違いの分かる男が好きだと君が言ったから
「ん? これ、贋作じゃないの?」
閑散とした美術展の中で僕が思わず口に出してしまったその言葉が聞こえたらしく、黒いスーツのスタッフがびっくりするようなスピードで走ってきた。
「お客様。どうしてそうお思いに?」
「あ、すみません。何でもないです」
「いえ、いいんです。どうして贋作だとお思いに?」
「このパンフの写真と見比べて、ちょっと違ってたもので」
タイトルは「ほほえむ女」。写実画だ。
「どう違いますか?」
「いや本当に細かい点なんですけど……この女性の右目のマツゲが一本少ないんです。パンフでは11本なのに展示されてるこの絵だと10本」
「……」
スタッフの男は、メガネの奥でその目を見開いた。そして、僕の右手をガシッとつかんだ。
「合格です! あなたには人類を救う戦士になっていただきます」
「え……え?」
「あの絵は我々が「適合者」を探すためのテストとして用意した偽物です。「適合者」とはつまり、人類を救う特別な才能を持った人間のことです」
「えっと……才能って」
「間違い探しの才能です」
「まちが……え、何ですって」
「間違い探しの才能を持った人間。それを我々はかっこつけて「適合者」と呼んでいます」
今かっこつけてって言った? この人。
「さっぱり訳がわからないんですけど……」
「ではわかりやすく説明します。世界征服をもくろむ「悪の軍団」が攻めて来ました。やつらが人類に挑戦してきたのは、「間違い探し」。やつらの出題する問題をクリアできなければ人類は終わりです。そこで我々は間違い探しの天才を探しているのです。民間人の中に埋もれている才能を見つけ出すために仕掛けたこの美術展ですが、あの絵の間違いにノーヒントで気づいたのはあなたが初めてです。あなたには人類代表として、人類を救うための間違い探しに挑んで貰います」
「絶対今急いで考えたでしょその雑な設定」
「せ、設定ではありません。事実です」
「……。あ。これは要するに僕の妄想ですね?」
「妄想?」
そう、妄想に決まっている。
確かに、僕は間違い探しが得意だ。
そして、その他のあらゆることが得意じゃない。
性格も、ヘタレで奥手でネガティブだ。高校を卒業して浪人中。ちょっと現実が辛くなってきたところだ。
だから時々、妄想をする。もしも、間違い探しの能力が凄くもてはやされる異世界に飛ばされたら、とか。そんな無理めな設定を一人妄想してはむなしくなる日々だったのだが。
「まさかついに妄想と現実の区別がつかなくなるなんて……」
すると、まだ僕の腕をつかんだままの男は僕の腕を後ろ手にひねりあげた。
「いたたたた」
「痛いですか? おめでとうございます。夢や妄想ではありません」
「は、離して」
「このまま連行させていただきます」
*
「えっと……僕はリムジンでどこへ移動させられてるの?」
車はビルの合間を縫うように昼の首都高を飛ばしていた。
「本部です」
「何の本部?」
「悪の軍団対策本部です」
「この妄想まだ続くの!?」
僕は頬を何度もつねった。
「申し訳ありませんが、これが現実だと説明している暇がありません。あなたにやっていただきたいことはただ一つです。これから向かう本部の地下に、敵がいるんです。敵が出題してくる間違い探しをクリアしていってください」
「何そのアトラクション。敵って何?」
「悪の軍団のメンバーです。全部で五人います。全員倒したら人類の勝ちです」
「五人しかいないんだ」
「少なくても油断は禁物です。一人一人が強力な間違い探しを繰り出してくる恐ろしい敵です」
「強力な間違い探し……聞くだに意味がわからない」
男はリムジンの窓の外を眺めて遠い目をした。
「何十人もの屈強な戦士たちが……やつらの繰り出す間違い探しを前に為す術もありませんでした……」
「まあ屈強さは関係なさそうだしね」
「そう。いくら肉体を鍛えても手には入らないものをあなたは持っているのです。人はそれを才能と言うのです」
僕を見た。
「……間違い探しの才能?」
「そうです。間違い探しの才能です」
どうしよう。
この人、やっぱり真剣に言ってるっぽい。目が少しも笑ってない。
「お、大げさです。あんな絵のミスを一カ所見つけたくらいで」
「一カ所だけでしたか?」
「まあそう言われると、唇のシワが一個多いとか、イヤリングの光沢がわずかに大きいとか、帽子のツバが一カ所かすかに欠けているとか、いくつか違ってましたけど」
男は、僕の手を取った。
