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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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聖女の楽しい魔物討伐



 エルフ達の常緑の森。

 冬の寒さをものともせず、エルフ達の森は活気があった。

 今日は魔物狩りの日だ。

 父様の許可も下りて、私は魔物狩りを見物にやってきていた。

 とはいえ、魔物を狩っている場所に行けるほど私は強くないので同じく戦闘のできないエルフ達と狩りに行くエルフ達を待つことになる。


 たくさんの天幕が張られた広場で、私は兄様も出発を見送っていた。


「お兄様、気をつけて……」

「あぁ。今回は父さんの代わりだし、がんばってくるよ」


 父様は帰ってこない。兄様が父様の分も魔物狩りに参加することになっていた。

 私と違って、兄様は結構強い。魔力も私に比べたらちょっと多いし、小さい頃から剣術を習っていたのでそこそこ戦える。学園では、結構強かったんだぞ。なんてよくお話ししてくれる。

 だが、今回は魔物相手だ。少し、心配だ。そんな私の心配とは裏腹に、兄様は鎧の調整をしながら少し楽しそうだった。

 久しぶりの狩りで気分転換にもなっているのだろう。


「お兄様……」

「大丈夫だよ。そんな心配そうな顔をしないで。すぐに帰ってくるから」

「はい。怪我を、しないでくださいね」

「あぁ。それより、エイダンさんを探さなくて良いのか?」

「もう……」


 笑いながら、兄は手をひらひらと振って魔物狩りに行くエルフ達の元へと行ってしまった。

 兄を見送って、私はすぐにエイダンを探した。

 エイダンはすぐに見つかった。ニアラ、お姉様と一緒に支度をしている。

 私に気付くと、手を振ってくれる。


「シャノン、今日は来てくれてありがとう……でも、大丈夫ですか? 辛いようでしたら、無理せず……」


 以前一緒に挨拶したアリアナが行方不明になったことを知っているエイダンは、とても心配してくれる。元気を出すようにと手紙や贈り物を贈ってくれたり、何度も屋敷に来てくれた。

 おかげで、学園には通っている。


「大丈夫ですよ……」


 屋敷に独りで居るのは寂しかった。使用人がいるとは言え、それでも家族とは違う。

 ここには兄様もいるしエイダンもいる。ニアラお姉様もいる。


「もう、そんなに心配しなくて大丈夫よ! 何かあったら私がどうにかするから。ほら、そろそろ時間だからエイダンはさっさと行きなさい」

「姉さん……本当に、頼んだよ。じゃあ、シャノン……」


 魔物はとても危険だ。だから、エイダンも今日はいつもと違う格好をしている。

 エイダンは魔術師として参加するようで、少し古びたローブを纏い、棍棒のような木の杖と魔術具を幾つも身につけている。一応、ニアラお姉様に無理矢理渡された長剣も身につけているが、たぶん使わないだろうと本人は嫌そうだ。


「気をつけて……怪我を、しないでくださいね。どうか、無事に帰ってきてください……行ってらっしゃい」


 優しげに笑うエイダンが戦いが得意には見えない。だから、本当に無事に帰ってきて欲しい。

 祈りにも似た、今の正直な思いを伝える。

 すると、エイダンはすぐには行かず、少し迷った様子で私の前で佇み……そっと近づくと、頬にキスをした。

 突然の事に、身体が固まる。頬が、触れた場所が、熱かった。


「エ、エイダン、様」

「様がついてるよ。行ってきます、シャノン」


 彼は笑ってそう言うと、今度こそ本当に行ってしまった。

 残された私は思わず頬に手を当てて、呆然と彼の後ろ姿を見送っていた。

 これで、兄様もエイダンも行ってしまった。

 心配するようなことではないと思う。魔物狩りは、毎年行なわれていて、みな慣れているし、怪我人は出ても死者はほとんどでない。だから、そんなに心配することではない。

 けれど、アリアナの行方不明になって、怖くなってしまった。大切なヒトが、居なくなってしまうのではないかと。もし、また誰かがどこかにいってしまったら……心が持ちそうにない。

