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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第二章 『聖女に処刑された少女は、魔王と歩む』
23/28

世界樹の輝石


 ジスラン様の死の偽装から、一週間が経った。

 一巡目の世界とは違い、死因が事故だとはっきりしているのでその事故の責任が誰にあるかとか騒がしかったが、それもすぐに納まった。

 そして、もう一つ前回と違うことがある。

 火災が無かったこと、そして私とレギナルド様が今後起こることを知っていたが為に、幽霊の噂がなくなったこと。


「シャノン! 久しぶりだね」

「ネイロ様。お久しぶりです」


 少し気分転換に庭園を散歩しようかと自室をでると、屋敷にやってきてたネイロ様と出逢った。

 すっきりとした顔でやってきたネイロ様は、先日レギナルド様に色々と叱られて、付き合っている恋人の事を公にした。

 その少女は、すぐに我が家で働くことが決まって今日から出勤のはずだ。彼女に会いに来たのだろう。


「そういえば、彼とは初対面だったかな?」

「え?」


 恋人に会いに来たのだと思っていた私は、思わず首をかしげた。


「今後、オレが来れないときには彼に来て貰う事になって――」


 ネイロ様が、後ろに静かに控えていた青年を前に出す。

 その姿を見て、私は顔がこわばるのを止められなかった。


 変わらない深緑色の髪。澄んだ翡翠の瞳がこちらを見ている。


 何か、言わなければ。

 ごまかさなければ。

 いや、この場から去らなければ。


 動揺で、考えがぐちゃぐちゃになる。


「この前のお怪我は、平気ですか?」


 優しい声。そんな風に声をかけないで。


「なんだ、知り合いだったのか?」

「この前の収穫祭で――」


 言葉が遠くから聞こえるようだった。


「あ、あの、私、出かける用事があって、失礼しますね」


 声が震えていたかも知れない。何か、おかしいと思われたかも知れない。けれど、とにかくその場から逃げたくて、そう言うと足早に彼等の前を後にした。


 もちろん、出かける用事などない。けれど、彼等はしばらく屋敷に滞在するはずだ。

 そこにいるのがいたたまれず、街へと向かった。



 少しだけ、いつもより活気のない街に気付かず、私は適当なカフェに入った。

 甘いケーキと紅茶を待ちながら、ぼんやりと先ほどの事を考える。いや、考えたくなくても、頭に浮かんでしまう。

 つい、身につけることが習慣になっていたお守りを服のうえから握った。

 優しい翡翠の瞳と似た色だったのに、赤黒く濁ってしまった大切なお守りだ。

 そういえば、このお守りは一巡目の世界から持っている物だから、エイダン様はこの時間枠のお守りを持っていると言うことだろうか。


 カフェを出ると、何処に行くでもなく散策をする。

 ふと、人混みがいつもよりも少ないことにようやく気付いた。

 適当な露天で商品を見ていると、こそこそと声が聞こえてくる。


「あの辺りでまた家出ですって」

「また? 本当に家出なの?」


 気になって、ちらりと噂話をする二人を見ると、こちらに気付いたのか、主婦らしき二人がこそこそと去って行った。

 そんな話、一巡目の世界ではなかった。もしも話題になっていたのなら、アシルが何かしら調査していたはずだ。

 調査する必要があるかも知れない。アシルに連絡、それと、行方不明者や家出人の届けを調べて……ネイロ様の恋人は飲食店に勤めていたはずなので、なにか知らないか聞いてみるのも良いかもしれない。