しまった。
「天才! やはり天才だあなたは! ……ぉおおお……お見事です。我々が用意した4カ所の細かな間違いを既にあの一瞬で全て見つけているとは……やはり天才と言うしかない」
おだてられるというのは怖いもので、そこまで言われると凄いことのような気もしてくる。
「やめてください。……ちょっとこういうの得意なだけですから」
「得意!? そんなレベルではありません。これは完全に才能。天才ですよ、あなたは! ところであなた名前は!」
「え、青木英一郎ですが……」
「人類をよろしくお願いします、天才青木様! あと私は雨宮と言います」
*
なんだかさっぱり訳がわからないまま、連れてこられてしまった。都心のどこかなのだろうが、首都高に詳しくないのでここがどの辺なのかわからない。
名前もわからない高層ビルに連れてこられ、高層階に案内された。ここまで黙ってついて来てしまったのは「間違い探しの天才」とおだてられて嬉しくなっていたのかもしれない。
「所長。お連れしました」
廊下は綺麗に掃除されたカーペットタイルが敷き詰められオフィスビルっぽかったのだが、その部屋に入ると急に目に痛い光景になった。
テレビの戦隊モノとかで見るような、やたらカラフルでメタリックな落ち着かない内装。ここがその、なんとか対策「本部」ということだろうか。巨大なスクリーンとその前に端末や制御盤が雰囲気を出している。
「こいつが連絡のあった「適合者」か」
所長、なのだろう。軍服っぽい服を着た、背が高くガタイのいい禿頭の男。声が低い。
雨宮さんが頷く。
「はい。青木英一郎さん。十七歳の高校生で、ミステリ研究会に所属する傍ら探偵小説を書いています」
「いやあの、名前以外あってないです。十九歳で浪人中だし、探偵小説も書いてません。何適当なこと言ってんですか」
所長は手を叩いた。
「見事だ。早速間違いを見つけたようだな。さすが雨宮君がスカウトしただけのことはある」
おいやばいぞこの妄想。かなり雑に僕をおだててくる。僕、しっかりしろ。
「すいませんが事態が全く飲み込めないんですが……。なんか悪の軍団だかと僕が人類代表として間違い探しで戦えとかいう話を聞かされたんだけど……」
「見事に飲み込んでるじゃないか。それ以上説明することが無くて困るくらいだ」
「いやがんばって下さいよ! もっと説明することがあるはずでしょう!」
「今すぐ雨宮君とともに出撃だ。敵の本拠地はこの本部施設の地下から行ける」
「いやなんでそんな急なの!? 敵の本拠地がなんでここの真下にあるの? 準備とか要らないの? ていうか僕まだやるとも何とも言ってな……」
パンッ。
乾いた、しかし小さくもない破裂音がした。それが、銃声らしいと理解するのに、目の前に銃を構えた所長がいるのと、僕の服の袖のところに穴があいているのとを交互に五、六回見なければならなかった。腕には当たらなかったらしいが、僕は一瞬で言葉が引っ込み、代わりに汗が吹き出た。
「所長!」
「雨宮君は黙っていたまえ。青木くん。つべこべ言わずに行くんだ。説明している時間も、やらないなんて選択肢も、準備も。何も必要ない。君のやることはたった一つ。地下に潜って人類を救ってくることだけだ」
*
地下へ降りるエレベータに乗っていた。
「えっと……なんかいきなり撃たれて凄いびっくりしたんだけど……」
「あれは不器用な所長なりの気遣いなんです。たった一人孤独な戦いを強いられる青木さんに勇気を出してもらうために、背中を押してくれたんですよ」
そう言って爽やかに笑う雨宮さんはどうかしているんじゃないか。
「背中を押すのと背中から撃つのは違うんじゃないか」
「手か弾丸かの些細な違いですよ」
「ていうか、今孤独な戦いって言ったけど、雨宮さんは何しに来るの?」
「万一の時遺体を回収するためです」
「え!? 死ぬやつなのこれ!?」
僕は思わず立ち止まると、雨宮さんは手を振った。
「あ、敵のですよ。青木さんのじゃありません」
「いや、敵も死ぬの!? なんで? 間違い探しするだけじゃないの?」
「だから万一ですよ万一。敵も間違い探しに命懸けてますから」
「いったいどういう連中なんだ……」
結局所長からも何も説明は聞けなかったし。
「もうちょっと敵に関する情報がほしいな。僕は今何と戦うことになってるの?」
地下へのエレベータは地下5階で止まり、降りるとひんやりとした空気が僕を包んだ。
「……「悪の軍団」を名乗る彼らの正体は謎です……。世界征服を企んでいるということしか」
