透明探偵は推理をしない
「いい加減にしなさい」
放課後の教室。
腰にまで届きそうなほどの長い髪がユラユラと揺れるのを目で追いかけながら、彼女の話に耳を傾ける。
「何について?」
「とぼけても無駄よ。あなた掃除当番サボってるでしょ? 周りの目撃情報があるのよ!」
顔を近付けて睨みを効かせる彼女、美化委員の朱鷺田美雛。俺はイスの背もたれにめいっぱい体を預けて仰け反る。
「まあまあ焦らないで、どうせ3歩歩けば忘れちゃうんだから」
「誰がトリアタマだっ!」
頭に血が上る朱鷺田。
鳥にちなんだ名前があるのでついついからかいたくなってしまう。
「だいたい家の掃除でさえ、大晦日にまとめてやるのに毎日やる意味が無いとは思わないか?」
「自分たちが使わせてもらっている学び舎を普段から綺麗にするのは当たり前です!」
「だから俺は普段から身の回りを綺麗にしてるぞ。消しカスは余ったプリントで作ったこの小さなゴミ箱にきちんと捨てている」
俺は机の中からお手製のゴミ箱を出してアピールする。
「その心構えは殊勝ですね」
引きつった笑顔を向けられる。
「だから掃除の時間なんて無駄なんだよ。むしろ俺みたいな考え方をしていないからみんなは汚すんだ」
指先でゴミ箱をくるくる回し、遠心力で朱鷺田の手元まで飛んでいく。
「おひとつどうぞ」
「ムキーッ」
悔しさから甲高い声を上げる朱鷺田。
「ヒナがエサを欲しておるわ」
嘲笑しつつ窓の外へ目を向ける。
何故か。
さっきから聞こえる救急車のサイレン音がいよいよ近くなってきたからだ。
「敷地内に入ってきたな」
「はい?」
窓の外を指さす俺に釣られてようやく外に視線を向ける朱鷺田。
救急車とその後ろからさらに車が3台ほど。
「何やら別の掃除が要必要みたいだ」
状況に似つかわしくないピンポンパンポンという校内アナウンス。
「緊急事態につき、校内に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します――――」
「……ですって」
朱鷺田は荷物を取ってから再び俺の席へ戻ってくる。
「え、何してるの?」
「あなたを待っているんです!」
キョトンとする俺に声を荒らげる朱鷺田。
「いやいや、いいから早く帰りなって」
どうやら俺と一緒に帰る気満々らしい。
「いや、用事ができたから遠慮します」
「ちょっと、帰宅指示が出たでしょ」
「だからついてくるなっての」
下駄箱で靴を履いたあと、救急車の行方を探るため茂みに隠れながら校舎の外周をぐるりと回る。
「それに帰れとは言われていない、下校と言われたから校舎から出ただろ?」
「あなた屁理屈ばかりね」
自分も見つからないようにと、同じく姿勢を低くしている朱鷺田だが、後ろを振り返れば下着が見えてしまうのではないだろうか。
だからついてくるなと言っているのに。
「しっ」
人差し指を口に当て、校舎の陰に隠れる。
人気のない校舎裏近くで、救急車は止まっている。1台の担架が呻き声をあげる男子生徒を運んでいた。その生徒は制服姿で上からシートが被せてある。
「具合が悪かったのかしら?」
俺の隣で眉間にシワを寄せながら朱鷺田は問いかける。
「なに、トリ目?」
「失礼なっ、まだ夕方よ!」
うがぁっと言いながら叫ぶ朱鷺田は我を失っていた。
「そこで何をしている!」
「ひっ」
朱鷺田が発狂したせいで近くにいた教師に見つかった。
「見せ物じゃないんだ、はやく帰れ!」
「すみませんでした」
茂みから出て謝りながら、俺はちゃっかり見やすい角度に移動する。そして振り返りながら全体を視野に入れた。
「ご、ごめんなさい」
「もういいから、早く行きなさい」
校門に向かって歩く俺を追いかけながら朱鷺田は背中をバン、と叩く。
「ほら見なさい。怒られたじゃないの!」
「俺ひとりだったら見つかる事なんてなかったよ」
俺たちの隣を救急車が横切り、自動車専用の門を抜けていく。
「それに不謹慎よ、人が苦しそうに運ばれる姿を見ようだなんて」
「そうだな、苦しそうにしてるのは想定外だった」
「はい?」
「てっきり死んでるものだと思ったけれど……、あーそれなら処理班も居なきゃおかしいか」
俺がブツブツ呟いているのを怪訝そうな顔付きで伺う朱鷺田に分かりやすく説明してやる。
「これ、殺人未遂事件かもな」
「え、なんでそんないきなり?」
「救急車の後ろから来てた車は警察だ」
なぜ普通のパトカーではなく覆面なのかは分からないけれど。
「担架で運ばれていた生徒は制服姿だった。つまり運動系の部活に入っていないのに、何らかの傷を負った。上からシートを被せていたのは傷口を万が一でも生徒に見せないようにするための配慮だろ」