 どうか、怪我をせずに無事に帰ってきて欲しい……。ただただ、そう願う。




 魔物狩りに行けない者達は待っているだけと思われがちだが、これが意外と忙しい。

 私はそのことを参加して初めて知った。

 魔物狩りで倒された魔物は、食べれないもの以外はもれなく食肉に加工される。

 その、加工の準備、そして魔物が届き次第捌いて食べれるようにと加工する。帰ってくるエルフたちのために、料理をしたり、怪我をしたエルフの治療をしたり。

 広場に幾つもの天幕が作られ、各々自分の得意なことに関わっていた。

 ニアラお姉様はもちろん治療に関わっている。

 私は擦り傷をちょっと癒すぐらいの治癒術しか使えないので、料理の手伝いをしていた。

 だが、料理は料理でも魔物を使った料理だ。魔物を捌いたことも、臭みの取り方も知らないので、自然と雑用を担当することになった。

 初めての参加で、何も知らないヒトだが、周りのエルフ達は温かく私を迎えてくれた。

 エイダンと婚約をしているという話をほとんどのエルフが知っていて、祝福されたり帰ってきたエルフの出迎え方を教えてくれたり。少し恥ずかしいが、皆に受け入れられているのは嬉しかった。


「あ、来たわ」


 魔物を捌く準備をしていたエルフが喜びの声を上げた。

 魔物を担いだエルフ達が料理場にやってきたのだ。

 大きな熊のような姿。けれどその爪も牙も熊より大きく、なにより毛皮が在るべき場所が鎧のようなもので覆われている。大人が五人掛かりで担いできたソレを、待ってましたとばかりに料理班が解体作業にうつる。

 私は、少しでも役に立ちたくて手伝いに行ったが、初めて生き物の解体を見て、とても戸惑ってしまった。

 血の臭いや熱気、魔物の臭いもあって、早々に降参してしまう。


「まぁ、しょうがないわよ。初めてだしね」


 様子を見に来てくれたニアラお姉様はそう言ってくれたけれど、少しショックだったのでちょっとずつでも慣れていきたい。

 魔物はどんどん運び込まれてくる。熊のようなモノだけでなく、鳥の形をしたモノ、狼のようなモノ、小さい小動物のようなモノ、いろいろな魔物がいるようだ。

 ソレと同時に、負傷したエルフも増えてくる。


「たぶん、エイダンはすぐに戻ってくると思うわ」


 そう言うと、ニアラお姉様はすぐに治療へ向かっていった。

 それは、エイダンが負傷して戻ってくるという事だろうか?

