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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第二章 『聖女に処刑された少女は、魔王と歩む』
20/28

軌跡を撚り合わせて


 収穫祭の翌日。

 シャノンは頭を抱えながら常緑の森の城で目覚めた。

 まったく眠る事ができず、明け方に少しだけまどろんだ程度。だが、やることはたくさん在る。


 いつの間にか用意されていた服に着替えて、侍女達が運んできた朝食を頂く。

 よくよく考えると、自分のような存在がエルフの城の客人になっているという異常事態。なのだが、それ以上のことが起こりすぎていて感覚が麻痺してしまっている。


「起きたか」


 食事が終わった頃、見計らったようにレギナルド様が現れた。

 まさか、レギナルド様から来るとは思わず、私は驚きながらも礼を言った。


「レギナルド様、部屋の用意から服までありがとうございます」

「今は緊急時だ。それよりも、アルバスやキニスと……引き離してすまない」

「いいえ……兄様や父様を守るためですから」


 私は、兄様と父様と死に別れた。だから、きっとレギナルド様は心配しているのだ。

 でも大丈夫。私は笑って答えた。


「準備ができたら、昨日の部屋に来て欲しい」

「分かりました」


 すぐに、レギナルド様は部屋を出て行く。


 準備といっても、そうやることはない。ここは常緑の森。ファーガスト王国の城へ向かうなら朝から何時間もかけて支度するようだが、ここでは違う。

 とはいえ、恥ずかしくないよう身支度を調えて、レギナルド様のいるであろう執務室へ向かった。



 執務室に入ると、昨日の夜と少し変わっていた。

 レギナルド様の机と椅子、そして本棚があるだけの殺風景な部屋だったが、そこに二人がけのソファが二つに大きな机が置かれている。さらに、どこから持ってきたのか、大量の書籍がレギナルド様の机の上に積まれていた。

 私が部屋で休んでいる間もレギナルド様はいろいろ動いていたのだ。


「失礼します」

「来たか」


 レギナルド様は積まれた本を読んでいた。

 ソファに座るよう促すと、自身も向かい合わせに座る。


「一つ、昨日聞き忘れていたが、一巡目の世界の記憶もってやり直していることを、誰かに告げたか?」

「いいえ」


 昨日は、とにかく早くレギナルド様に会わなければいけないという思いで必死だった。だから、そんな余裕はなかった。

 答えると、レギナルドは頷く。


「よかった。あの偽の聖女は洗脳を得意としている。むやみに私達が一巡目の記憶を持っていることを言わないほうが良いだろう」

「その……私は、大丈夫でしょうか? 魔力もそうありませんし、聖女が洗脳しようと思えば、簡単に洗脳されてしまうでしょう」


 洗脳されてしまえば、レギナルド様と今から行なおうとしていることを知られてしまうかも知れない。今更ながら思い当たり、私は青い顔をしていった。


「それはない。そのお守りがあるかぎり、世界樹の守護がある。それに、アリアナとも友人だろう」

「はい」

「昨日、君も言ったが、アリアナと関わった者達は、エメニエス神の守護を受けている。洗脳は難しいだろう」


 そういえば、と思い出す。

 私は、何度か偽の聖女と関わっている。けれど、洗脳されていない。それは、エイダン様から貰ったお守りと、アリアナのおかげ……。アシルだけでなく、アリアナは関わっていたヒト達を、守っていたのか。


「では、本題を話そうか」

「はい」


 過去を悔やんでも仕方がない。今を、変えなくてはならない。

 私は、力強く頷いた。




 私達には、まずやらなければならないことがある。

 聖女の救出。さらに、ジスラン王子の死の回避。

 このままでは、彼女は3日後に殺されてしまう。

 そして、聖女が入れ替わったことに気付いたジスラン王子は、偽物の聖女に殺される。


 タイムリミットは3日目の夜。

 3日間の中で、いつ聖女様が入れ替わったのか、シャノン達は知らない。ジスラン王子が3日目に様子がおかしかったというアシルの話を考えると、2日目に入れ替わったと考えていいかもしれないが、確定ではない。

 さらに、聖女様の遺体は町外れの長年放置された家で見つかったが、そこで殺されたのかまでは分かっていない。死因が聖女の炎の魔術ならばその家の可能性が高いが、彼女の身体は焼け焦げて炭となっていたために、死因は分からない。

