アリアナ
新年の休暇が終わり、学園が始まった。
そして、アリアナへ手紙を送って一週間、なんの音沙汰もない。
私は、漠然とした不安を抱えながら新年の学園を一人過ごしていた。
ユベール王子がエルフ排斥派になったという噂が広まったのだろう、クラスのヒト達は私を遠巻きにちらちらと気にしている。
王子がエルフを良く思っていないのなら、エルフと交流する繋ぎの一族と関わることは家のためにならない。だから、ほとんどの人は関わらないようにとしているようだった。
アシルもアリアナも学園に来ていない。ユーグが時々心配そうにこちらを見ているが、しばらくは関わらない方が良いだろう。
その日、朝から雨が降っていた。冬の雨はとても冷たく、身も凍えるようだった。
そんな夜。早く寝てしまおうと寝る準備をしていると、突然テラスのほうで物音がした。雨のせいでよく聞こえなかったが妙な音が聞こえてくる。
こんな時間になんだろうか。何か、飛んできたのだろうかと窓の外を見る。
--と、そこに人影があった。
見知った少女が雨に打たれている。
「アリアナっ?!」
慌ててテラスを開けると、彼女は酷い顔で立ち尽くしていた。
「どうしたのっ? 風邪を引いてしまうわ……早く、部屋に入って」
動かないアリアナを、私は手を引いて部屋に招き入れた。
いつから外にいたのだろう。握った手がとても冷たい。
大教会から来たのだろうか? 神官の服を纏っている。その服も、全部濡れてしまっている。
部屋にあるタオルでアリアナを拭くが、これだけでは本当に風邪を引いてしまうだろう。
「ジュリア、居るかしら。少し手伝って」
ジュリアを呼ぶと、驚いていたが何も言わずアリアナのために新しいタオルと湯の準備をしてくれた。
ジュリアは火を操るのが得意だ。料理の火加減を調整したり、湯を沸かしたり、乾かしたり、部屋を暖めたり。
寒い冬や雨に打たれた日はとても助かっている。
ジュリアはアリアナでも着れそうな服を見繕ってきて、さらにタオルや温石など持ってきてくれた。そして、温かいハーブティーも。
アリアナは何も言わなかったけれど、ハブティーを出されると、飲みながら……声もなく泣いた。
私は、何も言わないアリアナを抱きしめる事しかできなかった。次第に嗚咽が響き、それが収まる頃には、アリアナは大分顔色も良くなり、少しだけすっきりした様子だった。
「どうしたの、アリアナ。何か私にできる? もし、言えないことなら聞かないから」
アリアナに何があったのか、分からない。だが、とても辛いことがあったのだろう。
言えないことなら仕方がないけれど、それでも少しでも楽になるのならと声をかける。
「シャノン……突然、ごめんなさい……」
そう言うアリアナの声はかすれていた。
「とても、恐ろしいことが、もう、取り返しのつかないことが、あるとしたら……シャノンはどうする?」
どういうことだろう。
分からないが、とても真剣な声だ。私も真面目に考える。
「ごめん。答えが欲しかったわけじゃないの。本当は、もうどうしようもない事だって分かっているから……」
答えを出す前にアリアナはそう言って弱々しく微笑んだ。
「アリアナ……?」
「ごめん……今言ったことは忘れて……」
もう大丈夫だと、アリアナは私とジュリアに礼を言って、帰ろうとした。
思わず、その手をつかんで抱きしめる。
彼女が、何か言えない事に巻き込まれている。それを、何もできないのが辛かった。
マーティン家に連絡をしようかと言ったが、断られた。
せっかく暖まったのに、また冷たい雨の中を行くのかと、何度も止めたが、アリアナは聞かなかった。
また、魔術で帰るつもりらしい。だから、せめてと雨除けの結界をかける。
「ありがとう、シャノン」
そう言って、彼女は雨の中を去って行った。
それが、私がアリアナを見た最後となった。
私の家にアリアナがやってきた次の日。
雨は止んで、からりと晴れた日となった。
いつも通りに学園に行く。普通の、日だった。
それが崩れたのは午後になって。
学園に、一つの噂が広まった。
「アリアナ・マーティンが行方不明になったらしい」
嘘だろう。
アリアナが、行方不明?
