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消印  作者: 八尾
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風景印

 リビングに向かう前に、斉藤は階段をのぼって自室に向かい、窓際の桜の木でできた机に近づいて手元灯をつけた。カバンを机の横に立てかけ、椅子に座って手に持っていたハガキに目を落とす。本文は無地の紙に黒のボールペンで走り書きしただけの実に素っ気のないものだ。


『暑くなると人は涼しいところに集まるから、今度は軽井沢に働きに来た。ホテルのレストランでホールスタッフをしてるよ。


城崎は優しい人が多くて、温泉あるし住処も良かったからつい長居をしたが七月の頭に引き払った。軽井沢は避暑地だけあって風がすずしい。


今の職場は息つく暇もないくらい忙しいけど、ランチとディナーの間の空き時間はあちこち歩き回れる。社員寮代わりにアパートを貸してもらったので、用があればこの葉書に書いた住所に送ってください。ここには8月の終わりまでいる予定。


追伸

 今回は旧軽井沢銀座というおしゃれな店が並ぶ通りの郵便局で風景印をもらった。重要文化財に指定されている旧三笠ホテルと浅間山が描かれているそうな』


 最後の追伸は特に急ぎで書いたものに思われた。おそらく、郵便局で風景印を押してもらったあと投函する前に付け足して書いたのだろう。



 斉藤が田村とハガキをやり取りし始めたのは、七年前、斉藤が大学に入った頃だ。高校を卒業した春休み、大学の合格が決まり新生活を間近に控える斉藤のところに田村が遊びに来て、飄々とした面構えでこういったのが始まりだった。


『消印集めやりたいから、お前収集よろしく』


 斉藤ははじめ、消印と聞いてもピンとこなかった。

 煮え切らない返事をしながら、こいつ、一体今度は何をしようとしているのか、と思った。田村という男は思いつきで突飛でもないことをよくやるからだ。


 話が進むうちに斉藤は田村がこれから何をいわんとしているのかを理解した。

 斉藤は教えられるまで知らなかったのだが、郵便物に押される消印にはいくつか種類があり、中でも通常の消印よりも一回り大きく、押す郵便局ごとに違うデザインを持つ風景印というものがあるのだという。郵便局の窓口に直接郵便物などを持っていくことで押印してもらえるもので、全国で二万五千弱ある郵便局中、一万千を超える郵便局が独自の風景印を所有しており、そこには郵便局名と周辺の名所が描かれていることから、旅の思い出として押してもらったり、コレクターズアイテムとして収集する人も多く存在するらしい。


『集めたいのはお前なのに、保管するのは俺なのか』


 と、ツッコミを入れたところ田村はすました顔をして、


『俺はあちこち移動するから荷物が多いと不都合なんだ。なに、筋金のコレクターのように千も万も集めるつもりはないよ。出先でハガキにちょっと文章書いてお前に近況報告でもするから、優しいお前はそのハガキをとっておいて、ついでにそのハガキに押された消印が風景印ならいいだろ。またいつか気が向いたら回収にいくから』


 とのたまった。


 斉藤と同じ進学校に通っていた田村は、しかし学校に在籍する大多数の生徒と異なって、大学にはいかなかった。斉藤の記憶では七クラスある学年で進学せず就職を選ぶ生徒は五人もいなかったと思う。それだけに、そう打ち明けられたときは唖然としたものだ。


 田村は大学よりも気ままに日本をあちこちめぐりたいのだといって平然としていた。なんの疑問も持たずに大学にいくことが当たり前だと思っていた斉藤は、一見危ういの未来計画を聞いて驚かされつつも、いつまでも一緒にいるような気がしていた田村と別の道を歩むことが内心切なかったので、便りを自分のために送ってくれるのだと思えばいいかと素直に納得したのだった。


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