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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
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第八話『モルデーヌ商店街へ』

 クレアとは、ここ一年間程まともに会話をしていない。

 別に喧嘩をしたわけじゃなくて、彼女の仕事が忙しそうだから無理に呼び出すことも無ぇと思ったからだ。


 普段の生活なら、メイドのマリアがいるし。

 クレアもそのほうが助かるようで、不定期だが向こうから世界情勢や近況報告なんかを申し訳程度に入れてくる。

 七大陸の巫女同士の報告会やら作戦会議やら女子会やら、俺にはちんぷんかんぷんな内容だが。


 俺のような転生者にはみんな担当の巫女が付いているらしい。作家みてぇだな。けれど、あまりにも強大な力を持った転生者は、いつも途中で担当者と連絡を断ち、行方不明になるんだとか。


 どんだけいるのよ、転生者。


 クレア曰く、この″転生者上陸作戦″はここ五年くらい続いている作戦らしいが、転生者はいても十人程度で、恐らく連絡の取れなくなった連中の、半分くらいは死んでいるだろうと言った。

 理由は、この数年で″俺は″何となくだが気付いたよ。


 世の中、才能だけで生きられる程甘くねえ。

 そう答えたら驚いてたな、クレアのやつ。

 どの世界も一緒だよって、言ってやった。


 生きるための力と、誰かよりも勝ってる力ってのは、決してイコールじゃねえのさ。

 天才だと思ってた、かつての勘助だって、若くして立ち上げたベンチャー企業が傾いて、うちの同業に死ぬほど追っかけ回された。

 オヤジに拾われなかったら、アイツもどうにかなってたろう。最終的には俺達に巻き込まれて死んだけどな。


 それにしてもだ。転生者はとんでもない力を持ってるってクレアは言うけど、何で俺にはそれが無ぇのか聞いてみた。

 そしたら彼女、大声張り上げて、あり得ない、そんなことないですの一点張り。

 なら何で、毎日ヘド吐くほど訓練しなきゃならねえんだ。

 最初からレベルMAXとか出来たんじゃねえのかよって話だろ。


 すると解答は、現在調査中だそうです。

 って、怪しい企業か、バカタレが。


 まあ、そのお陰で生き残ってる可能性もある。いきなり敵に狙われたら事だもんな。

 とにかく今は、実力をつけないと。このままじゃ、何にも出来ない。


 朗報も入った。勘助、小鉄、翔も無事に転生したらしい。それぞれが、七大陸の別の場所に転生したとさ。よかった。

 それ以上の情報は、各担当が口を割らないらしく、連中がどこでどんな風に転生したまでは解らないんだそうだ。


 まどろっこしいよな。何で同じ場所に一緒に転生させねえんだよ。ゲームじゃあるまいし。


 その解答はさっきの俺の予想通り。

 魔王や魔族に気付かれたらおしまいだってよ。

 ガキの内に襲われたら実も蓋もない。だから少しずつ、力を付けて集まる以外に方法が浮かばなかったんだそうだ。


 魔王の話も、ライアン以外とはするなと言われたよ。わかってるさクレア。大丈夫。こんなガキのたわ言、誰が聞くかって。なぁ。



――「ピース様。ダレス様がお見えになりました」

「はーい」 



