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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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幕間 言えなかった、こと




 その子と出逢ったのは、8つの時だった。


 母が世界に還って半年。

 姉と自分だけになって、姉は大変苦労をした。もちろん、レギナルド王に保護をされていたが、自立するのだと姉は治癒術師として必死に働いていた。


 その日は依頼で、あるヒトの、それも貴族の元へと向かった。

 家に一人残していくのが不安だと、姉は依頼先に断って、私をいつも連れて行っていた。その日も、私は一緒について行った。



 彼女は、産後の肥立ちが悪く、立ち上がれぬほど衰弱してしまっていた。

 治療にはしばらく時間がかかるだろうと、私はその家の侍女に案内されて客間に行く。

 お菓子とお茶が振る舞われ、まだ幼い自分が退屈しないようにとゲームや庭園の散歩に誘ってくれる侍女に、私は外にいた小さな影を見つけて散歩をしたいと言った。


 庭園で遊んでいたのは、自分よりもさらに幼い……1才になる女の子だった。

 まだ舌足らずでうまくしゃべれないし、走ることもできない、とても弱い子に、私はこわごわと近づくと、その子は嬉しそうに笑って私に手を伸ばした。

 私の知らない、小さくて柔らかくて、すぐに壊れそうな存在。その子が壊れてしまわないか、とても心配でこわごわと触る私に、周りのヒトたちは微笑ましそうに関わり方を教えてくれた。


 あの女性の、子なのだという。

 すぐに分かった。この子を産んだから、彼女は死に向かっているのだと。


 姉の治癒術がそろそろ終わるというので、姉の元へと戻ることになった。

 ちょうど良いからとその子も一緒に。

 女性は先ほどよりもとても明るい顔をしていたけれど、姉はとても悲しそうな顔をしていた。

 姉の力では、彼女の痛みを取り除くのが精一杯で、ほんの少しの延命にしかならなかったのだという。


 もうすぐ世界に還ると言うのに、彼女は穏やかだった。

 愛する夫も、大切な息子とまだ幼い娘もいるというのに。

 幼い少女は、母の病状を知らずに母の胸に飛び込んで、無邪気に笑っていた。彼女は愛おしそうに撫でる。

 この子は、もうすぐ愛してくれるヒトを、愛するヒトを失う。

 突然、その子は私の所に来ると、変なことをした。


「たいたいの、あむ」


 そう言いながら、届く一番高いところを触ると、食べるような動作をしたのだ。

 意味が分からなくて、私は首をかしげた。

 それをみた彼女の母は、優しく教えてくれた。


「貴方が痛そうなお顔をしていたから、怪我をしたと思ったのね」


 だから、痛い痛いのを、あむって食べてあげてるの。


 その時、自分が悲しいと思っている事に気付いた。

 彼女の母が亡くなることが。

 知らずしらずのうちに、涙があふれていた。なにがなんだか分からないが、とにかく悲しくて。


 ……今なら分かる。その時悲しかったのは、その子の母の死だけではない。自分の母との別れを重ねていたのだ。

 あれ、まだ痛そうな顔をしている。とばかりに、少女はもう一度痛いのを食べてくれる。

 それでも泣き止めない私に、その子はいつも母がしてくれるのだろう、優しく撫でてくれた。私が、泣き止むまで。


 その子はとても優しくて、とても愛されていた。


 結局、その子の母はその数ヶ月後にお亡くなりになったという。

 彼女と再会するのはその数年後で、再会と言っても遠目から私が気付いただけだった。その後も度々姿を見かけても近づくことはできず、声をかける勇気もなくて見守るだけの自分はとても臆病だった。


 少しずつ成長していくその子を、あの時のまま優しい少女へ育った彼女を、私は見守っていた。

 エルフ達の中に紛れた異端。みなとは同じ時間を刻めない自分にとって、彼女は同じ時間を共有する存在でもあった。


 いつ頃、淡い恋心を抱いたのか、よく覚えていない。

 最初からだったのか、それとも見守るうちにだったのか、声すらかけられない小心者だというのに。

 だって、初めて会ったのは彼女が幼い頃だ。絶対に、忘れられている。

 声をかけて怯えられたら、嫌われたら、どうしようという思いがあった。


 だから、ようやく会えたのは、言葉を交わしたのは、もう、初めての出逢いから15年が経った後だった。




「シャノン」

 

 婚約者となったその子の名前を呼ぶ。


「どうしました?」


 優しい眼差しで娘を見守っていた母と同じ顔で彼女は応えてくれる。

 幸せだな、と思う。



 彼女と私の出逢い。

 それを、いつか彼女に話す日が来るだろうか。

 




 もう少しだけ、このことは秘密にしよう。事情を知るオリーヴィアやオリーヴィアの婚約者で私の親友でもあるサイラスに早く告白しろと催促が来るけれど。

 もう、少しだけ……。




















 もっとなにかを、君にあの時救われたのだと、君のことが好きだと、言葉にしておけばよかった。何もかも終わった後に後悔する。


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