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【80】暁

「……なんとか、助かったか……」


 緊張の糸が切れてどっとため息を吐き出していると、その時廊下の向こうから、こちらを呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい、おーい!」

「ウォーレスさーん……いきてますか……!」


 元気そうな声と、どこかおっかなびっくりな声。クロムライトとアリアライトの二人が、こちらを見つけてぶんぶんと手を振っている。

 彼女たちもどうやら無事だったらしい。ほっと胸を撫で下ろしていると、玉座の間の門の傍――そこでへたり込んでいた伯爵を、キースがむすっとした表情で見下ろしていた。

 ……彼は、伯爵の抱えていた事情を知らない。間に入って仔細を説明しようとする俺に、しかしキースはあっちいけとばかりに手を払った。


「状況は、だいたい分かってる。そこのガキに通信魔法を仕込んだ護符をつけといたんでな――大まかな会話は、聞こえていた」


 ソラスを指差してそう告げたキースに、当の彼女は目をぱちくりさせて己の服をまさぐり出す。

 するとその襟首あたりに、よく見なければ分からないような小さな金属製の護符が張り付いているのが見えた。


「いつのまに!! 乙女のプライバシーをなんだと思ってるんですかあの陰険貴族!!」


 ぎゃいのぎゃいのと怒るソラスをガン無視しながら、キースは再び伯爵を見下ろし、口を開く。


「だから、てめぇがやろうとしたことは分かった。母さんの仇を取るために、てめぇは魔王を復活させて、討とうとした。……そうだったんだな」


「…………結果としては、世を荒らしただけだ。あれによって正気を失わされていたといえど、独善と復讐心に衝き動かされていたことに変わりはない。……それによって幾人も、無辜の民の命を奪ったのだ」


「ああ、そうだな」


 ただ静かにそう言い放つと、キースは静かな表情で、こう続けた。


「経緯がどうであれ。どういう思いでやっていたんであれ。てめぇは取り返しのつかないことをした。だから――しっかりと、償ってもらう」


 言いながらキースは、腰からサーベルを引き抜くと、伯爵に突きつけて。

 「やめろ!」と俺が言うより早く、その剣閃が吹き抜けて――


 伯爵の首筋、そのすぐ横の空を突くと、キースはそのまま再びサーベルを鞘に収めた。


「……キー、ス?」


「勘違いするんじゃねぇ。てめぇには、ちゃんと出るところに出て裁かれてもらう――それだけの話だ。そんな面倒まで息子に押し付けようとするんじゃねえよ、クソ親父」


 そう言うと彼はメイドの上半身を背負ったまま踵を返し、立ち去ろうとして。

 数歩進んで立ち止まると……振り返らないままにぽつりと呟く。


「…………だからよ。勝手に満足して、いなくなろうとするなよ」


 それだけ言い残して足早に立ち去っていくキースの後ろ姿を見届けると、それと入れ替わりに、アリアライトたちが伯爵の元を訪れ、いつになく真面目な表情を作るとこう告げた。


「ガードリー伯爵。今回の件……王立騎士団の人間として、貴方にご同行をお願いします。……いい、でしょうか」


 上からなのか下からなのかよく分からない調子でそう言ったアリアライトに、ガードリー伯爵は……どこか吹っ切れたような表情で、穏やかに頷く。


「ああ。是非もない」


 そうして騎士たちに囲まれて歩き出すと、去り際に伯爵は俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「……貴公たちには、迷惑をかけた。この借りは……いずれ必ず」


 そんな彼を見送って、俺たちもまた、息をついて顔を見合わせる。

 皆、ぼろぼろだが――それでも誰も、欠けてはいない。


「……俺たちも、帰るとするか」


 そんな俺の言葉に、ソラスが微笑みながら頷いた。


「そうしましょう。こんな薄暗いところ、長居したくないですし。……あっ、あとキースさんからたんまりご褒美せしめないとですね。迷惑料として」


「本ッ当にいい性格してんな君は……」


「いやぁ、褒められると照れます」


「ウォーレス、あんた妙な子に絡まれてるのね……」


 エレンが若干同情するような視線を送ってきたが、彼女も彼女で大概な人物であることを俺は忘れていない。今言ったらさらに面倒くさいことになりそうなので絶対に言わないが。


「……漫才していないで、こっちにこい。おいてくぞ」


 転移魔法を起動し始めていたルインが、どこか呆れ混じりにそう言ってきて。俺とソラス、エレンは足早に彼女たちのもとへ向かうと――足元に光の陣が浮かび上がって、ぱっと弾ける。


 次に目を開けた時に、頭上に広がっていたのは、夜明け空。

 ……長い長い夜が終わって、世界は今度こそ、朝を迎えようとしていた。


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