鬼籍のあなたは
エルフの城の地下。そこには、幾つもの通路と部屋が作られていた。
その中でも、隠し部屋であり、外部からの侵入や透視などの魔術的なものから守るための強い結界が作られている場所がある。
私は、小さな部屋のベッドに横たわる少女の側についていた。
怪我はない。けれど、ずいぶん衰弱している。
レギナルド様によると、力を奪われて魔術的拘束をされていたせいだろうと言っていた。そのうちに意識も戻るだろうとも。
それでも心配で、この部屋からあまり離れられず、仮眠もそこそこしかできていない。
すでに、時刻は日をまたぎ、早朝。地上に上がれば日の出が見える頃だろう。
見た目は……忘れたくても忘れられない、あの聖女と同じ。
けれど、少しだけ交わした言葉とその表情から、彼女の中身は全く違うと確信を持っていた。
「ん……」
聖女様が寝返りを打った。
そして、もぞもぞと動くとぱっと起き上がる。
「大変だっ!!」
「ひゃっ?!」
大きな声にびっくりして私も声を上げてしまった。思わず、尻餅までついてしまう。
そんな私を見て、聖女様は目を丸くして、何度か瞬きをした。
「ご、ごめんなさい。驚かせて」
「い、いえ……」
まだ少しドキドキしているが、起き上がって聖女様を見た。
申し訳なさそうに大丈夫かどうかこちらを伺っている。
大変な目に遭って気付いたらこんな場所にいて知らないヒトに看病されている、そんな状態だというのに、聖女様はすぐに落ち着いて私に声をかけた。
「助けてくれたのは貴女ですね。ありがとうございます」
「いえ……レギナルド様に手伝っていただいたので」
「レギナルド? ……その前に、自己紹介をしていませんでしたね。私は、エリカ」
「シャノン・アルフィーと申します。レギナルド様は、エルフの国の王様です。少しお待ちください、レギナルド様に聖女様がお目覚めになったことをお伝えしてきますっ」
すっかりレギナルド様にお伝えすることを忘れていた。それに、目覚めておなかもすかせているかも知れない。
まだ聖女だと名乗っていないのに聖女様と呼ばれた聖女様が驚いていることに気付かず、私はレギナルド様の元へと向かった。
レギナルド様に聖女様が目覚めたことを伝えると、すぐにレギナルド様は聖女様に会いたいと言った。私もお茶と体調の悪い人にも食べやすいものを用意してもらって、一緒に向かう。
部屋に入ると、聖女様は身体を起こし、ベッドの縁に座っていた。
私達が入ってくると、立ち上がって小さく礼をする。
慌てて、私はベッドの横の小さなテーブルに持ってきた軽食を置くと、彼女をベッドの縁に座らせた。目覚めたとは言え、まだ顔色は悪いしふらふらしている、まだ体調は悪いのだろう。
「レギナルド王、初めまして。私は聖女エリカです。そしてシャノンさん、改めて助けてくださってありがとうございます。どうやら、私の素性と……おそらくある程度の事情をご存じのようですね?」
「はい」
私が頷くと、聖女様は眉をひそめた。
「いくつか、お伺いしたいことがあります」
「答えられることなら」
「ありがとうございます。あなたたちは、どうして私を真の聖女と見抜き、見つけて救ったのですか? おそらく、ファストリアではまだ私が襲われて入れ替わったことなど気付かれていないはず」
「はじめから、説明した方がいいだろうな」
それまで黙っていたレギナルド様が、静かに言った。
「シャノンから聞いているだろうが、私はレギナルド。森の民の王だ」
「はい。伺っています」
「質問の答えだが……この世界は二巡目だ。一度、最悪の未来を迎え、世界樹によってやり直された。私とシャノンは、一巡目の世界の記憶を持っている。だから、そなたを助けたのだ」
レギナルド様の答えに、聖女様は息を飲んだ。そして、怖々と確認するように私を見る。
レギナルド様の言葉に嘘はない。私の過去も、すべて語ったとおりだと。
