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極の細道  作者: LIAR
第二章 少年編
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第七話『誰だ今、英才教育って言った奴は』

 なあ。あんたは今まで、何かに本気で打ち込んだことはあるかい。

 それは、今でも続いているかい。それとも昔の話かい。

 どんなに辛くても、大変でも頑張るのは、一体何の為だい。

 自分が何者なのか、知る為か。

 何かを失う事が、怖いのか。それとも……



 あれは、名付け親争奪戦から四年とちょっと経った頃だった。

 思えばクレアの美声に惹かれて……いやいや、もちろんそんな軽々しい理由じゃねえが、今回は丁度、俺が転生した事に疑問を持ち始めた頃の話をしよう。


 何で、魔王を倒すのが俺でなきゃいけねえのか。そんな話だ。



――「まだまだっ! なんの! ダメじゃ、ダメダメ! ほれ、気合いが足りんぞ!」


 芝生の上に転がって、ゼイゼイと呼吸をしている俺がいた。


 ここは、モンブロア大陸の西に位置する小さな大陸、サンクイユ。

 ナルナーク領、モルデーヌの中心部にある大きな屋敷。

 敷地にはサッカー場が二つは入るであろう広さの、青々しい芝生におおわれた中庭。


 一言でいうと、ベッテンコート邸(俺んち)だ。



 ささくれ立ったボロクソな木刀を握り締めて再び立ち上がった俺は、あの光る頭をめがけて突進した。


 絶対にあの頭を凹ます。トサカが二つある変わったニワトリみてぇにしてやる。

 一言でいうと、ぶっ殺す。俺はそう心に決めていた。

 

「そんな踏み込みで、魔王を倒すだと?

 ふん、片腹痛いわ!」


 受け止められたボロクソを弾かれると同時に、腹に強烈な前蹴りを入れられた。意図しないデスボイスと共に、俺の口から半ば液体となり果てた朝食のパンとゆで玉子どもが、芝生にぶちまけられる。

 そして、首筋に木刀を軽く叩き込まれた。


「ふん、今日はここまで!」


 雲のようなモジャモジャ白髪の上に太陽が反射して、朝焼けのジオラマかとつっこみたくなるような輝く後頭部を睨みつけながら、四つん這いの俺はメイドのマリアに背中から抱き抱えられた。


「ピース様!」


 肩に乗ったおっぱいが重てぇよマリアって、からかう気にもなれねぇ程の、苦痛と敗北感。


「ピース様。少しお休みになって下さいませ。次はローザ様の魔法の講義ですよ」

「ぢぐじょぉ、オエェェ……あのジジイ、ぜっでぇぶっごろじでやるぅ……」


 日本人でも聞き取れねぇエフェクトの入った日本語でボヤいたからだろうか。マリアは心配そうに、そして不思議そうな顔をしていた。



――よちよち歩きを終えて言葉も話せるようになってからというもの、俺は、ベッテンコート家の次期当主という何ともありがたくない肩書きに期待され、家族、親戚中からの猛特訓をスタートしていた。


 誰だ今、英才教育って言った奴は。殺すぞ。


 この世界は、思ってたよりもずっと過酷な世界だった。

 クレアの話では、生まれて五歳以内に死ぬ奴が世界中で三割を超える年もあるんだってよ。信じられるか? このスパルタ教育で死んでるんと違うか、と思ったが、どうやら違うようだ。


 この世界の人間には、魔力(マナ)という不思議な力を持って生まれてくる事から、死因には出産時の魔力暴走による事故や、魔法が原因の病気なんかが関わっているらしい。


 だがしかしだ、それが辺境の農村ともなると、それよりも何よりも、魔物に食い殺されるっちゅう理由がダントツなんだそうだ。


 何だよ、魔物って。

 そんなもんは魔性の女だけで沢山だぜ。まあ、この頃の俺は幸いにも、まだどっちも出くわした事はなかったが。


 いずれにせよ、俺の正体を知っている数少ない人物、ライアン・ベッテンコートは、俺の本来の目的も知っている訳で……


 あのジジイは、俺がクレアをテメェの枕元に立たせて説得した事を、まだ根に持ってやがる。

 大陸の巫女を奴隷になど許せん! 貴様の考えこそ、近年まれにみる魔王じゃ! だとさ。うるせぇっての。


 闇金の取り立てが夜中に来る理由って知ってるかね、ライアン君。まんまと大成功だ。

 だがその結果、根負けしたジジイが嘆願書を使ってロイド・マルムスティーンの命を守る形で、街の治安を守る″衆″の最高責任者から引退して、暇になっちまった。


 そんなもんだから、俺が歩けるようになってからは毎日、俺の剣の稽古に付き合ってくれる。絶対に憂さ晴らしをされてる気がする。稽古なんて名ばかりのリンチだぜ、こいつは。