そうじゃなきゃ、本来なら遺体に被せて顔まで隠すところを中途半端にしたりしないからな。
「あなたの豊かな想像力には恐れ入るわ。でもね、痛々しいわ」
ハン、と鼻を鳴らしておどけてみせる。
「わざわざ説明してやってその態度か」
「そんなことはともかく! 明日はきちんと掃除すること! あ、待ちなさいよ」
俺はこの仕切りたガールから逃げるように小走りで家に帰った。
翌日。
少し早めに登校して昨日の校舎裏へと俺は来ていた。
「ビニールシートが……」
カラーコーンと立ち入り禁止の貼り紙。それとビニールシート。
事故現場、いや犯行現場かな。
俺は近くに誰もいないことを確認してからビニールシートの下を覗いた。ほとんど処理されているが血の跡があった。そして表へとまわる。
「今日は朝練とか無いんだな」
グラウンドには誰もいない。
本当の目的は達成されなかったため、俺は教室に向かった。
教室に入ると朱鷺田はなぜか勝ち誇ったような表情で俺を見ていた。
俺は気にせず自分の席に座り朝のホームルームが始まるのを待つ。
「席に……ついてるな。みんなおはよう」
「「おはようございます」」
昨日起こった出来事は教室内でウワサされるほど広まっていた。
「知ってる人もいるだろうけど、昨日学校内で少しトラブルが起きた。事実確認が済むまでは事を公にしない方針だが、3年の生徒が救急車で運ばれた」
先生の言葉を聞いてウワサが事実だった事を喜ぶような素振りで生徒たちがざわめく。
「あー、静かに。地元の新聞とかで取材されるかもしれないから、何か聞かれても断るようにお願いします」
「ふーん」
俺は小さく頷いてから頬杖ついた。
ホームルームが終わり俺は教室から出ていく先生の背中を追いかけた。
「あの、先輩は大丈夫なんですか?」
「なんだ知り合いだったか。運ばれる前には意識があったけど、今は意識がないらしい」
この先生は比較的に話しかけやすい。だから俺の少ない言葉の中で勝手に情報を汲み取ってカン違いしてくれる。
「……そうですか」
「少なくとも命に別状はないみたいだから落ち着いたら見舞いにでも行ってやれよ」
話が終わり、先生は職員室に向かって歩き出す。
さて、次は容疑者側を探るか。
「お前は何をコソコソ隠れているんだ」
後ろを振り返れば曲がり角からひょっこり朱鷺田が姿を見せた。
「コソコソしてるのはあなたも同じでしょ?」
「なんだお前、俺のことが好きなのか」
「バカと天才は紙一重と言うけどあなたはバカね、大バカ」
罵声を浴びせられる。美化委員にあるまじき言葉遣いである。
「とにかくついてくるなよ、ストーカーの被害届け出すぞ」
「私はあなたが逃げないように見張っているだけです」
「あっそ」
朱鷺田のことは無視して教室に戻る。
昼休み。
3年生の下駄箱を調べると靴が入っていない生徒が2人。1人は学校指定のスリッパさえ入っていない。
多華宮と大外。
俺は目当ての生徒を探すべく、3年生の教室がある階に来ていた。
「すみません。大外先輩いますか?」
「え、あぁ、いや。キミは?」
「前に相談に乗ってもらったことがあって……、今日は見かけていませんので」
「そうだったのか、救急車で昨日運ばれたんだよ。ボクが第一発見者ってことで警察の人にもかなり聞かれたなぁ」
少し悲しそうに、その先輩は語る。
昨日現場を隠れて見ていた時に見つけた先輩の1人。俺はこの人を探していた。
「これ本当は内緒なんだけど、大外は殺されそうになったんだよ。同じクラスで野球部の多華宮って奴に」
「え、それ実際に見たんですか?」
「いや、大外が気を失うまでずっと「多華宮だ、多華宮にやられた」って悔しそうに言っていたんだ」
被害者本人が証言していたのか。
「そうですか、あの」
「ああ、俺は古谷だ。何かあればまたいつでも」
古谷先輩は教室へと戻り俺はその姿を見送ったあと自分の教室に戻る。
つまり昨日の校舎裏にいた生徒の残り、野球部の練習着を着ていたのが多華宮先輩ということになる。
スーツ姿の男たちに話をしていた制服姿は第一発見者の古谷先輩、そして刺された大外先輩の証言であの場に呼び出しを受けた多華宮先輩。
「お次は野球部か」
「あー、多華宮先輩ね。いつも無駄に早く部室に来て俺らが遅いとキレるんだよなー」
放課後の練習前。野球部の部室を訪ねると真っ先に準備を始めていた二年生の園田先輩に話を聞くことに。
「あいつの親って有名選手だからさ、実力も親譲りなのはいいんだけど、そのせいか態度や素行も悪いもんで迷惑してるよ」
「失礼ですけど先輩なんですよね?」
園田先輩の語る口調はとてもじゃないが先輩を語る口ではない。