 考え込みながら移動をしていると、前をよく見ていなかったせいでヒトとぶつかってしまう。


「あ、す、すみません」

「あら、ごめんなさい」


 背筋を氷塊が滑り落ちる。


「大丈夫かしら?」


 そう、心配そうに、フードをかぶった女が声をかけてくる。

 その声は、聞き覚えのあるモノだった。いや、忘れもしない聖女様の声。


 ここに、エリカ様はいない。常緑の森でかくまわれているから、絶対にありえない。

 だから、ここにいるのは……偽物の聖女だ。


 思わず手が震えそうになる。

 顔もこわばってしまっていたのだろう、一層彼女は心配そうに顔をのぞき込んでくる。


 エリカ様とそっくりでいて、その表情は、纏う空気は、全く違う偽の聖女がそこにいた。


「あなた……」


 何かに気付いたのか、怪訝そうに彼女は眉をひそめた。

 早く、ここから逃げなければ。いつもより少ないとは言え、人混みがあるので至る所に目がある。こんな場所で何か事件を起こすことはない、はずだ。

 足がうまく動かない。


 みんなを死なせないと、守ると願って、願って、願って、こうしてやり直しているのに。

 いざ、彼女を目の前にして、動くことすらできなかった。


「不思議ね。これはアリアナかしら? 彼女の守護と……世界樹の守護がある」


 服の上から、お守りがある場所を触られる。不自然な熱が肌に感じる。宝石が燃えているようだった。


「あなた、何者かしら?」


 言葉をかけられる度に、頭痛と気持ち悪い感覚が走る。

 魔術、かもしれない。彼女の魔術と私の守護が拮抗しているのだ。


 助けを求めようと口を開こうとしても、できない。辺りに視線を向けても、わたし達のことは誰も目を向けていない。


 このままではいけない。どうにかしないと。

 必死に考えるが、何もできない。

 彼女はにこりと嗤った。


「良い拾いモノをしたわ」


 その瞬間、目の前が真っ暗になり、何も分からなくなった。







 アリアナ・マーティンはいつもと違う大神官様からの呼び出しに戸惑いながらも信頼する護衛の騎士を一人だけ連れて向かっていた。

 場所は、教会ではなく初めての場所に戸惑いつつもなにか嫌な予感がしていた。

 聖女様が降臨した頃から、不穏なモノをずっと感じていた。それは、徐々に大きくなっている。こんなこと、初めてだった。

 聖女様が降臨したと言うことは、魔王が復活したということだから、そのせいかもしれない。だが、本当にそうなのか確信が持てなかった。


 着いたのは、郊外の普通の家。あまり人に見られないように様子を見てその家に向かう。


 中に入ると、待っていたのは予想外の人達だった。


「アシル……?」


 大神官様と共に、何か大きな力を感じる小鳥とアシルが、そして……何より驚いたのは、そこにいるはずのない、亡くなったはずの王子。


「ジ、ジスラン様っ?!」

「マーティン嬢、お久しぶりだね」


 その声は、記憶にあるモノと何ら変わりなく、健康そうな様子に思わず言葉を失った。


「突然の事で驚いただろう。わしも、死亡したと知らせを受け取った次の日にやってきてな、たまげたわい」


 笑いながらいう大神官の言葉に、ジスラン王子が申し訳ありませんでしたと謝っている。

 そんな中、机に止まっていた小鳥がちょんちょん歩いてアリアナの側まで来た。


『早速申し訳ないが、時間がない。アリアナ・マーティン、君に協力をして欲しいことがある』

「まさか、この声っ……レギナルド王ですか」


 小鳥から聞こえてくる聞き覚えのある声に、アリアナは戸惑いながら聞いた。

 死亡したはずのジスラン王子に小鳥のレギナルド王、驚くなという方が無理だ。


『さすがに私がそこまで行くことができない。このような形で失礼する』

「い、いえ……あの、これは一体どういうことなのですか? ……魔王と聖女に関してでしょうか?」

「さすが、マーティン嬢だね。話が早くて助かるよ」


 ジスラン王子に褒められるが、何も言えない。


 その後説明されたのは、あまりにも恐ろしい話だった。

 聖女様が偽物に成り代わられてしまっている事、城の人々が洗脳され、少しずつ偽聖女に侵食されていること……。


 そして、大神官様と私、シャノンが偽聖女に殺されること。


 その事にアシルはとても苦い顔をしていた。

 話を聞き終わり、少し休憩をする。あまりにも情報量が多くて、頭痛がする。

 しかし、このままではいられない。


「……私は、何をすれば良いのですか?」


 ジスラン様達に、私はそう言っていた。



 夜が、明けるところだった。

 薄暗い空に、光が漏れ出している。

 体中に火傷をしているが、すでに痛みは感じない。きっと、麻痺しているのだろう。

 声を出したくても、喉が嗄れて息をするのも難しい。

 辺りは、真っ赤になっていた。

 凄惨に嗤う聖女の側には、もう何も言わない――。


 はっと目覚めると、薄暗い部屋にいた。

 走った後のように息が乱れ、嫌な汗をかいていた。


 アレは、夢だ。

 ここは処刑用の広場ではないし、誰も死んでいない。

 夢なのだ。


 心臓が激しく鼓動している。胸元のお守りに手を伸ばして握りしめる。

 少しだけ、落ち着くことができた。

 手足に重みを感じて見ると、鉄の輪がはめられ、腐りに繋がれている。

 ここは何処なのか辺りを見回す。カーテンが閉められ、薄暗い。実験室のようでいろいろな機材や書物が積み上げられていた。その中に、ヒトか何かの生き物のような肉片が浮かぶ不気味な水槽や、骨らしきモノが床に散らばって居る。吐き気がして、思わず口を押さえた。


