく。
「……シャ■■さん、だ■■■■■ですか?」
歪んでいた視界が少しずつはっきりとしていく……そして、介抱しているヒトの顔がようやく見えた。
「え、いだん?」
なぜか、少し驚いた顔で、彼は……なぜ、ここにいるのだろう。
エイダン様が目の前にいる。その事をはっきり認識して、一瞬にして目が覚めた。
またなのか。
また、私は誰も守れず、死ぬのか。
トラウマとなっていたあの日の惨劇が蘇る。
「だいじょうぶですか?」
その問いかけに、答えられない。口を開くが、音が出ない。
起き上がろうとして、ふらりとめまいがした。
「無理をしないでください」
そう言って体を支えてくれる。
「よかった……無事で、よかった……」
「あし、る?」
声をたどって見ると、アシルがすぐ側にいた。おそらく自分が気付いていなかっただけなのだろうが、私が目覚めてからずっといたようだ。
まだ頭がはっきりしない。よく分からない。
「シャノン?!」
立ち上がろうとして、まためまいがする。
景色がぐにゃりと曲がり、少しずつ暗くなってくる。
「レギナルドさまに、つたえる、こと、が……」
自分の声がどこか遠くから聞こえてくる。
言い切る前に、私の意識はまた暗闇に落ちていった。
『契約を……』
誰かが何かを言っている。
『……して』
ざわざわと、音がする。
人の声のような気がするが、何を言っているのか聞き取れない。
重いまぶたを開けると、少し眩しくて何度も瞬きをした。
少しずつ周りが見えてくる。
知っている場所だった。常緑の森の城だ。
起き上がろうとすると、めまいがした。
時間をかけて上体を起こす。部屋の外が騒がしい。
とにかくレギナルド王に会わなければと壁や家具に寄りかかりながら部屋から出た。
部屋の外はエルフ達が忙しく動き回っていた。
私の事に気付かず、みな忙しくしている。
レギナルド王のいるところは何処だろうか。
レギナルド王の部屋へ向かう。そこにいなければ、聖女様達のいる地下だろう。
壁に手をつきながら歩いていくと、アリアナの声が聞こえてきた。
「シャノンっ?!」
アリアナが私の体を支えるように抱きついていた。
どうしてアリアナがここにいるのだろうか。
まだ、頭がうまく回っていない。
「アリアナ? レギナルド王は……どこに」
「どうした」
アリアナが出てきた部屋から、レギナルド王やネイロたちが現れる。
思わず膝をつこうとすると、アリアナが無理をしないでと止める。
「こんな状態で……早くベッドに戻りましょう」
アリアナがそう言って治癒術をかけながら部屋に戻そうとする。
「まって、レギナルド王!」
伝えなければと声を張り上げた。
「あの少女は、エルフとヒトの混血の子でした」
気を失っていた時に視たアレは、偽の聖女の過去だ。なぜか、そう確信していた。
あれは、彼女が彼女になった起源。始まりだと。
その言葉に、周りがざわめく。『あの少女』が誰なのかは言っていないが、この状況で言われたら、偽聖女の事ではないかと予想は付くだろう。
「……」
レギナルド王は少し驚いた顔をして、そして表情を消した。
「分かった。少し休め」
ほっとしたせいか、目の前がふっと暗くなり、そのまま意識を失った。
気絶してしまったシャノンを慌ててアリアナは支える。
シャノンの状態は芳しくない。偽聖女になにをされたのか正確には判明していないが、精神的な攻撃をされてしまったようだ。
体の表面からは見えない傷は治しにくい。アリアナは、治癒術をかけながらシャノンの顔を見た。
顔色がだいぶ悪い。こんな状態でも伝えたかったことはそんなに重要なのだろうか。
ふと、レギナルド王を見ると、まるで何かの痛みを耐えるように、苦しそうな顔をしていた。
シャノンをアシルと協力してとりあえず先ほどのベッドに寝かしつけると、アリアナは急いでレギナルド王達の元へと戻った。
これから、忙しくなる。
突如移動を始めた魔物たち。彼等は、数え切れないほどあつまり群れとなしていた。
そして、聖女に洗脳されていた人々の失踪も判明した。
彼等も、魔物たちのようにそこに集まっている事が斥候に行ったエルフ達によってわかっている。
彼等との戦いが始まる。
避けようのない戦いが。
すでに、常緑の森の戦えない者達は荷物をまとめて避難の用意を始めている。
ネイロたち自警団たちや繋ぎの一族、もともとエルフに好意的だったヒトビト、戦える者達は戦闘の準備をしている。ジスラン王子も大神官様と共にファーガスト王国で信頼できる者達を集めたり、聖女と共にいろいろと動いていた。
アリアナはレギナルド王たちと共に戦場に出るつもりだ。
大神官様はご高齢で、なおかつ替えの聞かないお方だからと、アリアナは立候補をしていた。
その際、その転移魔術から避難活動に参加することになっていたアシルが酷く苦いものを食べた顔になっていたのを、アリアナは見なかったことにした。
アシルは剣術は得意ではないし、魔術も転移魔術に特化しているため戦闘ではあまり役に立たない。
それが、悔しいのだろう。
「レギナルド王! 魔物たちが一斉に移動を始めました!」
斥候からの連絡に、一気に緊張感が走る。
「目標はファーガスト王国王都ファストリアのようです」
王国には洗脳されたヒトビトがまだまだ存在している。彼等と合流するつもりだろう。
「わかった。みな、準備を!」
「はいっ」
「了解しました」
一斉にエルフやヒトビトが動き出す。
大丈夫。絶対に帰ってくるから。そう、みなの前では言えず、アリアナはただアシルの手を握った。
――ボロボロの小屋に少女がいた。
見ている前で、彼女は汚れたベッドの前に立っていた。
酷く冷めた目でベッドの上に散らばったお守りを見ている。
そして。
『貴女には、やるべき事があるはず』
聞き覚えのある声がした。目の前にいる少女の声ではない。
どこかから響く声は、不思議なほどはっきりと聞こえてくる。
『契約を』
契約?
