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【13】ドラゴン? いいえトビヒハキオオトカゲです

 その日の午後。ソラスの案内で街外れの森に分け入って、目指す薬草の群生地――そこへと至る道の半ばに差し掛かったところで、俺たちはそれに遭遇した。


 焔を固めて貼り付けたような、紅蓮色の分厚い鱗。体躯は巨大で、全長にして成人男性のゆうに十倍はあろうか。その背中にはこれまた大きな、翼膜をたたえた翼も一対生えている。

 木陰で身を潜めている俺たちには気付かぬ様子でずしん、ずしんと足音を響かせながら徘徊しているその生物を見つめて、法術士用の錫杖を握った彼女は声を潜めて呟く。


「あれが、トビヒハキオオトカゲです」


「…………いや、どう見てもドラゴンだろ!?」


 耐えきれず突っ込む俺に、ソラスはきょとんとした顔で小首を傾げた。


「やだなぁウォーレスさんは。ドラゴンって言ったら魔王戦役で人類を苦しめた厄災の象徴じゃないですか。うちのお父さんもそう言ってましたよ」


 魔王戦役当時、魔王が直々に召喚し、使役したと言われている異界存在。

 空高く舞う巨大な翼と、矢も砲弾すらも弾き返す恐るべき鱗を持ち、その口からは「ドラゴンブレス」――存在焼却の魔法を吐き出すのだと、ウォーレスも知識としては聞いたことがあった。