 ここは、どこなのか。

 偽聖女によって、ここに連れられてきてしまったのだろうか。

 鎖はしっかり部屋の床に打ち込まれている。引っ張っても、自分の力ではどうにもできないだろう。

 なら、とにかく状況を把握しなければ。ここが何処だか、なぜここにいるのか、あの偽聖女に情報を渡さないために、どうすれば良いか。


 私に戦う力は無い。だから、考えなければならない。


 とにかく一度深呼吸する。

 もう一度、部屋を見回した。


 鎖が何処まで伸びるか確認しながら部屋を物色する。そこまで長くはないが、部屋の中を少しは歩き回れた。

 本は魔物に関するものや魔術に関するものばかりだ。見るのも気持ち悪い水槽の中身はもしかしたら魔物かも知れない。

 その中に、本棚に一冊だけ古語で書かれた本があった。

 散らばる本とは少しだけ違う日に焼けてボロボロの本を手に取る。古語ではなかなか読めないが、ざっと単語を見る限り、なにかの昔話が書かれているようだった。解読するのは時間がかかるだろう。

 そっと戻して、さらに何かないか見ていく。


 書き込みがされた城下町の地図が机に置かれていた。

 よく見ると、私が偽聖女と会った場所付近にも日付と丸が書き込みされている。


 まだなにも調べられていなかったが、家出の話はもしかしたら偽聖女が関連しているのではないか。不安がよぎる。


 外で物音がした。慌てて私は地図を元に戻すと、先ほど倒れていた場所へ戻ろうとした。

 すぐに扉が開く。気絶したフリまではできなかったが、部屋を調べ回っていたことは気付かれなかった、はずだ。


 部屋に入ってきたのは、案の定偽物の聖女だった。

 こちらが床に座り込み起きているのを見ながら、扉に鍵をかけた。


「こんにちは、シャノン・アルフィー」


 もう私の名前を調べたのか。

 どれほど気絶していたのかは分からないが、一日も経っていない……と思う。外も見れないし時間感覚は狂ってしまっているのでなんとも言えない。

 どこまで分かっているのだろうか。

 繋ぎの一族であることは完全にばれている。


「……」

「つれないわね」


 返事をしない私に、彼女はそう言うと側にあった椅子に腰掛けた。


「ねぇ、そのお守り、どうしたの?」


 また、頭痛が襲ってくる。気持ちが悪い。

 視界が歪むほど、めまいがする。


「答えてしまえば、楽になるのに」


 彼女の魔術のせいだと分かっても、私には抵抗できない。

 アリアナの守護と世界樹の守護が私を守ってくれているが、どこまで持つだろうか?


