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最期のキセキを貴方に  作者: 絢無晴蘿
第一章 『聖女が降臨したけれど、私は普通に暮らしたかった』
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プロローグ さいかいa



「わぁ、きれい……」


 村はずれにある高い木々の一つに登って、私は思わずつぶやいていた。

 森の先に、私の住むファーガスト王国王都ファストリアが見える。

 太い枝の一つに腰掛けて、私はゆっくりと都を見た。

 王城はまだ明かりが煌々ときらめいている。そこから少し離れた場所にあるはずの教会は見えない。もう、消灯時間かもしれない。城下町はまだ夜は始まったばかりと明かりが美しく輝いていた。


 少し冷たい風が頬を撫でる。

 まだ冬は先だが、夜は寒くなりつつある。

 今日は、森の収穫祭。だが、きっと王都のヒトビトは知らないし、参加しているヒトもきっと私と家族と、私の家族と同じ一部の一族だけだろう。

 この常緑の森に住む彼等と彼等の国と、王都に住むヒトビトはあまり関わらないようにしているから。

 まあ、今の状態で関わっても良い関係には慣れないだろうから、そこは私達繋ぎの一族がどうにか受け入れてもらえるようにとヒトビトに関わりかけていくしかないのだが。


 私――シャノン・アルフィーは、ヒトの治める国、ファーガスト王国の伯爵家の娘である。

 今日の服装こそ町の娘が着るようなワンピースに少しばかりおめかししている程度だが、れっきとした貴族の一員である。

 木に登っているのは令嬢としてどうかと思うがそれはまあ気にしないでもらいたい。

 この森は、我らの隣人であるエルフが住まう森。彼等の国である。

 そして、私の一族はエルフとヒトの架け橋になるようにと、何百年も昔に貴族の地位を与えられた者の末裔である。

 私が生まれるずっと昔のことだ。

 当時は、まだエルフ達は国としてまとまっていなかったとも聞いている。

 地位を与えられた当初はあまりにも偏見と差別が酷かったらしい。ヒトもエルフも、どちらも嫌悪し合っていた。その時に比べれば、今はある程度落ち着いてきた。エルフ達の国を受け入れ、細々だが交易をするくらいには。

 いつか、二つの種族が堂々と一緒に暮らしていくことも夢ではないだろう。

 それは、私達一族の念願であり、義務だ。

 

 そんな私がなぜこんな所にいるのかというと……少しばかり疲れてしまったのだ。

 森の収穫祭にはエルフの王たるレギナルド様もいらしている。父様がレギナルド様とお話を始めてから、兄様に引きずられてエルフの方々と挨拶すること小一時間。昨日の朝から収穫祭を手伝い、すでに疲労困憊だった私は、人混みに紛れてここに逃げてきたのだ。


 だが、そろそろ森の収穫祭に戻る時間だ。

 兄様も探していることだろう。

 まだ祭りは始まったばかりという事実にため息をつきながら、私はゆっくりと樹から降りようとした--その時だった。


 鐘が、鳴り響いた。

 

 少し遠くから聞こえていた収穫祭のざわめきが、その鐘の音に驚いてか静まりかえる。

 その音は、王都の方から聞こえていた。

 おそらく、大教会の鐘だが……こんな所にまで聞こえるものだろうか。


「あっ」


 驚いた拍子に、足を滑らせてしまう。

 慌てて幹をつかもうとするが、うまく掴めない。

 身体が――落下していくのが分かった。

 葉や枝が服を引き裂く。かなりの高さから墜ちているから、このままでは大変なことになる。

 恐怖に涙が出そうになりながら、身体を守るように結界を創って衝撃を和らげようとした。


「きゃあっ!!」


 痛みに、酷い声を上げてしまった。

 慌てて創った簡易な結界だが、どうにか衝撃を和らげることができた。とはいえ、完全に和らげることはできなかった。

 立つことができないし、今の自分がどんな状態なのか、見れない。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 音に気付いて、誰かが来てくれたのだろう。