「実力以外ではチームメイトなんて誰一人として尊敬はしないよ、ヘルメットしてたけどバットで頭殴られてた3年もいるからね」
素行不良、いわゆる問題児なのか。
「正直、理由は知らないけど休んでくれてホッとしてるよ。あいつのせいで1年の部員もけっこう辞めちゃったし」
人を刺しても何ら不思議じゃないってことか。
なんだ、疑う余地のない黒星ってことね。
「すみません、練習前にお邪魔してしまって」
そして、事件が発覚してしまった。
意識が回復した大外先輩の証言によると、多華宮に放課後、人気のない校舎裏に呼び出されナイフで一突き。れっきとした殺人未遂事件になってしまった。
本人は覚えがないと容疑を否認したため現在は自宅謹慎中。放課後は先生に呼び出されて生徒指導室には行ったが、その後はすぐに野球部の部室へ行って準備をしていたという。
有名選手の息子が起こした事件だけあってマスコミにも取り上げられ学校側は轟々の非難を浴びた。
「早くて今週か、来週の週刊誌には掲載されるかもな」
俺は売店で買ったサンドイッチを食べながら片手でスマホを操作。ネットニュースにうちの学校の名前が載るなんて新鮮だ。
スマホのバイブ音が鳴り電話に出る。非通知設定だったが、それが見事に分かりやすい。
「本当に助けてくれるのか」
低く、弱々しい声を聞いて俺は静かに笑った。
「ええ、ですがもうマスコミも嗅ぎつけてますし、彼がイジメをしていた事実までは無くせませんよ?」
「いい、今よりマシになるならどうだって」
「まぁ、息子さんが嘘の証言をしていなければ、ですけど」
電話の向こうにいる声の主は押し黙った。
「その為には出来るだけ警察が持っている証拠を開示してもらわないと、こちらも行動を起こせません」
「それについてはなんとかしよう」
「では」
電話を切って再びサンドイッチを頬張る。
「今の電話は?」
目の前に立ち、偉そうに腰に手を当てている朱鷺田と目が合った瞬間、たちまち溜息が出てしまう。
「朱鷺田も暇人だな」
「まぁ、あなたほどでは」
非常階段で静かに昼食をとっていたのに、どうやって見つけたのやら。
「ただのいたずら電話だよ」
「ふうん」
俺の隣に腰掛ける朱鷺田。ただでさえ非常階段というのは狭苦しいのに、何を好き好んで隣に来たのやら。
「あなたの言う事が当たっていたなんてね」
シュークリームを食べながら、こちらを睨む。
「どこぞの誰かはそれをバカにしたけどな」
「たかだか高校生の言うことなんて、普通は信じないわよ」
「頭から否定してくるなら証拠を掴めばいいだけだろ、武器は持っているだけじゃ勝てないんだ」
その武器の使い方が問題なだけで。
「先輩たちの争いごとに巻き込まれたこっちとしてはいい迷惑よ」
「掃除を強要するのも、いい迷惑なのよ」
「そういえば、またサボってたらしいわね?」
俺は身の危険を感じ残りのサンドイッチを口に詰め込み非常階段を降りていく。
「あ、待ちなさい! ちょ、あ、クリームがっ」
朱鷺田に周りを動かれるのも、いい加減に鬱陶しいので今日あたり掃除でもしてやるかな。
午後の授業が始まる前にスマホが震えたので確認してみると、いくつかの写真ファイルだった。送られてきた凶器と思われるナイフの写真を見て俺は疑問が生じた。
「なんだこれ?」
ナイフの柄には黒いテープが巻いてあった。滑り止めのため、と考えるのが普通だろうけど、それなら刺そうとする本人が手袋をすればいいだけの話。
証言を聞くからに咄嗟の犯行ではなく、最初から殺すことが目的ならわざわざ学校内で行う必要はない。黒テープを巻くほどの準備をしておきながら、土壇場でミスをするか?
警察の指紋鑑定はおよそ10日掛かると言われるけれどもし多華宮先輩の指紋が出てしまった場合、それがタイムリミットと言ってもいいだろう。
被害者自身の目撃証言が何より情報として強い。その状況であっても否認する多華宮先輩は本当にやっていないか、狂っているかの二択になる。
「次はアリバイの確認、かな」
被害者、大外先輩の証言。
放課後の人気がない校舎裏に呼び出されてしばらく揉め合ったあとにナイフで刺された。
第一発見者、古谷先輩の証言。
校舎裏で倒れている大外先輩を発見。その時にはまだ意識があって「多華宮にやられた」と言っていた。この情報は本人の証言と一致している。
問題は容疑者、多華宮先輩。
事件のあった日、彼は担任の先生に呼び出されて生徒指導室に居た。拘束時間はおよそ20分ほど。それからまっすぐ部室へ向かった。アリバイが無いのは生徒指導室を出てから野球の練習に行くまでの十数分くらいってことになる……。
その間に犯行が可能なのだろうか?
