死は突然に、残酷に
常緑の森に避難する。
父様からの話を、私は聞きながらぼうっとしていた。
この国に居られないらしい。
このままでは、捕まってしまうらしい。
エルフと関わる一族だから。
言葉の羅列だけが頭に入ってくる。
生まれ育った屋敷から、必要最低限の荷物を持ってエルフ達に保護を求めるらしい。
侍女達が忙しそうに荷物をまとめている。
今日までに屋敷を出るという。
なぜ、こんなことになったのだろう。
父様が、荷物を持った私を迎えに来た。
もう、月が空に高く昇っている。
「シャノン、行こう」
疲れた様子を見せないように、気丈に振る舞う父様の目は赤い。
「はい……」
エイダン達は、もうエルフの国へ行っている。
「気を、しっかり持て」
「……」
父様が、私を抱きしめた。
「とうさま……」
年頃になってから、久しぶりのことだった。
その大きさに、その暖かさに、私の眼はは自然と涙があふれていた。
静かに、私達は歩き出す。
屋敷の使用人達は、その家族とともに少し遅れてくる予定になっていた。
森は、レギナルド様によって結界と迷いの術がかけられたそうだ。ファーガスト王国が攻め入る前に。
戦闘の難しい者達はエルフ達が住まう森の中でもファーガスト王国から離れた場所へと
避難していく。私も、屋敷の使用人達とそこへ行く予定だ。父様とエイダン、ニアラお姉様は、最前線で残ると言っていた。
兄様は、もういない。
歩いて、そのうちに、父様は倒れた。
「え……?」
「シャノン、走れ!!」
思わず立ち止まって父様に手を伸ばした私は、父様の足から血が流れているのが見えた。
何があったのか、分からなかった。
「立って、走るんだ!!」
怒った声で叫ぶ父様に、私は荷物を投げ捨てて走った。
隠す必要がなくなったのだろう。後ろから誰かが走ってくる音がする。
父様が、誰かに叫んでいる声がする。
怖い。
耳を塞いで、目を瞑って、なにもかも忘れたい。けれど、現実はそう甘くない。
「捕まえたぞ!」
乱暴に左腕を捻りあげられた。小さな悲鳴を上げながら、私はあがこうとしたが、成人男性の力を振りほどくことはできなかった。
見れば、民を守るはずの騎士の格好をしている者達が私を取り囲んでいた。
乱暴に引きずられて、私は元来た道を戻っていく。
そして、真っ赤な血だまりを見つけた。
「シャノン、月の綺麗な夜ね」
血だまりの中に、我等が聖女が立っている。
血に染まった剣を持っている。
その血は、ほんの少し前に私の隣に居たはずの父様のものだった。
真っ赤な聖女は、嗤っていた。
「連れて行きなさい」
また、乱暴に引きずられて私は連れて行かれる。
そろそろ屋敷が見える場所まで戻ってきてしまった。
だが、おかしい。なぜか、屋敷の方が明るい。
炎が上がっていた。
どこからか、悲鳴も聞こえる。
騎士達が中から逃げてきた者達を淡々と処理しているのが見える。
まるで、悪夢だ。
なんで、こんなことになってしまったのだろう。
神様。
我等が女神、慈愛神エメニエスよ。
私達は、何か罪を犯しましたか。
悪いことを、しましたか。
なぜ、貴女の聖女は、こんな非道な事を嗤って行えるのですか。
連れて行かれたのは、私だけだった。
生き残ったのは、私だけだった。
それは、嗤う聖女から告げられた。
ぼろきれを着せられて地下の牢屋に独り投げ込まれた私は、なにもする気力もなく、ただ時間が過ぎていくのを感じるだけ。
時々、薄いスープと古いパンを置かれるが、食べる気は起きなかった。
ふと、首元に何か違和感があって触る。
「……これ」
着ていた衣服も装飾も、すべて奪われたと思っていた。なのに、そこにはエイダンから送られたあのお守りがあった。
なぜ奪われなかったのか。認識阻害の魔術かなにかがかかっているのか、私には判断できないけれど、 少し緑かかった青い宝石が、変わらずに輝いている。その輝きが、私を支えた。独りではないと思えた。
どれだけ経ったのか分からなくなった頃、彼は現れた。
「シャノン……無事か?」
「……ユ、グ?」
ユーグ……幼なじみの彼が、こんな独房にどうして来られたのだろうか。
アシルだって、来ていないのに。
彼は、独りでここに来てくれた。それだけで、嬉しいけれど、私と親しくしているとユーグも殺されてしまうのではないか。恐ろしかった。
「ごめん……ごめん……何も、できなかくて」
「ユーグ……」
「アシルが、おかしくなった。まるで、シャノンの事を忘れたみたいに……聖女と共に居るんだ。アリアナの事すら、忘れてしまったみたいに……今日の事も、父さんにどうにか掛け合ってもらって来たんだ」
アシルが……。そして、オスカー様……オスカー様は繋ぎの一族ととても友好的な方だ。だからだろう。
さらに、ユーグは言いつのる。
「ファーガスト王国はエルフ達の国へ攻め入ろうとしている。レギナルド王を魔王だと言って、ミラ様を暗殺した……もう、めちゃくちゃだ!!」
「うそ……」
あの、ミラ様が殺された?
たくさんの死があふれすぎて、悲しいのに涙さえ出てこない。
そして、レギナルド様が、魔王?
そんな、馬鹿な話があるはずない。
レギナルド様は、聖女が降臨するずっと前から存在していたのだ。
「あの聖女、絶対何かあるっ。王様も、ユベール殿下も、教会も、国の貴族達も、どんどんおかしくなっていくっ」
血まみれで嗤う聖女を思い出す。
彼女は、本当に聖女なのだろうか。
まるで、魔女だ。
彼女さえ居なければ、こんなことにはならなかったのではないだろうか。
「シャノン……もう、この国は終わりかも知れない。ごめん、こんなことしか、言えなくて」
ユーグの言葉は、私の心に突き刺さっていく。
そんな中、ユーグは私にしか聞こえないように声を小さくして言った。
「エイダンさんが、お前を助けるために動いている」
「っ!!」
それは--ユーグを見ると、彼は疲れたように笑った。
「ごめん、なにも、できなくて」
「……」
ユーグの居なくなった独房で独り考える。
エイダンが私を助けるために動いている。それは、希望のようでいて……不安があった。
「ねぇ、嬉しいお知らせよ! 喜んで、シャノン。貴女の処刑日が決まったわ!!」
そんな中、聖女は嗤って現れた。
怖かった。
けれど……エイダンが私を助けるために動いている。
だから、このままで良いのか。
聖女は、本当に、聖女なのだろうか。
考える。
魔術は得意ではない。剣で戦う事もできない。
非力だ……。
だけど、私には考えることができる。
せめて、考えろ。
このまま、何も分からないまま、ただ流されて終わって良いのだろうか。
何もできないのなら、せめて。
独房の前で嗤う聖女。その真っ黒な眼は、深淵の闇を覗いているようだった。