 優しく抱き起こされて、私はどうにか目を開いた。


「う……」


 身体の至る所が痛くて、私は小さくうめいた。

 父様や兄様にとても怒られるだろう。しばらく、学園にも行けないかもしれない。

 そんなことを思っていると、優しい光が目の前に現れた。治癒術の光だ。


「そこまで得意ではないのですが、応急措置です。もう少し血が止まったら、腕の良い治癒術師がいるので、そこへ行きましょう」


 そこでようやく、私はそのヒト--いや、エルフの顔を見た。

 蒼の混じったヒスイ色の瞳の青年だ。紐でまとめた深緑色の髪が、ところどころ少し跳ねている。

 彼は本気で心配して、治療してくれていた。


「すみません、ありがとうございます」


 どうにか声を絞り出して礼を言う。


「いえ。……足首が少し腫れてきてしまいましたね……立てますか?」


 彼は、きっと私が木から落ちたことを理解している。貴族の、しかも年頃の娘が木登りだなんてと思われているだろうか。

 立ち上がろうとするが、ひねったか打ち付けたか、足首が酷く痛む。


「……すみません」


 思わず謝ると、彼は首を振った。


「治癒術師の所まで抱きかかえてもよろしいですか?」

「は、い」


 彼は羽織っていた上着を私の膝にかけると、そっと壊れ物でも扱うように私を抱きかかえた。

 よく見れば、ワンピースの裾がびりびりに破れている。誰かに見られないようにと彼は気を遣ってくれたのだ。

 こちらを安心させるように、彼は微笑む。その笑顔に、私は頬が赤くなるのが分かった。


「あ、ありがとう、ございます」


 そこで、ようやく私は彼の名前も知らないことに気付く。助けてもらったのに、名前も知らず聞くこともしないなんて。


「た、助けていただいてありがとうございます。あの、名前も聞かず、失礼しました……」

「気にしないでください。私は、エイダンです。湧き水の隣の」


 エルフ達は家名を持たない。どこに住んでいるかや役職の名と自らの名を名乗る。

 彼の家の側に湧き水があるのだろう。


「エイダン様……わ、私はシャノン・アルフィーです。よき隣人として森の収穫祭に招かれて、その、失礼を……」

 

 そう言いながら、彼はきっと私のことを知っていたのだろうなと気付く。普通のヒトはこの森の中になかなか入ってこない。商人や個人的に関わっているヒトが何人か森の収穫祭に来ているが、今回来ている若い娘は私と数人だけだ。


「様など、いらないですよ。アルフィーのおてんばなお嬢さんの話は伺っていました。あの樹を登るなんて、たいしたヒトだ」

「は、恥ずかしい限りです」

「我等森の民は森に愛され、加護を授けられた存在。木々を登り渡り歩くのは得意ですが、大地に祝福されたあなたたちは違う。あまり、無理をしないでください」


 優しく話してくれてはいるが、叱られている。


「流れゆく旅人の命は、儚い。残されるかもしれない存在を忘れずに」

「はい……」


 残された者の悲しみはよく知っている。

 頭ごなしに叱られるほうがましだったかもしれない。

 反省しながら、私はそう思った。

 エイダン様はすぐに賑やかな祭りの中へ戻らず、少し離れた家へと向かう。


「エイダン、あら、どうしたの?」


 その裏庭に、その少女はいた。祭りで振る舞われていた料理を机に少し並べて、一人食事を楽しんでいる。頬が少し赤いのは、お酒のせいだろう。

 今年16になるシャノンよりも少し年上ぐらいの美しい少女だ。だが、どこかエイダン様と似ている。


「姉さん。よかった、アルフィーのお嬢さんが怪我をしていて……姉さんなら治せるよね?」

「まぁ……こちらにいらっしゃい、治療しましょう」


 姉さん?

