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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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幼なじみ四人組

 昔、魔王と呼ばれる邪悪な者が居た。

 魔王は邪なる神の祝福を受け魔物を操り、ヒトビトを襲い、虐殺を行なった。

 邪悪な魔王。

 彼の者は恐ろしく、誰も太刀打ちできないほどに強かった。

 追い詰められていくヒトビトを哀れに思い、我等の神は聖女を与えた。

 神の力を振るうのを許された魔を祓う神の娘。

 その時代の勇敢なる者達と共に魔王と戦い、見事勝利して魔王を封印した。

 勇敢なる者達は、魔王の封印された地を見張るために、その側に国を興し、子孫へ魔王の恐ろしさを伝えるようになった。


 そして聖女は――ヒトビトの前からあるべき場所へと還った。

 もう、聖女はいらないだろうと。

 その時、惜しがるヒトビトに彼女はこう告げたという。


「魔王の封印が解かれた時、再び聖女は降臨するだろう」




「その、聖女様がまた降臨された、と……」


 慣れた一室のベッドの上で、私はそうつぶやいた。

 森の収穫祭から二日、私は王都ファストリアで話題のその話に首をかしげていた。

 聖女様はこの国の歴史の中でも最も重要な建国史として語り継がれている。なにを隠そう、勇敢なる者達というのは、王家の先祖だからだ。

 貴族の中にも、その建国史に関わる者がいる。

 森の収穫祭で、レギナルド様と父様が話し合っていたのは、聖女についてだったらしい。

 なぜかと言えば、魔王は魔に連なる者であり、復讐の女神に祝福された存在なのだが、エルフは魔を操る事に長けていることで魔王の傘下だと誤解されていた歴史があるからだ。

 聖女降臨で、またエルフへの差別や過激派の弾圧が酷くなるかもしれないと心配がある。

 エイダン様達に危険が迫るかもしれない。


「でも、なんで聖女様が降臨したのかしら?」


 聖女はまた降臨すると予言して去って行ったけれど、魔王が出現したらという条件付きだ。

 町では聖女降臨にお祭り騒ぎらしいが、聖女が降臨したと言うことは魔王の封印が解かれたと言うこと。そんな喜んでいる場合だろうか。

 しかも、魔王が復活したなんて話は聞いていない。

 魔王の封印場所は王家と一部の一族しか知らないらしいが、それでもなにか異常があれば話題に上るのではないだろうか。

 では、なぜ聖女が降臨したのか。

 いや、もしかしたら聖女というのは偽物かもしれない。なんていろいろ考えていく。なにしろ、時間はたくさんある。

 兄様に森の収穫祭であったことを一切合切聞き出され、父様に報告された私は、一応大けがをしたのだからと療養と危険な事をした罰に学園を休んで部屋に謹慎中である。

 自業自得とはいえ暇で仕方がない。

 なにか良いことはないかと思っていると、間の良いところに部屋に侍女がやってきた。


「失礼します。お嬢様、アリアナ様からお見舞いの花束が届きました」


 部屋にやってきたのは、私付きの侍女のジュリアだ。母が侍女頭で、親子でアルフィー家に仕えてくれている。私と年が近く、少し年上の彼女は良き相談相手でもあった。

 両手に抱えるように持ってきたのは季節の花が色とりどりに咲くすてきな花束……ソレを見て、私はベッドから飛び降りた。


「ありがとう、ジュリア! すてきな花束……この机に飾って欲しいわ」

「はい。それと、こちらアリアナ様からメッセージです」


 そういってかわいらしい装飾の施されたカードを渡される。

 アリアナは、通う学園で最も親しい友人だ。

 ボールドウィン侯爵の侯爵令嬢で、慈愛の女神と呼ばれるエメニエス神に仕える教会の巫女である。小さな伯爵家の私とはまったく釣り合わない雲の上にいるような存在だが、諸事情で親しくなって親友となった。

 カードを見ると、怪我は大丈夫かと心配のメッセージだった。学園には怪我をしたからと謹慎のことは伝えてないので、それでだろう。心配させてしまったので、今度会った時に謝らなければ。