 若干心配になりながらなにか役に立ちたくて、雑用をその後も探して手伝っていった。というか、心配で何かをして気を紛らわせたかったのだ。




「シャノン」


 どれくらい経っただろうか。

 魔物達の運ばれてくる数がだいぶ落ち着いた頃、エイダンが戻ってきた。

 顔に擦り傷があるのを見て、思わず駆け寄った。


「傷がっ」

「大丈夫ですよ。かすり傷です。それより……ただいま」

「お、お帰りなさい」


 その背には、大きめの鳥形の魔物が背負われている。

 本当は、もっと早めに戻れたはずなのに、引き留められて……と口をとがらせてエイダンは文句を言っていた。そんな姿が珍しくて、私は思わず笑ってしまった。


「本当に、怪我はそこだけですか?」


 頬を見て言う。


「えぇ」


 そう言うエイダンの前に立つ。


「顔を、よく見せてください」


 首をかしげながら、彼は少し顔を近づけてくれた。

 少し血のにじむ頬。


「痛いの痛いの……」


 そう言って傷のある場所に手を当てて、そして食べるふりをした。

 小さい頃に教えてもらったまじない。気休めみたいなモノだけれど、痛みがなくなりますようにと。あまり得意ではない治癒術をかけながら。

 すると、エイダンは驚いた顔をして、そして笑った。


「子どもっぽいですけど。その……」

「いや、ごめん。子どもみたいだからとお笑ったわけじゃないんだ。ただ……いや、可愛いなと思って」


 恥ずかしくなって、私は顔を伏せた。


「そ、そろそろ、兄様や他の方々も帰ってくるでしょうか」


 話題を変えたくて、兄様の事を口にする。

 魔物狩りには、今日もミラ様が参加している。レギナルド様はさすがに参加せずにお城にいるようだけれど。


「もう少し時間がかかるかも知れません。今回は、少し数が多そうなので……」


 魔物の数が多い……。ふと、聖女様の事を思い出してしまう。

 そんな時に、久しぶりに父様の姿を見たような気がした。

 いや、気のせいではない。父様と、数人が慌てた様子でお城の方へと走っていく。そのうち、二手に分かれてその一方が広場へ来た。父様は、お城へ行くようだ。。

 どうしたのかと考えるよりも先に、嫌な、予感がした。

 レギナルド様や広場の責任者を探しているらしく、少し焦りながら大声を出していた。だから、少しだけ聞こえてくる。


「魔物狩りに行っている者達を、すぐに呼び戻してくれ!!」


 いったい、どうしたというのだろうか。急にそんな事を言われても、すぐにはできないだろう。


「どうしたんだろうね……」


 騒ぎに気付いたエイダンも、少し不安そうに彼等を見ている。



 そんな中、叫び声が上がった。



 それは、騒いでいた彼等からではない。


「治癒術を使える者達はどこ?! はやく、早く来て!!」


 魔物狩りから帰ってきたらしいエルフが、火傷を負いながら叫んでいた。



 それは、悲惨な光景だった。



 森から、エルフ達が帰ってくる。

 至る所に傷を作り、火傷を負って。

 一人で立てないほどの傷を負った者も大勢居る。

 森の奥。エルフたちの住処から離れた場所から、煙が上がる。至る所から。


「な、あれは……どうして」


 エイダンが、目を丸くして思わず固まってみていた。


「炎を操る魔物なんて、この森に居ないはず……」


 そして、森と共存するエルフは炎を魔物狩りに使わないはずだ。だから、火の手が上がるなんてあり得ない。


「助けて!」

「誰か、手伝ってくれ!!」


 続々と、火傷を負った者達が帰ってくる。

 そのうち、そのエルフ達が火傷だけでなく、魔物にやられたような傷ではない……明らかに剣や矢で負った傷がある事に気付いた。


「シャノン、貴女は安全なところへ。様子を見てきます」

「は、い」


 きっと、私は邪魔になってしまう。

 不安になりながら、エイダンの後ろ姿を見送った。そして、邪魔にならないようにとその場から離れた。

 一体、何があったのか。

 そして……兄様は、無事なのだろうか。

 不安が、広がっていく。



 数分もしないうちに、広場は怪我人であふれた。



「王国が……遂に」

「ミラ様が負傷された」

「炎が森を」


 所々でそんな声が聞こえる。

 まさか、ファーガスト王国がエルフの国を滅ぼそうと?

 だが、それなら父様達が気付くはずだ。軍隊を動かすなんて、すぐにはできない。

 いや、なら先ほど慌てた様子で父様達が来たのは……。




「ミラ様を庇って繋ぎの一族の方が……」




 え? と、その言葉の主を探した。

 酷い火傷を負ったエルフの青年が治癒術を受けながら苦しそうに話している。


「すみません、今の話は本当ですか? もしや、その繋ぎの一族というのは--」


 私の兄様ではないか。

 いや、他にも繋ぎの一族のヒトが来ている。兄様のはずがない。


「君は……アルバス殿の……」


 火傷を負ったエルフの青年は、私の顔を見ると驚きに目を丸くし、そして痛ましいモノを見るように顔を歪めた。


「すま、ない。我等がミラ様を守れなかったばかりに」

「ど、どういう事なのですか?! まさか」


 青年の言葉を待たず、私は衝動的に走り出した。

 ありえない。

 そんなこと、あるはずがない。



 走る。奔る。はしる。

 途中、酷い火傷を負ったミラ様が見えた。何かを誰かに言っていたけれど、私はとにかく兄様の姿を探して走った。

 居ない。

 他の繋ぎの一族の方とも会ったけれど、兄様を見たヒトはいなかった。

 どこに居るの?

