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【66】ラングレン

 クロムライトとの戦いに勝利し、ラーイールによって彼女の呪詛が解呪されたのを見届けると、アリアライトはその場で「ふへぇ」と気の抜けた声を出して座り込んだ。


「だ、大丈夫ですかアリアライトさん?」


「だいじょうぶ……緊張が解けたせいか、力が抜けちゃって」


 心配そうに駆け寄るソラスにそう言って笑うと彼女。そんな彼女に俺は、素直な称賛を送る。


「……すごいじゃないか、アリアライト。君があんなに強いなんて、正直思ってなかった」


「ふへへ……」


 いつもどおりの気の抜けたような緩い笑みを浮かべる彼女を見て、「ああ」と呟いたのはラーイールだった。


「そういえば、”ラングレン”って……もしかしてあの【剣の騎士】ラングレンの――」


「剣の騎士?」


「ええ。ラングレンといえば国王陛下の懐刀として代々近衛騎士などを輩出している、剣術の名門です……って、ウォーレスさんは何でご存知でないんですか」


「俺の剣は野良剣術だからな……そういう上流階級の話にゃ疎いんだ」


 そんな俺たちのやりとりに、アリアライトはこくりと頷いて言葉を継いだ。


「アリアたちの家では、生まれた子供一人にひとつずつ――名前と同じ、秘伝の剣の型を継がせるの。アリアが”アリアライト”、クロムちゃんが”クロムライト”……って。それで、最後にはどっちか片方、より騎士として優れていた方が当主として二人分の剣術を引き継いで、また次の子供に継がせるんだって……お父さんはそう言ってた」


 そう言ってアリアライトは、困ったような笑みを浮かべる。


「アリアも子供のころは、いっぱい強くなろうって思ってた。実際、剣では大人相手にも負けなかったから……なんでもできるって、信じてて。……けど、初めて騎士として参加した任務で、アリアは失敗しちゃった」


「失敗?」


「前にも話した、スライム討伐の任務――モンスターと戦うのは初めてで、どうしたらいいのか分からなかった。アリアたちの剣の技は、人と戦うのに特化してるから」


 そう言って彼女は、ぎゅっと自らの体を抱きしめて俯く。


「……自信満々で、前に出すぎて。そのせいでクロムちゃんと二人で仲間からはぐれて……その時、思ったの。今のままじゃ、ダメなんだって」


「それで、盾を……」


 ソラスの言葉に、アリアライトははにかみながら頷いた。


「お父さんには、とっても怒られた。一子相伝の剣術を捨てて盾を持つなんてって。……結局は、言う通りだった。盾を持ってどう戦うのかも分からずにいたから、結局クロムちゃんや皆の足を引っ張って――そのせいでクロムちゃんを、こんな目に遭わせちゃった」


 その目からぽたり、ぽたりと溢れるしずく。

 彼女の膝の上で眠るクロムライトの頬に、その一滴がこぼれて弾けて――すると、彼女の腕がゆっくりと持ち上がって、アリアライトの頬を撫でた。


「もう、しょうがない、お姉ちゃんだなぁ……アリアちゃんは」


「クロム、ちゃん……」


 先ほどまでの鬼気迫ったものはその顔には既になく。アリアライトと似た面影の、穏やかな表情を浮かべて――クロムライトは静かに続ける。


「……あのね、アリアちゃん。私さ、ホントはアリアちゃんのこと、ちょっと恨んでたんだ」


「え……」


「だって、私より強くて、私なんかよりよっぽど当主になれるはずの人なのに、よわよわなオーラ出してびりっけつになってるんだもん。……本当は強いのに、実力を隠して。そのせいで皆は私の方が優秀だって思ってさ。……そんなの違う、って、何度言ってやりたかったか」


「クロムちゃん……ごめん……」


 しゅんとするアリアライトの頬を、伝う涙を拭って、クロムライトはゆっくり首を横に振る。


「……ううん。いいの。アリアちゃんがどういうことを考えてたのか、やっと分かったから。アリアちゃんが私のこと、大切に思ってくれてたって、ちゃんと知ることができたから。だから……ありがとう、『お姉ちゃん』」


 にっこりと笑う、クロムライトに。

 アリアライトもまた、泣きはらした目でふんわりと微笑む。


 そんな二人を少し遠巻きに眺めながら、俺の隣でソラスがぽつりと呟いた。


「いやぁ、『なんでそんな強いのに今の今まで手ぇ抜いてたんですか』とか野暮な突っ込みしなくて正解でした……」


「台無しなことを言うな君は……」


 つくづくいい話と相性の悪い少女である。

 二人のムードにほろりと来かけていたところを現実に引き戻されて、俺が呆れ混じりに肩をすくめていると――その時、ルインが周囲を睨んで声を上げた。


「転移魔法――気をつけろ、なにか、くる」


 そんな彼女の警告とほぼ同時。辺りでぐったりしている騎士たちを、そして俺たちを囲むようにして、広間の外周に突如闇が凝集し――そこから無数の影鬼たちが、這い出してきた。


