【83】姉と妹
演習場へ行ってみると、遠くから俺を見つけたクロムライトが「あ!」とはつらつとした声を上げていた。
「ウォーレスさん、来てくれたんだ!」
「明日でここをおさらばすることになったんでな。挨拶回りさ」
「明日!? キースさん、せっかちだなぁ……やっとこっちも一段落ついたのに、それじゃ手合わせする暇もないじゃない」
「俺としちゃ幸いだよ」
「えー」
あの時身をもって体感したあの追い詰めるような剣撃の数々を思い出して、俺は冷や汗を一筋流す。
ステータスも込みなら負けることはないだろうが……とはいえあんな剣術、願わくばもう二度と相手にはしたくないものだった。
……と、先日の戦闘のことを思い出しながら俺は彼女に問いを投げる。
「そういえば君、あの時の呪詛の後遺症とかは大丈夫なのか」
あの時彼女が使っていた、【防御無視】の呪詛。ルインたちの言によれば、かなり体への負担もある代物だったようだが……
俺のそんな質問に、クロムライトは「ああ」と声を漏らして、
「それならへーきへーき。ほら、この通り」
言いながら不意に腰に下げていた双剣を抜いたかと思うと、それを空中に放り投げてジャグリングして見せる。
その手さばきは見事の一言で、数回ほど空中で剣を舞わせた後、落ちてきた二本の剣を彼女はしっかり同時にキャッチしてみせた。
「勇者さまの仲間の聖女さまが、あの後も何度も解呪を重ねがけしてくれて。だからしっかりばっちり、剣を握るにも支障はないよ」
「ラーイール様様だな……。ま、それを聞けて安心したよ」
「あ、心配してくれてたんだ。私の剣技に惚れちゃったかい?」
「惚れてないから安心してくれ」
そんな軽口を飛ばしあった後、クロムライトは少しだけ表情をかげらせて、「でも」と呟いた。
「……本当はさ、これでいいのかな、って思ったりもするんだよね」
「どういうことだ?」
首を傾げる俺に、彼女は「んー」と少し悩んだ様子で続ける。
「私はさ、魔王に正気を失わされていた伯爵と違って、私自身の意志で伯爵に従ってたわけじゃん。それで色々と……よくないことだって、してきたし。なのに私は何のお咎めもなしで……それなら剣が握れなくなるくらいのしっぺ返しは、あった方がよかったんじゃないかなってさ」
「……クロムライト」
あくまで冗談を言うような口調でそう告げる彼女に、なんと返したものかと言葉を選んでいると――
「クロムちゃん、バカなこと言っちゃ、だめ」
「あだっ!?」
いきなりそんな言葉とともに、彼女の後ろから誰かが頭を小突く。
いつの間にやらそこにいたのは――アリアライトだった。
「……せっかく助けてもらったのに、そんなふうに言っちゃダメだよ、クロムちゃん」
「アリアちゃん……」
「それに、もしクロムちゃんが悪いってことなら――クロムちゃんをそうさせたアリアも、同罪なんだから。クロムちゃんの腕が使えなくなるなら、アリアだって同じようにするよ」
「だ、ダメだよそんなのっ……! 今回の件でアリアちゃんだってお手柄を認められて、騎士として残れることになったのに」
いつになく押しの強いアリアライトに、たじたじとした様子で慌てるクロムライト。
そんな二人を前にして俺は苦笑をこぼすと、クロムライトに向かってこう告げた。
「アリアライトの言う通りだ。……ま、償う気があるんなら、これからもキース伯爵閣下の下でしっかりと働けよ。アリアライトと一緒にさ」
「……うぅ。アリアちゃんやウォーレスさんが、そう言うなら」
バツの悪そうな表情で頷く彼女に頷き返して、それから俺はアリアライトへと向き直る。
「アリアライト、君の顔も見られてよかった。ちょうど明日に帰ることになったから、挨拶しとこうと思ってたんだ」
「明日……そっか。ウォーレスさん、いなくなっちゃうん……ですね」
そう呟いて少し肩を落とした後、アリアライトは顔を上げて俺を見て。
それからほんの少しだけその存在感のある胸を張り、いつもよりも心持ち声を張ってこう続けた。
「あのっ、ウォーレスさん。アリア……ウォーレスさんに会えて、よかった。ウォーレスさんのおかげで、少しだけど前に進めた。だから……だから、その」
「ん?」
「その………………。アリア、これからも、頑張るから。ウォーレスさんも、何かあったらアリアたちのこと、頼ってね」
そんな彼女の申し出に、俺は少しばかり目を丸くして。
それから……しっかりと頷くと、彼女に向かって手を差し伸べる。
「……ああ。その時はぜひとも、君の腕前を頼りにさせてもらうよ」
「うん。アリアも……もっともっと技を磨いて、もっともっと強くなるから」
俺が差し出した手を、彼女の手がぎゅっと握り返して。
しばらくそうしていた後――アリアライトはなぜか顔を真っ赤にして、我慢の限界といった様子で俺から手を離すと胸元を押さえてふるふる震えていた。
「……おとこのひとの手、握っちゃった……どうしよう……」
「えっ、どういう反応だそれ!?」
「うちの家訓でさ。男の人と手を繋いだら結婚しなきゃいけないっていうのが」
「マジかよ」
「――あるっていう冗談を昔に教えたら、ずっと信じちゃってて……」
そんなバツの悪そうなクロムライトの言を、しかしアリアライト当人は聞いてはいないようだった。
「……おい、クロムライト。どうしてくれるんだこの状況」
「あー、えっと……。あ、そうだ。勇者さまのご一行、さっき一足先に出発の準備を進めてたんだ。いなくなっちゃうかもしれないからウォーレスさん、行ってきたら!? あ、ちなみにこれは本当のことね!」
「マジかよ! ……すまん、アリアライト、この話はまたそのうち! っていうかクロムライト、お前しっかり誤解解いとけよな!?」
「善処するー」
やる気があるんだかないんだか分からないそんな返答を背中に受けながら――俺はひとまず踵を返して、城内の馬車置き場へと急ぐことにした。