 エイダンが、何かを運ぶ者達と共に居るのが見えた。

 私に気付いたエイダンは、すぐに私に駆け寄ってくる。


「シャノン……こちらに来るな!!」


 なぜ、そんな悲しい顔をしているのだろう。


「ここから離れて」


 まるで、私をここに居させたくないみたいだ。


「エイダン、兄様が、居ないのです」

「とにかく、行こう」


 まるで、私に運んでいるソレを見せたくないように彼は腕を引く。

 何を、隠しているの。

 私は、その腕を振り払ってエイダンの横を駆け抜けた。



 真っ黒な、炭があった。



 ヒトの形をした、ソレを、私は見た。



「おにい、さま?」



 ヒトの形を、していたけれど、腕だったはずの場所が運ぶ衝撃で折れた。

 中まで、黒い炭となったソレは、本当に少し前までヒトだったのだろうか。

 カチカチと歯が鳴っていた。無意識のうちに。

 あり得ない。けれど、エイダンのその態度は、周囲のエルフ達が私を見る視線は。


「う、そ」


 エイダンが、私をその場から連れ出そうとする。けれど、私は動けなかった。動きたくなかった。

 何かを言っているが、聞こえない。

 聞きたくない。


「兄様」


 こんなモノが、兄様な訳がない。

 そう、きっと、兄様はどこかにいる。

 いるはずだ。


「兄様、どこ。どこですか」


 あたりに叫ぶように呼びかける。


「兄様っ」


 きっと、兄様は来てくれる。

 なんだかんだ、優しいのだ。また何かしでかしたのかって怖い笑顔で言うけれど、それは私のことが心配で愛しているからだって知っている。私が物心ついたときには母様が居なかったから、寂しくないようにってずっと私のことを心配して守ってくれていたのを知っている。兄様は、実は私に甘いことも知っている。


 だから、私が呼べば、兄様は。


「アルバス兄様っ! どこに居るのっ!?」


 こんなに呼んでいるのだ。兄様は来る。

 来ないと、おかしい。

 なのに、なんで来てくれないの。

 なんで。

 どうして。


「い、いやああああああああっ!!!!」



 どうして、目の前には真っ黒に焼け焦げた遺体しかないの。






「これは、どういうことだっ!!」


 レギナルドは目下の現状に怒り狂っていた。

 魔物狩りの祭りに盛り上がっていたはずの広場は、すでにない。負傷者のうめき声と誰かの叫びで埋め尽くされている。

 肉の焼けた臭いがここまで漂ってくる。


「申し訳ありません。私達が早くに気付いていればっ」


 繋ぎの一族の者達が顔を青くして謝ってくるが、彼等のせいではない事は理解している。

 だから、ファーガスト王国への、聖女への怒りで頭が狂いそうだった。



 ファーガスト王国は、王家の者達は聖女の言葉でこの森の魔物を狩りに来たのだという。

 魔物……邪なる神の眷属。魔王の傘下。

 聖女にとって『エルフ』もその中に入っていた。だから、攻撃してきた。それだけの単純な話。



 そんなわけがない。

 エルフは邪なる神とも魔王とも関係がない。むしろ、世界樹を信仰する一族だ。

 だというのに、今代の聖女はっ。


「レギナルドっ!!」


 酷い火傷を負ったミラが、レギナルドの元へと自力で歩いて来る。その顔は、今にも泣き出しそうだった。

 ニアラがその傷を癒しているが、その顔は険しい。


「レギナルドっ。私の、私のせいだわっ」


 ミラのせいなどではない。そんな馬鹿なことがあるはずがない。


「アルフィー家の、あのヒトが。アルバスがっ、私を、私を庇ってっ」

「落ち着け、ミラ」


 酷く混乱しているのだろう。


「レギナルド、私は、何もできなかった」

「とにかく、お前は傷を癒せ」


 ニアラが必死に治癒術をかけているが、効き目が薄いと困惑している。

 聖女は、一体なにをしたというのか。



 情報を集め、整理していく。

 順調に進んでいた魔物狩りに、ファーガスト王国の聖女とその連れの者達が襲ってきた。

 森の中で炎を撒き散らし、エルフ達に攻撃してきたのだという。

 そして、ミラを狙った。

 そのミラを庇ったのが、繋ぎの一族のアルバス・アルフィーだという。

 彼は、その炎に捲かれて世界に還った……。

 その後も聖女達はミラ達を攻撃し、現状に至る。

 もちろん、エルフ達は聖女に黙ってやられるだけではなかった。戦った者も居る。だが、彼等は強かった。

 が、しばらくすると忽然と居なくなってしまったという。


 ネイロ達自警団と共に、森の奥へと向かう。

 炎が未だに燃えさかっている。ソレを消しながら、聖女達がまだいないか、探していく。

 確かに、聖女達はいなかった。

 残っていたのは、傷つけられた者達の血と戦闘の跡。

 取り残されていた者達を保護するが、すでに世界に還った者達も多く居た。


「なんて、ことを……」


 ネイロ達は、凄惨な現場に言葉を失っていた。



 ファーガスト王国と良い関係を作ろうと、今まで努力してきた。

 王家とも関係は良好だったはずだ。

 まだ根強い差別が残っていたけれど、それでも少しづつ変わっていた。

 はずだったのに。



 繋ぎの一族達からもたらされた情報は、本当なのだろう。



 ファーガスト王国が、エルフを魔王の手の者達として、滅ぼすことを決めたというのは。





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