何かが引っかかる。
『契約を、思い出して……』
後ろを振り返る。
ボロボロの小屋があるはずだが、振り返るとそこは泉があった。
中心に、巨木が聳えている。
美しく、そして静謐な世界が広がっていた。
「けい、やく?」
ここを、知っている。
そうだ、ここで……。
目を開けると、そこは何度もお世話になりつつある常緑の森の城の一室だった。
先ほどよりも頭がすっきりしているせいか、少しだけ具合も良くなったように感じる。
ありがたい。
やらなければならないことがあるから、ここで寝ているわけにはいかないのだ。
ふらふらしながらも立ち上がって部屋を出ると、城は人々であふれかえっていた。
荷物をまとめた女子どもたちが誘導されている。
避難しているのだと、彼等の声が聞こえてきてわかった。
偽の聖女が、ついに動き出したのだ。
「シャノン! 大丈夫か?」
呆然と避難するエルフ達を見ていると、ソレに気付いたアシルが駆け寄ってきた。
「えぇ……レギナルド様たちは」
「偽聖女を倒しに行った。アリアナたちもだ……オレは、足手まといになるから、避難するエルフ達を手伝ってるんだ。シャノンも、早く避難しよう」
「……」
その言葉に、私は頷けなかった。
私はやらないといけないことがある。偽聖女の元に、行かなければならない。
「そうだ、預かってたモノがあるんだ」
渡されたのは、ガラスの小瓶だった。中に、割れた赤い宝石が入っていた。
壊れてしまったお守りの姿に、思わず涙がにじむ。
エイダン様に……あの時のエイダンに貰ったモノなのに。
「やっぱり、大切な物だったんだな」
「ありがとう……」
割れてしまったが、大切な宝物であることには変わらない。
あのエイダンとの唯一の繋がりなのだから。
胸元で握りしめる。それだけで、勇気が出てくる。
「お願い、アシル。私を、レギナルド様達の元に送って」
「は、はあ?! 何言ってんだよ。そんなこと、できるわけがないだろ! 早く、避難しないといけないのに」
アシルは、本気で心配してそう言ってくれた。
わかっている。私のことを、友人として大切に思っていることを。そして、レギナルド様と一緒に行ってしまったアリアナを追いかけたくても、自分が足手まといだからと我慢していることも。
それでも、私は行かなければならない。
「お願いっ。私は、わたしは、もう誰も死なせたくないのっ。アリアナも、兄様も、ミラ様も、みんなっ」
「ちょっと待て、どうしたんだ。誰も死なせたくないって、どういう……?」
「私、約束したの。お願いっ、連れて行って!!」
アシルは、辛そうに顔を歪ませた。
「ダメだよ。オレは、シャノンを連れていけない」
「――それでしたら、私が連れていきましょう」
「え……?」
突然、誰かが声をかけてきた。
振り返ると、そこには思いも寄らない方たちがいた。
魔王が封印されたとされた地に、彼女はいた。
所々、古い建物が残っている。その最奥に祠があり、その祠の屋根に少女は座って辺りを見ていた。
聖女とうり二つの顔をしながら、纏う雰囲気は異質なモノだった。
祠の周りに、虚ろな目の兵士達を侍らせ、周辺には魔物が徘徊している。
時間が経つにつれ、少しずつ魔物達が集まっていた。
周辺の魔法陣もほとんど直し終わった。
そろそろ時間だと、彼女は立ち上がる。
「さぁ、行くわよ」
彼女がつぶやいたすぐ後、魔物達が何かに気付いたかのように常緑の森がある方角を見る。咆吼する者や少しずつ進むモノ、身震いするモノ、各々がこの後の戦いを感じて反応する。
虚ろな兵隊達も少しずつ動き始める。
視線の先はファーガスト王国。
ふと、彼女は昔のことを思い出す。昔と言っても、体感ではほんの少し前の事。
こうやって、あの時も聖女と相対したと。魔王と呼ばれた彼の隣で。
「さぁ、みんな。思う存分暴れなさい」