逆にどうやったのかを聞きたいけれど本人はやっていないと言い張るんじゃ、聞き出すことは不可能か。
「だいたい多華宮先輩本人が呼び出されておいて大外先輩を呼び出せるのか? その前に言っていたとしてもおよそ20分も校舎裏で待つか?」
いや、普通は待たない。けど多華宮先輩が暴力的なら約束をすっぽかした方が後で怖い、と考えれば辻褄合わせができる。
「野球部2年の園田先輩は多華宮先輩のことを嫌っていたな」
もし先輩が犯人ではない場合、誰かに罪を擦り付けられていることになる、それなら被害者がウソをついていることになる。
「大外先輩に会ってみるか」
目が覚めているなら少しくらい話ができるはずだ。
先生に聞いた情報をもとに病室を訪ねる。部屋に入った俺を見て警戒心丸出しの大外先輩だったけど、とりあえずは招き入れてくれた。
「突然押しかけてすみません」
念の為に手土産として箱詰めの饅頭を持ってきたけど、入院中って食べれるっけ?
大外先輩は寝たきりの状態だったけれど、手元のスイッチでベッドの上げ下げを行える。上体を起こした大外先輩は制服姿の俺をまじまじと見た。
「えっと……、2年生ですか?」
怯えたように質問をする先輩。
「いえ、1年生です」
そう答えると少し息を吐いてシーツを広げる。几帳面、キレイ好きのようだ。
「心配して来てくれた、だけじゃないみたいだね」
「そうですね、申し訳ありませんが先輩のことは事件を通して初めて知りました」
手土産の入った紙袋を棚において丸イスに座った俺は先輩に面と向かう。
「先輩が多華宮先輩にイジメられていたことも、聞きました」
「っ」
大外先輩はキュッと口を結んだ。やっぱりか。
「周りから見るとそうなのかもね。あいつはすぐに手が出るし、帰宅部の僕と違って野球部のエースなもんだから力の差もハッキリしてる」
力なく笑いながら言うけれど、本人は悔しいに違いない。ここで怒りを沸かせても傷口に響くだけだから。
「そこで不思議に思ったのですがその暴力的な多華宮先輩に放課後、人気のない校舎裏に呼び出されてよく1人で行けましたね」
「えと、それはどういう意味かな?」
質問の意味がよくわからないのか、頭の後ろをかきながら言葉に詰まっているようにみえた。
「説明下手ですみません。でも、普通に考えてみても危ないことは明白じゃないですか。めったに人が通らない、言わば死角になっている場所へ暴力的で有名な多華宮先輩に呼び出されたんですよね」
「…………キミは暴力を受けたことってあるかな」
過去の記憶を探るが、ない。
「呼び出されて行くことより行かない方が、後で怖い思いをするんだよ。暴力的な人間なんてのはだいたいそうさ、自分の思い通りに行かないとすぐに力を振るう」
「ですが、そこで揉めたと聞きました。先輩は抵抗したんですか?」
ただ大人しく従うだけなら、揉めたりはしない。言い方は悪いが一方的にやられるだけなのだから。
「もうこんなことはやめてくれって言ったら、ナイフで刺されたよ。まさか僕もあそこまでやるとは思わなかったけど」
服の上から刺されたと思わしき左の脇腹あたりをさすってみせた。
おかしい、何をどう聞いても多華宮先輩が大外先輩を殺そうとする理由が想像できない。
でも一番の目的は大外先輩に会うこと、そのものだったから目的は果たした。
「最後に教えてください。多華宮先輩はその時、制服姿でしたか?」
けど、質問にすぐ答えてはくれなかった。
「カン違いならごめん。キミは、まるで僕のことを探っているみたいだね」
ここで初めて大外先輩が俺に疑いの眼差しを向けてきた。
「騙すようなことをしてすみません。3年の人に先輩を探るように強要されてきました」
俺は立ち上がり、深々と頭を下げ病室を出ていく。
「制服姿だったよ」
ドアに手を掛けたところで振り返る。
「部活前だったから、カバンも持ってたし。ナイフはそこから出したんだ」
「ありがとう、ございます」
俺は静かに病室のドアを閉めてエレベーターへと向かった。自分と似た境遇の他人には親近感が湧く。悪いとは思いつつも利用させてもらった。
「うそつき」
後ろから声を掛けられ振り返ると、そこには朱鷺田がいた。
「えっち」
俺は自分自身を抱き寄せて距離をとる。
「なんでよ!?」
ズンズン詰め寄ってくる朱鷺田をヒラリとかわして開いたエレベーターに乗り込む。1階を押して「閉」を連打。
「待ちなさいっ!」
「こわっ」
無理やりこじ開けて乗り込んできた朱鷺田。まさに俺は袋のネズミ。
「どうせ俺を滅茶苦茶にするんだろ。大外先輩みたいに!」
「それシャレになってないから」
はぁ、とため息をつく朱鷺田は今までにないくらいの鋭い眼差しを向けてきた。
「あなた何者?」
「……ただの1年生だよ」
「それもウソ、さっきだって被害者の先輩にウソついて情報を聞き出して。何が目的?」
「別に、ただの慈善事業だよ」
さらに睨みつけられるが俺は肩をすかしてみせる。
「多華宮先輩のアリバイが犯行時間とズレてるなと思ったから、気になって調べただけだよ」
チン、という音と同時にエレベーターが開くと我先に出ていく。
「今度は逃がさないわよ」
後ろをピタリとついてくる。勇者になった気分だけれど、正直気持ちのいいもんじゃない。
「掃除はちゃんとやった。これ以上俺に関わる意味が分からないんだけど」
「私の何が気に入らないわけ? それとも孤独を好む痛々しい人なのかしら?」
調子が狂う。
頭を掻きむしりながらもう1度走って逃げようかとも考えた。けど、また何かと理由をつけて接触してくるに決まっている。
「分かった。ついてくるのはこの際仕方がないとして、邪魔だけはするなよ」
「やっりぃ」
朱鷺田美雛、キミには友だちがいないのか?