「……こりゃあまとめて俺たちを、潰しにきたか」


 嫌な汗が出るのを笑みで隠しながらそう呟いて、俺は剣を構え直し――けれどそんな俺に、


「ウォーレスさんたちは、先に行って、ください」


 そう言ってすっくと立ち上がったのは、アリアライトとクロムライトの両名だった。

 それだけじゃない。周りで倒れていた騎士たち……余力の残っていたものたちも立ち上がり、手に手に武器を携え影鬼と対峙し始めている。


 「……私たちが負けたってバレたから、伯爵はこいつらを寄越したんだと思う。だったら伯爵は、”儀式”を早めようとするかもしれない――私がこんなこと言えた立場じゃないけど、急いだ方がいいわ」


 そう言って再び二刀を構えながら、アリアライトと背中合わせに周囲を牽制するクロムライト。そんな彼女の告げた言葉に、俺は眉根を寄せる。


「儀式? 儀式ってのは一体――」


「私もよくは知らない。けど伯爵はよく、私にこう言っていた――”儀式”さえ終われば、我々は新たな英雄となる、って」


「……何だそりゃ」


「さあね。けどきっと、ロクなことじゃないでしょう」


 仮にも己の雇い主だというのに、あっさりとそう告げる彼女に俺は半信半疑の顔で問う。


「……っていうか、君はいきなり伯爵に敵対してるけどいいのか?」


「私たちごと魔族の餌にしようとしてる人に誓う忠誠もないし。それに」


 そう呟くと彼女は、隣のアリアライトと目を合わせ、楽しげに笑う。


「貴方たちが伯爵を止めれば、アリアちゃんの大手柄だもん。そうなれば万事解決ってわけ。超お得でしょ」


「随分とタフだな、君……」


「えへへ、英雄サンに褒められると鼻も高いよ」


「褒めてるかは微妙だけどな」


 そんなどこか気の抜けた会話を交わしていると。突如上空から転移してきた影鬼の一体がクロムライト目掛けて飛びかかってきて――けれどアリアライトが振るった斬撃が、その黒い体を影へと還す。

 剣を払いながら、アリアライトは俺を一瞥するといつもの気弱そうな……けれど芯の強さを感じさせる笑顔とともに、こう告げる。


「アリアたちは、大丈夫だから。だからウォーレスさんは――ウォーレスさんにしか、できないことをして、ください」


 彼女が言った、その言葉に。

 俺は……数秒の逡巡の後、奥へと続く扉を見据えて呟く。


「……絶対、余計な怪我とかするんじゃねえぞ」


「クロムちゃんは、アリアが守るから」


「アリアちゃんのことも、私が守るし。……ああそうだ、あとあと英雄サン。私と次こそちゃんと手合わせする約束だったの、忘れないでよね」


「今回のはノーカンなのかよ」


「当たり前でしょ、洗脳されてたんだし」


 どう考えても正気だったろ……とは言わずにおいて、俺は苦笑だけこぼして頷く。


「分かったよ。終わったら、いくらでも付き合ってやる」


「その言葉、忘れないでよね?」


 そんな言葉を交わしたのを最後に、俺たちは影鬼の包囲を突っ切ると、奥の大扉を押し開けて中へと飛び込んでいく。

 長い長い、逆さまの回廊。ぐるぐると螺旋階段のように続くそこを走り続けるうちに――やがて俺たちの目の前に、今度は先ほどよりももっと巨大な扉がそびえていた。

  門扉にびっしりと刻み込まれたのは無数の人間たちが苦しめられ、虐げられている様を――そしてそれを見下ろす者の存在を、描いた彫刻。

ひどく悪趣味で醜悪な、けれどなぜかそうとは感じさせない奇妙な美しさすら湛えたその扉をじっと見上げて……やがてソラスたちを一瞥した後、俺は意を決して、扉を押す。

 すると――


「……お待ちしておりました、ウォーレス様」


 扉の中。上から逆さまの、巨大な玉座が吊り下げられた奇妙なその空間で、出迎えたのは伯爵の居城にいたメイドの女性。

 突然のことに言葉を失っている俺たちに無機質な動作で頭を下げると、彼女は奥を指し示してこう続けた。


「さあ、どうぞ奥へ」


 彼女がそう告げたその瞬間。暗闇に包まれていた広間中の壁――そこにひび割れのように走っていた奇妙な模様がおぞましい真紅色に輝き始めて。

 明るくなったその空間、その中央。そこに鎮座した巨大な石棺を見て、俺は思わず息を呑む。


 人の身の丈の数倍はあろうかという巨大な石棺。縦に置かれたその中にはびっしりと、無数の人の屍が押し詰められていて。

 そしてその中央で――真っ白な祭礼装束を着せられた勇者エレンが意識を失ったまま、四肢を拘束され吊るされていたのだ。


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