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1:担当Suzuki

「サイテー!」


 アタシは駆け出した。手にはまだ、カバンを振り回したときの衝撃が残ってる。


 サイテー、サイテー、サイテー! あんな奴と、付き合うんじゃなかった。ちょっと格好いいからって安易に惹かれた過去のアタシをぶん殴りたい。

 サイテー、浮気なんて。アイツの彼女はアタシなのよ? なのに、別の人とイチャイチャしちゃって。腹が立つ。あんな奴の言うことなんて一言たりとも聞いてやるもんか。地に頭をこすりつけて赦しを請っても絶対に赦してなんてやらないもん。死んでも許さないから。

 アイツに、絶縁状を叩きつけてやる。それでバイバイサヨナラだ。金輪際関わりたくなんてない。


 ……まあ、クラスメイトだから毎日のように顔だけは合わせないといけないんだけどさ。

 アイツから告ってきたくせに、飽きたら他の女の子に乗り替えるなんて。アタシなんて、所詮アイツにとっては一時のアクセにすぎないんだろうな。


 ……やめやめ。あんな奴のこと、思い出したくもない。あんな奴のこと、さっさと忘れて、次の恋を探す。そうでなきゃダメ。


「浮気なんてサイテー。裕輔とはもう付き合えません。もう、話しかけないでください。サヨナラ、っと」


 ラインを開く。フリック入力でパパッと文章を入れた。キチッと、別れるくらいは伝えておく。だけどあとは知らない。送ったら消去してブロックだ。


「送信っと」


 後は、この指をポチッと画面に触れさせるだけ。


 ……のはずだった。



 ……なのに、手が動かなかった。


 なんで!? どうして!? ボタンを押すだけなのに?


「あ、あれ……?」


 どうして、アイツの明朗な笑い声を思い出しちゃうの? 美月は仕方ない奴だなって、アイスクリームをさしだことを忘れられないの? ねえ、なんで。

 付き合った時のことを思い出す。告白はアイツからだった。校舎の裏に呼び出されて、友達の前で情熱的にキスを迫られて。ちょっといいと思った。格好よかったし、勉強できたしスポーツできたし。

 それに、デートの時は優しかった。何も言わずとも、アタシが必要としてることをやってくれて、さりげない気遣いができて。

 だけど、ベッドの上ではちょっと強引で、アタシが反抗する間も無く、耳元で囁かれて何もできなかった。


 何気なく笑う仕草がとってもステキで。美月と一緒にいられて幸せだなんて、そんな風に言われて。胸がキュンとした。

 味覚はちょっと子どもっぽいとこがあって。ピーマンが苦手だった。食べてくれよなんて苦笑いをして、じゃあピーマンを使わない料理を考えないとなんて言って。

 そんな風に笑って、とっても楽しかったんだ。いつも帰り道一緒に帰るのが好きだったんだ。アタシはそんなアイツのことが……



 ……好きだったんだ。


 違う。好きなんだ。あんなことされても、まだ未練が思いっきり残ったままなんだったって、気づかされた。

 ……だって、アタシ、ボタン押せないし。



 気づいたら泣いてた。理由は知らない。

 んなわけない。ただ、アタシに未練があっただけだ。あの浮気者のことを、嫌いになれなかった。関係を捨てきれなかった、それだけだ。


 ……嘘だって信じたいな。アタシが見たのは嘘だって。だけど、この目で見ちゃったし。なんで、こんな思いをしてるんだろう。

 アタシはボタンを押せない。このボタンを押してしまえば、裕輔との関係が切れてしまう。アイツは浮気者なのに、アタシを裏切ったのに。そんなこと、できそうもない。


 ……アタシにできるのは、スマホを握りしめてトボトボ歩くだけだ。



 雨が濡れても、傘を開く気になれない。セーラー服を着て雨の中をトボトボ歩くアタシに、誰も声をかけない。

 アタシは一人だ。恋人に捨てられ、天気に嫌われ、そのくせスマホに縋って。誰からも声をかけられずに、惨めにぐっしょり。一輪挿しのシクラメンでもこんなに寂しくないに違いない。