 考える私の横で、ジュリアは手際よく花瓶を用意をする。

 メッセージを読み終わった私は、その手に持った花束の花をじっくりと観察する。

 オレンジ色のかわいらしい花がある。あまり、花束には使われない花だ。

 だが、その花の名を私は知っている。

 鮮やかなオレンジ色の花で、花びらの先端は黄色く小さくてかわいらしいマレッティアの花。

 その花に、私は思わず微笑んだ。



 夜。

 寝る準備をした私は、おもむろに自室の窓を開けた。そして、こっそりと用意しておいたティーセットをテラスのテーブルに並べていく。数は四つ。

 そろそろ、来る時間だ。

 月明かりに照らされたテラスに、突如光が生まれた。小さな光は大きくなっていき、ヒト一人分まで大きくとなると、そこからヒトの手が生えてきた。いや、違う。ヒトが出てきた。

 高位魔術の転移だ。そこから現れたのは、誰からも愛されるような美しい少女――アリアナ・マーティンだった。綺麗な銀髪は乱れ、青玉のような私よりも鮮やかな青の瞳は潤んでいる。

 教会で、聖女に近い存在だと祭り上げられるほどの巫女だったが……今回の聖女降臨で大変だったのではないだろうか。教会の大神官様はお年を召していて、彼女はいろいろと仕事を受け持っていると聞いている。だが、彼女はそんなことをみじんも表には出さない。


「シャノン! 怪我、大丈夫かしら!?」

「心配かけてごめんなさい。でも、この通り、大丈夫よ」

「よ、よかった……」


 ほっと力が抜けたようにしゃがみ込むアリアナに、私は手をさしのべた。

 しかし、アリアナが現れた光はまだ消えていない。光はまだまだ大きくなって、さらに二人の少年が現れた。


「アリアナ、心配だからって、先行くなよー……」


 そう言いながら出てきたのは、眼鏡をかけたオレンジブラウンの髪の少年。手にはなぜか紙袋を持っている。

 彼はこの国の宰相オスカー・カーライルの一人息子のユーグ・カーライルだ。ちなみに、アリアナと同じ侯爵家であり、さらに天才と名高い。


「う、やっぱり同時に三人はきついな、これ……」


 青い顔して出てきたのは、希少な転移魔術の使い手にして第三王子のアシル。

 王子、と言っても王位継承権はないうえにすでに故人の母親は平民で後ろ盾もない。家族に愛されてはいるが、雑用係とも陰で言われるほどいつも何かしら動き回っているちょっと異端の王子だ。


 王子に侯爵家のご令息、ご令嬢、なにやら豪華な面々の中に一人伯爵家の私がいるのは少し場違いだ。が、まあいろいろ理由はある。雑用王子、次期宰相候補、聖女と名高き巫女、そして繋ぎの一族。四人が四人、ちょっと特異な事情を持っていたことで、学園でなにかと注目を受けたり、敬遠されたりとしているうちに、いつしか交流するようになったのだ。

 貴族達の通う学園であるのでほんと貴族のしがらみがうるさい。なので、学園の人目のない秘密の部屋や夜のアルフィー家でこっそりと集まって。

 何でも言える大切な幼なじみ達だ。


 なぜ私の家が集まる場所なのかと言えば、他の家より集まりやすかったからだ。アシルは王城の住人、さすがに城に忍び込むことはできない。アリアナもユーグも侯爵家であり、同じ事。そうなると、一番警備が少なく、それどころか緩い私の家となる。ちなみに、おそらく父や使用人達に気付かれているが、見なかったことにしてくれているようだ。

 今日届けられた花束のオレンジの花、マレッティアの花言葉は「たくさんおしゃべりしましょう」。みんなで決めている秘密の合図の一つだった。


「はい、これお土産」


 そう言って、気の利くユーグがお菓子の入った紙袋を広げた。


「もしかして噂のセボンの新作?」

「そうだよ。ちょうど手に入れたんでね」


 甘い物に眼がないアリアナが嬉しそうにクッキーやマカロンに目を輝かせた。

 セボンと言えば、王家御用達の有名菓子店だ。なかなか手に入るものではない。

 私も甘い物は大好きだ。出てくるお菓子に目を奪われる。


「はあ、なんか心配して損した。ほんと元気そうだな。怪我して三日は休むとかなんとか聞いたが、どうせなんかやらかしたんだろ」

「う……」


 アシルの言葉に、思わず明後日の方を見た。


「そういえば、昨日は森の収穫祭だったか? おまえ、まさか繋ぎの一族のくせにエルフとけんかしたとか?!」

「違います! さすがにそんなことするわけないでしょ! ……ちょっと、木から落ちただけよ……」

「くくっ、そりゃ怒られるな!」

「もう、良いでしょ! アシルだって木登りするじゃない……」

「でも落ちねーよ」

「うぅ……」


 学園では絶対できないような言葉遣いと態度でけんかする私とアシルをよそに、ユーグとアリアナはこっそりとお菓子を開けて食べていく。ユーグも甘い物には眼がなかった。

 ちなみに、私の家が集合場所なのは、すぐそばに森があって、そこで遊べるからなんて理由もある。四人で木登りもよくする。だからいつものように木に登ったのだが、ほんと昨日は大失敗だった。次は、風術とかで落ちないように事前に対処しておこう。