俺は心の中でそっと呟いた。
次の日のお昼。非通知の着信があったので非常階段へ移動する。
「おそらく明日か明後日には指紋の鑑定結果が来ることになる。何かいい報せはあるのか?」
「そうですね。少しずつですが真犯人の目的が見えてきましたよ」
「本当か! それは期待してもいいんだな」
「ですが、息子さん本人に少し聞きたい要件がありまして、代わってもらえますか?」
「え、いやそれは」
「物的証拠が手に入るまでは自宅謹慎のはずですよね? 家にいないのなら俺がこのことを学校側に報告しますよ」
「…………少し待っててくれ」
スマホからメロディが流れ出す。
そして数分。
「…………」
「もしもし」
「んだよ、なんか用か?」
数分待っている間、電話の向こうではおそらく言い合いになっていたのだろう。なるほど、確かに威圧的な言葉の使い方だ。
「多華宮先輩ですね、質問する前にひとつ確認ですけど本当に大外先輩を刺していないんですね?」
「は? なんだその言い方。親父から聞いたぞお前1年なんだろ? 黙って俺の言うことに従えよ」
「…………」
「大外のやつ、上手いことやったかもしれないけどな。俺はあいつのこと今は殺してやりてぇって思ってっから。あいつ入院してんだろ? だからお前が殺れよ」
俺は多華宮にも聞こえるくらいの大きな声でため息をつく。
「ここまで話にならないヤツだったとはな」
「おい、なんて言った? 俺に逆らうとどうなるか教えてやろうか?」
「教えてやるのは俺の方だ。もしこのまま俺が動かなければあんたはいずれ訴状が出て検察官に引き渡される。挙句の果てに少年院刑務所行きだろうな」
多華宮は反論しない。
「そうなると仕返しどころか、俺にも手出しは出来ないな」
「…………何が聞きたい」
どうやらただのボンボンではないらしく、身の危険は確かに感じているようだ。
「あんたのアリバイが正しければ生徒指導室を出てから部室で準備してグラウンドに出るには、最短で10分前後だ。だけどほかの部員に聞くと合流してきたのは午後4時20分くらいだと言う。少し間が空いてるのはどうしてだ? これじゃアリバイが作れない」
生徒指導室を出たのは午後4時を少し回ったくらいだと担任の先生は供述した。
「だったらお前が俺のアリバイを証言してくれよ」
「無理だ、俺はその時間教室に人と一緒だった」
「だったら他のやつに」
どうあってもアリバイ工作がしたいらしい。
「逆に聞くけど、誰が引き受けてくれるんだ」
「くっ」
暴力的で自己中心的な多華宮には協力者と呼べる友はいない。人徳の差をここにきて痛感させられるのは本人にとって辛いだろうな。
「遅れたのは、探し物をしてたんだよ」
「探し物?」
「親父からパクったバット、部室に隠してたら無くなっててよ。だから他の部員が持ってんじゃねえかって」
「他の部員が練習してる間にロッカーを探っていたと?」
呆れて言葉も出ない。
何をしているんだこの男は。
「そっちの謎は解けた。やれるだけの事はやるつもりだ」
「本当に助けてくれるんだろうな?」
俺は少し考えた。
このまま無実を証明するだけで果たして多華宮の為になるのか。もしかしたら自分がまいた種かもしれない。本当は身を持って思い知った方がいいのだろうけど。
「絶対とは言いきれない」
俺に頼りきられても困る。
だから不安を残しつつ、こちらから電話を一方的に切った。
「問題はあの滑り止め防止のテープだな」
指紋が出なければ大外先輩の証言を崩すため、多華宮のアリバイだけを証明できればいい。
俺が真実を探し出す前に指紋が出てしまえば、勝てない。
大外先輩の行動はおかしな部分が多い。腹部を刺されて、それを発見して古谷先輩に犯人の名前を告げる元気があれば、もう少し人目につく場所へ移動しても良かったはずだ。
それなのに封鎖されていたのは死角になっていたあの場所だけ。
「無くなったバットってのが、気になるけどな」
事件と関係しているのか気になる部分ではあるけど、他に望みがあるわけじゃないしな。
考えていると、非常階段を上がってくる人物が。
「電話の相手、どうせ教えてくれないんでしょ」
非常階段にまたしても現れた朱鷺田。
「盗み聞きはずるいな」
ま、邪魔をしないというのなら逆に協力してもらうという手もあるか。
「電話の相手は多華宮先輩だよ」
「え、まさか知り合いだったの?」