 誰だ今、自業自得って言った奴は。ぶっ殺すぞ。


 でも、俺には目的があった。だから耐えられるんだ。


 わしごとき倒せんで、魔王が倒せるか――

 これがあのクソジジイの口癖だ。めちゃくちゃ腹立つが、一理ある。文句は言うまい。

 で、さっき俺が習っていたのは、神威理真流かむい・りしんりゅうという剣術だ。

 俺の名付け親争奪戦の時にみせた″五人同時打ち早差し将棋″みてぇな、あのクレイジーな流派。


 神威流の、数多く存在する分派の一つだ。


 常に多人数を想定した合理的な体さばきと、常に先を読んだ剣さばきが特徴なんだが……

 ただ、一つ言わせてくれ。

 理詰めのくせに口下手って、最悪の組み合わせだと思わねえか?

 そいつが黙って黙々と体に木刀叩き込んでくるんだぜ。

 早朝から昼頃まで、回復魔法を掛けられながら延々と続くんだ。回復って言っても、普通なら致命傷レベルだろっていう怪我を治されるだけで、疲労はちゃっかり残される。


 絶対にわざとだよな。クレアに魔法の講義聞いてんだよ、こっちは。


 そして神威理真流はこのクレイジーなジジイが創始者なんだ。納得。誰もが身に付けられるような動きには思えねえからな。

 だが、俺はジジイの頭を割る為なら歯を食い縛ってやる。今はあいつが、俺にとっての魔王だ。


 クレア曰く、街の神威流の各派閥道場には、多くの門弟がいるらしい。しかしどの道場に通ったって、ベッテンコート家の息のかかった師範がいるという、なんとも画期的なシステム。儲かって仕方ないな、先生。


 後でゆっくり、剣術の話でもしようか。各流派の派閥争いなんていう下らねぇ話で良ければ。――



――部屋に戻ると、続けて現れたのはローザ・ベッテンコート。

 この婆さんは、このモルデーヌの街最強の精霊魔法の使い手だ。


 俺の父であるアランとは血のつながりが無い。

 というのも、アランはライアンの最初の妻との子で、ローザ婆さんは二番目の奥さんなんだそうだ。

 一番目の、つまり俺のお祖母ちゃんにあたる人はアランを産んだときに亡くなったそうだ。


 ジジイと結婚する前のローザは、サンクイユ大陸の風の巫女として、定期的に群れで襲ってくる魔物どもから農村や街を護ってていたらしい。

 それがいつ頃の話なのかは謎だ。

 レディに歳を聞くのは、ぶしつけな話だからな。


 とか言いながら、何であんなジジイと結婚したのか聞いてみたよ。もちろん失礼の無いようにな。下世話な話って大好き。


 すると理由は、昔は色々とスゴかったんじゃ、だとよ。

 おいこら、四歳児だからって舐めるなよ妖怪。そこにプラス二十八歳だぞ。意味わかっちまうんだぞ。再び吐き気。



――「さて、今日の講義は、精霊魔法の発動原理とマナの関連性についてのおさらいじゃ。まあ、坊っちゃまに教える事も無い、死ぬほど恥ずかしい講義ですがの……」

「ぜっ、全然そんな事ありませんよ、お婆ちゃま! 続けてください!」


 ローザ婆さんは、すぐにお拗ねになる。

 その理由は、争奪戦の時にクレアから乱魔(ディスタブマジック)を掛けられて、術をかき消されたことや雷撃(ライトニング)で司祭達の施した魔法壁(マジックウォール)をぶち破り、ライアンとマルムスティーン一派を雷撃で気絶させたことを、″俺の仕業″だと勘違いしていることだ。