 昼食終了。午後になったが、レイルズおじさんの姿が見えない。ということは、ダレスと二人で徒手空拳の特訓だ。参ったな……きつい。


 軽い準備体操から入ると、次はだだっ広い中庭を五周。四歳児にはもはやマラソンだ。

 ヘトヘトになってからが本番。それがダレスの口癖だ。

 普段通りの訓練なら、この後に、基礎訓練という名の筋トレがあって、それから移動訓練という名の下半身の筋トレをやり、そして基本技の訓練が……


 すでに二周目でヘロヘロになっている俺に向かって、ダレスは首を傾げた。


「どうした、ピース。今日はずいぶんとスタミナ切れが激しいな。またライアン殿にしごかれたのか」

「はぁ、はひ、え、ええ、ちょっと……」


  短めに揃えられた黒髪を風になびかせなら、ダレスは筋者ですら縮み上がりそうな鋭い目を細め、低く笑った。


「稽古は辛いか」

「いえ、そな事、ないでふ」


 呼吸のほうが大事だと体に言われてるみたいだ。ろれつが回らない。


「ピース。前から聞こうと思っていたのだが……お前は何のために、そこまで頑張れるんだ」

「へぇ? へ、そ、そりは、強く、なりたい、からでふ」

「強くなってどうする」


 なんだよ、この禅問答は。

 俺から何を言わせてえんだ。


「へぇ、へぇ、強く、なっへ、やらな、なきゃ、ならぬ、事が、はぁ、はぁ……」

「ほう。目的があるのか」

「はひ、はぁ、はぁ」

「実は先ほどな、門を過ぎたところでメイドに怒られた。

 五歳にも満たない子供に、この連日のスケジュールはやり過ぎだって泣かれたよ。あの女、いい度胸してるよ。胸もでかいし」

「ふぇ?」


 マリアだ。よりによってダレスに陳情するとか、勇気あるなアイツ。

 でも、権力の構図からしてジジババ、パパママ、おじさんの次にダレスか。そっか、一番遠くて貴族じゃねえダレスにしか、言えねえか……


――ダレスは、よし、と言って急に立ち止まった。

 その顔は、あの人にとてもよく似ていた。組長(オヤジ)が悪巧みを思い付いた時の、あれと似た目付きだ。


「――ピース。今日の訓練はおしまいだ。街に出よう」


 本当に? ああ、ダレス様……あれ、目から水が……


 思えば、自由に動けて話せるようになってから、マリア以外の人間に優しくされた記憶がほとんどなかった。

 自分の意思とは思えないほど、涙が溢れた。俺は相当、心の中に何かを押さえつけていたのか……


「なんだ、泣くほど辛かったのか……よし、今日は社会見学しような。あのメイドも連れてこい」


――モルデーヌの街は広い。どこから運んできたのか知らねえが、均整の取れた、どこまでも続いているような灰色の石畳と、丈夫そうなレンガ造りの家の周りには高い壁。

 それが何重にも区画されている。


 およそ半径十キロほどのモルデーヌは、城こそ無いものの、要塞と言っても過言ではない街だ。

 街の北奥にあるのが議事堂。その、城代わりの建物の真ん中にそびえ立つ、でっけえ鐘がシンボルマーク。北海道のあれを思い出す。

 そこはアランの職場だ。中では領と衆が仕事をしている。


 そこから真っ直ぐ伸びた道路の先に、あの争奪戦が繰り広げられた、円形の巨大な広場がある。催事に使われる場所。

 その広場から更に四方に伸びた道路の先々に、東居住区、西居住区、南には商店街。その中には剣の道場、貿易商や守衛所なんかがある。毎日がバザールだと聞いていた。


 郊外へ出る門は東、西、南の三ヶ所で、門番の着ている鎧の紋章は、ベッテンコート家の紋章だ。

 


