【15】おじさんは遅れてやってくる<2>
分割その2。
「ほら、これ、落とし物だ」
手に握っていた錫杖を、私に手渡そうとしてくるウォーレスさん。私はとっさに感謝の言葉を言おうとして、けれど【沈黙】のせいでうまく声が出せません。
「っ――」
「……ん、もしかして喋れないのか? ……こういう時は何かいいスキルは――っと、これか」
そう呟くと、ウォーレスさんは私の喉に軽く触れて。
「【解禁】」
短くそう詠唱するや否や、私はなにかが解けたのを感じて、恐る恐る声を出してみます。
「……あ、あ。しゃべ、れる……」
「お、ちゃんと使えるもんだな。ありがとよ、メガミ」
メガミ? 虚空に向かって妙なことを口走るウォーレスさんに、私は自由になった口で言葉を吐き出します。
「ウォーレス、さん。どうして、どうやってここに……っていうかあのトビヒフキオオトカゲはどうしたんですか!?」
「トビヒハキオオトカゲじゃないのかよ。……あー、あっちに関しては、とりあえず追い払ったから当分ここらには近付かないだろう。安心してくれ。それと、前の方の質問については――」
「てめえ、何当然みてぇな顔して居座ってやがる!」
ウォーレスさんの話に、そこでようやく割り込んできたのは野盗のうちの一人、ノコギリみたいな大きな剣を背負った男でした。
そんな彼を見て、ウォーレスさんは面倒くさそうに頭をかくとゆっくりと立ち上がります。
「あー、まあ何だ、穏便にいこうぜ。あんたらも色々と大変なんだろうけどさ、こういうのは良くないと思うわけよ。金稼ぐにしてももう少し、真っ当な仕事でな――」
「……っ、バカにしてんのか、このオッサン!」
激高した様子で野盗の男は剣を引き抜くと、そのまま前進してウォーレスさんに向かってその大きな刃を振り下ろします。
しかし――
「……聞けよ、忠告してやってんだから」
先ほどよりも数トーン低い、どこか押し殺したような声で呟くウォーレスさん。
彼が掲げた指先に挟み込まれて――野盗の振り下ろした剣先は、ぴくりとも動かずにそこで停止していました。
「っ、なぁ……!?」
「別に俺だって、正義感なんてそうある方でもないんだ。あんたらがどこで悪事を働いてても、俺の知らないところでやってる分には知ったこっちゃねえと思う程度には……ろくでもないただのおっさんだよ。けどな」
ウォーレスさんの指に挟まれた野盗の剣に、びしりと大きなヒビが入り始めて。
「手の届くところでクソみたいな悪党がのさばってるのを放っておけるほどには、終わっちゃいねえ」
怒気のこもったその言葉と同時に――分厚い鋼の刃が、粉々に砕け散ってしまいました。
「ひっ、な、んだよ、こいつ……!」
「もう一度だけ、忠告だ。とっととケツまくって、消え失せな」
どこか情けなさのあったウォーレスさんの顔は、けれど今は明らかに苛立ちと怒りとで満ちていて。
そんな彼の鋭い眼光に野盗たちは震え上がって――けれど、
「ざけんなよ、舐めやがって……おいお前ら、威勢はいいがあいつはたった一人だ! 囲んでボコボコにしてやらぁ!」
一人がそう言うや、全員が怯え混じりの顔で手に手に棍棒やナイフを取り出してウォーレスさんと私をぐるりと取り囲みます。
「ウォーレスさん……」
「俺の後ろにいろ」
ウォーレスさんが私を手で庇うのと同時に、野盗たちが一斉に襲いかかってきて。
……けれど。
「当たるかよ、んなの」
7人の攻撃を、ウォーレスさんはそう言いながらいとも簡単にいなしきってしまいました。
一人が振り下ろした棍棒の軌道を軽く左手でずらして、もう一人のナイフとぶつけて。またあるいは二人が突き出した剣の切っ先を同時に指で挟んで止めながらもう一人の曲刀の斬撃を蹴り出した右足で止めて。
腰に吊った剣を抜くことすらなく、左手と右足だけで――ウォーレスさんはあっさりと、7人もの攻撃を完全に無効化していました。
「ほい、終わり」
言いながらウォーレスさんはその体勢から左手と右足を大きく振って。するとまるで竜巻でも起きたみたいな衝撃とともに、野盗たちがばたばたと洞窟の壁に叩きつけられていきます。
その間ほんの10秒にも満たなかったでしょう。たったそれだけで、野盗は残すところ、あのローブの男だけになっていました。
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