これが最期だと言うのならば
「魔女」
そう、呼ばれて私は王城の前の広場へと引きずり出された。
これまでの人生で一番大きな舞台だ。衣装はぼろきれのワンピース一枚で裸足だけれど。
広い広場は、酷く荒れていた。
美しかった石畳が黒ずんでいる。あれは、焼いた後なのか、それとも血なのか。
燃やされた木々の破片がそこらに散らばっている。
広場には兵士が立ち、周囲に集まるヒトに指示を出している。
どこからか迷い込んできた小鳥が、側で鳴いている。あまりにも場違いだな、と思った。
数え切れないほどのヒトビトが、私の処刑を見に集まっていた。
その顔は、険しく、憎い者を見るかのようで、ユーグの言葉を思い出す。『どんどんおかしくなっていく』と彼は言った。あぁ、確かにそうだ。
「この女は、魔王の眷属であるエルフと魔王に通じ、ファーガスト王国を裏切った魔女である!!」
騎士が朗々と罪を述べる。
後ろをどうにか向けば、聖女がニコニコと聞いていた。その両脇にはユベール王子とアシルの姿がある。側には、国王陛下も、王女達も……。
アシルは、こちらを見ても何も反応を示さなかった。ただ、顔を少ししかめただけだった。
それどころか、聖女が何かを話しかけると、笑って答えている。
アシルは、変わってしまった……。いや、こんなに変わるはずがない。
アリアナが居なくなって、今も行方不明だというのに……アリアナと両片思いだったのに。そんなアシルが、聖女と笑い合っている姿があまりにも不自然で、いくつかの予想を裏付けしていく。
「この魔女を磔刑とする」
ヒトビトの歓声が上がる。
裏切り者の魔女の処刑だ。喜ばなければならない。
聖女が、わざわざ私の元へと歩いて来た。近くで、私が苦しむ様をみたいのだろうか。
大きな木が二本、横木と縦木が運ばれてくる。さらに、杭や槌を騎士が持ってきた。
「がんばってね」
クスクスと笑う声が聞こえる。誰が言ったのかすぐに分かる。
私は、抵抗などできず--磔にされた。
磔刑は、餓死で死なない。その前に、窒息死をするからだ。
両手首を釘打ちにされ、手と腕の感覚がなかった。麻痺しているのだろう。
釘打ちにされた脚は酷く痛む。
少しでも気を緩めれば、自分の身体を支えられずに息が詰まってしまう。だが、疲れが、痛みが、私を蝕んでいく。
一日、持つだろうか。いや、今どれほど時間が経っただろうか。
時間感覚がもうない。
木登りが得意で、森の中を遊び回っていたけれど、それでも女で、戦う訓練も何もしていない貴族の娘なのだ。
苦しい。
ヒトビトの叫び声が聞こえる。魔女には死を与えなければならないと。
痛い。
今が昼か夜かも分からない。周りを見回す余裕もなかった。
このまま、死ぬのだろうか。
それも、良いかもしれない。
もう、父様も兄様もいない。ジュリアも、使用人達も、アリアナもいない。生まれ育った屋敷は燃えてしまった。
けれど……私は繋ぎの一族だ。
エルフ達とヒトビトのすれ違いを正してきたことが誇りの一族だ。
「せい、じょ……」
「呼んだかしら?」
彼女は側に居たのだろう、すぐに見える位置にまで来た。
変わらず、楽しそうに彼女は嗤っていた。何がおもしろいのか、とても愉快そうに。
服が替わっている気がする。それだけ時間が経ったのだろう。
「あぁ、シャノン。私、貴女に伝え忘れてしまったことがあるの」
何を、今度は言い出すのだろうか。
「あのうるさい女……そう、アリアナだっけ? 貴女とお友達だったのでしょう? 知らなかったから、ずいぶん伝えるのが遅くなっちゃった。ごめんね。殺しちゃって」
心のどこかで分かっていた。おそらく、アリアナはもう居ないと。
けれど、ソレを今、言うのか。
「あな、たは……」
その時、城の方で騒がしくなった。
火事、という言葉も聞こえてくる。