扉をゆっくりと開いた。
中は結構広い、内装の何もない空間。天井が高く、ダンボールがあちこちに積み重ねられている。倉庫みたいだった。
「ある日突然ここの建物の地下に現れたのです。やつらの組織構成は「ボス」と呼ばれる人間とその片腕と言われる四人の幹部だということしかわかっていません」
「ああ、それが言ってたメンバー5人ってこと」
「そういうことです。彼らは間違い探しで勝負を挑んできました。我々はその5人を倒さなければなりません」
「なんで間違い探し?」
「やつらに聞いてください」
なるほど。
さっぱりわからない。だけど。
僕は腕まくりをした。
初めから、僕はやる気だったんだと思う。
間違い探しで世界を救う? いいじゃないか。
そんなチャンス、今を逃したら人生でもう無いだろう。
「じゃ、行きますか。あれが敵の待ちかまえている本拠地への入り口だね?」
そう、倉庫の奥の壁が、崩れている。その向こうに岩肌が見え、隙間があいている。奥へ行けそうだ。
僕は、人類を救うための戦いに足を踏み出した。
*
薄暗い洞窟を降りていく。足場が悪くこれが続くと辛いなと思ったが、ものの一分もしないうちに明るい通路に出た。こっちもコンクリート打ちっ放しの壁で、天井に配管とぶら下がる傘つき電球。
「ここが敵の本拠地……」
「油断しないでください。第一の敵が待ちかまえている筈です」
通路を進んでいき、迷わず扉を開ける。
「ふははははっ! 待っていたぞよく来たな! 私が第一の敵、デビルマジシャンだ!」
殺風景な教室くらいの大きさの部屋の真ん中に机が一つ。その手前には赤いマントをばっさばっさとせわしなく翻しながら、シルクハットにタキシードという、コスプレした芸人みたいなのがいた。
「くっくっく……。貴様でちょうど五十人目の挑戦者だ。言っておくが私は手強いぞ。正答率二割くらいだからな」
「え、じゃあ十人くらいは突破してるってこと?」
「うん、まあ、そうなる」
デビルなんとかはちょっと困った顔をした。悪いこと言ったっぽい。
「じゃあ早速だが」
「うん」
「我が軍団がなぜ世界を支配しようとしているのか聞かせてやろう」
「いや出題してよ」
「……」
「出題」
雨宮が僕に小声で言う。
「聞いてあげましょう。このくだりが無いと盛り上がりにかけますから」
「盛り上がりとか要らないんだけど」
デビルマンドリルがすごく残念そうな顔をしている。
「うーん、じゃあ手短に。二十文字以内でよろしく」
「に、二十文字だと……? わ、わかった。「違いのわかる優秀な人間が世界を治めるべきだから」……どうだ!」
「23文字だよ」
「くっ……ならば間違い探しで勝負だ!」
デビルマントヒヒは、着ていたマントをはずして目の前でバサッと広げる。マントを下ろすと、机の上には二枚のパネルに入った絵が出現した。
「さあ、この左右の絵には間違いが五カ所ある! 見つけられるかな!」
なるほど、本当に間違い探しにチャレンジすればいいみたいだ。
そこにはなんか少女マンガチックなイラストが描かれていた。
「これ、自分で書いたの? デビルマーライオンさん」
「マジシャンだ! そ、そうとも」
「意外な趣味だね」
まあいいや。とにかく間違いを見つけなくてはならない。
僕は絵を見つめる。
「あれ、なんか変だな。……これ、本当に間違いは五個なの?」
僕が首を傾げると、デビルマーガリンは高笑いした。
「はっはっはっ……。見つけられまい、見つけられまい! なにせこれは我が輩の作った間違い探しの中でも最高の難易度をほこ……」
「いや間違いが六個あるんだけど」
「うっそぉおお!!??」
僕はひとつひとつ指さしてやる。
「女の子がウィンクしてる。髪の花飾りの色が違う。前髪の分け目が一つ多い。胸のボタンが一つ多い。ミニスカートのひだが一つ多い。それからわかりにくいけど靴のつま先の光沢がこっちだけ消えてる」
「げっ……やべっ。間違って消しちまった」
「あと、これは間違いじゃないけど、右下に小さく、すかしで作者の署名入ってるよ。「HIROMI」って。これ自分で書いたって嘘だよね?」
「な、そこまで見抜くとは……」
ゴホン、と咳払いをするデビルマーメイド。
「いいだろう、お前の指摘した五……六ヶ所は正解だ。だが、この左右の絵、果たしてどちらが「本物」かわかるかな?」
「右」
「くっくっくっ……悩め悩め。間違い探しと言えばただ違いを見つければいいと勘違いしているようだが」