彼女は後悔するように両手で顔を隠す。
「では、私は……一巡目の世界で、死んだのですね? 入れ替わったまま」
「そうだ。簡単に信じるのだな」
「こんなでも、聖女です。……嘘か誠かぐらいなら、分かります」
聖女様の力だろうか。それとも、ただ人間観察が得意という意味なのか、私には分からなかった。
だが、レギナルド王はそうかと答えてなにも聞かなかった。
「一巡目の世界は、私の偽物によって、最悪……酷い結果になったのですね」
「そうだ」
「世界を、巻き戻すほどの」
「あぁ」
「だから、貴方は私に憎しみを抱いている」
「……そうだ」
思わず、私はレギナルド様を見た。
いつもと変わらないと思っていたが、私の目は節穴だったのだろう。彼は聖女様の事を憎しみを抱いているなんて思っていなかった。
聖女様に指摘され、レギナルド様は苦々しそうに頷いた。
「もうしわけ、ありません」
深々と、聖女様が頭を下げる。
「私が、死ななければ……そもそもこんな簡単に襲われて入れ替わらなければ、防げた、ことですよね、きっと」
「あぁっ、そうだ。そなたのせいで、いや、そなたのせいではないと分かっている。全てはあの女が悪いと。それでも……すまない。その顔は、あの女の事を思い出してしまう」
そう言うと、レギナルド様は聖女様から少し壁の方を向いて椅子に座った。
「そなたに対してのつもりではなかった」
「いいえ。私が簡単に入れ替わって死ななければ起こらなかったことです。私の、せいです」
「……できれば、情報交換をしたい」
「はい……」
どうなることかと思ったが、どうにか行きそうだ。
私は、ほっと息をついて側にあった椅子に座った。
私達は、最初に聖女様に今までのことを話した。
昨日レギナルド様と話したこと……一巡目に起こった主な事件などを時系列に沿って話す。
聖女様が、あの屋敷が燃えて焼け跡から誰かも分からない状態で発見されたこと、ジスラン王子の死、聖女の行動、アリアナと大神官様の死、ミラ様の死……私が死んだ後、偽聖女はエルフの森を襲ったこと。
説明していくうちに、聖女様は酷く苦しそうに顔を歪めた。
自分には悲しむ権利はないと聞き続ける。
すべてを語り終えると、聖女様はありがとうございますと小さく言った。
「私が知っていること、話せること……さて、どこから話せば良いのでしょうね……」
彼女は力なくそう言った。
「……聖女とは、魔王と呼ばれる存在である邪なる神の介入によって生まれたモノを滅する力を人々にもたらすために女神エメニエスが人界に送る分身のような存在です。私は、魔王の発生を感じた女神エメニエスによって送られてきました」
それが、あの日。大教会の鐘の音が響いた時だった。
「そして、次の日にはまだ人界に送られて間もなく力も安定していないことを良いことに、襲われて捕まった……」
そして、あの屋敷に閉じ込められてしまったのだろう。
「このままでは、ジスラン王子が殺されてしまうのですよね?」
「はい。おそらく、聖女様が入れ替わったことに気付かれたことで、殺されたのでしょう……」
一巡目のあの日の事を思い出しながら、私は頷いた。
「……私がジスラン王子に祝福をしたせいも在るでしょうね」
「しゅくふく?」
聖女様は、私の言葉に頷いた。
「聖女という存在は、戦う力を持ちません。私達ができることは、祝福を授けること。魔力を向上させたり、力を強めたり、そんな力しか持たないのです」
「『そんな力』ではないだろう。、剣を初めて持った子どもでも魔物を倒せるほどの力を授けると聞いている」
「そうなのですか?」
聖女様は自分の力を卑下にするけれど、レギナルド様の話を聞く限り、かなりすごいのではないだろうか。
これでも強いんだなんだと言っていた兄様だが、魔物を一人ではさすがに倒せないだろう。いや、弱い魔物ならいけるだろうか?