「聖女様、何者かが城に攻撃を仕掛けてきたようです。エルフの可能性もあります。避難を」
「ふふっ。エルフ程度ならどうでもないわ。でも、そうね……避難をしましょうか。楽しそう」
そう言うと、彼女はすぐに目の前から去って行った。
周辺に私が死ぬところを見ようと集まっていたヒトビトも避難していく。
周囲に、兵士達だけになっていく。
「シャノン」
幻聴が聞こえた。
「静かに。聞いてください」
あり得ない。
「いま、助けますから」
この声は……。
「エイ、ダン……?」
「遅くなってすみません」
姿は見えない。魔術で姿を消しているのだろうか。
でも。
『楽しそう』と嗤っていた聖女を思い出す。
ダメだ。
不安が膨らんでいく。
なぜ、私は一人生き残って処刑されるのか。ずっと考えて答えは出なかったけれど。もしや……。
「に、げて、ください」
「あら、もう行ってしまうの?」
あぁ、やはり--。
どこかで隠れ見ていたのだろう。
嗤う聖女が、何もないはずの空にむかって手を向けた。その手から、炎が生み出される。
すべてを焼こうと暴れる炎から身を守るために、氷の盾が生み出された。
姿を隠していた青年の姿が現れる。
もう会えないかもしれないと覚悟をしていたが、こうしてもう一度相見えることができた事に涙が出そうになる。
だから。
「逃げてっ!!」
炎が、激しく燃え上がる。
それは、私をも巻き込んだ。
焼ける痛みに私は叫び声を上げた。兄様は、こんな苦痛を味わいながら死んだのか。
「シャノンっ」
私は、彼を、いや、彼でも誰でも良かったのかも知れない……とにかく、エルフに好意的だった者達をおびき出すための餌だったのか。そして、おびき出せた後の人質。
どれくらい、経ったのだろう。
気を失っていた事に、ようやく気付く。
夜が、明けるところだった。
薄暗い空に、光が漏れ出している。
体中に火傷をしているが、すでに痛みは感じない。きっと、麻痺しているのだろう。
声を出したくても、喉が嗄れて息をするのも難しい。
辺りは、真っ赤になっていた。
凄惨に嗤う聖女の側には、もう何も言わない彼があった。
あぁ、そうだ。彼が在った。
物のように扱われ、踏みつけられた彼が。
「えい、だ……」
もう、私の声も届かない。
すぐに、逃げろと言えばよかったのだろうか。
いや、捕まった時に自害してればよかったのだ。そうすれば、こんなことにはならなかった。
自分で自分を嗤いたい。
私は、死ぬだろう。
明日を迎えることもなく。
体力的にもう限界だったし、この火傷だ。きっと、長くはない。
だから……せめて、最期に傷跡を残そう。
「……あな、た……の……な、は……な……に? にせ、も……」
聖女は目を丸くして、その顔から表情を消した。
その反応に、私は思わず笑った。
彼女は無言で炎を操る。
全てを焼き尽くすように。
炎が燃える。
何もかも、燃やし尽くす。
なにもかも
嘘も真実も
炎が、身体を焼いていく。
目が開けられなくなって、まぶたを閉じた。
あの驚いた顔
私は、少しでも報いることができただろうか
……でも
悔しい
もう一度、やり直せたら
みんな、死なせないのに
みんなを守ったのに
かみさま
いや、誰だっていい
どんな代償を払っても良い
この命だって差し出すから
わたしは
魔女が、死んだ。
死に際、魔女は炎の中で美しく笑ったと言う。
その知らせは、瞬く間に広まった。
聖女様の力によって、魔女と共にエルフと関わっていた者達が炙り出されて処刑された。それを助けようとしたエルフたちも大勢死んだ。
それを終えると、聖女様は王国軍と共にエルフの国へと攻めていった。
エルフの国の王……いや、魔王は最期まで抵抗し、聖女様によって討伐された。
これで、お話はお終イ。
王国は、我等ガ聖女様によっテ、救わレて、何時まデも、いつマデモ、イツマデモ、シハいサレテ、シアワセニ--