 ジスラン王子も何処で亡くなったのか、そもそも、死因もいつ亡くなったのかはっきりとした情報をシャノンは持っていない。



「私は聖女の遺体が見つかった場所を知らない。危険だが、シャノンにはその場所へ行った欲しい」

「分かりました。レギナルド様は?」

「ジスラン王子と接触する。ついでに聖女が偽物に取って代わっているか、城の様子も見てくる」

「お、お気をつけて」


 いきなり城に向かうのかと思わずドキドキしてしまうが、レギナルド様は何事もないように言う。


「それと、シャノンは目くらましや偽装などの魔術は使えるか」

「いいえ……結界術が得意ですが、そこまで強い結界は作れません……」

「そうか」


 得意、と言っても、他の魔術よりは程度でしかない。

 私がそう言うと、レギナルド様はいくつかの指輪や腕輪、そして何かが入った封筒を出した。


「これは姿くらましの腕輪だ。魔力を通せば一時的に姿を消せる。あと、印象操作に存在の希薄化と他にいくつか魔術が込められている。身につけているだけで周囲に影響を与え、存在をうまく認識できず、思い出そうとしてもうまく思い出せないようにする」

「ま、魔術具……」


 魔術を込めて誰でも使えるようにした魔術具は一般的に普及している。が、それは生活に必要な物ばかり、明かりや調理用品などが主だ。生活で使う物は必用であるが故に発展し、魔術具を作る勉強をすれば大抵作れるようになり、誰でも手に入れられるようになっているが、生活に関係ない魔術具はあまり存在しない。作れる者がそういないのだ。

 レギナルド様が出してきた物は、探してもそう見つからない貴重な物ばかり。


「これから、必用だろう。持って行け」

「ありがとう、ございます」


 レギナルド様から渡されると、思わずまじまじと見てしまう。丁寧に扱わないと。


「それとこれだが……」


 慌てて、レギナルド様の方に視線を戻した。

 レギナルド様野手には、白く小さな封筒がある。外から見ると少し膨らんでぼこぼこしていて、手紙などではなくなにか小さくて立体的な物がいくつか入っているようだ。


「もしも、聖女と接触することができたら、使え」


 そう言って、中身についてレギナルド様は教えてくれた。


 その後も、レギナルド様といくつか情報をすりあわせ、これからの相談をしていくうちに、昼が過ぎていった。

 私は、夕方の人通りが多い時間に 人混みに紛れてあの屋敷に聖女様がいるか確認することになった。

 レギナルド様は、先に城へと潜入して調べてくるとのことだ。

 一時、レギナルド様とは別れることになる。


 時間になるまで、私はレギナルド様に頼んで歴代の聖女様の記録を見せてもらうことにした。

 持ってきてくれたのは、古い冊子が何冊かといくらか新しめの分厚い本が一冊。新しめの本には先代の聖女様について、古い冊子には先代の聖女様以外の聖女様だった方達の記録があるらしい。

 先代の聖女様の記録は読めるが、古い冊子はずいぶん昔の物のようで、古語、しかもエルフ特有の言い回しや文字が多くて私にはすぐに読むことができなかった。時間をかければ読めるだろうが、今日は難しそうだ。