「そうだ。自分はやっていない、真犯人がいるはずだから捜してくれって頼まれてるんだよ」
ウソはついていないけど不必要な情報は教えない。
「でもそれは刺された先輩本人が言ったことなんでしょう? それなら犯人はやっぱり多華宮先輩じゃ……」
「言ったことがウソなら? 」
「え?」
俺は立ち上がり、階段を降りる。
「授業をサボる気はあるか?」
後ろを振り返ればスカートを押さえる朱鷺田がキッと睨みつける。
いや別に覗こうとしたわけじゃないんだけど。
「ま、いいか。俺はサボるからな」
「聞き捨てならないわね、私がそんなことを許すと?」
「お前にはそんな権限ないだろ、俺は学校側にしか怒られない。つまりお前は怒るな」
「あー言えばこー言う!!」
うがーっとうなり声を上げる。
そして俺は午後の授業をサボって野球部の部室を訪れていた。
「う、汗臭い」
「結局ついてきたのな」
鼻を押さえながら俺の隣に立つ朱鷺田。
縦長のロッカーが壁にびっしり並んでおり、それぞれ名札が差し込んであることから上級生を筆頭に決められていることが分かる。
だけど。
「カギは付いていないんだな」
中には自前のナンバーロックを使っている生徒もいるみたいだけど、めんどくさい人は付けていない。ずさんな管理意識でバットが盗まれたわけだ。
そしてこのナンバーロックを付けている野球部員の名前は、
「古谷、ねぇ」
第一発見者の3年生。
カチャカチャとナンバーロックをはずそうにも6桁もある数字からだと解くのに時間がかかる。
「ちょっと、何しれっと犯罪行為してるのよ!」
手をパチンと叩かれ、結局は開けられずじまい。
「結局は邪魔するのな」
「当たり前です! 見過ごした私まで犯罪者になるじゃないの!」
ちぇー。
「でもまぁ、時は一刻を争うか」
確かな証拠がなければ、増やせばいい。
掃除時間。
「おい、それやばいだろ」
3年生の教室。
古谷は教室の掃除当番を行っていた。
同じ掃除区域の生徒2人が何やら慌てていた。
「どうしたの?」
「さっき職員室掃除してるやつが盗み聞きしてたんだけど、放課後に部室棟の抜き打ち検査やるみたいだぞ」
「話によるとタレコミがあったらしい」
「俺は何も持ってきてないから助かったわぁ」
その話を聞いて古谷は絶句していた。
「……ごめん、ちょっとトイレに行ってくるよ」
古谷は静かに、なるべく急いで教室から出て行った。
「これで良かったのか?」
「ええ、ありがとうございます」
俺は教卓の下から出て、先輩2人に頭を下げる。
「これに何の意味が?」
「もう少ししたら分かります」
俺は笑顔で先輩に答えた。
部室棟は掃除区域には入っていない。
だから、すぐに動くと思っていた。
「あ、ひとつだけ確認したいんですけど多華宮先輩が担任の先生に呼び出されたのはホームルームが終わったあとの廊下で、ですか?」
「あぁ。呼び出されてたことさえ知らなかったから人前じゃ言えない話だったんだろうな」
「分かりました、ありがとうございます」
俺は古谷先輩を追いかけた。
「待ちなさい! サボり魔!」
そして後ろから朱鷺田に追いかけられていた。
「はぁ、はぁ」
古谷は野球部の部室内でナンバーロックを解いていた。
カチャリ。
ロックが外れ、キィキィと響くロッカーの開いた音が、その場の静けさを不気味にさせていた。
そして、目の前にあるそれを手に取り握りしめる。
「やっぱりそうでしたね」
「っ」
息を呑む音が古谷先輩の隠せない焦りだと確信した。
「もっと早くそのバットを多華宮先輩のロッカーに返しておくべきでしたね」
古谷先輩の手に持たれているのは金属バット。多華宮先輩が父親から盗み愛用していたとされる無くなったバット。
「何を言ってるんだい? このバットはボクのものだよ?」
「それは無理がありますね、だってそのバットは限定モデルなんですから。調べれば分かることですよ」
古谷先輩は追い詰められているのにも関わらず、涼しい顔をしている。
「確かにこれは多華宮のだ。貸してもらっていたんだよ」
「本人に黙ってですか? バレたらどんな目に遭うか分かってて?」
ようやく古谷先輩から余裕が無くなったのか、ロッカーを閉めて改めて向き直った。
「そのアイツはもう帰ってこないさ」
「そうですね。その証拠さえ無くなれば」
俺は古谷先輩が持つ限定モデルのバットを指さした。