 思わず、彼女の姿とエイダン様を見比べる。

 エイダン様は、どうみても彼女よりも年上に見える。

 エイダン様のお姉様は気にする様子なく、シャノンを外に出してあったソファに座らせると、傷の様子を見ていった。

 「まぁ、ひどくやったわね。でも任せておきなさい。この辺りじゃ一番の治癒術師だからね。痕も残らないように治してみせるわ」


 そう言うと、彼女は早速治癒術をかけ始めてくれる。

 確かに、エイダン様よりもその力は上のようで、すぐに痛みが引いていく。


「魔力の関係で年があべこべですが、私の姉です。名前はニアラと言います」

「ニアラ様、私はシャノン・アルフィーと申します」


 エルフは魔力によって寿命が変わる者がいると学んだ事がある。

 事実、エルフの王レギナルド王はたぐいまれなる魔力をもち、若い見た目にもかかわらず何百年と生きているとの話だ。彼女もその口なのだろう。


「シャノンちゃんね。様なんて良いわよ。そちらではうるさいかもしれないけれど、こちらではあまり気にしないからねぇ。敬うとしたら、レギナルド様ぐらいでしょう。さ、終わったわよ」


 さっと治してしまった彼女は、特に疲れた様子もなく笑って手を振った。


「傷は治したけれど、流れた血は元に戻ってないのは忘れないでね」

「ありがとうございます。あの……」


 ここで、大変なことを思い出す。今日は特に買い物をするわけでもないし、兄様や父様も居ることだからとお金を持っていないのだ。


「今……その、手持ちがなくって……」

「ふふっ、いいわよそんなの。それより、その服もどうにかした方が良いわね……」


 そう言うと、そんな申し訳ないと私が言う前に家の中へと行ってしまう。


「あの、エイダン様。ほんと、これ以上は……」

「大丈夫ですよ。むしろ、こんな姿で表に出て行った方が良くないでしょうし。姉も世話を焼くのが好きなので、気にしないでください」


 そう話が終わらないうちに、ばたばたとニアラ様が戻ってきた。その手には、何枚か服が握られている。


「私が前に着ていたのだけれど、どうかしら? ちょっと、いらっしゃい!」


 有無も言わせず、ニアラ様は私を家に入れると楽しそうに服を選び始めるのだった。




「もう、ちいさくって着れなくなったのだけど、シャノンちゃんが着れて良かったわ~」


 なんて言われながら、おそらく祭りの時に着ていたのだろう、私が着ていたワンピースと似たようなワンピースを出してくれた。

 私とニアラ様はそこまで背丈が変わらないのだが、一点だけ大きさが違う所がある。思わず胸を押さえながら、少しだけ切なくなった。


「そろそろ戻らないと心配されているんじゃないかしら? さっきの変な鐘もあったことだし。エイダン、ちゃんと送っていくのよ」

「分かってるよ。というか、姉さんが服を選ぶのに時間かかっていたせいだよね」

「そんなことないわよ」


 仲の良い姉弟なのだろうな、と思わず微笑んでしまう。

 私も家族仲は悪くない。それどころか、とても愛されている。けれど、やはりヒトの貴族となるとなにかと規律や淑女はこうあれと指導を受けるので表で気軽に話すことはできない。エルフはそう言う細かいところがないのがうらやましいと毎度の事ながら思ってしまう。

 もちろん、ヒトの世はそれでうまく政が動かせるからとか昔ながらの伝統だからとかいろいろ理由はあるから否定はしないが。エルフ達と接しているとそういうことを忘れて素の自分で居られるから居心地が良い。

