【蛇足】――物語の外側で。
物語の外側で、彼女は嗤う。
<ああ、【天秤の守り手】。彼女は本当に、愚かな子。……世界は均整でないからこそ美しいのに、天秤の水平にこだわったがゆえに、あの子は自ら、滅びに向けて秤を傾けた>
事象の水面に映し出された“壊れた蛇“を一瞥して残念そうに呟いた後、もう一方――別の水面に映し出されたものを見て、慈愛に満ちた表情で微笑む。
<でも、だからこそ――だからこそこれは、彼の物語としてかたちをもった。得るべきでなかったものを得て、天秤を傾けた貴方の物語として……ひとつの世界のかたちを結実した>
そこに映るのは、必死の表情で無数のオークを斬り伏せている無精髭の男。
その水面に手を伸ばして、けれどただ波紋をにじませるだけに終わることを知っているからそこで手を止めて。
それから彼女は、彼の傍で涙目で杖を構える一人の少女へと視線を移す。
<だから――【理外の落し子】。私はあえて、貴女については語らない。黙して、秘めて、ただ“彼の物語”としてこの世界を読み切り、頁を畳むとしましょう。けれど――>
そう言って彼女はこちらを見て、にっこりと笑う。
「もしもあなたが望むならば、再び紐解くのもよいでしょう。……その時はきっと“彼”ではなく、“彼女”の物語として。そんな日が、来るかどうかは分からないけれど」
それは、世界の狭間の独り言。
ここにはあらず、いずこにも属さぬ――無為の地平で紡がれし、蛇足の断章。