「ねぇ」


 彼女は、私の襟元から見えていた鎖を引っ張ると、お守りを引き出した。

 音もせず鎖が引きちぎられて、お守りを盗られてしまう。

 赤黒くなってしまったお守りの宝石を、偽の聖女は無表情で見ていた。

 そして、おもむろに潰した。


 普通なら、指で力を入れて潰そうとしたって宝石が壊れるはずがないのに、ぱりんと軽い音がして、宝石は簡単に割れてしまった。


 きらきらと破片が落ちて、音を立てて床に落ちた。

 私は、それを呆然と見ていることしかできなかった。


「これ、誰から貰ったの?」


 手に残っていた宝石の残骸と鎖を床に捨てると、偽物の聖女は嗤いながら言った。


「シャノン・アルフィー、ねぇ、貴方は、何を知っているの?」





 苦痛に顔を歪め、顔色の悪い少女を目の前にして、わたしは嗤った。


 世界樹の守護を壊しても、彼女はまだわたしの術に抗っている。

 このまま抵抗していても、時間をかければ完全に支配することはできるだろう。だが、イヤだった。

 苦しめたかった。彼女が、嫌いだから。


 頬に手を当てると、彼女はびくりと震えた。

 そして、魔力を込める。

 精神的に壊れてしまうかも知れないがしょうが無い。抵抗するのだからと名分を自分に言い聞かせる。


「ねぇ」

「……っ」


 少し術を強めるだけで、まるで息が吸えないのか口をパクパクと動かしている。その姿が滑稽で、思わず笑い声を上げてしまった。

 ヒュウヒュウと苦しそうに息をしている少女は、まだ抵抗をしようとしている。


「シャノン・アルフィー」


 動くことのできない彼女の頬を両手で包み込み、晴れた日の空のような水色の瞳をのぞき込んだ。

 目が合う。

 その瞬間、糸の切れた操り人形のように彼女は力を失った。支えていた手を離せば、地べたに倒れて動かない。


「起きなさい」


 そう命令すると、ゆっくりと彼女は起き上がる。が、その目は何処も映していない。


「さて、答えてくれるかしら。あなたは、何を隠しているの」

「ワタシ、ハ……」


 まるで心を失ったかのように表情を失い、何の感情も滲ませず彼女は答えていく。


 エルフと婚約したこと。

 兄を、他にもたくさんの人を殺された事。

 聖女によって魔女として処刑されたこと。

 そして、それを助けようとして婚約者が死んだこと。


 だから、やり直したこと。


 だからか、とわたしは嗤った。

 だから、やることがすべて筒抜けだったのだ。

 聖女を救助され、ジスランには逃げられ、他にもうまくいっていないことばかりだ。


 だから、嗤った。


「まぁ、いいわ。それならそれで、やりようはあるからね」





 彼女を見つけたとき、まず最初に嫌悪を感じた。


 彼女は、ヒトでありながら世界樹の守護を受けていたから。あれは、エルフのお守りだ。

 大切な人へと贈るモノ。家族に渡すことが一般的で、彼女はヒトであることを考えると、エルフから贈られたモノだろう。

 アレは、普通の友人に送るようなモノではない。大切な者に、家族以外では婚約者や伴侶に贈るようなモノだ。


 じゃあ、彼女は。ヒトの身でありながらそのお守りを持つ彼女は……エルフとの婚約者もしくは伴侶なのか。

 それに気付いたとき、嫌悪しか感じられなかったのだ。


 憎い。憎い。憎い。憎い。嫌いだ。嫌だ。いやだ、イヤだ、いやだ、嫌だ、厭だ、いや、いやだ、悲劇だ。なんど繰り返す。繰り返してる? 彼等は繰り返さない? そんな、ことない?

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてなんでどうしてどうしてどうしてしあわせがほしいのにどうしてうばうのどうしていつもいつもいつも何時もいつも幸せになれないの わたしを見て お前達のせいだ

 お前達がいなければ。



「シャノン、あなたには苦しんで貰わないと、ね」



 ヒトを愛するエルフも、エルフを愛するヒトも、死んでしまえと思った。

 苦しんで、死んで欲しかった。










「シャノンが行方不明?」


 日が暮れ始めた頃、常緑の森の城にそんな知らせが届いた。

 レギナルド、ジスラン、そしてエリカ達が話し合っているところだった。


 今日はアルフィー家にネイロが行っていた。

 ちょうどネイロとシャノンの父であるキニスが話を終えた頃、シャノンの姿が消えてしまったと、シャノンを乗せた馬車の御者が戻ってきたのだ。待機していたメイドが探しているが、まったく見つからない。知らない場所ではないので、迷子というわけでもないはず。

 そうこう話しているうちに、ネイロの恋人である少女が最近やけに家出や行方不明の者が多いと噂話を思い出した。


「人さらい……いや、あの偽聖女が関係していると思って良いだろうな」


 一巡目では起こっていない。二巡目で変わったことが原因で起こったことならば、聖女が関わっているだろう。さらに、レギナルド達に噂が届かないように情報を操作していた可能性もある。となれば偽聖女の仕業であることはほぼ確実だ。