「右」
「間違い探しとは、その言葉通りに「間違い」を見つけなければならない!」
「右」
「すなわち、ただ違いを指摘しただけでは正解とはいえない! どちらが正しいかを見抜かなければ」
「だから右だって言ってんじゃん話きいてよ」
「……なぜ即答する!? 少しは語らせろ! どうして右だとわかった!?」
「さっき靴の光沢消したって言ってたじゃん。てことは光沢あるほうが本物だよね」
「んなっ!? しまった! 大ヒントを与えてしまったぁ!!」
「そもそも、ウィンクしてるほうが本物だってすぐわかるよ。だって、ウィンクしてないほうの絵、右目の部分を反転コピーして左目に上から貼り付けたでしょ。修正が雑すぎだよ」
「くっ……仕方ないだろう! 絵師さんに依頼してイラスト描いてもらった時に「ついでに無料で間違いバージョンも作って」って言ったら断られたんだから!」
「だからって無断でいじるのはダメじゃないかな」
僕は雨宮を振り返った。
「……これ、本当に八割が突破できなかったの?」
*
「デビルマジックミラーがやられたようね……。でも、やつは我々四天王の中でも最弱よ!」
二人目の敵……黒いライダースーツを着た女だった。
「本当にあのレベルで四天王に入れるのはやめたほうがいいと思う」
「くっ……言わせておけば!」
「一言目で「言わせておけば」って言われても……」
「うるさいわね! 口の減らない……! 四人集めるのって結構大変なんだからね? 新人のペーペーでも入れないと足りなかったのよ!」
「うーん、大変だね」
さて……今回の部屋もやっぱり部屋の真ん中に2枚絵が置かれたテーブルがあるだけだ。
女はテーブルの上に伏せてあったパネルを二つ持ち上げ、裏返した。
「さあ、違いが3つ! わかるかしら?」
右の絵は、真夏の砂浜を描いたものらしく、青い空と青い海をバックに潮干がりをする子供の絵だ。
左の絵は、夜空にあがる花火を眺めるカップルの絵。
「って何もかも違うじゃないか!」
黙っていた雨宮さんがつっこんだ。
「なにもかも? それはどうかしら?」
つかつかと彼は歩み寄り、絵を指さす。
「昼と夜! 海と山! 子供と青年! 一人と二人! 入道雲と花火! 3つどころか何もかも違う。同じところを探すほうが難しい」
だが女は艶かしく指をくねらせながら腰を撫でた。
「甘いわねえ、坊や。それ全てあわせて、一つ目の間違いよ」
「……え?」
なるほど。そう来たか。
*
「さあ、降参かしら? 一個しか間違いは見つけられない?」
僕はにやりと笑う。
「絵に描かれてるものがいくら違ってても「絵が違う」で1つと数えるんだね?」
「飲み込みが早くて助かるわ」
「飲み込みが早いことにかけては自信があるんだ。間違い探しの極意は先入観を捨てる、だからね」
僕は見ていた絵をテーブルに置いた。
「あら、降参?」
「いや、あとの2つがわかった」
「え?」
「絵の大きさが違う。海の絵のほうが若干横長。それから、右の絵には裏面にサインがある。これが違いだね?」
「……うっそ」
その表情で、僕は勝利したことを確信する。
「初の突破者だね」
「くっ……でもまだ勝ったと思うのは早いわ! この左右のどちらが本物かわかるかしら? 間違い探しと言えばただ違いを見つければいいと思ってるみたいだけど……」
「右だね。サインがあるのが本物だよね」
「言わせてぇえええ」
*
「よくぞ来た! このダーク・ウィザートの魔の間違い探しでやられてしまうがよ……いて!」
……。
たたたと走ってきて、着ていたダボダボのローブの裾をふんずけて転ぶ少年。
「これが3人目……いよいよ人材不足が深刻化してきた」
僕が感想を漏らすと、少年は膝をさすりながら立ち上がって僕に指をつきつけた。
「デビルマリンバとサングリア・ガールみたいな小物を倒したからっていい気になるなよ!」
そういう名前だったのか、あの女。
「四天王ってお互いを悪く言わないといけないルールなの? 仲良くしなよ」
「うるさいな! 言っとくけどね、僕は子供だから。本気で大人げない問題出すからね!」
「へえ?」
「冗談抜きでただ難しいだけの問題だよ!」
少年はテーブルの上に伏せられていた二枚の紙を僕に手渡した。印刷されているのは……デタラメなモザイク模様だった。思わず寄り目になって立体視をしそうになる。
「500×500マス、計25万マスに128色のランダムな色が配置されてる。その中に10個だけ色が違うとこがあるんだ」
「うわっ。ほんとに大人げない……」