 先代の聖女様の記録は魔王の記録でもあった。

 魔王……邪なる神に祝福された者。その魔王と戦った慈愛神エメニエスの娘。彼等の戦いの顛末を、たまたま見ることができたあるエルフの記録だった。

 本は嫌いではないが、集中してどんどん読めるほどではない私は、時々休憩しながら、その厚い本を読んでいく。

 そのうちに、太陽は西へと沈み始め、夕刻へ近づいてきた。





 常緑の森から離れ、あの放置された屋敷へと向かう。

 往来は増えているが、不自然なほど誰もシャノンを見ないで歩いている。

 レギナルド様の魔術具のおかげだろう。知り合いがいても、きっと気付かれない。

 ただ、偽聖女に関しては別だろう。レギナルド様にも、偽聖女には魔術具の影響がないかもしれないと言われている。

 だから、慎重に。


『シャノン』

「はいっ?!」


 思わず声を上げてしまった。慌てて周囲を見渡すが、気にした様子のひとはいない。

 ほっとしつつ、先ほど私の名を呼んだ存在を探した。

 小鳥が側の地面を歩いていた。こちらを見上げながら。

 まさか、と思い小鳥を見る。


「レギナルド様ですか?」

『そうだ』


 小鳥が頷く。

 私は道の端に寄って立ち止まると、その小鳥はチッチッとかわいらしく鳴きながら私の肩に乗ってきた。

 愛らしい小鳥だ。いや、レギナルド様か。


「まさか、レギナルド様が小鳥になれるとは……」

『違う。森の小鳥に協力してもらっているだけだ』

「し、失礼しました」


 くすりと笑う声が聞こえてくる。


『今、偽聖女を見つけた』

「っ!!」

『王族と共に会話をしている。しばらくは大丈夫だろう』

「わかりました。……今のうちに、あの屋敷に潜入します」


 屋敷の前につく。すると、小鳥が周辺を飛び回ると、私の元へとまた帰ってきた。


『当たりだな。結界がある。おそらく、中に侵入すれば気付かれる』

「では、どうしましょう……」

『アレは持ってきているな?』

「はい」


 懐から出したのは、小さな石のような物。見た目は石だが、転移石という魔具だ。

 この転移石はレギナルド様がすでに調整済みで移動場所も決められている。


『聖女を保護次第、それで転移しろ。こちらで偽聖女を足止めする』

「わ、わかりました」


 少し、手が震える。

『怖い、か』

「……はい。もし、失敗したら、またあのようなことが起こるかも知れません……もう、あんなことは……見たくない」

『大丈夫だ。私が、そんなことをさせない』

「レギナルド様……はい」


 レギナルド様も、ミラ様達を失った。私と同じ……。彼もまた、過去を繰り返さないために抗っているのだ。

 怖がっていてもどうにもならない。

 目を瞑って深呼吸をする。

 吸って、吐いて、呼吸を整えて、目を開けたら覚悟を決めた。


 屋敷に入る前に、敷地を歩き屋敷の中の様子をうかがう。

 窓から、荒れた室内が見える。

 いくつか窓を覗くと、時々誰かが歩いたような、新しめの跡が見えた。

 道から離れた一番奥の窓を見ると、ボロボロのカーテンで中が見えないようになっている。


「……もしかして、ここ?」


 窓に手をかけるが、当然ながら鍵がかかっている。

 周囲を見渡して、石でも木の棒でもないかと探すと、手のひらほどの石が見つかった。

 石を持って、自分と窓の側に結界を創る。音が漏れないようにだ。

 何度か振り上げて窓を割るイメージを明確にする。

 小鳥ががんばれとでも言うように、地面に降り立つと一声鳴いた。


「え、えいっ!!」


 思いっきり振りかぶって硝子を割った。

 すぐに割れた場所に手を突っ込んで鍵を開ける。窓を開くと、足下に結界を創って踏み台にして部屋の中に入った。


 中は暗かった。

 小さな光を魔術で手のひらに灯す。と--奥に、ぐったりとした少女がいるのが見えた。

 手足が縛られ、口もしゃべれぬようにされている。


『偽聖女が気付いた! まだ、大丈夫だ。すぐに転移を』

「聖女様、大丈夫ですか?!」


 レギナルド様の声に、私はドキドキしながら少女に駆け寄った。

 黒い髪にあの偽の聖女とうり二つの容姿……間違いなく、彼女が聖女様だ。

 その身体に、少し躊躇しながら触る。


「あ、温かい……生きてる……」


 それだけで、泣いてしまいそうだった。

 が、そんな時間はない。

 聖女様の身体を抱き上げて、その場で転移石を使おうとした。


「だ、め……ここだと……外へ」


 かすれた声が聞こえた。

 見れば、薄目を開けた聖女様が虚ろな目でこちらを見ていた。


「わかりました」

『シャノン、急げ! 偽聖女が動いた』

「は、はいっ」


 聖女様の言うことだ。何かあるに違いない。