「そういえば、聖女様が降臨したって聞いたけれど、今どうなってるの?」


 アリアナはその言葉にちょっと困ったように笑った。


「そうねぇ……降臨されたのは聖女様で間違いないのだけれど、以前降臨された聖女様とは別人みたい。なぜ今降臨されたのか、聖女様も知らなくて、教会もお城でも議論の嵐になっているわ。魔王が復活したのではないかと……明日にでも魔王の封印の地を極秘裏に調査することになっているみたいよ」

「ご、極秘のお話を私にして良いの……?」


 ちょっと聞き捨てならない言葉に思わず私は背筋が寒くなった。思わず周りを見て四人以外誰も居ないことを確認してしまう。


「大丈夫よ。シャノンは誰かに言いふらしたりしないし、一番の秘密である封印の地は私もシャノンも知らないもの。ね、アシル」

「ま、そうだな。というか、ユーグも調査することは知ってただろ」

「父から少しは聞いたよ。魔物の凶暴化もなにも不審なことは起こってないけど、これから気をつけていかないといけないだろうね」


 頷くユーグは、すでにクッキーの袋を半分食べてしまっている。慌てて自分の分を私は自分用の小皿に確保した。


「そういえば、ジスラン様が聖女様と親しくされてるって聞いたけど、アシルも聖女様に会ったのかい?」

「その話まで知ってんのか。オレはちらっと見ただけだよ。ジス兄は年が近いし話が合うって」

「ジスラン様って……じゃあ、聖女様は年上なのね」

「いや、オレと同い年っぽい」

「そうなの……」


 ジスラン王子はアシルの二つ上の兄で第二王子だ。アシルと違って王位継承権も持っているし、すでに政治に関わっている。


「学園の方はどう? 私が休んでいる間になんかおもしろいことあった?」


 これ以上同じ話題は止めたほうがいいだろうと学園での事を聞く。ユーグも、それ以上聞かなかった。

 今日はやはり聖女降臨の話題で一色だったようだ。あと二日は学園には行けない。が、まぁ授業もそっちのけでみんな聖女様の事を話しているみたいで、勉強の心配は気にしなくて良さそうだ。

 そうこうしているうちに月が登り切り、そろそろお開きの時間となっていた。

 お菓子も食べ終わり、みなで片付けをする。


「ねぇ、シャノン?」


 そんな中、アリアナがふと思い出したように言った。


「これから、良い出逢いと悪い出逢いがあるわ……気をつけて」

「もしかして、先見(さきみ)……?」


 アリアナは時々ちょっと先の事に気がついたりする。第六感とでも言うのだろうか、とてもよく当たる。


「……そんな、感じかしら。最近、少し不安定な感じがして、どうも先が曇っているというか」


 いつもならもうちょっとはっきりと言ってくれるのだが、今日は歯切れが悪い。なんだか、少し不安になる。


「聖女様の降臨から、調子が悪いのよね……」

「そうなの?」


 一体どうしたのだろうか。


「体調は、大丈夫なのか?」

「えぇ。大丈夫……」

「もしかして、魔王が復活するから、とか?」


 アシルの言葉に、アリアナは眉をひそめる。

 魔王の力は凄まじく、かつて神に仕える者達や魔術師達は影響を受けたらしい。そのことを言っているのだろう。


「そんな理由じゃなければ良いのだけれど」

「そうだな。何事も、なければいいんだが……」


 アシルのつぶやきは、夜のテラスに嫌に大きく響いた。




 その三日後。私の謹慎が明けてようやく学園へ行くことが許可されたその日。

 私は結局学園に行くことは叶わなかった。学園が休校となったからだ。

 それどころか、街中が喪に服すこととなった。


 第二王子ジスラン――死亡


 その知らせは瞬く間に広まり、ヒトビトの噂となった。



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