雨宮さんがうんざりした顔をした。
だが、僕は笑う。
「間違い探しの天才を舐めないでほしいな」
*
……15分後。
「意味がわかんないよ! どうやってわかったの!?」
「久々に本気を出したよ。なかなかやるじゃん」
正直、今回は時間がかかった。
「すごすぎる……!」
雨宮さんが驚いている。
「どうして!? 作った僕だってもうどこに間違いがあるかわかんないのに!? いったいどういう目してんの!? こんな見てるだけで目がチカチカしてくるもの、見比べられるだけで凄いよ」
「これが、十年間間違い探ししかしてこなかった人間の力だよ」
「……そんな無駄な人生……完敗だよ」
「失礼だね」
「それにしても、こんな短時間で……。僕の役割は、時間を稼ぐことの筈だったんだけど。確かにお兄さんは、ボスが探してる人だね」
「ボスが探してる人?」
「そうだよ。最初のデビルマリンタワーが言ってなかった? 僕らは「違いのわかる優秀な人間」を選別してるんだ」
「あ、ごめん。そのくだり、早送りした」
「え」
「20文字でって言ったのに23文字も喋ったから」
「ま……まあ次のお爺ちゃんがまた語ってくれるよ」
*
ドアを開けて先に進んだところで雨宮さんが言った。
「ちょっと先に進むのを待ってください。本部と連絡を取ります」
雨宮さんはトランシーバーのようなものを取り出して何か話した。
「わかりました。確認お願いします。……青木さん、ちょっとお待ち下さい。さっきの少年が言っていた四天王4人目が「お爺ちゃん」だと言っていたのが気になりまして。以前捜査線上に上がった人物かもしれない。念のため情報を調べてもらってます」
「了解。捜査とかしてたんだね」
一応、対策本部は警察とも連携してますから、と雨宮さんは言った。
しばし、時間を潰すことになった。
「しかし本当に凄いですね。青木さんはどうしてそんなに間違い探しが得意なんですか?」
雨宮さんが話しかけてきた。
「才能……と言いたいけど、努力したからね」
「間違い探しの?」
「そう。間違い探しの」
「なぜ……?」
「昔、好きだった女の子が言ってたんだ。違いのわかる男が好きだって」
「……」
「……」
「……え、それだけですか?」
「うん、まあ。理由としてはね。以来十年間、そのための努力だけをしてきた。どんな些細な違いも見逃さない男になるために」
「それ、そういう意味だったんですか?」
「何か言った?」
「いいえ、何も。ちなみに……その子とは?」
僕は微笑んで首を振った。
なにせ、小学生の時のことだ。もう向こうも覚えてやしないだろう。親が一時通わせようとした低学年向けの英語教室で出会った理子ちゃんという女の子に僕は好かれたくて、何でも理子ちゃんの真似をしようとした。そしたら言われたのだ。
「何でも同じなんて私はイヤ。私は、違いのわかる男が好き」
僕は言った。
「違いのわかる男になったら結婚してくれる?」
理子ちゃんはにっこりと笑って頷いた。
「約束する!」
……甘酸っぱい思い出だ。
そう、甘いだけでなく、酸っぱい。
理子ちゃんはある日、引っ越していってしまった。その最後の日、僕は理子ちゃんに言った。
「約束、覚えててね!」
「え、約束って何かしたっけ?」
そうして、人生初の失恋を味わった僕は、それでもあの女の子を忘れられず、あの子に認められたくて、「間違い探し」に逃げ込んだ。それをこじらせてこじらせて、ここまで来てしまったんだ。
*
しばらく待った後、結局調査には時間がかかるということで、次の部屋に進んだ。
少年の言った通り老人が待っていた。ずいぶん装飾的な長い杖を持ち、険しい顔。ローブみたいな服。「悪の魔法使い」といった感じ。
「四天王最強、ボスの側近ことファントム大臣とはわしのことよ……。わしの地獄の間違い探しをくらって震え上がるがよい!」
「地獄ときた」
「そもそも我が軍団は……」
あ、これだ。今度は聞かなきゃ。長くなるとやだな。
「人類を入れ替えることを目論んでおる。人類はあまりに増えすぎた。数の多さに人間自身が「個性」を見失いつつある。十人百人の人間と接するうちは個性があると思えても、億を越える人間を前にもはや個性などというものがあるとは誰も信じぬ。人間の認識の限界じゃ。そうするとどうなるか。個人を無視して人をカテゴライズし始める。顔も考え方も性格も声も仕草も何もかもが違うのにそれを無視してやれ老害だのロートルだのと……ラベルを貼って一緒くたに扱い、遠ざける。攻撃する。排除する。型にはめて決めつける。愚かじゃ。何と愚かなことじゃ。人間の違いを認識できなくなった愚かな連中など滅びれば良い。生き残るべきは、人間と人間の違いを知り理解することのできる「違いの分かる」人間だけじゃ」