そんな魔物相手に、子どもが敵うはずがない。それを倒せるほどに力を与えるというのは。
「聖女は、魔王へ立ち向かう人々を己が目で見定め、祝福をもたらす者。私は、そう聞いている。ジスラン王子は、その見定めに叶ったと言うことか」
「よく、知っているのですね。はい……その通りです。彼なら、私が入れ替わったことに気付くでしょう。そのせいで……殺されるなんて……」
唇をかみしめた聖女様は、何を思ったのか、私達に頭を下げた。
「私が、貴方たちに頼むことではないと思います。ですが、私には今貴方たちしかいない……どうか、ジスラン王子を助けてください」
「……私もシャノンも、元よりそのつもりだ」
「ジスラン様は私の友人のお兄様です……いえ、友人の家族でなかったとしても、これ以上偽物の聖女のせいで誰かが死ぬのは嫌です」
私とレギナルド様の言葉に、聖女様は目を潤ませた。
「もちろん、そなたにも手伝ってもらうぞ」
「はい。はいっ!」
聖女様の祝福があれば、私でも強固な結界を作れるかもしれない。後で、聞いてみようと心の隅で考えた。
「次の目的はジスラン王子の救出……でいいな」
「はい」
レギナルド様の言葉に頷きながら、私は変えられた未来に希望を持っていた。
以前とは、違う。全然違う。
これならば……。
レギナルド様の声が聞こえる。
何かを話しているが、うまく聞き取れない。
あれ? と疑問に思ったときには前が暗くなり、何も考えられなくなっていた。
「次の目的はジスラン王子の救出……でいいな」
「はい」
「ジスラン王子への対応だが……」
話し始めて、レギナルドはシャノンの様子がおかしいことに気付いた。
元々寝不足や緊張で顔色も悪かった。一応、シャノンがこの城に戻って来たときに呪いなどにかかっていないか検査したがそれはなかった。聖女の救出の後、ほとんど寝ていなかったせいだろう。
無理に休ませた方が良かったと思いつつ、声をかけようとしたときには彼女はふらふらと倒れ、意識を失ってしまった。
「シャノン、さん?!」
「……失敗したな」
まだ、成人していない少女に無理をさせてしまった。悔やんでも遅い。
「聖女、治癒術は得意か」
「いえ……」
「そうか」
しょうがない、とレギナルドはシャノンを抱きかかえた。
とりあえず、上に戻って客室で寝かせるしかないだろう。
今、城に居る治癒術師を思い浮かべる。きっと、シャノンは嫌がるだろうがしかたない。
「少し、席を外す」
「はい……」
レギナルドが出て行く。
それを見送り、聖女エリカはうなだれた。
「……」
エリカは聖女だ。正真正銘の聖女だ。
しかし、『出来損ない』の。
いつ、それをレギナルド王やシャノンに告げるか。タイミングを逃し、結局騙すように何も言わずに話が進んでしまった。
けれど、どこかで言わなくてはいけないことだ。
「……幻滅させちゃう、かな」
一巡目の世界でなにもできず殺された聖女。二巡目の世界で、偽の聖女に対抗するために彼等は聖女を見つけ救出してくれた。けれど、その聖女が碌に役に立たないと分かったら。
「……」
震える手を隠すように、強くつよく……握りしめた。
熱い。
酷く、熱い。
焔が燃える音がする。
見たくない。けれど、目を開けてしまう。
目の前には、赤い--
「っ?!」
飛び起きた私は、先ほどのことが夢であったことに気付いた。
まだ、心臓はどきどきしている。息が、うまくできない。
「だいじょうぶっ?!」
背中を、誰かがさすりながら声をかけてくれる。
「落ち着いて、息を吸って……吐いて。大丈夫よ、なにも、心配要らないから」
「……っ、ぁ……は、い」
大丈夫。ここは、あの広場ではない。あの、『聖女』はいない。
少しして、ようやく息が整い、顔を上げ……顔をこわばらせた。
「落ち着いた? まだ、顔色が悪いわね……もう少し休んだ方が良いわ」
……なぜ、すぐに気付かなかったのだろう。彼女はエイダン様の姉、ニアラ様だ。
城の治癒術師だから、ここにいてもおかしくはない。けれど、まさか目覚めて目の前に居るとは思っていなかった。
会いたく、なかった。
「ありがとう、ございます」
そう言いつつ、思わず顔を伏せた。
どうしてここに居るのだろう。考えがまとまらない。
いや、確か私はレギナルド様とエリカ様とお話ししていたのだ。そして、気付いたらここに。気絶してしまったのだろうか。
「……ちょっと待っててね」
ニアラ様は部屋から出て行くと、すぐに戻って来た。
水の注がれる音。そして、良い香りが漂ってくる。
「どうぞ、気分が落ち着くわ」
「はい」
受け取ったのは、ハーブのお茶だ。
一口飲むと、ほのかに甘く温かい。
少しだけ、落ち着くことができた。
「私は、ニアラ。あなた、アルフィー家のお嬢さんでしょう?」
「はい……」
やはり、私のことを知っていたのか。
繋ぎの一族で、私ぐらいの年齢、城に招かれた客人ということですぐに分かったのだろう。そう、思ったが。
「成長したわね……お母様にそっくり」
「え……?」
お母様……?
ニアラ様は、お母様のことを知っている? この口ぶりからして、おそらく私のことも。
一巡目の世界で、そんな話聞いた事がなかった。
「昔、アルフィー家におじゃましたことがあったの。その時に」
まったく知らなかった。
「弟も一緒に行ったのだけれど……って、あなたはまだ赤ちゃんだったから、覚えていないわよね」
弟、と言うことは、エイダン様も?