 急がなければならない。私は聖女様の身体を少し引きずってしまうことを心の中で謝りながら外へ急いだ。


「あり、がと、な」


 窓をどうやって聖女様を抱えて登ろうかと困っていると、聖女様がふらふらとしながらも自力で立ち上がった。

 入ると同じように、小さな結界を足場にしてどうにか二人で屋敷の外へと出る。


『シャノン!! 早く!』

「はいっ!!」


 レギナルド様の切羽詰まった声。

 私は、聖女様と離れないようにその手を繋ぎ、思わず目をつむりながら転移石を握りしめた。

 だから、その時聖女様がそっと転移石を握る私の手に自由な手の平を向けていることも、転移石が普通では考えられないほど光を放っていたことも気付かなかった。





 目を開けると、暗い場所だった。

 ひんやりと、冷たい空気が頬を撫でる。

 右手には、温かい手。

 ボッと音がして、ランプに火がついた。

 光に照らされて、周囲がようやく見える。

 どこかの地下だった。壁は土がむき出しで、時々木の根も見える。

 前方には扉。後ろを向けば、そこにも扉が三つほど。

 そして、横には聖女様が青白い顔で今にも倒れそうに私を見ながら立っていた。

 私の顔を見ると、そっと微笑み、耐えきれなかったのか目を閉じてしまった。慌てて倒れる聖女様の身体を支えようとするが、急なことで支えきれない。自分も姿勢を崩して倒れてしまう。

 どうしようと思ったときだった。大きな手が聖女様と私の身体を支えてくれた。


「大丈夫か」

「レギナルド様っ。はい……無事に、救出で、できまし、た……」


 最後は、少し涙声になりながら、私はレギナルド様に答えた。







「どういうことっ?!」


 月明かりに照らされた部屋で、少女が黒髪を振り乱して歩き回っていた。

 綺麗な指の爪を噛み、苛立ちを隠せないでいる。


「誰が、聖女を助けたのっ」


 この城で聖女と呼ばれる少女は、偽物だった。

 本物は自らの手の中に。力を奪い取って、殺してしまう予定だったというのに、何者かによって奪われてしまった。


「計画は完璧だった」


 誰にも気付かれずに聖女を捕まえた。

 まだこの世界に顕界したばかりの聖女を捕まえるのは簡単だった。


「聖女様、どうかなさいましたか?」


 部屋の外に居た衛兵が部屋に入ってきた。大きな声に気付いたのだ。

 荒れた様子の聖女の姿を見て眉をひそめる。


「うるさいっ。黙りなさい! この部屋に、誰もいれないで」


 魅了の魔力の込められた瞳が衛兵に向けられる。言葉にも魔力が込められ、聞いた者を惑わす。

 一瞬驚いた顔をした衛兵だったが、すぐに虚ろな目にかわり、『申し訳ありません』と言うとふらふらと部屋から出て行った。

 少しずつ、少しずつヒトビトの洗脳は進んでいる。魔力の少ない者、神への信仰の薄い者。王家の者はまだ難しいが、共に過ごしていけば勝手に洗脳されていくだろう。

 一人、こちらの様子をうかがっている王子が居るが、彼だって洗脳すればいい。洗脳できなかったとしても、同じ城に居るのだ、何時だって殺せる。


「気に食わないわ」


 なぜ、聖女を奪った相手は聖女があそこに居ることを、聖女が捕まっていることを知っていたのか。

 ふと、聖女は午後になって嫌な視線が合ったことを思い出した。

 城では突然やってきた聖女を煙たがっている者もいる。彼等の視線だと思っていたが、もしやアレは聖女を奪った者の物だったのかもしれない。


「あぁっ、なんでうまくいかないのかしらっ!!」


 聖女には、まだ苛立ちを募らせる理由があった。

 大神官とアリアナだ。

 神に仕える者達は洗脳しにくいが、あの二人は特にダメだ。周囲のヒトビトにまで影響を与える。聖女ほどではないが、エメニエスの祝福で守られている。

 彼等も、いつか殺さなければ。


 いや、早く殺さなければならないだろう。

 もしも聖女が入れ替わっていたことに誰も気付かないよならば、そのままじっくりと周りの者達を洗脳していき、この国の全てを手に入れるつもりだったが、事情は変わった。

 聖女が入れ替わったことに誰かが気付いた。そして、王都にある監禁場所をすぐに見つけて本物の聖女を救出した。しかも、どれだけ気配を探しても見つからない。かなり強力な結界に守られた場所に居るか、遠い場所に逃げたのだろう。計画性を感じる。まるで、未来を知っているかのような。

 早く、できるだけ早く、周りの地盤を固めなければならない。


「私の裏をかいたとでも思っているのでしょう。せいぜい喜んでおきなさい。……できるだけ残酷に、殺してやる」


 まだ見ぬ敵に、聖女は凄惨な笑みを見せた。




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