「……」
「おい、起きろ」
おっと、やばい。長い話苦手なんだよな。
もう一度同じ話を爺さんは繰り返した。
「丁寧に言い直してくれてありがとう。だが聞いて損したよ。あんたのほうこそ「違いのわからない」やつだ」
「何を言っておる」
「結局は「違いのわからないやつら」ってカテゴライズしてるじゃんか」
「何?」
「嫌ってるやつらと同じことしてるんだよ」
「くくく……これはどうやら、本気でおしおきが必要なようじゃのう……」
「いいよ。きなよ、爺さん」
*
爺さんは2つのモニタを僕のほうに向けた。
そこに映し出されたのはエレベータの入り口。
「この映像が何かわかるかね?」
「僕たちがこの地下に降りてきた時の映像?」
「くくく……そうじゃ。エレベータを降りたところから映し出されておる。監視カメラがあったのに気づいておったかな」
いくつかあるのに気づいてはいたが気にしてなかった。
「2つの映像の違いがわかるかのう……間違いは3つある」
映像には、アジトに入ってくる僕と雨宮さんが映し出されていた。監視カメラの視界から消えるとまた別のカメラに切り替わる。倉庫のような空間を抜けて洞窟状の通路を通る。映像は単調だ。今のところ違いはない。
「……。デビルマロングラッセのとこまで来たね」
画面の中では、マントから2つのパネルを出して僕に向かって出題している。あっさり回答。がっくりするマジシャン。そして、僕らが扉の奥へ去っていく。2つの映像の差は無いし、僕の記憶と照らしても一致している。
「……あれ?」
と、右の画面にだけ、変化があった。背後の通路へと去っていく僕らを見送ったマジシャンが、突然倒れたのだ。映像だけで音が無いためよくわからないが、突然身体を硬直させた後、倒れたみたいだった。
「……今のが一つ目?」
映像が切り替わる。次は、あのライダースーツの女。サングリアガールだったっけ。あっさり通過。ここまでは不思議なところは何もない。
「あっ……」
同じだった。僕らが通過したのを見送ってそのまま立っていたサングリアガールだったが、右の映像の中でだけ、突然倒れた。
「……えっ!? これは何」
「2つ目じゃのう……。さあ、いよいよじゃぞ」
3人目。ダーク・ウィザードという半ズボンの少年。しばしの会話の後……僕が紙とにらめっこをし始めた。
「……あっ!?」
僕は気づいてしまった。
カメラは、少年の背後から、僕らと、その後ろの来た道を映し出している。その通路の奥の方に……かすかに見えたのだ。
「何だ? ……何かがいる。……人か?」
注意して見る。暗い色の……服を着た何人かの男たちだ。
「なにこいつら? こんな奴ら、いたっけ?」
……左の画面には。……いない。右だけにいる。
「何もしない……? 何を待っているんだ?」
「少し早送りするかの。このまま十五分待つのも無駄じゃろう」
キュルキュル……と言う音が聞こえた訳ではなかったが、しばらく動きのない映像の中で時々僕がちょこまか動く。……やがて。
「解き終わった」
僕が紙をテーブルに置いた。そしてしばしの少年とのやりとり。やがて、退場。
「……ああ……」
嫌な予感は、当たった。
僕らが画面から消えてしばしの後、通路の奥に待機していた男が部屋に入ってきた。その一人がこちらに腕を向けると少年が倒れたのだ。いや、腕を向けただけでそんなことが起こるわけがない。わかっている。
銃だ。その手には銃らしきものを持っていた。
そして映像が途切れた。
「……こ……これは……」
「三か所の違いはわかったかのう?」
「……ち……違いは、わかったけど。けど……」
これは、どう解釈すればいいんだ。
黒服の男たちにずっと後を付けられていた? 僕らが通過した後、あの四天王たちを……撃った!? 撃ち殺した?
「……」
思わず僕は背後を振りかえる。来た通路の奥を見る。……目を凝らしたが誰もいない。誰も……。いや、本当にいないのか?
「おっと。戻るのはやめたほうが良いぞ」
爺さんが言った。
「どちらが本物か、答えるのじゃ」
あんな男たちなどいなかった。筈だ。
いや、本当にそうだろうか。僕は後ろを気にしてなどいなかった。今の今まで。僕たちの後ろをつけてきてたんじゃないだろうか?