 何度知らぬと弁明しても、生後間もない坊っちゃんがとんでもない魔法を繰り出した神童だと思い込んでる。

 よっぽどクレアの話をしてやろうかと思ったが、いかんせん俺の素性がバレるのは良くないと、心不全で殺す気かと、ライアンから口止めされているのでそれも言えない。


 ピース坊っちゃまは、お優しい。そう言って涙する。これが彼女のここ数年の口癖だ。


 魔法の話も後で話そう。


 そして両親はというと、仕事が三日おきに二日間の休みというアラン(バイトかよ)から神威残影流(かむいざんえいりゅう)を学び、そして午後からは、週に二日勤務の(パートだな)師範代シャルロットの神聖流(しんせいりゅう)を習う。


 ほぼ毎日、スパルタ教育が待っている。そりゃね……転生する時に、言ったけどさ。


 転生するにあたり二つの条件。クレアが俺の奴隷になること。それともう一つ。


 確かに『恵まれた環境で生まれたい』って言ったさ。言ったけれども。その意味を履き違えてるよな、クレアは。いや、金持ちなのは良いことだ。けどよ……


 そういくつも剣の流派を学べる人間は、他にいないのですよって、クレアは希望に満ち溢れた声で言う。

 この世界の価値観ってやつをもっと聞いてから行動するべきだったな、と少し後悔してる。


 両親の教育内容についても、後で話そう。



――今日は両親の仕事がかぶり、ジジイとババアの二人の教育で午前中を消費して、やったぜ、午後はゆっくりティータイム……だったら良いよな。


 そんな日にゃ決まって、午後になると″あいつら″が来る。

 レイルズとダレスだ。


 誰って、あの争奪戦の時に、赤い服に銀の鎧を身に付けていたナイスミドルなコーヒーマークのおっさんと、巨大なハエ叩きを振り回す強面の黒ゴリラだよ。


 赤いおっさんの方はシャルロットの遠縁にあたる人で、名前はレイルズ・マーキュリー。

 神威正流(かむいせいりゅう)っていう流派の近衛武家の長だ。


 マーキュリー家は、沢山ある神威流の一族の中で唯一、王族の外周警護を任されている名誉ある一族らしいが、王族が街に現れる時以外は、施設警備だけで暇なんだとか言ってた。


 その昔、王族の身辺警護を任されている一族、ヘンドリックス家が世界最強を謳う、神聖流から最初に独立した流派が神威正流なんだそうだ。

 神聖流が大本なわけだな。

 神威正流は抜刀術がメイン。日本でいうところの、居合いだ。何だかワクワクするよな。

 

 そんで、このおっさんの訓練と講義だけは面白ぇったらありゃしない。

 そりゃもう、このおっさん、何人も愛人がいてもおかしくねぇなってな感じの(いないだろうけど)巧みな話術とウィットに富んだエピソードで、あっという間に時間が経っちまうんだ。


 そんな素敵なレイルズおじさんは、あの巨大なハエ叩きを持つ黒ゴリ剣士、ダレス・ヘンドリックスの叔父だ。


 ダレスは若い頃にヘンドリックス家を飛び出して、現在はレイルズ叔父さんの家に厄介になってる。

 商人達の用心棒を生業にしてる剣士なんだとか。幌馬車なんかで商品を輸送する時とかに高額の賃金で雇われるんだとさ。雇った商人は無敵だな。


 こいつの流派は解らん。名前からして神聖流なんだろうが、ダンマリ。言いたくない過去でもあるのかも知れないな。俺と同じ匂いを感じる。

 顔が怖いから聞きにくいって理由もあるんで、一度しか訊ねたことはない。


 ダレスからは今のところ、剣を使わないで戦う、徒手空拳みたいなものを教わっている。

 打撃技や投げ技、関節技とバリエーションは豊富だ。前世で流行ってた、総合格闘技みたいなもんだな。


 今は、小鉄に素手で勝てたら良いなとか考えながら習っている。前世で昔、小鉄にタイマンでフルボッコにされた事を、俺は忘れてねえからな。覚えてろよ、バイパー。


 ダレス曰く、人間は裸で生まれてくるのだから、裸で戦う技から入るのが道理だ、ってことらしい。よくわかんねえけど、あの巨大な鉄のハエ叩きが出てこないのは安心した。

 新幹線に跳ねられるようなもんだぜ、あれは。


 大体よ、こんな奴らがゴロゴロいるんなら、俺が魔王(江田島)を倒す必要ねえって話だろ。



 この頃は少し、そう思っていた。



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