「何を言い出すかと思えば。これはただのバットだ。確かにこれはボクが彼から盗んだ物だと認めるよ、でもそれだけだ」
「そのバットのグリップ、テーピングしてませんね」
俺の発言に古谷先輩は鼻で笑った。
「だからどうしたと言うんだ。何もおかしい話じゃないだろう?」
「凶器に使われたナイフの柄には、黒いテープが巻きつけてあります。おそらく今日か明日には結果が出て、多華宮先輩の指紋が検出されるでしょうね」
「それはそうだろうね、あいつが刺したと言うなら」
「ついでにあなたと、多華宮先輩の父親の分も」
「…………」
古谷先輩がこの考えにまで至っているか分からないけれど、自分の指紋に関しては第一発見者で誤って触ってしまったといえば言い逃れは出来る。
だけど多華宮の父親のものが検出されれば疑惑が出る。
そして、その疑惑の答えを持っている俺が目の前にいるとすれば警察は再び被害者本人である大外先輩に事実確認を迫る。
果たしてそのプレッシャーに耐えられるか。
「もっと早くそのバットを元の場所に戻せれば良かったですね。詰めが甘いですよ」
もっとも、戻せたとしても俺が調べるから意味はないんだけどな。
「想像力が豊かだねぇ」
古谷先輩は不敵に微笑んだ。
「あくまでシラを切るんですか?」
「探偵ごっこならやめた方がいいよ、キミには素質がない」
古谷先輩は多華宮のロッカーにバットを仕舞うと、俺の隣を通って部室をあとにした。
「証拠が弱いか」
それに俺は探偵ごっこなどやってるつもりはない。
そんな生易しい言葉じゃ、俺は止まらない。
その夜、俺はデスクトップ型のパソコンに向かいヘッドホンを付けてとある作業をしていた。
その途中、スマホのバイブが鳴り画面を見てから応答をタップ。
「もしもし、鑑定結果が出ましたか……そうですか。明日は学校も休みなので俺の方も大詰めです」
明日で全ての決着が着く。
「また君か、いったいなんなんだい?」
俺は再度、病室を訪ねた。
今日は謎をすべて解き明かす日だ。
「休日にまで押しかけてすみません、今日はどうしても聞きたいことがあって来ました」
大外先輩からすれば、前回の話も含めて俺という存在が不気味に見えて仕方ないに違いない。
「余計な説明は飛ばします。どうして自分を刺したあと、あの場から動かなかったんですか?」
「……え」
明らかな動揺、やっぱりそうか。
「なんのこと、かな」
「もともと不可解な点が多かったんです。ナイフにグリップテープを巻くほど用意周到なのに、指紋鑑定には引っ掛かったり。人気のない校舎裏に呼び出された先輩は刺されてから発見されるまでの時間が短い。意識があったわりには現場から動こうとしなかったり、普通に助かりたいなら誰かに発見されやすいところへ移動しても良かったはずだ」
「さ、刺されたことないから分からないだろうけどあの状況で動けるはずがないだろ!」
「それでよく、第一発見者の古谷先輩に犯人の名前をいう暇がありますね。それにナイフを抜く余裕も」
そこで今まで集めた情報を照らし合わせる。
「どっちがこの計画を立てたのか知りませんけど、成功したあとの油断が敗因ですよ」
予測の部分もあるけれど事実が含まれていれば、この話は効果を増す。
「犯行当日、昼休みあたりに古谷先輩が野球部の部室へ行き、多華宮先輩のお気に入りのバットに巻いてあるグリップテープを外してバットを隠した。これは多華宮先輩が部室に行った時、バットがないと気づいた時の探す時間を犯行時刻にするための工作だ」
いつも部室に来るのは早いと、2年生の園田先輩が言っていたからな。
「だけど早めに切り上げて部活動を始めるかもしれない、だからあなたはホームルーム後誰よりも早く教室を出て例の校舎裏に行ってスタンバイをしていた。けど誤算だったのは多華宮先輩が先生に呼び出しを受けたこと。校舎裏で古谷先輩に細工し終えたナイフで腹を刺させて、あとは多華宮先輩が部室で足止めされれば完璧だった。そしてアリバイ作りのために校内に残っていた古谷先輩は気付いたんじゃないですか? 多華宮先輩がまだ校内にいると」
この推理が合っていようが間違っていようがどうだっていい。このあとが問題だ。
「先輩はあなたをイジメていたことで、呼び出された。そしておよそ20分近くあなたはそのままだったんじゃないですか? 致命傷になるのを恐れてその場に留まった、とか」
下駄箱を調べていて大外先輩のスリッパが無くなっていたことから、イジメは最近まで行われていた。