「あいつらは……誰なんだ?」
「わかっておるじゃろう?」
「……」
スチャッ……。
「え、雨宮……さん?」
彼は銃を爺さんに向けていた。
「何を……」
「右の映像が、フェイクです」
「え……? じゃ……じゃあ何で今銃を向けているの!?」
「あなたの安全を守るためです。安心してください。この銃は麻酔銃です」
「安全って……何を言って……」
「先程無線で情報が入りました。この老人は、過去に何人も殺している犯罪者です。悪の軍団に関わっていた確証がありませんでしたが……。七人を殺して指名手配されています」
「……何それ。ほ、本当なの」
「くっくっくっ……。よく平気で嘘をつくものじゃな」
爺さんはしゃがれた声で笑った。銃を向けられて恐れる様子一つない。
「信じるか信じないかはお前次第じゃがな……。わしがあの三人と同じように葬られた後は、お前さんかのう」
「戯言です。耳を傾けないでください。青木さんは下がって」
「雨宮さん」
「こいつは犯罪者です!」
「……くくく……。さあどうする、青木とやら」
「……」
本当のことを言っているのはどっちだ。
黒服の男たちは、いるのか。いないのか。あの三人は、生きてるのか、死んでるのか。雨宮さんは、この爺さんを殺す気なのか。
「一体……どっちを信じたらいい……?」
そう口に出してから。
信じる? なんだそれ。
僕の嫌いな言葉じゃないか。
……「信じる」と「決めつける」は同義語だ。
間違い探しにおいて一番やってはいけないことじゃないか。
先入観を持たず、ただ現実を見る。僕は十年間それをやってきたんじゃないか。
どちらが信用できるかなんて問題じゃない。問題はどちらの映像が本物か、それだけだ。
あの少年は言っていた。「本当はもっと時間を稼ぐ筈だった」と。何のために時間を稼ぐ? この映像を作るためだ。僕がたった十五分で問題を解いてしまったから思いの外時間がなかった筈だ。
だったら。
「わかった。左が本物。この黒服の男達が映っている映像は、フェイクだ」
「ほう……良いのか? その男を信じるのか?」
僕はにやりと笑う。
「いや。信じないね。……雨宮さんもグルなんでしょ?」
「……え?」
「時間を稼いでたんでしょ? 調査とか言い出したのは」
「時間を稼いでいた? 何のために?」
「このフェイク映像を作るため。裏で誰か映像編集が得意な人が頑張って監視カメラの映像を編集してたんだ」
「……でも青木さん、私が稼いだ時間なんてせいぜい数十分ですよ」
「短時間で編集できるよう準備はしてあったんでしょ。予めあの男たちの映像は撮影しておいて、現実の映像に重ね合わせた。それから、あの三人が倒れる映像は事前に撮っておいてすげ替えたものだと思う。てことは、あの三人も当然協力者だ」
「……おやおやおや」
爺さんが笑った。
「フェイク映像を作るなら、逆のほうが楽だと思わんかね? 倒れた三人を倒れていない映像にすげ替えて、黒服の男たちは消せば良い」
僕は首を振った。
「その場合、男たちの襲撃を三人は知らなかったことになる。殺されるとわかってりゃ逃げる。つまり三人は協力者じゃない。となると、三人が僕らを見送った後の生きてる映像は、予め用意した立っている映像ででもすげ替えることになるが、同じ位置に同じ姿勢で立ってる映像素材が無きゃ難しい。三人の協力が無きゃ作れないんだよ、あの映像は」
「ほほう……」
「そもそも武力で制圧できるんだったら、間違い探しにつきあう意味がわからない。それができないから僕がここに送り込まれてる筈だろ」
まあ……そもそも胡散臭かった、と身も蓋も無いことを言ってしまえばそれまでなのだけれど。
「だいたい本部地下に敵が巣食ってるなんていう退っ引きならない状態なのに見張ってる兵士もいないし、とてもマジでドンパチやってる組織には見えなかったよ。人が少なすぎる」
ポリポリと雨宮さんが頭をかいた。
「やっぱり人手不足が痛かったですね……」
*
「それでは、ボスのところへ行くが良い」
爺さんがほざいた。
「え? 冗談だろ? まだ続けるの、これ」
「何を言っておる」
「だって、これが茶番だってことはもうバレたじゃん。人類の運命はかかってないんでしょ? 僕は誰も救いにきてやしなかったんだよ」
「そうでもないのですよ」
スチャッ……と。
「雨宮さん、人に無闇に銃を向けないでください」
「茶番だとしても、目的はあるんです。青木さんは気にならないのですか? ボスのたくらみを」
「ちゃんといるの、この先にそのボスってのは」
「待ってますよ。……言っておきますがこの銃は本物です。無駄な抵抗してないで、さっさと進んでください」
しかし雨宮さんの表情は笑っている。
「せっかくこれだけの人と金と時間を注ぎ込んで一世一代のペテンを仕掛けたんじゃからな。ここで帰ったらボスが悲しむわい」
「でももう僕、騙されてる芝居できないよ?」
「青木さん、あなたでなければダメなのです」
「そうじゃ。これまで五十人も挑戦者がいたというのも嘘じゃ。ここはお前さん一人のために用意された舞台なのじゃ」
なんと……。
「どういうこと?」
「これ以上語るのは野暮というものじゃ。行くが良い」
「雨宮さんもついてこないんですね」
「ええ。ここからはお一人で」