 兄様達の元に戻ったら、ここはエルフの森だし久しぶりに甘えてみたいなんて思ったが、それよりも先に叱られるだろうことを思い出して気が落ちる。

 と、そこで二人が私を見ていることに気付いた。


「どうしました?」

「いや、ころころ表情が変わってかわいらしいなと」


 ニアラ様の言葉に、思わず顔が赤くなる。いろいろ考えていることが顔に出てしまうのは自分の悪い癖だ。ついこの間だって学園で言われたばかりなのに。


「し、失礼しましたっ」

「ふふ、いいじゃない。ここは森の中。誰も注意するヒトは居ないわよ。さ、そろそろ本当に帰らないと、家族に心配させちゃうわ」

「はい、本当に、ありがとうございました」


 そう言うと、エイダン様が先導するように前に立つ。そして、そっと私に手を差し出した。

 その手に、おずおずと私は自分の手を重ねる。


「じゃあ、行きましょうか」

「あ、ありがとうございます」




 森の収穫祭はまだ終わらない。城の方へエイダン様が向かうと、すぐに兄様が見つかった。

 やはり私を探していたようで、私をみてほっとした様子で、しかし服装が替わり、しかも青年に手を引かれているのを見て眉をひそめた。


「シャノン、いったいどこに行ってたんだ」


 厳しい、しかし心配していたのだろう感情をにじませた声に、私は素直に頭を下げた。


「ごめんなさい、お兄様。あの、先ほど怪我をして……こちらのエイダン様とエイダン様のお姉様に治療していただいたの」

「怪我っ?!」

「あ、の。エイダン様のお姉様、ニアラ様っていうのだけど、とっても腕の良い治癒術師様で、もう痕も残ってないわ!」


 怪我と聞いて、兄様はすぐにどこを怪我したのかと見回すので、私は慌ててそう言った。

 本当に、まったく痕はないし痛みもない。ニアラ様はかなり高位の治癒術師なのだろう。


「怪我したとき服が破けて、このままでは歩けないだろうとこの服も貸してくださったのよ」

「それは……妹が大変世話になりました。っと、挨拶もせずに失礼しました。私はアルバス・アルフィーと申します」

 兄様……アルバスはエイダン様に礼をする。

「いえ、私はなにも。姉がほとんどやってくれたので」

「そんなことないです。もし、エイダン様が気付いてくださらなかったらどうなっていたか……それに、歩けなかった私を運んでくださって」

「歩けなくなるほどの怪我? ちょっと、どういうことなのかなシャノン」


 しまった、と兄様の顔を見ると、引きつった笑顔だ。知っている……こういう笑顔の時が、兄様は一番怖いのだ。


「えっと……そうよ、そういえばお父様は?」


 話をそらさなければと、どうにか話題を探す。

 父様はレギナルド様と祭りを周りながらお話をしていたはずだが、姿が見えない。レギナルド王もだ。レギナルド様が居る場所は賑わっているのですぐ分かるはずなのに、どこにも見えないと言うことは城に戻ってしまったのだろうか。


「……オスカー様から急ぎの文書が届いた。おそらく、先ほどの鐘の音についてだろうな。レギナルド王と話があるとそのまま城へ行ってしまった。とりあえず、私達は祭りを見届けるようにとのことだ」

「そうだったのですね……」


 オスカー様はこの国の宰相である。彼からの手紙、しかもレギナルド様と共に城へなんて、いったい何があったのだろうか。

 話をそらしたつもりだが、兄様にそっと逃げられないように腕を取られる。


「さて、シャノン。何をしていたのか、ゆっくりお話を聞こうか?」

「仲が良いですね」


 何処をどう見ていたのか、ほほえましいものを見るように、エイダン様がそんなことを言う。いやいや、これは兄様が怒っている顔だ。


「では、私はこれで」


 そう言って、彼は祭りの雑踏に消えていこうとする。

 その時、衝撃的に私は兄様の手を振り切って、彼の服をつかんでいた。


「あ、あの、エイダン様。このお礼は必ずお返ししますので。その、ニアラ様にもよろしくお伝えください」

「お礼が欲しくてしたことではないので、気にしなくて良いのですよ。でも、姉はきっとまたお会いできるのを楽しみにしていると思うので、もしもよかったら遊びに来てください。では、世界樹の加護を」


 こんどこそ、エイダン様は人混みに紛れて行ってしまった。

 別れ際、もっとなにか気の利いたことを言えたら、いや、これ以上なにを言えというのか。この時の感情は、なんとも言えず、言葉にできなかった。




 その後、結局洗いざらいあったことを告白した私は、兄様にこってり叱られるのは、また別の話だ。





 --そして、祝福の鐘が鳴り響いた大教会に聖女が降臨していたのも、また別の話。






 久々の新規長編となります。

 ノベルアッププラスでも同時投稿中です。

 よろしくお願いします。

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