あの夜、まさか屋敷に帰らなかったのだろうか。いや、噂では、朝早く大教会に行くために馬車に乗って屋敷を出てからの消息が分からないらしい。彼女が乗っていた馬車も、御者も、一緒に居た侍女もいなくなってしまったと。
事件に、巻き込まれてしまったのだろうか。そんな、ことがあるのだろうか。
今日も、学園にはアシルは来ていない。アリアナが行方不明だなんて、きっと彼は心配しているはずだ。大丈夫だろうか。
授業が終わると、すぐに私は屋敷へ帰った。
まだ、父も兄も帰っていない。じりじりと、時間が進むのが長く感じる。
兄様が帰ってきたのは、いつもよりもずいぶん遅い時間だった。
帰ってきた兄様は、複雑な顔をしていた。
「お兄様、アリアナが……アリアナが行方不明になったと噂を聞きました。本当に……ですか?」
帰ってきた兄様に、すぐに私は詰め寄った。
「……もう、シャノンにまでアリアナ嬢の話を聞いているのか」
「噂、だけど……大教会に行く途中で居なくなったって」
「……あぁ。今、騎士団が探している」
騎士団の方達が探しているのなら、すぐ見つかるだろう。そう思うのだが、言い知れない不安が消えなかった。
「それと……先ほど大神官様がお亡くなりになった」
「……え?」
大神官様が?
大神官様は、お年を召していらした。けれど、だからといって突然すぎる。
大教会で国の行事になると姿を見せる小柄な大神官様を思い出す。私よりも背が低く、風が吹けば倒れてしまうのではと心配してしまうほどのご老体だったが、見ているだけで誰もが安心するような笑みを浮かべる方だった。
教会に響く彼の落ち着いた声を聞くと、ほっとしたものだ。
時折、教会から抜け出しては町を歩いていたことも思い出す。私も、一度だけ幸運にも直接お会いしたことがある。アリアナは、よく大変だと漏らしていたけれど。多くのヒトに愛されていた……。
「そんな、突然……」
「アリアナ嬢が行方不明と知らせを聞いてから、突然お倒れになったんだ……。本当に、突然すぎる……」
大神官様の死はすぐに人々に知れ渡った。
人望厚かった彼の死は、多くのヒトに悲しみをもたらした。
そして、アリアナの行方は……騎士団による捜索にもかかわらず、一切手がかりが見つからず、結局すぐに捜索は打ち切られた。
あまりにも早すぎる打ち切りに、マーティン家は異を唱えたけれど、なぜか捜索はそれ以降行なわれなかった。
そう、不自然なほどに。
「アリアナ……あの時、貴女は何に巻き込まれていたの……」
あれから数日。自室で、私は何度も同じ問いを繰り返す。
もちろん、誰も答えてはくれない。
もしもあの夜、無理にでも話を聞いていれば。何も言わないアリアナに、問い詰めていれば。もっと……。
あの夜のことを知っているジュリアも、ずいぶん気を落としてしまい体調を崩してしまった。
父様と兄様にも事情は説明したけれど、どうしようもなかった。
「アリアナ……どうして、居なくなってしまったの……」
誘拐なら、何かしら誘拐犯から声明があるはずだ。事故に遭ってしまったのなら、騎士団が捜索したときに見つかるだろう。そもそも、アリアナの屋敷と大教会までそう離れていないし、危険な道もない。なら、アリアナ本人の意思でいなくなったか……。
せめて、せめて命だけは……生きていてくれたら……そう、願うことしか、私にはできなかった。