しかたがない、行くか。ここまで来たんだ。そのボスのふざけたツラでも拝んでから帰ろう。
*
最後の部屋。
明るい部屋だった。コンクリート打ちっぱなしではなく、木目調の床と白く塗られた壁。蛍光灯もシーリングだ。新築の部屋みたいだった。
「「ようこそ、青木君」」
そこには、白いワンピースを着た少女たちがいた。女性、と言うべきか。雰囲気に幼さも残るが年は僕とそう変わらないように見える。
……「たち」。
そう、二人いた。
「「私達がボス。最後の敵よ」」
左右対称。完全に正確な左右対称を描いている二人。
そっくり、同じ。……その動きさえ。鏡に映したように左右対称。明るい茶色の髪が揺れる様子も、前髪の分け目も、手の上げ方指の向き身体の傾け方も、何もかもが左右対称。二人の真ん中に鏡があるかのような。
全く同じタイミングで発せられる、全く同質な声。二人が喋っているのに、左右から聞こえるのに。ステレオスピーカーが置かれているように感じる。
「「最後の問題は、私達自身」」
僕は、理解した。
大馬鹿者だったということを。
違いがわかっていなかったということを。
だから彼女を、傷つけたのだろうということを。
「「違いがわかる? どちらが本物の……」」
僕は頷いた。十年分の思いをこめて。
「久しぶり……理子ちゃん」
僕は右側の少女に手を差し伸べる。
「……即答、なんだ」
「うん。今度は間違えない」
声が震えた。
「覚えててくれたの?」
「忘れるわけがない」
声が上ずる。
「あーあ……あっさりかぁ。せっかく練習したのに、こんなあっさりバレるなんてなぁ」
隣を見る。理子ちゃんにそっくりで、でも違う女の子。
「双子……だったんだ。全く知らなかった」
そいつは目の横でピースを作って言った。
「よろしく! 私、奈子。理子と奈子。双子やってまぁす。どう、最後の問題は?」
「簡単だった。今日一番簡単な問題だった」
理子ちゃんは……口を尖らせた。
「あの時間違えた癖にぃ……」
「ごめん」
「いいの。私達、本当そっくりだから」
理子ちゃんは泣いていた。
「先生も友達も、家庭教師も、先輩も後輩も誰も彼も、親でさえも。私たちの区別がつかなかった。青木くんだってあの時」
理子ちゃんが、泣いていた。泣かせているのは僕なんだろう。あの、十年前の、違いのわからなかった、僕だ。
「本当にごめん。でもあの最後の日、どうして奈子……さんが来たんだ。僕は双子だなんてことさえ知らなかった」
「奈子が最後の日だから挨拶にって。私も遅れて行ったんだよ。でも青木くんもう帰ってて会えなかったの」
あの最後の日。約束を知らないって言ったのは奈子というこのもう一人の方だった。それを理子ちゃんだと勘違いしてショックで僕は家に帰った。
「あの頃の僕とはもう違う。今なら君を他の誰かと見間違うなんてしない。君は君だ。奈子さんとは何もかも違う」
「……どうかな。また入れ替わったらきっとわからないよ」
理子ちゃんが、いたずらっぽく笑う。僕は真剣に答える。
「もう、見間違えない。絶対に」
奈子がひゅぅ、と口笛をふく真似をした。
「すっごい。愛されてるね。理子。私も驚いたけど。即答なんだもん」
「そうさ。理子ちゃんと君じゃ全然違う」
「むっ。「理子ちゃん」と「君」ね。わたしゃ悪者かい」
奈子はあのねえ、と腕を組んで頬を膨らませてみせた。
「私だって理子からそれ聞いて、責任感じたんだよ!? だからパパとパパの知り合いの芸能事務所の人たちに声かけて、こんな一世一代の大仕掛けをしたんだから」
「君が仕掛け人か」
「そうよ。わざわざ人雇ってあんたの近況調べてさ。あんたがまだ違いのわからない男だったら何もする気なかったけど、今のあんたと理子なら会うべきかなって思ったもん。だから理子に会えって言ったのよ。でもこの子、きっと好きになるのは奈子のほうだとかウジウジ言うからさ。じゃあ青木くんが絶対にあんたと私を間違えないってわかったらあんたも勇気出せって約束させたの。……いやもう、そっからは大変大変。何通りもシナリオ作ってこの建物の地下も工事して舞台作って、役者も訓練してフェイクの美術展まで企画してさ……」
なるほど。そういえば美術展前でもいやに強引に勧誘された気がする。
「でも、人類を間違い探しで救うって設定はどうかと思うな、流石に」
「しょうがないでしょ! どんな理由つけたところで間違い探しを真剣にやらせるのは無理だって思ったんだもん。テレビ番組を装ったところでそういうの出てくれそうな性格じゃなさそうだし」
「まあ、出ないけどさ」
「どうせ無理な理由なら、徹底して強引でリアリティが無いほうが粗が目立たなくていいでしょ?」
目立たなかったかな。
「ふんっ。まあいいわ。さて、じゃあ理子、あとは二人きりにしたげる」
奈子は手をひらひら振って、部屋を出ていった。
理子ちゃんと僕が取り残される。
「あ、あの……」
理子ちゃんが顔を伏せる。
「約束……お、覚えてる?」
「約束……?」
理子ちゃんがハッと顔をあげる。また泣きそうだ。
「冗談だよ。もちろん覚えてる。忘れたことなんかないよ」
そして理子ちゃんはたっぷり三十秒くらい勇気を出すのに時間をかけてから、真っ赤な顔をして言ったのだった。
「私を見つけてくれて……ありがとう」