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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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死は突然に、残酷に





 常緑の森に避難する。

 父様からの話を、私は聞きながらぼうっとしていた。

 この国に居られないらしい。

 このままでは、捕まってしまうらしい。

 エルフと関わる一族だから。

 言葉の羅列だけが頭に入ってくる。

 生まれ育った屋敷から、必要最低限の荷物を持ってエルフ達に保護を求めるらしい。

 侍女達が忙しそうに荷物をまとめている。

 今日までに屋敷を出るという。

 なぜ、こんなことになったのだろう。

 父様が、荷物を持った私を迎えに来た。

 もう、月が空に高く昇っている。


「シャノン、行こう」


 疲れた様子を見せないように、気丈に振る舞う父様の目は赤い。


「はい……」


 エイダン達は、もうエルフの国へ行っている。


「気を、しっかり持て」

「……」


 父様が、私を抱きしめた。


「とうさま……」


 年頃になってから、久しぶりのことだった。

 その大きさに、その暖かさに、私の眼はは自然と涙があふれていた。

 静かに、私達は歩き出す。

 屋敷の使用人達は、その家族とともに少し遅れてくる予定になっていた。

 森は、レギナルド様によって結界と迷いの術がかけられたそうだ。ファーガスト王国が攻め入る前に。

 戦闘の難しい者達はエルフ達が住まう森の中でもファーガスト王国から離れた場所へと

避難していく。私も、屋敷の使用人達とそこへ行く予定だ。父様とエイダン、ニアラお姉様は、最前線で残ると言っていた。

 兄様は、もういない。



 歩いて、そのうちに、父様は倒れた。


「え……?」

「シャノン、走れ!!」


 思わず立ち止まって父様に手を伸ばした私は、父様の足から血が流れているのが見えた。

 何があったのか、分からなかった。


「立って、走るんだ!!」


 怒った声で叫ぶ父様に、私は荷物を投げ捨てて走った。

 隠す必要がなくなったのだろう。後ろから誰かが走ってくる音がする。

 父様が、誰かに叫んでいる声がする。

 怖い。

 耳を塞いで、目を瞑って、なにもかも忘れたい。けれど、現実はそう甘くない。


「捕まえたぞ!」


 乱暴に左腕を捻りあげられた。小さな悲鳴を上げながら、私はあがこうとしたが、成人男性の力を振りほどくことはできなかった。

 見れば、民を守るはずの騎士の格好をしている者達が私を取り囲んでいた。

 乱暴に引きずられて、私は元来た道を戻っていく。


 そして、真っ赤な血だまりを見つけた。



「シャノン、月の綺麗な夜ね」


 血だまりの中に、我等が聖女が立っている。

 血に染まった剣を持っている。

 その血は、ほんの少し前に私の隣に居たはずの父様のものだった。

 真っ赤な聖女は、嗤っていた。


「連れて行きなさい」


 また、乱暴に引きずられて私は連れて行かれる。

 そろそろ屋敷が見える場所まで戻ってきてしまった。

 だが、おかしい。なぜか、屋敷の方が明るい。



 炎が上がっていた。



 どこからか、悲鳴も聞こえる。

 騎士達が中から逃げてきた者達を淡々と処理しているのが見える。


 まるで、悪夢だ。

 なんで、こんなことになってしまったのだろう。


 神様。


 我等が女神、慈愛神エメニエスよ。

 私達は、何か罪を犯しましたか。

 悪いことを、しましたか。

 なぜ、貴女の聖女は、こんな非道な事を嗤って行えるのですか。






 連れて行かれたのは、私だけだった。

 生き残ったのは、私だけだった。

 それは、嗤う聖女から告げられた。

 ぼろきれを着せられて地下の牢屋に独り投げ込まれた私は、なにもする気力もなく、ただ時間が過ぎていくのを感じるだけ。

 時々、薄いスープと古いパンを置かれるが、食べる気は起きなかった。

 ふと、首元に何か違和感があって触る。


「……これ」


 着ていた衣服も装飾も、すべて奪われたと思っていた。なのに、そこにはエイダンから送られたあのお守りがあった。

 なぜ奪われなかったのか。認識阻害の魔術かなにかがかかっているのか、私には判断できないけれど、 少し緑かかった青い宝石が、変わらずに輝いている。その輝きが、私を支えた。独りではないと思えた。




 どれだけ経ったのか分からなくなった頃、彼は現れた。


「シャノン……無事か?」

「……ユ、グ?」


 ユーグ……幼なじみの彼が、こんな独房にどうして来られたのだろうか。

 アシルだって、来ていないのに。

 彼は、独りでここに来てくれた。それだけで、嬉しいけれど、私と親しくしているとユーグも殺されてしまうのではないか。恐ろしかった。



「ごめん……ごめん……何も、できなかくて」

「ユーグ……」

「アシルが、おかしくなった。まるで、シャノンの事を忘れたみたいに……聖女と共に居るんだ。アリアナの事すら、忘れてしまったみたいに……今日の事も、父さんにどうにか掛け合ってもらって来たんだ」


 アシルが……。そして、オスカー様……オスカー様は繋ぎの一族ととても友好的な方だ。だからだろう。

 さらに、ユーグは言いつのる。


「ファーガスト王国はエルフ達の国へ攻め入ろうとしている。レギナルド王を魔王だと言って、ミラ様を暗殺した……もう、めちゃくちゃだ!!」

「うそ……」


 あの、ミラ様が殺された?

 たくさんの死があふれすぎて、悲しいのに涙さえ出てこない。

 そして、レギナルド様が、魔王?

 そんな、馬鹿な話があるはずない。

 レギナルド様は、聖女が降臨するずっと前から存在していたのだ。


「あの聖女、絶対何かあるっ。王様も、ユベール殿下も、教会も、国の貴族達も、どんどんおかしくなっていくっ」


 血まみれで嗤う聖女を思い出す。

 彼女は、本当に聖女なのだろうか。

 まるで、魔女だ。

 彼女さえ居なければ、こんなことにはならなかったのではないだろうか。


「シャノン……もう、この国は終わりかも知れない。ごめん、こんなことしか、言えなくて」


 ユーグの言葉は、私の心に突き刺さっていく。

 そんな中、ユーグは私にしか聞こえないように声を小さくして言った。


「エイダンさんが、お前を助けるために動いている」

「っ!!」



 それは--ユーグを見ると、彼は疲れたように笑った。


「ごめん、なにも、できなくて」

「……」



 ユーグの居なくなった独房で独り考える。


 エイダンが私を助けるために動いている。それは、希望のようでいて……不安があった。



「ねぇ、嬉しいお知らせよ! 喜んで、シャノン。貴女の処刑日が決まったわ!!」



 そんな中、聖女は嗤って現れた。


 怖かった。

 けれど……エイダンが私を助けるために動いている。


 だから、このままで良いのか。


 聖女は、本当に、聖女なのだろうか。


 考える。


 魔術は得意ではない。剣で戦う事もできない。

 非力だ……。

 だけど、私には考えることができる。


 せめて、考えろ。

 このまま、何も分からないまま、ただ流されて終わって良いのだろうか。

 何もできないのなら、せめて。



 独房の前で嗤う聖女。その真っ黒な眼は、深淵の闇を覗いているようだった。





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