――「ダレス様! 私、飲み物買ってきますね! 何が宜しいですか?」

「ああ。酒なら何でもいい」

「ピース様はソーダ水ですね」

「あ、お茶とかでいいですよ、って、もう居ない……」


 マリアはルンルンダッシュだ。男どもの視線が……しかし、彼女もあの屋敷の中で毎日、色々とたまってんだろうな。


 商店街なんて初めて来たぜ。

 とても栄えている様子だ。まるで人がゴミのようだって言いたくなるくらい、わんさか歩いてる。

 週末の原宿みてぇな勢いだ。夜中にゃ六本木に変身するのだろうか。


――通りの隅に置いてある質素な木製ベンチに腰掛け、俺達はマリアを待った。



「――なあ、ピースよ」

「はい」

「さっきの質問だが、お前は、強くなるのに何か、目的があるようだが……」

「はい。ちょっと言いにくいのですが、ダレスさんは、魔王をご存知ですか?」


 言った後でハッとした。クレアとの約束。


 何で、俺はこんなことを軽々しく口にしちまったんだろう。きっと疲れてたんだ。

 これが夢や希望の類いなら笑って話せるが、俺の場合は違う。本気だからこそ、相手を選ぶべきだった。



――ダレスは動きが止まり、今まで俺に見せた事のない、眉間にシワを寄せた目付きに変わった。


 腹を空かせたライオンの、檻のカギがぶっ壊れたみてぇな気持ちになってきた。


「魔王……だと?」

「え? は、はい。あの、何か僕、変な質問しちゃいました?」

「お前は、あの魔王を、殺したいと。そういう事か」


 なんか、やべぇな。怒らせたようだ。えっと……これは、なんて回答したら正解なんだろう。


「あ、いえ、その……魔王みたいに、強くなって、その……」

「ほう。なるほど。そして民を守りたいと。そういうことか」

「はい。そ、そんな感じです」


 なんか助かったようだ。勝手に勘違いしたダレスは、パッと笑顔になった。何なんだ?

 俺、まずいこと言ったか?


「お前は中々、関心な子供だな。頭も良い。きっといい当主になるだろう。

 ふっ。今時、魔王を倒すなんて言ったら、笑われるか、殺されるかだ」

「そうなんですか? 誰に殺されるんですか? それってどういう意味なんですか?」

「ああ。お前は貴族で、まだ子供だからな。魔物も魔族も魔王も、知らなくて当然だ。

 俺は、実家とは縁を切り、護衛の仕事で色んな都市へと行く身だから、当然、危険な目には何度も遭ってきたが……あれとは関わらないほうがいい。いいか。もし魔族に出くわしたら、逃げるんだ。誰かを護ろうとか、戦おうなんて思うなよ」



 信じられなかった。


 ダレスの眼が、怯えていた。絶望的な半笑いで、石畳を見つめているダレスがいた。


 あの巨大な鉄塊を軽々と振り回し、理屈や法則をも吹き飛ばすような一撃で五人まとめてホームランしやがった、俺の中の理想の最強剣士。

 そんなダレス・ヘンドリックスの手が、震えているんだ。



 そんなに……強いのか、魔族ってのは……



「もしも、戦ったらどうなりますか」

「骨が残れば御の字だ。まあ、今のお前なら、弱い魔物ならばなんとか、一匹はいけるかもしれない。が、やつらのほとんどは、群れで襲ってくる。骨までしゃぶられるぞ。それが魔族ともなれば、助からないだろう」

「魔物と魔族は何が違うんですか?」

「ああ。家畜と人間の差ほどある。魔族も人間と同じように、知能があって組織されている者がほとんどさ。だから、有事の際には衆が絶対に必要なんだ」

「なるほど。勉強になります」



 そして、もっと信じられない言葉がダレスの口から溢れた。



「――誰にも言うなよ? 昔な、俺は一度、助けられたんだ。魔王にな」

「え?」

「それに、俺の戦い方は、奴を……」


「お待たせしましたー!」



 マリアがまた柔らかそうなアレをぶるんぶるんさせながら、小走りで駆け寄ってきた。

 今日はここで終わりか。続きが気になりすぎる……



「おう。悪かったな」

「ダレスさん、続きは後ですか?」

「何の続きですかぁ? 私も聞きたいです!」

「ああ。男同士の話だ。またにしよう」

「わかりました」

「えー? ずるいですよぉ、そーやっていつも男の人は内緒の話するんだものぉ!」

「なら、今晩どうだ? お前が誰にも聞かせた事のない声を、俺に聞かせてくれるなら教えても良いが」



 ダレスもまたずいぶん奔放な性格してんだな。俺よりも幾分スマートだが。気が合うな。

 マリアは耳まで真っ赤にしてら。



「ばっ、バカ! ピース様の前で、バカ、そんな」

「聞かせた事のない声とは?」

「いーんです! ピース様はそんな事知らなくて!」


 あー、おかしい。二人でいじめようや、ダレス。


 しかし……ダレスが助けられた? 彼の戦い方が、……一体、なんだってんだ……


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