「……あそこにいるのはどう考えてもそれだと思うが」


「いいえ、ヒフキトビオオトカゲです」


「さっきと名前微妙に違ってないか」


「細かいことを気にしますね、ウォーレスさんは。じゃあアレですか、ウォーレスさんは実際にドラゴンを見たことがあると?」


「いや、それは……ないが」


「じゃあドラゴンかどうかは分からないじゃないですか」


「そうか……そうかも……」


 そんな馬鹿話をひそひそとした後で、ソラスはそのドラ……トビヒハキオオトカゲをこっそり指差して続ける。


「先月ごろのことでした。急にアレがやってきて、そのままこの辺りを縄張りにしてしまったみたいで……おかげで薬草を採るにもおっかなびっくりなんです」


「冒険者ギルドには相談しなかったのか?」


「一度討伐依頼は出したのですが、誰も受けてくれなかったので引っ込めちゃいました」


 そりゃあまあ、ターゲットがあんなモノだと分かったら受ける奴もいないだろう。

 肩をすくめながら、俺はずしりずしりと闊歩するその巨体を注視する。

 丸太のように太いその腕と尻尾。あんなものを振り回されでもすれば、それだけでぽっきりと全身のいろいろなものが折れてしまいそうだ。

 今の俺のバカ高いステータスであれば耐えられるのかもしれないが……まだロクに検証もしていない以上、用心するに越したことはないだろう。

 隣に隠れているソラスを一瞥して、彼女の握っている錫杖を見る。


「その杖……君は、魔術が使えるのか?」


「まあ、見様見真似ではありますが。ひととおりの回復と、補助の魔術程度ならお父さんから習っているので」


「……君のお父さんは元冒険者か何かなのか?」


「そんなところです――っと、見て下さいウォーレスさん」


 彼女の鋭い声に視線を戻すと、目標のヒフキトビオオトカゲがその翼を2、3回大きく羽ばたかせていた。


「飛んでっちゃったら、追跡が難しくなります――どうしましょう」


 こちらを見てくる彼女に、俺は少しばかりの逡巡の後、


「……仕方ない、行くか。ソラス、君はここに隠れてろ」


「でも」


「君は冒険者じゃないんだ。依頼人に怪我でもされたら、俺の立つ瀬がない――まあ、俺が死にそうになったらそこから回復魔法でも飛ばしてくれ」


 そう言い残すや意を決して茂みから飛び出し――腰に吊るしていたあの遺物の剣――【天啓の枝】を握りしめる。

 俺の接近に気がついたのか、トビヒハキオオトカゲ(面倒くさいからオオトカゲと呼ぶ)は頭をこちらに向けると、ぎょろりとその目で俺を見た。


<~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!>


 空気をびりびりと震わせる咆哮。気圧されそうになるがどうにか踏みとどまって、俺はオオトカゲの姿を正面に捉え続ける。

 あのメガミは「必要な時には力を発揮できる」と言っていた。半信半疑だが、今はそれを信じるしかない。

 そう覚悟を決めて、一歩を踏み出して。

 瞬間――俺はオオトカゲの鼻先まで、およそ20メートル(*注)ほどの距離を一瞬のうちに詰めていた。


「うお……!?」


 己の動きに意識がついていけず、近接した後で戸惑う俺。そんな俺に、オオトカゲは咆哮とともにその太腕を振るう。

 とっさに構えた剣とその爪とがぶつかり合って――するとそのギロチンの刃のような巨大な爪は、半ばからするりと折れて飛ぶ。

 対する俺のほうはと言うと、その巨体から振るわれた膂力をまともに受けたにもかかわらず腕にしびれすら感じることもない。

 いける――そう確信して剣を握り直す俺を見て、本能的に脅威と悟ったか。オオトカゲは翼を打って大きく飛ぶと、上空でその牙だらけの口を大きく開ける。

 何をしようとしているのかは、考えるまでもない。


「……っちょ、タンマ――」


 そんな言葉が通じるわけもなく、オオトカゲの口から吐き出されたドラゴンブレス(ソラス注:「ドラゴンではないと言ってますのに」)が頭上から降り注いで、俺の全身は焔に包まれる。

 ヤバい、これは死ぬ、っていうか死んだ。そう思って目を閉じて、けれど――全身を焔で焼かれる痛みを、俺が感じることはなかった。

 ……っていうかめっちゃ、ピンピンしていた。


「え、何これ怖……」


 どんなからくりか、あるいは色々なご都合によるものかは知らないが服にも焦げ目一つついていない。極限値の【抵抗】ゆえに、ドラゴンブレスの焔すらレジストしきってしまったということか。

 流石にオオトカゲの方もブレスを受けて平然としている生き物は見たことがなかったのか、明らかにうろたえた様子で上空で咆哮を上げて――それから再び大きく羽ばたいて強烈なダウンウォッシュを生じさせた後、そのまま空遠くへと飛び去ってしまった。

 ばっさばっさと飛んでみるみるうちに小さくなっていくその姿を見送りながら、俺は剣を肩に担いで呟く。


「……ま、いいか」


 少なくとも、ドラゴンブレスも効かない謎の人間にだいぶ怯えてくれた様子ではある。当分はこの辺りに舞い戻ってくることもないだろう。

 一応は目標達成とみて良いはず。そう納得しながら剣を腰元に収めると、俺はくるりと振り返って茂みの中に隠れているソラスへと声を投げかける。


「おーい、終わったぞ。討伐しちゃいないが、ひとまず追い払ったからこれでいいだろ……って、あれ?」


 呼びかけながら俺は、そこでようやく異変に気付く。

 茂みの中。そこにいたはずのソラスの姿が――忽然と、消え失せていたのだ。


「おい、ソラス?」


 そう声を投げかけて、けれど返ってくる声はない。

 まさかあいつ、先に帰ったんじゃないだろうな。そう思いながら彼女のいた茂みの周りを確認すると――そこには彼女が持っていた、簡素な錫杖だけが落ちていた。


「……何が、起きてる?」


『それはですねぇ』


「うわ、いきなり出てくるなよ!?」


 唐突に横合いから聞こえたのは、あのメガミと名乗った女性の声。

 姿は見えず、ただ声だけが聞こえる奇怪な状況の中でそう言うと、彼女はくすくすと笑いながら続けた。


『うふふ。ちょうど貴方があの大きいトカゲ相手に必死こいて立ち回っている間、なんとなく観察させて頂いておりました』


「覗き見かよ、趣味の悪い」


『まあ、そうおっしゃらずに。知りたくないですか、あの女の子がどこに行ったか』


 そう言う彼女に呻いて、俺は渋々頷く。


「……そりゃあ、勿論だ。教えてくれ、頼む」


『よろしい』


 満足気にそう返して、メガミはこう、言葉を続けた。


『あの子――野盗みたいな連中に、さらわれちゃいました』



(*注…現地単位の表記を地球における頻用単位に換算した表現である。)

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