エイダン様も、覚えていたのだろうか。
「ごめんね、突然変なこと話して」
「いいえ……母のことを知っているエルフの方とお会いできるとは思っていなかったので、嬉しいです」
「私も、あんなに小さな子がこんな大きくなってしまったなんて……驚いたわ。ヒトの子の成長は早いのね……」
しみじみと、彼女は私を見て言った。
「……そうね、ヒトの子は、すぐ成長してしまうのよね」
どこか、思い詰めるように。
ふと、ニアラ様がエイダン様の事を子ども扱い、とまでは行かないが、年齢よりも幼いと養子縁組を拒んだり、婚約をなかなか認めなかったりとしていた事を思い出す。
一巡目の世界で、私の成長を見たから、ニアラ様は養子縁組を認めたのだろうか。エイダン様が自分が思っているよりも成長していると気付いて。
「って、そろそろ仕事に戻らないと! じゃあ、あまり無理しないでね」
明るくそう言うと、ニアラ様はさっと荷物をまとめて行ってしまった。
その後ろ姿を呆然と見送る。
初めて知ったことが多すぎて、考えることが多すぎた。
日が天に昇りきり、穏やかな昼。
一巡目ではあり得ない事が、起きた。
「お久しぶりです、レギナルド王」
森の入り口の警備は現在、自警団の者達が普段以上に警戒している。
城にもいつも以上に自警団の者達が集まって対偽聖女の為に警戒を行なっているが、そんな警備をすり抜けてレギナルドの執務室に現れたのは、レギナルドの見知った二人だった。
ファーガスト王国のジスランと、面倒な転移魔術の使い手であるアシル。
レギナルドの姿を見ると、ジスランはにこりと笑った。
「やはり、なにかあったようですね」
レギナルドの返事を聞かず、ジスランは周囲を見わたしながら確信を持ってそう言う。
会いに行く手間がなくなったと喜ぶべきか、一巡目との違いに警戒すべきか。ここに来た理由が分からずレギナルドは眉をひそめた。
「突然の訪問、無礼をお許しください。……先日の聖女降臨についてはすでに聞き及んでいると思います」
「……」
「昨日の訪問もそれでですよね」
昨日のことに気付いたのか。顔には出さないようにしながら、レギナルドはジスランの話を聞く。
「常緑の森と城の警備が厳重になっていますが……なにがありましたか?」
「なにかあったのは、そちらではないか?」
ジスランとは違い、何も知らされずに足として連れてこられたのであろうアシルが困惑した様子で兄とレギナルドの顔を交互に見ている。兄が一体何を言っているのか、大変なことになってないかとハラハラしているようだ。一歩間違えばファーガスト王国とエルフ達の国での戦争になってしまうかも知れないのだから、当然だろう。
「そうですね……では、単刀直入に聞きます。聖女について、何を知っているんですか」
「……」
「偽物の話ではないですよ。本物の、聖女についてです」
ジスランはファストリアの城にいる聖女が偽物だと、やはり気付いていたのか。
「え、ジス兄? ど、どういうことだそれ」
こそこそとアシルがジスランの服を引っ張って聞いている。
そんな中、特に鍵をかけてるわけでもなかった扉がノックされた。
「レギナルド様、先ほどは失礼しました……」
そう言いながら、少女が扉を開ける。
レギナルドは一瞬止めようかと迷ったが、最終的にジスランにはすべてを話すことになるのだと何も言わなかった。シャノンも一緒に居た方が話が早いだろうと。
「え、シャノン?」
「アシル? ……ジ、ジスラン様っ?!」
幼なじみの二人が驚き、声を上げた。
アシルを巻き込む予定ではなかったが、彼の転移魔術はかなり便利なのだ。彼の協力もどこかで必要になるだろう。そんなことを考えつつ、レギナルドは何から説明すべきかと逡巡した。
「わかった。聖女について、話そうか」
シャノン・アルフィーが、城にいるらしい。
その情報を手に入れて来たのは、姉ニアラだった。
なんだかしらないけれど、と前置きをして、レギナルド王がシャノンを城に滞在させているという話をしてくれたのだ。
もちろん、世間話の一つとして。
自分の弟がシャノンのことを気にしているなんてまったく気付いていない。はずだ。
「……あの子が」
思わず、城の近くに足を運んでしまったエイダンは、ため息をつく。
ニアラによると、ずいぶんレギナルド王と仲が良いらしい。
二人で同じ部屋に何時間もいたり、一緒に地下に降りていく姿を見た者も居る。レギナルド王はどうしてシャノンを滞在させているのか、重要な用があるからだとしか言っていないこともあって、何事だろうと皆心配をしていた。
ただでさえ聖女の降臨だのなんだのと不安なことがあったせいもあるだろう。
だが、エイダンには城を眺めることしかできない。




