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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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幸せな日々



 ボールドウィン家への訪問の日になった。

 本来、一週間ほど家族と過ごすはずだった時間は、ユベール王子の騒動で潰れてしまった。兄様は家で一緒に過ごしたけれど、父様はまた常緑の森と貴族達の間を行ったり来たりでほとんど家には居なかった。

 ボールドウィン家への訪問を行っても良いものか迷ってしまったが、父から楽しんでくるようにと伝言をもらった。嬉しかったが、少しだけ心は痛かった。

 ボールドウィン家に着くと、エイダン様、そしてトリシャ様たちが迎えてくださった。

 義父であるジョエル様は、父様と同じく新年から忙しくて時間をとれなかったとのこと。やはり、今回のユベール王子の件でかなりまずい事態になっているのだろう。



「息子と娘が一気にできて本当に嬉しいわ」


 ボールドウィン家では、トリシャ様がとにかく私のことをかわいがってくださる。

 長く子宝に恵まれなかったトリシャ様……貴族にとって後継を残すことがとても大切だと言われているので、とても大変だっただろう。

 私も、母様という存在が物心ついてから初めてできて、とても嬉しかった。


「シャノンさんが来るからと、ニアラさんと一緒に作ったのよ」


 そう言って、手作りのお菓子をふるまってくれた。エルフ達がよく作るフルーツたっぷりのタルトやパウンドケーキ、名前も知らないようなものがある。


「まぁ、どれも美味しそうです。でも、ニアラ様は?」


 ニアラ様の性格を考えると、絶対居ると思っていたのだが、彼女の姿はない。

 まさか、彼女もあの事でいろいろ忙しいのだろうか。


「それがね……」


 気まずそうにトリシャ様はエイダン様を見た。


「……実は、楽しみにしすぎて、寝不足で倒れたんです」

「ニアラ様……」

「私達より何百才も年上だというのに、恥ずかしい限りです」


 淡々と言っていたが、エイダン様はとても遠い目をしていた。




 しばらく談笑をしていたが、トリシャ様は用があるからと席を外していった。おそらく、おじゃまだろうと気をつかってくださったのだろう。


「シャノンさんは、魔物狩りは見に行かれますか?」

「いえ。毎年、家で待っています」

「そうですか……もしよろしければ、常緑の森でちょっとした祭りがあるのですが、来てみませんか?」

「はい! あ、でも、父に聞いてみないと……」


 実は、以前から魔物狩りの時に祭りがあることは聞いていた。だが、魔物狩りの最中は魔物が暴れたり魔術が飛び火したりなにがあるか分からないと毎年行かないようにと父様にも兄様にも言われていたのだ。


「もし来られたら……私の最初の戦利品を、捧げることを許してくれますか?」


 少し緊張した面持ちで、エイダン様は言った。

 私は、最初意味が分からなかったが、魔物狩りの行事のとある内容を思い出して赤面した。

 エルフ達は、魔物狩りの行事中に自分の捕った獲物を大抵は家に持ち帰るのだが、結婚していないエルフや好きな人が居る者は好きな人に渡すのだ。まだ、思いを伝えていないエルフが、告白のために行なったり、恋人が結婚を申し込むために行なうこともある。


「順番が、逆になってしまいましたが」


 エイダン様を見れば、耳が赤くなっていた。


「はい。よろこんで」


 告白でも、恋人への結婚の申し込みもしていない、すでに結婚を決められた婚約者ではあるけれど。いや、だからかもしれない。


「そ、それと……」


 先ほどの告白よりも恥ずかしいのか、なかなかエイダン様は言葉を続けられないでいた。


「……シャノンさん」

「なんですか?」


 ようやく言葉を紡いだエイダン様の声はとても真剣なものだった。


「その……シャノンと、お呼びしても良いですか?」

「もちろん、です」


 そう平然と答えながらも、心の中は言葉にできない思い出一杯だった。


「できれば、私のことも……エイダンと」

「は、はい。その、エイダンさ……えっとエイダン」


 名前を呼ぶだけだというのに、なぜこれほど緊張してしまうのだろう。

 エイダン、そう呼ぶと、彼は顔をほころばせて笑顔を見せた。




 ボールドウィン家で過ごす時間は、瞬く間に過ぎ去り、帰りの時間に近づいていく。


「名残惜しいですが、そろそろ暗くなって来ますね……」


 そう言って、エイダン様……エイダンは、言った。

 窓の外は、だいぶ日が西へ傾いている。冬は日が陰るのが早いのが恨めしい。


「何があるか分かりませんし、そろそろお開きにしましょう」


 そう言うエイダンは、きっと最近の情勢を気にしているのだろう。

 名残惜しいが、そうも言っていられず私は頷いた。

 帰り際、トリシャ様からお土産にと手作りのお菓子やなにやらをいただいていると、にわかに屋敷が騒がしくなった。


「あら、もしかして……」


 トリシャ様が苦笑しながら様子をうかがいに行くと、案の定、ニアラ様だった。

 寝不足で倒れていたが、ようやく起きれたようだ。

 疲れた様子で現れたニアラ様は、私の元へ走ってやってくる。


「シャノンちゃん、もう帰っちゃうのー?!」


 半ば、泣きべそをかきながら言うニアラ様に、私もエイダンも顔を合わせて苦笑いをした。


「もうし訳ありません」

「姉さん、もう暗くなるし、また今度……魔物狩りの時に会えるかも知れないし」

「そう。そうなのね」


 魔物狩りの時に会うということは、とすぐに意味に気付いたらしいニアラ様はニコニコだ。


「嬉しいわ。エイダンがこんな風に積極的に動いてくれて。ほんと、奥手でしかたがないから」

「姉さん」

「ほんとのことでしょう?」

「そろそろシャノンも帰るから、ちょっと黙ろうか」


 空を見れば、ずいぶん予定よりも長居してしまった。本当はもう少し居たかったけれど、兄様も心配するしボールドウィン家にも迷惑になる。


「トリシャ様、お世話になりました。ニアラ様も、お菓子ありがとうございました。とても美味しかったです。今度、作り方を教えてください」

「いいえ。またいらしてね。遠慮はしなくて良いから」

「えぇ。今度一緒に作りましょう」

「あの、それと、エイダン……また、お手紙を送ります」


 まだまだ、呼び捨てに慣れなくて、頬が熱くなる。


「私も、また送りますね」

「はい」



 馬車での帰り道、今日の事を何度も思い返していた。

 とてもドキドキして、恥ずかしくて、嬉しくって、馬車の中できっと百面相をしていたことだろう。

 たぶん、幸せだった。今までも幸せだったけれど、それよりももっと。

 ずっと、こんな日が続けば良いと、お祈りをしたほどに。





番外





「ずるい」

「ニ、ニアラ様?」

 半眼でずるいずるいと言っているニアラ様に、思わず声をかける。

「だって、エイダンは呼び捨てなのよ。私もシャノンちゃんのお姉さんになるのに。ニアラお姉ちゃんって呼ばれたいっ」

「あ、え、その」

「ニアラ、おねえさま……」

「良い。良いが、やっぱりお姉ちゃんって呼ばれたい」

「お、おね、お姉ちゃ、ん……」

「よし」

「何がよしだよ姉さんっ! ほんと、恥ずかしいから、止めてっ!!」



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