本屋のあの子に恋をして
いつもの本屋にいつものあの子。
「いらっしゃいませ」
満面の笑みで出迎えてくれる彼女に、いつしか僕は恋心を抱いていた。
明るい茶色の髪。大きな瞳。丸い顔に、少し大きめの口。笑うと、笑顔の花が咲くって表現がぴったりくる。そんな華やかな彼女。言葉遣いも丁寧だし、仕草も控えめだし、とにかく可愛くて素敵。理想の彼女って感じだ。
「今日は、どうされました?」
いつの間にやら、すっかり仲良くなった。
最初は酷い物だった。
確か、読みたかった本が無くて、問い合わせをしたんだったかな。
どもる僕の言葉を、メモまで取って熱心に聞いてくれた。その後も一生懸命探してくれて、見つけてくれた時の笑顔に僕は心を奪われたんだ。
こんな僕にも親し気に接してくれて、だんだん仲良くなったんだった。
いろいろ話しをしたよね。
ガチャガチャの猫の奴が好きって言ったから、プレゼントしたら驚いていたけど喜んでくれた。
その笑顔もまた、たまらなく好きだった。
お礼がしたいって言ったけど、僕は笑顔を見られるだけで十分だったんだ。
そう言ったら、君はちょっと困った顔した。
でも、その後でやっぱり笑って言ってくれたよね。
「優しいんですね」
どれほど僕が嬉しかったことか。
今日来たのは、取り寄せをお願いしていた本が届いたって言われたからです。
「ああ、はい。届いてますよ。お待ちくださいね」
そう言って、彼女は僕に背を向けて歩き出す。
僕はその後をゆっくり追いかける。
付いてきている僕を見て、少し驚いた顔をしたけれど、すぐににっこり笑ってくれた。
本棚の森を二人で仲良く散歩。
「あの作家さん、好きなんですか?」
好きです。
「そうなんだ。私も今度、読んでみようかな」
機会があればぜひ。
……そう、機会があれば。
「え?」
いえ、何でも。
散歩は終わり、目の前に彼女と僕を隔てるドアが現れた。
関係者以外立ち入り禁止。はっきりとそう書いてある。
「少しお待ちくださいね」
彼女はそう言って、バックヤードへのドアを開ける。僕は彼女の背中を思い切り押す。
「えっ?」
そのままバックヤードに彼女を押し込み、鞄に入れていた包丁でその柔らかい背中を思い切り突き刺した。
「ぎっ……」
悲鳴を上げようとした口を、僕は手で塞いで、そのままさらに包丁を押し込む。
ズブズブと肉に刃が入り込む手ごたえ。
僕の体に触れた彼女の背中は、とてもとても暖かかった。
包み込まれるような優しさの中、僕は腕に力を込める。
僕の気持ちを、この思いを、この愛を届けるために。
彼女の体がびくびくと震えている。
命だ。
僕は彼女の命そのものを今、感じているんだ。
押し寄せる絶頂に身をゆだね、僕は彼女の背中に頬をぴたりとくっつけた。
どくどくと感じる彼女の鼓動が、ゆっくりと、ゆっくりと無くなっていく。
なんて儚いんだ。
彼女は綺麗で、優しくて、そしてとても儚い。
だから君は露出度の高い格好なんてしない。
派手な化粧だってしない。
爪だって着飾らない。
喫茶店で足なんて組まない。
立て肘だってつかない。
タバコなんて吸わない。
ましてや男と待ち合わせなんて……。
あまつさえ、公衆の面前で口づけなんて……。
絶対にしない。
そんなのは相応しくない。
君は君らしく。君のままでいい。
そのままの君が最高なのに。
どうして嘘を身にまとうの。
そんな悲しい君は見たくない。
そんな君はいるべきじゃない。
ある種の気高さを身にまとった彼女は、僕の腕の中で死んでいく。
血だまりの中で彼女と向かい合い、生気を失った真っ赤な唇に、僕は生まれて初めての口づけをする。
空虚な心に君の血が流れ込み、僕の魂は赤く満たされる。
その高揚感とは裏腹に僕は涙が止まらなかった。