「今回は、聖女は学園に興味を持つこともなく、城に居るようだが……何かを企んでいるのか」

「ヒトを攫って洗脳……いや、生け贄や魔物の餌にしようとしている可能性もあるのでは?」


 ジスランの言葉に、レギナルドは苦々しそうに頷く。


「そうだな。何代か前の魔王がヒトを魔物の餌にしていたと記録があるはずだ」


 そう言って、聖女エリカを見た。

 聖女には、歴代の記憶がある。

 すると、なぜかエリカは顔を伏せているだけだった。

 何か違和感を感じながら、レギナルドは知らせを持って来た者に資料を持ってくるように指示する。


「しかし、アルフィー嬢の事が心配ですね……」

「あぁ……早く探さなければ」


 シャノンの身に何があったのか、早く探さなければ。そして、偽聖女が何を行なっているのかも突き止めなければならない。




 レギナルド王は思い違いをしていた。

 もしも気付いていたのならば、絶対にシャノンを常緑の森から出させなかったはずだ。それが、良かったのか悪かったのかは分からない。


 偽の聖女はエルフに連なるモノだから、繋ぎの一族だから、シャノン・アルフィーを魔女として処刑したのではない。

 シャノン・アルフィーが憎いから、なるべく苦しめたかったから、思いつくことをしつくして、魔女と貶めて殺したのだ。


 そう、シャノンと偽の聖女が出逢ってしまえば、何かが起こるのは当然だと言うことを、レギナルド王は知らなかった。








「そうだな。何代か前の魔王がヒトを魔物の餌にしていたと記録があるはずだ」


 レギナルド王がそう言った時、私は何も言えなかった。



 慈愛神エメニエス、彼女と対となる邪なる神ディラ。

 二柱の争いは、遙か昔から続く物である。


 ディラ神は自らの力を過信し、傲慢にふるまっていた。それを咎めたエメニエス神に、彼は持ちかけたという。自らの力を与えた者を争わせ、その勝敗を決めましょうと。

 彼は、自分の力が最も偉大でその力を授けた者達が地上で最も強いのだと信じていたから。

 もちろん、エメニエス神は神族の争いごとを地上に持ち込むことはできないと拒否した。

 しかし、もちろんディラ神はそんなことはお構いなしに地上に騒乱をもたらした。

 別に、エメニエス神が止めなくてもよいとディラ神は思っていた。生き物たちの苦しむ姿が見ていて楽しかったからだ。

 エメニエス神は激怒した。

 そして、ディラ神に言ったという。


「私の力を与えなくとも、地上を生きる者達は強い。私は、たった一人、私の分身を地上に送りましょう」


 それが聖女だった。


 それ以来、数百年に一度、ディラ神に力を与えられた者達が地上に騒乱をもたらし、そのたびに聖女に祝福された者達が戦ってきた。


 聖女は、戦う力は持たない。なぜなら、エメニエス神は地上の者達を信じているから。




 それなのに……私は、出来損ないだ。


 それを、告げなければならない。けれど、言い出せずにいた。

 それを唯一知っているジスランがそっと側に来た。


「大丈夫ですよ」

「……はい」


 シャノンさんが行方不明になっているのに、こんなことで悩んでいるなんて。


「レギナルド王……お話ししないといけないことがあります」

「どうした」


 一度深呼吸をしてレギナルド王の顔を見た。


「私は、聖女としての能力に一部制限があります」

「なに?」

「最初に言うべきでした……申し訳ありません。私は、先代の聖女からの正常な受け継ぎができず、一部の記録と能力が欠けているのです」


 先代の聖女は魔王を封印したという聖女だ。

 そもそも、魔王を封印するなんて今までなかった。そもそも、本当に封印したのかすら分からない。

 それほど、その代の魔王が強かったのか。本来なら聖女は誕生時にすべての記録が受け継がれるはずだが、それが中途半端になってしまって真実は分からない。


「なぜ……」

「先代聖女は、魔王と名乗った邪神ディラから力を与えられた者が倒された後に何らかの要因で記録の引き継ぎを拒否しました。その為に、私の保持している記録は欠けてしまっています。そして、ディラ神によって力を与えられた者の出現があまりにも早かったせいで私の調整が中途半端になり、歴代の聖女に比べて能力が制限されているのです」

「……」

「ずっと秘密にしていて申し訳ありませんでした」


 救出された時にすぐに告げてしまえば良かったのに、ためらい、そして機会を逃してしまった。


「先代の聖女……そちらも調べなければならないようだな」

「そうですね」


 だが、そこまで気にした様子のないレギナルド王の様子に私は少しあっけにとられた。

 ほらね、とばかりにジスランはこちらを見る。


「レギナルド王! 大変です」


 そんな中、自警団の団長が慌てた様子でこの部屋に入ってきた。

 シャノンの事以外で、また大変な事が起こったのか。


「ネイロ、何があった」

「魔物が異常な行動を始めました!」

「異常な行動?」


 立て続けに起きる事件に、レギナルド王は眉をひそめた。


「はい。特定の方角に一心不乱に向かう姿が多くの場所で確認されています……」


 そう言って、持って来ていた大きい地図を出した。

 常緑の森とファーガスト王国周辺の地図だ。

 そこの中でも、王都から少し離れた場所を示す。


「この方角です……」

「その方向は……封印の地の方向では」


 ジスランがそう言って唇を噛んだ。

 確かに、その方角には魔王封印の地という伝承のある場所がある。

 なにかが、少しずつ動き出していた。


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