 ……ちょうどそこに花屋あるし。


 フラフラと、水っぽい香りに吸い寄せられるまま、涙も隠さずに赤いシクラメンを眺めた。

 シクラメンは、そこそこ好き。なんというか、波長があう気がするから。でも、白いのはヤダ。だって、アイツ思い出しちゃうし。


「何かお探しですか?」

「あ、いえ」


 顔を伏せたまま答える。男の人に、グシャグシャになった顔は見せたくないや。


「ちょっと、見てるだけです」

「何かあったら、いつでも声をかけてくださいね」


 なんて言いつつ、その店員は私から目線を話そうとしなかった。そりゃ、人気ない店だし、暇なのかも。

 ……折りたたみカバンの中になかった。いつまでもここで雨宿りできるはずないし、濡れていかなきゃいけな……


 あ。



 どうして、涙が出るんだろう。何もしてないのにさ、濡れていかないといけないだけで。


「お客様、どうかなさいましたか!?」

「い、いえ……。なんでもないです。その、はい」


 いないのだ。しょうがないなあなんて言いながらも傘を差し出してくれるアイツは。


「辛いことがあるなら、相談に乗りますよ? 僕もうすぐ上がりなので」

「いや、花買いにきただけなので」


 見え見えの嘘だった。多分、泣いてるのもばれた。

 なんとなく寂しくて吸い込まれただけだ。花目当てじゃないし、相談に乗ってもらうつもりもないのに。


「ダリアですか。メキシコの国花なんですよね。お好きですか?」

「ええ、まあ」


 特に何も考えずに相槌を打つ。花は、嫌いじゃない。好きでもないけど。


「あなたらしい花ですね。ダリアの花言葉は優美や華麗、そういった意味があるんですよ」


 ……別に好きでもない男に言い寄られて喜んだりしない。

 むしろ、虚しさが募るだけだ。アタシは何をしてるんだろうってさ。別れ話すら切り出せずに。


「それに、今のお客さんにはピッタリだと思いますよ。ダリアの花言葉には、移り気っていう意味もありますから」


 ……なんで!?


 なんで、知ってるの!?

 落ち込んでるのはバレても、なんで浮気されたなんて!


 ……あ。

 鎌をかけられたのか。店員が微笑む。


「吐き出してくださいよ。そしたら、楽になりますよ」

「だけど……」


 それは、裏切りにはならないの? ねえ?


 アタシは、アイツに別れようってメール送れなかった。アイツが浮気をしても、嫌いになれずにさ。ただ思い出に縋って、みっともないのは分かってた。だけど、ダメだった。


 好きなんだ。アタシは、アイツのことが相変わらず好きなんだ。だから、そんな、他の男に相談なんて。


「まあ、水でも飲んで落ち着いてください。後は、リラックス用のアロマでも焚きますよ」


 そう思ってた。だけど、水を飲んでいるうちに、どうでもよくなっていく気がして。



 ……そこから先のことはよく覚えてない。



 ーーー



「うーん、よく寝た〜」


 グーッと大きく伸びをする。パラっとシーツが胸から落ちた。


 あれ……?


 ……なんでアタシ裸なんだ? というか、こんな部屋知らない。ホテルなのは分かるけど、全く覚えがない。

 スースーって、隣で男の寝息が聞こえる。そっと、その寝顔を覗いてみた。


「……ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイヤバイ」


 さっと、血の気が引く。昨日、あの後よく覚えてない。だけど、どうして花屋の店員がアタシの横で全裸で寝てるの!?


 クラッと目眩がした。最悪だ。どうやら、一線を越えてしまったらしい。アイツと正式に別れたわけでもないのに、アタシの方が浮気だなんて。


 ……どうしよう。


「落ち着くのよ、美月。まだ寝てる。うん、大丈夫」


 音を立てないように手早く服を纏う。シャワーは後だ。とりあえず、一刻も早くここを立ち去らないと。そうしたら、証拠も何も残らない。

 昨夜の雨は上がっていた。カバンのお金も大丈夫。最後にもう一度寝てるのを確認して、アタシはその場を後にする。


 サヨナラ、知らない人。もう二度と会うこともないと思うけど。


 ……そう思っていた。



 ーーー



「美月〜、呼ばれてるよ」


 何事もないふりをして学校へ行った。その朝休み。

 なんだろう。そう思ってアタシを呼んだ人物の顔を見て、愕然とした。


「……嘘!?」

「やあ。ミモザの花には秘密の恋っていう花言葉があるんだ。知ってる?」



 ……ソイツは、制服を着た花屋の店員だった。


「ね、美月」

「……!?」


 ソイツがポケットからスマホを取り出す。そして、カメラモードを立ち上げた。


 ……アタシの体から、血の気が引いていくのが、これ以上なくよく分かった。

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