一月第一週(金曜日)(三回目)【決意】
巻き戻ってすぐの夜中。
昨日は久しぶりに家族で出かけられるのが、楽しみで日付が変わっても起きていた。
「お父さん、お母さん!」
俺の部屋の正面が両親の部屋だ。ベッドから飛び出してノックもなしに部屋を開けたのは何年ぶりの事だろう……。
小さい頃は両親と同じ部屋で寝ていたが、緊急出動のたびに起きてしまう俺を気遣い一人部屋を与えてくれた。
「どうした? まだ起きていたのか? 早く寝ないとダメじゃないか……」
「ごめんなさい」
良かった……。ちゃんと生きている。
死んでいた者だろうと一日のスタート時点に巻き戻れば蘇る。それはこれまで何度も経験しているが、それでも肉親の死は初めてだ。
俺は過去に居眠り運転のトラックから園児たちを救った事がある。事故というのは一瞬の出来事、突っ込む場所と時間を事前に知っておくだけで、あとは園児たちの興味を引き、現場に到着するタイミングを少しずらすだけでいい。
あの時は確か歩道にチョークで『けんけんぱ』の丸を描いただけで特別すごい事をした覚えはない。もちろん園児たちは遊んだおかげで死なずに済んだとは露ほどにも思わないだろう。それでも、たったそれだけでも死ぬはずだった運命を無理矢理ねじ曲げる事ができる。
俺は人間の行動心理を調べる過程でたくさんの死者↔生者を目撃してきた。
人の死とは簡単に変えられる反面、簡単に死地へと送ることもできる。
そんな俺ですら今回の惨劇はさすがにこたえた。
だが、結局のところ三回目に死ななければ死んだ事にはならない。
「ちょっと怖い夢を見ただけです。おやすみなさい」
「直樹でも怖い夢とか見るのね。今日は一緒に寝る?」
お母さんが布団をめくって俺を招く。
この歳で両親と寝るのは恥ずかしい。
「もう大丈夫。明日は……何でもないです」
動物園に行く事は内緒だった。ハイジャック事件にも手を出さない。足が付かない方法があるなら情報提供をするが、お母さんが二回目に言っていた事は事実だろう。
いくら俺が真実を訴えても、俺を知っている人しかそれを信じてくれない。
これは俺の勝手な仮説だが、犯人が機内で拳銃を使わなかったのは、機体に穴を開けて生じる危険を恐れたからではないだろうか。
機体は頑丈な鋼鉄に覆われている。しかし、一ヶ所でも穴が開くとそこから空気が漏れだし、気圧の差で外に吐き出されると聞いたことがある。
俺が動画から知り得た情報は人質の首に刃物を当てている姿だ。銃が映っていれば対策もできただろうがもう遅い。
俺は朝七時に起きて一回目と同じ一日を送る。
今の俺には乗員・乗客を守れない。警察に応援を要請しても事件が起こるまでは信じてもらえない。
そして事件が起こった時には遠い空の上。
下手に騒ぎ立てて俺の体質が露呈しては守れるものも守れなくなってしまう。
いざとなれば、お父さんとお母さんは俺を信じて動いてくれる。今回はそれがわかった。
もっと早くこの力の有用性に気が付いていれば……。
犯人の好きにはさせなかったのに……。
一回目と同じ動物園からの帰宅途中の車内。
「明日からまた忙しくなるな」
「世界が平和なら警察が暇でいいんですけどね……」
「そんな未来が本当に来ればいいな」
お父さん、お母さん、俺はやっとやりたい事を見つけたよ。
この体質を使って、犯罪のない世界を作る!
どんな悪事も先回りをすれば現行犯逮捕する事ができるはずだ。
ハイジャック事件は起こり、一回目と同じく墜落もした。
四〇〇名の命を見殺しにするしかなかった俺を許してくれ……。言い訳を並べるのは後にしよう。今は本当の意味での黙祷はできないが、必ず犯人を捕まえて亡くなった人たちの冥福をお祈りしてみせる。
そのためにはまず……直感を持たない普通の人になりきろう。目立たず騒がず注目を浴びない。それこそが俺という存在を最大限にカモフラージュする表の顔となるはずだ。
後にこのハイジャック事件は、日本史上最大の死者を出した飛行機事件と言われるようになる。