「見事な推理だったけど少し買い被りすぎだったね」
推理は間違っていたか。
なら、計画通りに証拠を作るか。
「昨日古谷先輩から連絡、来ましたよね?」
大外先輩は黙ったまま、こっちをジッと見る。
「内容までは知りませんが彼はすべて語ってくれましたよ」
俺はポケットから「その証拠」を取り出そうとした。けど、大外先輩は「参ったね」と口にした。
「本当は多華宮が呼び出された事を知ってたんだ。古谷が多華宮のあとをつけていたからね。そしてキミが言うように、僕に対するイジメの件でね。嬉しい誤算だった」
そうか、動悸が分かった。
学校側にイジメが容認されていなかったから、自分たちで多華宮を陥れようとしていたわけか。
「きっと反省文を書かされたり、被害者の僕が呼び出されたりするもんだと思ってたからね。それならこんな事やる意味ないんじゃないかなって」
「生徒指導室に入った頃合いを見て僕は古谷と相談した結果、部室のバットは戻すことに決めた。それで僕は外で待っていたんだ」
「僕らがそれを決めてから、数分してあいつは生徒指導室から出てきたんだ。僕が呼び出されることもなく、反省文もなくただの厳重注意だと分かった時に僕は我を忘れたね」
下駄箱で靴に履き替える多華宮と、それを遠目で発見する大外先輩の姿が脳裏に浮かぶ。
そして大外先輩は古谷先輩に電話をかけたはずだ。「計画変更、予定通り決行」と。
それを聞いて慌てた古谷先輩は既に戻し終えていたバットを急いで同じところ(古谷先輩のロッカー)に隠し、そこで焦っていた為にバットとグリップ両方に指紋が付いた。
「そして僕は時間がないと焦って古谷が来る前に自分の腹を刺した。そしてグリップテープを持った古谷が来たのは良かったんだけどナイフの向きが反対だったんだ」
だから怪しまれないためにナイフを抜いたのか。どうりで出血量が多いと思った。そして落ちたナイフにテープを巻いて救急車を呼ぶ。その後で先生に報告か。
「その話、詳しく聞かせてもらえますね?」
パリッとしたスーツ姿の男が2人、いつの間にか病室にいた。警察手帳を見せたことで俺と大外先輩は全てを悟った。
「キミは、用意がいいね」
「そうですかね」
俺は頭を下げ、病室を出ていく。
どういうことだ、俺は警察に連絡なんかしていない。タイミングが良すぎる。
「危うく俺の偽造工作をお披露目するところだった」
ポケットから取り出したスマホの音声録音ボタンを停止させる。
そして昨日、パソコンで作成していた音声ファイルを削除する。それは古谷先輩との部室でのやり取りを切ってつないで都合よく改ざんしたもの。
万が一、大外先輩が真実を語らなかったら使おうとしていた最終手段。あのまま晒して警察に見つかれば危ない事になっていた。
後日。大外先輩が全てを告白したことで古谷先輩と共々に起訴されることになった。
そして俺は多華宮側から報酬として銀行の口座に高校生にはおよそ似つかわしくない額の振込が行われていた。
平凡な日常が戻ってくる。
「覆面のパトカーや、大外先輩へのイジメの件から察するに、学校側は厄介事を揉み消しているように見えるな」
「でも、今回はあの多華宮先輩が関わったことで様々な問題が露呈したから完全に天罰よね」
非常階段でお互いにご飯を食べながら会話を交わす。
「ところで朱鷺田。結局は今回の事件、結果だけを知るハメになったわけだが、俺に尋ねたりしないんだな」
「なによ、結局は多華宮先輩に恨みを持つ2人が画策したってところでしょ? それさえ分かれば充分よ」
「まぁ、そうだよな。俺がどうやって自白させたのか、とかもう既にご存知なんだろ?」
俺はポケットから小型の盗聴器とピンカメラを取り出し、手のひらに広げた。
「タイミングよく警察が来たのも、正直助かった。けど本当は俺の偽造工作がバレることを期待したんじゃないのか?」
すると、朱鷺田は。
「あなたって本当、愉快な脳みその作りしてるわね」
付き合いきれないわ、と言って立ち上がり階段を降りていく。
「ペリカン女め、お前はいったい何者だ?」
「あなたこそ何者よ、名無しの権兵衛さん」
1年生の生徒名簿に俺の名前は載っていない。
出席番号もない。
だから掃除当番も回ってこない。
「朱鷺田美雛、俺はお前を消せるぞ?」
手に握った確かな証拠を、俺は握りしめる。
この世は謎に充ちている。




